おねがい
 忍人は部下数人と共に橿原宮周辺の見回りをして戻ってきた。

 陽はもうすっかり西の空を赤く染めていて、もうすぐ夜の帳が下りるだろう。

 朝から見回りに出て、今まで宮を空けていたからこの一日宮で何が起こったかは全くわからない。

 だが、忍人はあまり心配はしていなかった。

 専属従者の風早を始めとして政務ならば道臣、警護ならば布都彦が控えており、その他にも那岐や遠夜といった面々もそろっている。

 いざという時にはあまり頼りたいと思ってはいないが柊も王に力を貸すだろう。

 つまり、忍人の主であるこの中つ国の王、千尋には頼れる部下が山のようにいるのだ。

 だから、自分一人が見回りで一日中橿原宮を空けたとしてもなんら問題はないはずだった。

 もし、軍を動かさなくてはならないような事態が発生したとしても、その時は岩長姫が指揮をとってくれるはずで、将軍とは言え忍人がいなくても軍は動くのだ。

 日常のこまかなことはいうまでまでもない。

 自他共に認める王には甘すぎる従者風早が全て片付けていることだろう。

 そうわかっていても、忍人の思考は自然と主である千尋へと向けられた。

 それは臣下としての責任とか心配から来ている意識ではなくて、おそらく愛しい人に会いたいという想いなのだが、それを表に出すことは忍人には抵抗がある。

 なんと言っても千尋は王であり、自分の主なのだ。

 それでも一日姿を見なければやはり一目でも見たいと思ってしまう自分がいて…

 忍人は深い溜め息をついて橿原宮へと足を踏み入れた。

 すると、そこには思いがけなくその脳裏に描いていた人の姿が…

「陛下?」

「お帰りなさい!忍人さん!」

「はぁ…ただ今戻りました…。」

「待ってたんです!」

 そう言って嬉しそうに微笑む千尋が愛らしくて思わず忍人も見惚れてしまう。

「こ、このようなところで…。」

「だって、ここにいれば一応、宮の中だから忍人さんも心配しないでしょう?で、忍人さんが帰ってきて一番に会える場所ってここかなと思って…。」

「そこまで急いでいったい…。」

「忍人さんにお願いがあるんですっ!」

 千尋はすたっと忍人ににじり寄って、その顔を真摯に見上げてきた。

 それは今までにない近さで忍人が思わず後じさる。

「い、いったい何を…。」

「お祭りがしたいんです!」

「……。」

「あ、今あきれたでしょう?ちゃんとした理由があるんですからっ!」

 少し拗ねて見せる千尋も愛らしくて、そんな千尋が更に顔を近づけてきて…

 忍人は息を呑んだ。

「せっかくこの国も平和になって、だんだん生活も安定してきたと思うんです。でも、まだまだ戦いの傷跡は残っていて…だから、中つ国のみんなに平和になったこの国を実感してほしくて…。」

「陛下…。」

「お祭りでみんなで楽しく騒いで、平和になったこの国のお祝いをしたいなって思うんです。できれば常世のアシュヴィン達やサザキ達も招待して。戦いの記憶は消えないけど、でも、お祭りでみんなで楽しめたら素敵だなって思うんです。」

「なるほど。」

「今日、みんなに話をしたんです。風早は大賛成って言ってくれて、道臣さんは可能だって言ってくれました。」

「はぁ…。」

「柊は何かもう準備を始めてくれたみたいで、那岐はいつも通りですけど、岩長姫も乗り気なんです!布都彦も祭りの日の警護は任せていいって言ってくれました!」

「それは何より……では、何も問題なく祭りは行えるのですね。おめでとうございます。」

「何言ってるんですか!まだ肝心な人の意見を聞いていないから待っていたんです!」

 力いっぱい自分を見上げる千尋を見つめ返しながら、それは自分のことか?と自問する忍人。

 だが、そこまで皆の意見が一致しているのなら今更自分に許可をとることもなかろうにとも思う。

「忍人さんは賛成してくれますか?」

「王のご命令とあらば、微力ながら…。」

「そうじゃなくて!反対じゃないですか?お祭り、しちゃいけないってことないですか?」

「何を心配しておいでなのですか?陛下は。」

「……私の身辺警護を忍人さんにお願いしようと思ってて…。」

「…ご命令とあらば。」

「……だから、そうじゃなくて…その…身辺警護なんてお祭りの中でできない!とかそういうことはないですか?」

 心配そうに見上げる碧い瞳に吸い込まれそうになりながら、忍人は首を横に振る。

「そのようなことは…お任せ頂ければ身辺警護は容易ですが?」

「……その…お祭りの日は、忍人さん一人に警護をお願いしたいんです。こう、警護の人がぞろぞろ一緒に歩くっていうのはちょっと…できますか?」

「本日の見回りでも特に不穏な者は見かけませんでしたし、祭り当日の会場の警護を布都彦が取り仕切るのでしたらそれほど神経質に身辺警護をせずともいいでしょう。私が命にかけて陛下をお守りしますのでご安心を。」

 ほっと安堵の溜め息をついて、でも、何故か少しだけ悲しそうに千尋は忍人に微笑んで見せた。

「有難うございます。じゃぁ、忍人さんもお祭りに賛成ってことでいいですか?」

「陛下の御心のままに。」

「……あの…。」

「?」

「お願いですから…二人でいる時はその陛下っていうのやめて下さい…。」

「しかし、陛下は陛下、私の主ですので。」

「……。」

 更にやめてくれと言い募られるのかと忍人が覚悟していると、予想していた抗議はやってこなくて…

 見れば千尋はその目いっぱいに涙を浮かべていた。

 忍人はぎょっと目を見開いて顔色を青くする。

 目の前で女性に、しかも自分が誰よりも大切に思っている女性に泣かれるなど生まれて初めての経験だ。

 当然、どうしていいかなどわからない。

「陛下…。」

「ケジメだっていうのはわかります…わかるんですけど…なんだか陛下って呼ばれると忍人さんが凄く遠くにいる気がします…手も、気持ちも届かない気がします…。」

「そんなことは…。」

「ケジメだって言うのはわかるから、みんながいる時は陛下でもいいです、でも今みたいに二人の時はやめてもらえませんか?千尋って風早や那岐みたいに呼んでもらえると嬉しいです…。」

「……君はまったく…わかった、気をつけよう。」

「有難うございます!」

 忍人の妥協に大喜びして千尋はその顔に深い笑みを浮かべるのと同時に、急にふらりと足下をぐらつかせた。

 慌てて倒れそうになる千尋の体を忍人が抱きとめる。

「千尋?」

「ごめんなさい、なんか、急にフラフラして…。」

 忍人が慌てて千尋の顔をのぞきこむと心なしか顔色が赤く見える。

 抱きとめている体は少し熱いような気もして…

「体調が悪いのか?」

「ちょっとふわっとするだけで…大丈夫ですよ。」

 気丈にそう言って一人で立とうとする千尋はだが、忍人の手を離れるとまたフラフラとしてしまい…

 忍人は千尋の腕をぐいっと引いて千尋の体を抱きとめると、その額に手を当ててみた。

 すると、千尋の額は明らかに高熱を発していて…

「熱がある。頭痛や吐き気はしないか?」

「それは全然…ちょっと眠いくらいで…。」

「風邪か過労か…どちらにせよ、部屋でゆっくり休んだ方がいいな。」

「あ、はい、そうします。」

 そう言って千尋が歩き出そうとすればまたフラフラとして…

 忍人は慌てて千尋を横抱きに抱き上げた。

「忍人さん?」

「君は少し頑張りすぎだ。祭りもいいが、せっかく祭りを行っても君が体調を崩して参加できないのではつまらないだろう。」

「すみません…。」

「俺に謝る必要はないが、皆が心配する、体には気をつけることだ。」

 いいながら忍人は千尋を抱えたまま千尋の部屋へ向かって歩き出す。

 さすがに具合が悪いのか千尋は忍人の腕の中でおとなしくしていた。

 ゆっくりと優しく歩いてくれる忍人のおかげで、千尋は具合が悪いにもかかわらず思わずうっとり微笑んだ。

「……あんなところで長時間俺を待っていたりしたから…。」

 思いがけず忍人が悲しそうな声でそうつぶやいて、千尋は慌てた。

「そ、そんなことないですよ!大丈夫!ちょっと休んだらすぐよくなりますから。」

 忍人の腕の中でそう言って身じろぎすれば、千尋の体はギュッと忍人に抱きしめられた。

「忍人さん?」

「部屋までは俺が運ぶ、おとなしくしていろ。」

「はい…。」

 思っていたよりも優しい声が降ってきて、千尋はおとなしく忍人の行為に甘えることにした。

 小さな体を大切に大切に抱いて、忍人はいつもよりゆっくりと歩いて千尋の部屋の前までやってきた。

 するとそこにいたのは…

「あれ、どうかしたんですか?」

「風早…ごめんね、なんかちょっと熱があるみたいなの。」

 部屋の前で待っていたらしい風早に千尋は忍人の腕の中から力ない苦笑を浮かべて見せた。

 忍人が千尋を風早へ渡そうと風早へ歩み寄ると、風早は黙って千尋の部屋の扉を開けて微笑んだ。

「千尋をお願いします。俺はちょっと遠夜を呼んできますんで。」

「いや、俺は…。」

「お願いします。」

 風早の笑顔に背中を押されるように忍人が千尋を抱いたまま部屋の中へはいると、風早が扉を静かに閉めた。

 忍人は軽く溜め息をついて千尋を寝床に寝かせると、千尋の様子をうかがった。

 顔は少し赤いが、表情はそんなに苦しそうではない。

「大丈夫か?」

「はい、ちょっとフラフラするだけですから。有難うございました。」

「いや…。」

 千尋が嬉しそうに微笑んで礼を言っても忍人が部屋から出て行く気配はなくて…

「えっと、忍人さん?私ならもう大丈夫ですけど…。」

「風早が遠夜をつれて戻ってくるまではここにいる。」

「へ。」

「いさせてくれ…。」

 そう言って優しく見つめられて、千尋に断る理由はない。

 会いたい会いたいと思っていた人に側にいてもらって、千尋は安心して目を閉じた。

 忍人は静かな部屋の中でやがて寝息をたて始める千尋をじっと見つめ続けた。

 風早が遠夜を連れて戻って来たときにはもう千尋は幸せそうに眠っていて…

 それだけで目が覚めたら千尋はすっかり元気になっているだろうとわかったから、風早と遠夜は忍人に千尋の看病を任せてすぐに部屋を出るのだった。








管理人のひとりごと

一応、忍人大団円ED後って設定なんですが…
管理人の中では風早も遠夜もみんないることになってます(’’)
大団円って風早真ED見るまで風早いない気がしますが、そんなことは気にしちゃだめです(’’)(マテ
今回やってほしかったのは忍人さんによるお姫様抱っこ!(コラ
糖度の低い目標ですみません(、、)
忍人さんとサザキはどっちがっていうくらい甘くならないんです…
でも、いつかは…いつかはきっと(’’)






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