からかい
 葛城忍人という人物は強く、厳しく、何よりも堅物。

 それが周囲の一般的な忍人の印象だ。

 その他、優秀な部下には慕われ、無能な部下からは鬼以上の鬼という評価もされている。

 更に、葛城忍人は生まれてから今まで一度も笑ったことがない、女性に触れられると剣を抜いて切りかかる習性がある、などという噂まで飛んでいる。

 だから、忍人が王の部屋へ通っているらしいという噂はあっという間に宮全体に流れた。

 あの葛城忍人が、あの堅物が、あの鬼将軍が、そしてしまいにはあの女嫌いがと言われる始末だ。

 だが、どれもが概ね、好意を含んだ噂だった。

 つまりは、堅物で硬派な葛城忍人が王の恋人ならば問題はなかろう。

 鬼とも言われた将軍の心根をほぐすとはさすがは王。

 葛城忍人が女に冷たかったのは最初から王を想ってのことだったのではないか。

 と、周囲の人々は皆、だいたいが忍人と千尋の仲を暖かく見守る方向へ動きつつあった。

 それというのも、千尋と最後の戦いを戦い抜いた仲間には癖の強い人物が多く、彼らが官人達に煙たがられているということが一因にあったのかもしれない。

 忍人と千尋の噂が出る前は、常に千尋の側にべったりと張り付いている得体の知れない従者、風早が相手ではないか?という噂があった。

 更には一度は敵に寝返った柊が中つ国に戻ってきたのは王を想ってのことではないか?

 常世の皇子、アシュヴィンが寝返って味方になったのも王を想ったからではないのか?

 兄に続き、弟の布都彦も王と駆け落ちする気なのではないか?

 実は王は海賊の頭目である日向の男を想っているのではないか?

 などなど、これまで王の周囲に発生した恋の噂はろくなものがなかった。

 風早は得体の知れないところのある不思議青年で、柊は裏切り者、アシュヴィンにいたっては敵国の皇子であり、布都彦は兄が一ノ姫と駆け落ちしているという前歴がある。

 サザキにいたっては海賊だ。

 それらに比べれば葛城忍人はまっとうであり、王の相手にはこの中で一番ふさわしく見えた。

 以上の理由から忍人は周囲に祝福されているといってもいい状況下にいるのだが、本人は従来の性格からかそうは思っていない。

 一臣下の身であることは常にわきまえねばならぬ。

 人前では臣下の礼は崩してはならぬ。

 正式な形をとるまでは妙な噂を立てられるような行為に及んではならぬ。

 などなど…

 忍人本人はこれ以上はないというほどに気を使っているのだ。

 だが、官人達はともかく、忍人と千尋、二人と親しくしている仲間達にとってはそれはあまりにも行き過ぎた気遣いに見えた。

 だから、そんな忍人を少しでもほぐそうと、仲間達が心を砕くのも日常のこととなっていた。

「忍人、眉間にシワが寄っていますよ。」

「……だから、なんだ?」

「眉間のシワというものはそういつも寄せていると消えなくなるといいますよ。」

「お前が言うと全てがもっともらしく、そして胡散臭く聞こえる。」

「これは手厳しい。ですが、本当にそんなに眉間にシワばかり寄せていると消えなくなりますよ?そんな物騒な顔で固定されてしまったらいくら我が君でも愛想を尽かします。たまには肩の力を抜いてはどうです?」

「……そこで陛下を引き合いに出すな…。」

 宮の通路でたまたま見かけた忍人に声をかけた柊は「はぁ」とわざとらしく溜め息をついて首を横に振った。

「まったく、君がそんなだと我が君は不幸な結婚をすることになりますね。」

「……お前に言われたくはない。」

「おや、忍人は兄弟子になんとも手厳しい。」

 そう言ってクスクス笑う柊に背を向けて、忍人は足を動かす。

 今日、早めに見回りを切り上げてきたのはこんなところで柊と立ち話をするためではないのだ。

「あ、忍人、我が君ならばまだ執務中ですよ?」

「知っている。」

 背にかけられた声にそれだけ答えて、忍人は急いで柊の視界から逃げた。

 あの口から生まれてきたような兄弟子に捕まるとどれだけ時間を食われて、何を言われるかわかったものではない。

 ところが…

「忍人、ちょうどいいところで。」

「師君…。」

 珍しい人物に呼び止められて、忍人は渋々足を止めた。

 岩長姫は剣術や戦術の師であり、忍人にとっては恩人といってもいい。

 そんな人物に呼び止められたらいくら無愛想な忍人であっても無視することなどできなかった。

「何が御用でしょうか?今日はこれから少々予定が…。」

「ああ、違うよ。別に頼みたいことがあるわけじゃない。ちょっと言っておきたいことがあったんだよ。」

「はぁ…。」

 忍人はとてつもなく嫌な予感がしながら眉間にシワを寄せた。

「あいっかわらずだねぇ、その顔。」

「……。」

「この前ちょっと王に謁見してきたんだが、気にしていたよ、あの子は、その顔。」

「は?」

「いつも難しい顔をしているから疲れるんじゃないかってね。」

「……。」

「仮にも恋仲ならもう少し恋人の前じゃ笑うとかできんのかい?」

「こ、恋仲とは……。」

「だろうが。いいかげんこの国の連中はみーんな知ってることなんだ、もう少しなんとかおしよ。」

「は?」

「だから、なんとかしてやんないと千尋がかわいそうだって言ってるんだよ。」

「はぁ……。」

 そんなにも自分と千尋は噂になっているのか?と忍人の眉間のシワは深くなる。

 それを見て、岩長姫は深い溜め息をついた。

「これだからね、まったく。いいかい?女ってのは好いた男の様子が必要以上に気になるもんさ。」

「師君にそういわれましても……。」

「なんか言ったかい?」

「いいえ…。」

「少しはそのおっかない顔をなんとかおし、せめてあの子の前でだけはね。」

「はぁ…。」

「気のない返事だねぇ、いいかげんにしないとさすがの千尋も愛想をつかすよ?気をつけな。」

 言いたいことだけ言って岩長姫はさっさと歩み去ってしまった。

 その大きな背中を見送って忍人は疲れきった溜め息をついた。

 柊に岩長姫、一日で二人にこんな忠告をされるとは。

 そんなにも自分と千尋は噂になっていて、しかも自分は千尋に嫌われそうな顔をしているのだろうか?

 そんなことを考えながら忍人は歩みを再開した。

 噂になることは覚悟していた。

 妙な噂が立ったなら、その噂からも千尋を守ろう、その決意は今も揺らがない。

 だが、自分の顔に関してはどうしようもない。

 笑えといわれて笑える人間がこの世にどれほどいるだろうか。

「忍人。」

「…風早……。」

「今日はどちらがいいのかな?」

「何がだ?」

「何がじゃないよ、千尋の部屋で食べるか、それとも千尋を忍人の部屋へおくって行こうか?」

 いきなり背後から声をかけてきた風早は目だけが全く笑っていない微笑を浮かべて忍人に迫ってきた。

 急に歩み寄ってきて、忍人の数センチ手前まで顔を寄せてきたのだ。

「な……。」

「まさか、今日の夕餉は別々だ、ということはないだろう?」

「……ない。」

「よかった、忍人がまさか千尋との約束を忘れたのかと心配で。」

「……。

 ニノ姫命の従者に言われるまでもなく、忍人は今日、千尋との夕餉を自分の部屋でとるため、部屋をざっと片付けようと早く見回りを切り上げてきたのだ。

 それなのに、こういう日に限って邪魔が入る。

「それともう一つ。」

「ん?」

「忍人が噂のことを気にしすぎて千尋と距離をとろうとするんじゃないかと心配だった。」

 そう言って苦笑する風早に忍人は溜め息をついた。

「噂とはどんな噂だ?俺はよく知らん。」

「え、知らないのかい?宮の中じゃ今、その噂で持ちきりなのに。葛城将軍が毎日王の部屋へ通って食事を共にしていると。しかも、食事を共にするだけというまるで子供のようなお付き合いをしていると。」

「……。」

 忍人の眉間のシワが深くなった。

 噂を立てられるのは覚悟していたが予想していたのとは内容がそうとう違っていたからだ。

 とはいえ、えげつない噂を立てられるよりはよほどましと忍人は不満の声をあげそうになるのを飲み込んだ。

「葛城忍人が王を手込めに、なんて噂、俺が立てさせるわけがない。」

「風早……。」

 あっさりと言って微笑む風早に忍人はもう何もいえない。

「と、冗談はここまでにして。千尋がとても楽しみにしているから、本当に守ってやってほしい。毎日夕餉を共にするという約束は。」

「無論だ。」

「よかった、ただ…。」

「まだ何かあるのか?」

「その顔はなんとかならないかな?付き合い始めたばかりの恋人を持つ男には到底見えない。」

「……。」

「千尋はあんなにいつも可愛らしく恋する乙女をやっているのに、忍人ときたら毎日難しい顔ばかりだから。それじゃさすがの千尋も引くんじゃないかな?」

「……善処する…。」

「じゃぁ、あとで千尋を部屋まで送っていくから、宜しく。」

 と、さすがは弟子というべきか、岩長姫と同じく言いたいことだけ言った風早はさっさと千尋の部屋へ向かって歩み去ってしまった。

 忍人は「どいつもこいつも」と心の中でつぶやきながら、今日、何度目になるかわからない溜め息をついた。

 皆が自分達のことを心配してくれているということだけはわかるからたちが悪い。

 それがわかればこそ、悪態もつけないのだから。

 すっかり疲れきった顔で自分の部屋へ戻った忍人は、一通り部屋を見回して開いたままになっている竹簡や、朝脱いだままになっていた服を片付けた。

 普段は忍人が見回りの結果報告がてら千尋の部屋へと食事をしにいくのだが、今日は、千尋がこの部屋を訪れたいと言って来たのだ。

 たまにはそれもいいかとすぐに承諾したのだが、普段の忍人はといえば部屋のちらかりように頓着する方ではないから、汚れているとは言わないものの、雑然とものが散らかっていることはある。

 そのことに見回り中に気付いてあわてて見回りを早く切り上げて帰ったのだ。

 思わぬ邪魔が入ったが部屋の散らかりようは想像していたほどではなくて、ささっと片付ければ見栄えはよくなってくれた。

 なんとか間に合ったかと忍人が安堵の溜め息をついたその時、部屋の向こうに人の気配がした。

「忍人、千尋を連れてきました。」

 風早の声がして、忍人が扉を開けばそこには可愛らしく微笑む千尋とその背後に風早がニコニコと微笑みながら立っていた。

「こんばんわ、忍人さん。」

「ああ、中へ。風早…。」

「俺はこれで退散します。帰りは忍人が送ってください。」

「わかっている。」

「それじゃ、千尋、あまり遅くならないで下さいね。」

 そう言って風早が去ると、千尋は部屋の中へ入り、忍人は後ろ手に扉を閉めた。

「忍人さんの部屋って、前に来たときも思いましたけどいつも凄く綺麗に片付いてますよね。」

「いや…そうでもないが……。」

「だって今もすごく綺麗ですよ?」

「片付けたのでな。」

「忍人さんが掃除!」

「は?」

「忍人さんが部屋の掃除なんてなんか想像できない!」

「掃除というほどではないが……。」

「ひょっとして私がくるからわざわざ掃除してくれたんですか?」

「まぁ、そうだな。いつもはそこそこ散らかしている。報告書だのなんだのと……。」

「嬉しい!」

「ん?」

「嬉しいです、忍人さんが私のためにお部屋の掃除してくれるなんて。」

「……。」

 本当に心から嬉しそうな笑みを浮かべる千尋を見て忍人は目を丸くした。

 そんなことでそれほど喜ぶものか?

 千尋はくるくると部屋の中を見回して何やらとても楽しげだ。

「そんなに、嬉しいものか?掃除一つで。」

「え、だって、忍人さんはその……なんていうか……こう、私が好きですって言ったから付き合ってくれてるだけであんまり私のことを好きそうじゃないというか……だから、私のために掃除をしてくれるなんてちょっと嬉しいです。」

 目の前の女性はいったい何を言っているのか?

 忍人は一瞬頭の中が真っ白になった。

 自分が千尋を好きではない?どこをどうすればそうなるのだろうか。

 そう考えて、忍人はさきほどかけられ続けた言葉を思い出した。

 『その顔はどうにかならないのか?』

「忍人さん?」

 忍人が深い深い溜め息をついたので千尋が慌てて忍人の顔をのぞきこんだ。

 すると、急に忍人の手が伸びてきて、小さな千尋の体はあっさりとその腕の中に閉じ込められてしまった。

「すまない。俺は、どうも無愛想に過ぎるらしい。」

「はい?」

 千尋がなんのことかと顔を上げれば、そこに優しい口づけが降ってきて…

 一瞬のできごとできょとんとしてしまった千尋が事態に気付いて顔を真っ赤にすると、忍人はそんな千尋を見てうっとりとかすかな微笑を浮かべた。

「これで、わかってもらえるだろうか?」

「へ?」

「俺が君を想っているということを。」

「は、はいっ!」

 千尋は顔を真っ赤にしてうつむいた。

 忍人がこんなことをさらっと言って、しかも口づけまで贈ってくれるなんてなんだか夢みたいだ。

 でも、そんな忍人もステキで、大好きで、千尋はすっと忍人の胸にすり寄ると、抱きしめられるままうっとりと目を閉じた。

 そして忍人は…

 これで少しは忠告に従えただろうか?と、愛しい人を抱きしめながらまた眉間にシワを寄せているのだった。








管理人のひとりごと

たまに忍人さん書いたら一気だったΣ( ̄ロ ̄lll)
ということで、誤字脱字ありましたらご容赦を(TT)
同門はいいなぁ(マテ
風早、柊、忍人の関係はかな〜り楽しい(笑)
本当は羽張彦にも出てきてほしかったけど現状だといないから(^^;
しかたなく師君に代理をつとめてもらいました(爆)
そしてそんな同門の皆さんの力を借りて(笑)忍人さん、やっと千尋ちゃんの唇ゲット!(マテ
ここまで長かったなぁ(’’)
同門は書いてて楽しかったので今度は羽張彦も書いてみようかな、と思いました(^^)
あ、あと、師君ってドーラ婆さんに似てません?(’’)(マテ






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