
外は晴天。
朝の陽射しはまぶしいほどで、忍人は窓から外を眺めて目を細めた。
いつものように日の出と共に目を覚まして、着替えを済ませて…
だが、そこで今日はいつもとは違っていたことを思い出した。
王である千尋の提案で、王を補佐している重臣達には交代で休日が与えられることになったのだ。
辞退し続けた忍人も、他の全員がもう取り終わったからといわれ、今日は無理やり休みにさせられた。
忍人としては仕事をしている方が普通の一日だし、軍へ顔を出さないと新兵達がちゃんと訓練を怠らずにこなしているか気になってしかたがない。
それでも王の、千尋の気遣いだからと風早に説得されて、渋々一日休むことを承諾したのだった。
それをついさっきまで忘れて、すっかりいつものように出かける支度をしてしまったのだが、はたと休日だったことを思い出して深い溜め息をついた。
休みだ一日自由にしていいといわれても、忍人には何をしていいのかわからない。
忍人は窓から身を離してもう一度溜め息をつくと、着替えを始めた。
休日なら戦いに適したかっこうをしている必要はないし、剣を携える必要もない。
ならばくつろいだかっこうで部屋にいればいい。
王は忙しい臣下に休みをと言って休日を与えたのだから、何もすることがないのなら体を休めておけばいいだろう。
すこしばかり剣の鍛錬をしておきたい気もしたが、王が休めと言っているのだからここは休んでおくのが正解だ。
そう考えて忍人はすっかり部屋着に着替えると寝台の端に座ってまた溜め息をついた。
いつもならとっくに朝餉を済ませて出かけている頃だ。
そういえば朝餉がまだだったと思い起こしてまた溜め息をついて、忍人は立ち上がった。
なんだか朝から調子が狂ってしかたがない。
と、忍人が立ち上がった瞬間、扉の向こうに人の気配がした。
『おはようございます、あの、起きてますか?』
扉の向こうから聞こえてきたのは聞き間違うはずのない声だった。
ためらいがちな言葉に一瞬驚いて、それから忍人は慌てて口を開いた。
「…起きている。」
咄嗟に出てきたのはその一言。
声の主がこの部屋を訪ねてきたことはこれまで一度もなくて、珍しく忍人は慌てていた。
すると、扉がゆっくりと少しだけ開いて、隙間から遠慮がちに声の主が顔を見せた。
まるで扉に隠れているかのように、ほんの少しだけ扉を開けて忍人の方を覗き込んでいる。
「……君は…何をしているんだ?」
「えっと、お邪魔だったら帰ろうかなと思って……。」
「……今日は君に与えられた休日だ、特に予定もない。邪魔だなどということはないが…。」
邪魔だということは断じてないのだが、それにしてもこの女王が自分の私室へやってきた理由に心当たりがなくて、忍人は訝しげな顔で小首を傾げた。
するとドアから遠慮がちに中を覗き込んでいた千尋はおずおずと中へ入って後ろ手に扉を閉めた。
「何かあったのか?必要なら呼んでくれれば…。」
「ち、違いますっ!その、王として用事があったわけじゃなくて…。」
何やら扉の前に立ったままでもじもじし始めた千尋に忍人はますます小首を傾げる。
用もないのにこんなところまで王自ら何をしに来たというのか。
「その、今日は忍人さんお休みだから……その、もし邪魔じゃなかったら一緒にいさせてほしいなと思って……。」
「別に予定は入れていないが……。」
「じゃぁ、もし邪魔じゃなかったら側にいてもいいですか?」
何やら必死な形相で千尋にそう問われては忍人に拒絶などできるはずもない。
もとより千尋と共に過ごすことを嫌っているわけでもない。
だが、忍人には千尋が何をしたいのかが今ひとつわからずにいた。
「いるのはかまわないが…特に予定も入れていない、ここにいても退屈なだけだと思うが?」
更に訝しげな顔でそう言うと、千尋は苦笑しながらほっと安堵の溜め息をついた。
「いいんです。別に何かしたいとかそういうわけじゃなくて…その…忍人さんはいつもお仕事で外にいるでしょう?なかなかゆっくり会えないし、それにお休みじゃない時はいつもその…臣下というかそいう感じだから…せっかくのお休みだし、側にいられたらいいなぁと思っただけです。私も今日はお休みにしてもらったし……。」
最後の方は顔を赤くして声がだんだん小さくなった千尋は困ったように苦笑して一息ついた。
これで忍人にはここへ来た意図が伝わっただろう。
想いを通わせた仲でもあるし、拒絶はされないはず。
そう思って千尋はやっと落ち着いて忍人を見つめた。
すると…
「?」
千尋が語った言葉の意味をじっくり考えていた忍人は、千尋が急に黙り込んで目を丸くしているのに気付いてまた小首を傾げた。
いくら忍人が見つめていても千尋が口を開く気配はなくて、忍人は千尋の視線の先を探ってみた。
すると、千尋が見つめているのは間違いなく自分で。
しかもどうやら頭の先から爪先までをじっくり見つめているようで。
改めて自分の上から下までを眺めてそれから忍人は千尋へと視線を戻した。
「どうかしたのか?」
「いえ、その、忍人さんがそういうかっこうしてるの初めて見るなぁと…。」
「ああ、休みに予定もない、一日ここにいようと思っていたからこんなかっこうだが…見苦しければ着替えよう。」
そう言って立ち上がった忍人の腕に、思わず千尋が抱きついた。
今度は忍人の目が驚きで大きく見開かれる。
「着替えなくていいですから!」
「そ、そうか…。」
「すっごくステキです、だから着替えないで下さい!」
思いっきり忍人の左腕にしがみついて千尋がそう言えば、忍人はやっと驚きから我に返って溜め息をつくと優しく千尋を腕から引き剥がした。
「わかった、着替えはやめにするが、朝餉をとらせてもらえないか?」
「ああああああ、ごめんなさい!こんな早くから押しかけて…。」
「いや、それはかまわない。君は朝餉は済ませてきたのだろう?」
「それが…その……。」
「済ませていないのか?」
忍人がまた驚いて目を丸くすると、千尋は恥ずかしそうに一つうなずいた。
「はい……忍人さんが出かけたりしないうちにと思って急いで出てきちゃって…それで……。」
これはもう絶対にあきれられる。
千尋がそう覚悟して白状すれば、忍人は軽く溜め息をついてから采女を呼んで二人分の朝餉を用意するように言いつけた。
「忍人さん?」
「せっかくだ、朝餉は共にとらないか?」
「あ、はい!喜んで!」
誘ってもらえたことが嬉しくて、間髪いれずに千尋が即答すると忍人はその唇をほのかに緩めて千尋に椅子をすすめた。
椅子に座って千尋がにっこり微笑むと、机をはさんで向かい側に座った忍人もうっすらと優しい笑みを浮かべていて…
千尋はこれから忍人と共に過ごす一日を思って微笑を深くした。
大好きな人との自由になる一日。
千尋にとっては宝物のような時間。
その始まりに千尋は浮かれていた。
夕陽がもう半ば沈んでしまって、辺りは暗くなり始めていた。
忍人の部屋もすっかり薄暗くなって、忍人と千尋は寝台の端に並んで腰掛けて窓の外を眺めている。
朝、忍人の部屋へ押しかけてきた千尋は、部屋の主の許可を得て一日中この部屋にいた。
何をすると言うわけでもなく、ただ、千尋が日常の他愛ない話をしている時間がほとんどだった。
いつもは臣下としての厳しい表情で千尋の前に立つ忍人も、今日は休日ということでいちいち千尋の話に優しくあいづちをうっていた。
しかも、その顔にはどことなく優しい表情が浮かんでいるような気もして、千尋は本当に楽しい一日を過ごした。
忍人とこんなふうに過ごすことができるとは思っていなくて、だから一日が終わってしまうのがとても寂しくて…
千尋は暮れゆく空から視線を外すと悲しそうにうつむいた。
「どうかしたのか?」
「あの……もう夜になっちゃうなと思って…。」
「……。」
寂しそうにそうつぶやく千尋の隣で忍人は黙り込んでしまった。
何をどう頑張っても今日という日は終わってしまうのだ。
それを忍人にどうこうすることはできない。
さっきまで楽しそうにしていた恋人が落ち込んでいるのだから何か気の利いたことの一つも言ってやりたいが、あいにくと忍人の口はよくしゃべる同門の兄弟子のようには動いてくれなかった。
忍人が黙り込んでいると見る見るうちに千尋の顔には悲しそうな表情が浮かんで…
とうとう千尋が悲しげに深い溜め息をつくのを聞いた忍人の手は自然と動いていた。
大切な人を微笑ませるようなことを何か言いたいのに何も言葉は出てこない。
だから、忍人は千尋の肩を優しく抱き寄せた。
驚いて千尋が忍人の顔を見上げる。
「忍人さん…ごめんなさい、せっかく一日中付き合ってくれたのに最後にこんな嫌な感じにしちゃって…すっごく楽しかったです。有難うございました。」
腕の中で力なく微笑んでみせる千尋が痛々しくて、忍人の手に力が入る。
こんな寂しそうな千尋をこのまま部屋に帰すことなどできそうにない。
「俺も、その…楽しかった。」
「ほ、本当ですかっ?!」
大声でそう問い返されて、忍人は驚きながらもうなずいて見せる。
「よかったぁ。忍人さん本当は迷惑だったんじゃないかなってちょっと心配だったんです。」
そう言ってやっと嬉しそうに微笑んでくれた千尋は、だがすぐにまたうつむいてしまう。
せっかく忍人が楽しいといってくれた一日ももうすぐ終わり。
そう思うと千尋はどうしても笑うことができない。
「……まだ一日が終わったわけではないだろう。夕餉も共に。」
「いいんですか?」
「ああ、夕餉を済ませたら部屋までおくろう。」
「はい。」
これで今日という人は少しだけ延長された。
そのはずなのに、やはり千尋の微笑みは寂しそうだ。
今日という日が終わってしまうことに変わりはなから。
何を言えば、どうすれば千尋が笑ってくれるのか。
忍人は千尋の肩を抱きながら必死に考えて、そしてじっと寂しそうにしている千尋を見つめて口を開いた。
「また、共に過ごそう、次の休みも。」
「いいんですか?忍人さん、やりたいこととかありませんか?」
「正直に言えば、休みなど今まで取ったことがない。だから、休めといわれてもやることもない。どうしたものかと思っていたところだった。だから、せめて休みの日くらいは君のために時を使おう。」
「忍人さん……有難うございます。」
そう言って嬉しそうに微笑んだ千尋はだが、またすぐに寂しそうにうつむいた。
次の休みまではまた何週間も待たなくてはならない。
その、忍人とは主と臣下でなくてはならない毎日を思って寂しくなったのだろう。
一日たっぷり楽しく共に過ごしてしまったからなおさら日常の忍人の態度が気にもなる。
どんどん落ち込む千尋を見つめて、忍人は再び考え込み、そしてまた口を開いた。
「そんな顔をしないでくれ。君さえ良ければ、明日の夕餉も共に済ませよう。」
「はい?」
「だから、明日の夕餉も共にと…。」
「本当にいいんですか?」
「ああ。」
今度こそ千尋の顔にぱぁっと日の光がそこにだけ差し込んだような笑顔を浮かべて見せた。
こんなことでこれほど喜んでくれるのかと少しだけ驚いて、それから忍人はその顔に優しい笑みを浮かべると嬉しそうに微笑み続ける千尋の額に軽く口づけた。
「お、忍人さん?!」
「約束の、証だ。明日の夕餉も必ず君と共に。」
「はいっ!有難うございますっ!」
本当に心の底から嬉しそうにそう言った千尋は、その目に涙さえ浮かべていて、忍人は困ったように苦笑すると更に千尋を抱き寄せた。
「こんなことでそれほど君が幸せそうな顔をするのなら、これから夕餉は毎日共に済ませよう。」
「はい?」
「毎日はまずいだろうか?」
「まずくないです!全然まずくないです!宜しくお願いしますっ!」
舞い上がらんばかりに喜んでおかしな物言いになっている千尋が愛らしくて、忍人ははっきりとした微笑をその顔に刻んで千尋を抱きしめた。
もしかすると自分さえ努力すればこの大切な人をずっと微笑ませてやることができるのかもしれない。
そう思えば忍人の心もいつの間にか晴れやかになった。
その代わり、自分にはきっと努力が必要なのだ。
そう胸の内で改めて覚悟して、忍人は腕の中のぬくもりを大事に大事に抱きしめるのだった。
管理人のひとりごと
忍人さんの糖度上げに挑戦!
そして失敗!みたいな(っдT)
ほのぼのとした暖かさみたいなのが伝わるといいなぁ(、、)
押せ押せの忍人さんとかちょっと想像できないのでこんな感じになりましたが…
いつかは忍人さんだって!(マテ
いえ、管理人が精進します(、、;
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