
忍人は兄弟子達と共に茶を飲んでいた。
普段はこんなふうに一緒にくつろいだりはしないのだが、風早が新しく茶を配合したというので呼び出されたのだ。
以前飲んだ茶が美味だった記憶が忍人の脳裏をかすめて、なんとなく呼ばれるままに茶を飲みにきてしまった。
同じように呼び出されたのは柊と道臣の二人だ。
「忍人、おいしくないですか?」
「いや、なかなかいいと思う。」
「それにしては表情が険しいですよ?」
「いや、これはいつもだ…。」
「忍人は少し笑うことを覚えないと。」
風早はそう言って忍人の器に茶を注ぎ足す。
「別に笑わないわけではないぞ。」
「風早はそういうことをいっているのではありません、もう少しやわらかくならないと愛しい女性にも愛想を尽かされますよって話です。」
「なっ、柊!貴様!」
「まぁまぁ。」
ニヤリと笑う柊と怒りで席を立とうとする忍人をなだめて、風早は相変わらずの微笑だ。
こんなやりとりは最近では日常で、道臣も慌てることなく微笑んでいる。
「お前達の相手を長々しているほど俺は暇じゃない。」
「まぁまぁ、まだ一人到着してませんし、たまにはゆっくりしましょう。」
席を立とうとする忍人を風早が強引に引き止める。
風早はボーっとしているように見えるがこう見えて主張する時にははっきりと主張する。
ここは譲らないとばかりに引き止められて、忍人もさすがにこのまま席を立つことはできなかった。
「もう一人とは?」
「我々よりも遙かに忙しい方に楽しいお茶の一時をと思って誘ってあるんですが、さすがになかなか抜けられませんかね。」
「まさか…。」
最後の一人が思い当たって忍人が顔色を変えたその時…
「ごめん、風早、待たせちゃったよね。」
風早が招待した最後の一人が姿を現した。
「いえ、我々なら気にしなくても大丈夫ですよ、姫ほど忙しくはないですから。」
「あ、忍人さん、珍しいですね、忍人さんがお茶なんて。」
「今日は、風早が新しい茶を味見して欲しいというので特別に参りました。」
この堅苦しい忍人の物言いに、風早と道臣は苦笑し、柊は深い溜め息をついた。
「忍人さん、そういうの本当にやめてください。他に誰かいるならまだしも、ここには仲間しかいないじゃないですか…。」
「ケジメですので…。」
「まぁまぁ、千尋もお茶、どうぞ。」
「有難う。」
千尋は風早の隣に座ってお茶を受け取ると、それを一口飲んでにっこりと微笑んだ。
その笑顔の美しさに思わず忍人が見惚れたのを他の3人は見逃さない。
「おいしい!これいいかも!」
「よかった。じゃぁ、これから政務の間に出すお茶もこれにしますね。」
「嬉しい、有難う、風早。」
「いえいえ。」
ニコニコと微笑み合う二人を見て我に返った忍人は、すっと立ち上がった。
「忍人さん?」
「兵の訓練がありますので。陛下はごゆっくり。」
そう言って律儀に一礼して忍人は早足で歩み去る。
その後ろ姿を千尋は悲しそうな顔で見送った。
「忍人さん、忙しいんだね…。」
「忙しいというか…。」
と言いよどんで風早が柊、道臣と視線を交わす。
対して千尋はというと悲しそうに溜め息をついた。
「千尋、頼みたいことがあるんですが。」
「何?」
「お茶菓子を用意したんですけど、忍人が一口も食べずに行ってしまったんで、届けてくれませんか?」
「あ、そうなんだ、わかった、まかせて。」
風早は手早く茶菓子をまとめるとそれを千尋に手渡した。
千尋はすぐにそれを手に歩き出す。
その後ろ姿が何やら楽しそうで、残された3人は皆、微笑を浮かべて千尋の背中を見送った。
「さすが風早、自然でしたよ。」
「柊の方が何か策を弄するかと思ったんですが?」
「私は風早ほど自然にはできませんから。」
「それにしても、お二人とも、もう少し自然に仲良くなさってもいいと思うんですが…。」
最後の道臣の言葉に風早と柊は軽くうなずいた。
3人の兄弟子は自分達が仕える王と自分達の弟分に当たる仲間との間を暖かく見守っていた。
「忍人さん!」
運良く千尋はまだ兵士達に訓練をつける前の忍人をつかまえることができた。
その代わり息はあがっていたけれど…
「陛下、どうなさったのですか?そのように…。」
「ですから、その言葉遣いは止めてくださいってば…。」
息を切らせながら千尋がようやくそう言うと、忍人は深い溜め息をついた。
「で、君はなんだってそんなに息せき切って走ってきたのだ?」
「これを渡したくて、風早からです。」
そう言って千尋が差し出した包みを受け取って、忍人は小首を傾げる。
風早から何か届けられるはずだったという記憶はない。
包みを開けて中身を確認して、忍人は一瞬キョトンとしてからすぐに溜め息をついた。
「風早…。」
「忍人さんがお茶菓子食べないで行っちゃったからって、風早が。」
「よりにもよって陛下を使いに出すとは…せめて柊辺りにでも……。」
そこまで愚痴って忍人は急に口を閉ざした。
そしてゆっくりと茶菓子の包みから視線を上げて千尋を見つめる。
「ああ、私がいたらゆっくり食べられませんよね、私は戻りますから忍人さんはゆっくりお茶菓子楽しんでください。それじゃ。」
心なしか寂しそうな微笑を浮かべて千尋がくるりともと来た道を戻ろうとすると、忍人がその腕をつかんだ。
「待て。」
「はい?」
「あそこにちょうどいい木陰がある。」
「へ?」
忍人は戸惑う千尋の手を引いて歩き出し…
千尋は驚きながらも黙ってついていった。
こんな風に忍人が誘ってくれることはめったになくてとても嬉しかったから…
「君は最近とても頑張っていると風早から聞いた。」
「はい?」
「君が風早と那岐と3人で暮らしていた世界では君はまだまだ子供なのだろう?仕事をすることもなく、学問だけに集中していられる年齢だったと聞いた。」
「ああ、まぁ、そう、かな。」
「それなのに君はこの中つ国の王となり、今までよくやっている。」
「あ、有難うございます。」
千尋は思わず顔が赤くなるのをどうしようもなかった。
大好きな人に、しかも普段は敬語でしか話してくれなくてめったに褒めたりはしてくれない人にこうも褒められるとさすがに嬉しい。
「だから、今日くらいはよかろう。」
「はい?」
大きな木の下で忍人は足を止めると、茶菓子の包みを千尋の方へ差し出した。
「えっとそれは忍人さんの分で…。」
「二人で食べても十分な量だ。」
「じゃぁ、一つだけ…。」
そう言って千尋は茶菓子を一つ取って口に入れた。
その様子を見ていた忍人の顔に笑みが浮かぶ。
「おいしい。忍人さんもどうぞ。」
「俺はいい、そんなに気に入ったのなら君が食べればいい。」
「私の分はちゃんと風早が残してくれてると思うので…。」
「だろうな、風早なら。だが、これは俺一人で食べるには多すぎる。」
そう言って苦笑する忍人の脳裏には風早のあの食えない笑顔が浮かんでいた。
明らかに一人でたいらげるには大量の茶菓子は、風早からのプレッシャーだと悟ったから。
(二人きりにしてあげますから、いつも王として頑張っている姫と二人で茶菓子を食べるくらいのことはしてあげてくださいね)
と言って目の笑っていない微笑を浮かべる風早の姿が忍人には見えるようだった。
「じゃぁ、半分こしましょうね。」
千尋が茶菓子を一つ自分の口に入れてから、すぐにもう一つ茶菓子をつまんで忍人の方へと差し出した。
「ん?」
「あーん、してください。」
「は?」
「黙ってたら忍人さん食べないじゃないですか。」
「じ、自分で食べる…。」
赤い顔であわててそう言って忍人は茶菓子を口の中に放り込んだ。
すると千尋も満足そうに手にしていた茶菓子を頬張る。
「でも、どうして今日はこんなふうに一緒にお菓子を一緒に食べれくれる気になったんですか?いつもなら早く戻り給え、って言うのに。」
「それは…だから…いつも懸命に王としての仕事をこなしている君への……褒美、のようなものだ。」
顔を真っ赤にして言う忍人に千尋はキョトンとしてしまった。
自分との逢瀬を褒美だなんて、そんなことを言われたのは初めてだったから。
「有難うございます!」
考えてみればこれはとても嬉しい事態で、千尋は思いっきり大声でそう言ってにっこり微笑んだ。
「お、大げさな…。」
「そうだ、もう一つだけ、ご褒美おねだりしたいんですけど…。」
「この際だ、聞くだけは聞こう。」
どうやら今日は大盤振る舞いしてくれるらしい忍人に、千尋はにっこり微笑んで見せると茶菓子を持っているせいで片手がふさがっている忍人にきゅっと抱きついた。
「なっ、何をしている?!」
「ご褒美をもらってます。」
「き、君はいったい何を考えて…。」
「少しだけ…。」
掠れたような声でそう言われて忍人は息を呑んだ。
そして耳にある言葉が甦る。
(愛しい女性にも愛想を尽かされますよって話です)
柊のこの言葉を思い起こして、忍人は一瞬顔色を青くすると、すぐに大きく息を吸い込んでからゆっくりと自由になる片手で千尋の体を抱きとめた。
「忍人さん?」
驚いて千尋が見上げれば、赤い顔で明後日の方を向いている忍人の顔があり…
「褒美のようなものだと言っただろう…。」
「…はい……。」
嬉しそうに微笑んで千尋はそのまま忍人の胸にもたれた。
忍人は自分の腕の中で呼吸する小さくて暖かな愛しい人を静かに抱きしめ続けた。
木陰では肌寒いと思うほど、陽が暮れるまで。
管理人のひとりごと
むしろ風早と柊の話だったような気もしないこともないですが(爆)
忍人はなんだかんだで兄弟子達にはかわいがられそうだなと(^^)
一番年下で、初対面は少年でしたしね(笑)
それにほら、一途で一生懸命で不器用なので、周りが放っておけないというか…
父性本能くすぐられちゃいそうで(マテ
それにしてもこれだけ文字数使ってやっと千尋ちゃんをぎゅっな忍人…
甘くならないなぁ、このキャラ(’’)(コラ
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