たまには
「はぁ。」

 これでもかというくらい深い溜め息をついて千尋は伸びをした。

 あちこちから入る報告を聞いて、届けられた竹簡に目を通して、あらゆる問題にあらゆる決断を下して…

 王となった千尋には山のようにやることがあって、毎日毎日政務に追われっぱなしだ。

 それでも戦の連続だった頃に比べればきっとましな日々になったのだと思う。

 なったのだとは思うけれど、それでもせっかく平和になった中つ国を実際に目にできないというのはつまらない。

 それに、平和になった常世の国もまだじっくり見て回ってはいない。

 今頃アシュヴィン達は元気でやっているだろうか?

 アシュヴィンだけじゃない、サザキ達も。

 共に戦った仲間達にもそれぞれの生活があって、なかなか簡単には会えなかったりもする。

 だから少しだけここ橿原宮も寂しくなってしまった。

「あ〜あ。」

「ずいぶんと大きな伸びをしてますね。」

「風早……だって…。」

「まぁ、ここのところ政務が詰まってますからね、無理もありません。」

 そう言って風早は苦笑した。

 闊達な千尋にしてはここのところはかなり頑張った方だと思う。

 王としてしっかり平和で穏やかな国を作らなくてはと肩に力を入れて努力しているのは、従者として常に側に控えている風早が一番よく知っている。

 だが、王とはいえ千尋はまだ若い。

 それに元来、闊達な性質でもある。

 こんなところにこもって延々と政務をこなし続けるのがどれほど苦痛かと思うと、どうしても親心が出てしまうのだ。

「今日の政務はだいたい片付いたんじゃないですか?」

「それがね、そうでもないの。まだ目を通していない竹簡があるし…。」

「謁見は終わったんですよね?」

「あ、それは終わったかも。」

「なら、たまには少し息抜きをしてきたらどうですか?」

「風早は私に甘すぎだよ。この前もそう言って散歩に行ったし。それに、竹簡に目を通さないと。」

「それなら俺と、そうですね、柊でも探してきてやらせますよ。後で俺達から何が書いてあったか聞けばいいでしょう?それに、千尋はみんなが期待している以上にちゃんと頑張ってますから、大丈夫です。」

「ん〜、じゃぁ、ちょっとだけ行っちゃおうかな。」

「ちょっとといわず、少し遠出してもいいですよ。布都彦か遠夜か、誰か手の空いている者を供に連れて行ってくれれば安心です。残念ながら俺はいけませんが。」

「風早には竹簡読んでもらわないとね。」

 そう言って笑って千尋は立ち上がった。

「うん、じゃ、誰かに一緒に行ってもらってちょっとだけ長いお散歩してくるね。」

「はい、いってらっしゃい。」

 ニコニコと穏やかな笑顔に見送られて、こうして千尋は自分の部屋を後にした。

 すれ違う官人達に挨拶をされてそれにいちいち答えながら千尋が宮を出ようとすると、そこで急に不機嫌そうな声をかけられた。

「陛下はまたお出かけになられるのでしょうか?」

「お、忍人さん…。」

 振り返ればそこには案の定、不機嫌そうな顔をして腕を組んでいる忍人の姿が…

「あ、あのですね…えっと、ちょっとお休みをもらったんでお散歩でもと…。」

「供も連れずにどちらへお出かけなのですか?」

「えっと、と、供はえっと…遠夜とか、誰かいるといいなぁと…どこへ行くかはまだ考えていなくて…。」

 もじもじしながら千尋がそう答えると忍人は深い溜め息をついた。

「風早は何をやっているのか…。」

「風早は私の代わりに竹簡を読んでくれてて、それで供にはつけなくて……。」

 と、言い訳してみればまた忍人の深い溜め息を聞くことになった。

「あの、忍人さん?」

「今更、王のなんたるかを陛下に説くのも無駄なことなのでしょうが、言わせていただけるなら、せめて供と行き先は決定し、臣下の者に伝えてからお出かけ頂きたいものです。」

 ついこの前、一緒に満開の桜を見に行って、想いが通じたと思ったのに…

 千尋はこの前の桜の下での逢瀬がまるで夢だったかのような気分になってきた。

「しかたありません、今回は私が供につきましょう。」

「へ?」

「私が供ではご不満ですか?陛下は。」

「ま、まさか!不満じゃないです!全然大丈夫です!」

 思いもかけない申し出に千尋が慌てて答えると、初めて忍人は口の端でだけ微笑んだ。

「で、行き先はどちらへ?」

「えっと…考えてないんですけど…ちょっと遠くまでがいいかなって……平和になったこの国が見られるようなところ…。」

 そう言って上目遣いに忍人を見れば、忍人は少しだけ考え込んで、すぐに視線を上げた。

「では、あてもなく、馬で出かけてみますか?陛下。」

「う、馬?私乗れませんよ?」

「陛下お一人で乗せるような危険なことはできませんので。」

「へ?」

 それ以上は何も言わずに先に立って歩く忍人に慌てて千尋がついていけば、そこには綺麗な馬が一頭つながれていた。

 忍人が手早く準備しているのを黙って受け入れているところを見ると、どうやらこの馬は忍人にずいぶん懐いているらしい。

「えっと…。」

 千尋がどうしたらいいかわからずにおろおろしている間に忍人は馬上の人になってしまい、長い腕が千尋の方へと伸ばされた。

「へ?」

「お手をどうぞ、陛下。」

 言われるがまま千尋が忍人の手をとると、ふわりと体が浮いて、浮いた体を忍人に抱き寄せられて、気づけば忍人の前に乗せられていた。

 横乗りの状態で馬の背に乗ればあまりにもバランスが悪くて、思わず忍人にしがみつくと忍人はそっと片腕で千尋の体を支えてくれた。

「えっと、もしかしてこのまま行く、とか?」

「もちろんです。陛下が遠出をお望みのようですので。」

「あ、あのですね…前にも言いましたけど、せめて二人でいるときくらいその陛下っていうのやめてくださ…いいい!」

 最後まで言わないうちに忍人は馬を進めてしまって、千尋は大声をあげながら慌てて忍人にしがみついた。

「まったく…仮にも王たるもの、情けない大声を出すな。」

「そ、その調子でお願いします…。」

「はぁ、いいか、落馬などされてはかなわん、しっかりつかまっていろ。話もするな、舌を噛む。」

「は、はい…。」

 しっかりつかまっているのはいいとしても、せっかく二人でいるのにおしゃべりもできないなんて…

 と、千尋は少しだけ落ち込んだ。

 忍人相手に楽しくおしゃべり、は確かにありえないかもしれないけれど、それでもやっぱり声を聞いていたいと思う。

 自分の話も聞いて欲しい。

 忍人の胸にしがみつきながら千尋はそんなことを考えてうつむいた。

「顔を上げろ、下を向いていてはせっかく平和になった国を見ることができないぞ。」

「へ?」

 言われて視線を上げてみれば、並足で進む馬の上からは綺麗な景色がよく見えて…

 緑に覆われた大地、遠くに見える豊かな森、道端に咲いている花の一輪までが輝いて見える。

 遠くで復興作業に励む人たちの姿は皆、とても生き生きとしているようだ。

 どんなに馬が先へと進んでも、どこの風景も似たようなもの。

 どこへ行っても美しい自然、生き生きとしている人々、そして花の香り。

 穏やかな風と暖かい陽射し、時折聞こえてくる鳥の声と人々の笑い声。

 もちろん、戦いの傷跡が全てなくなったわけではないけれど、それでもついこの間まで戦いに明け暮れていたことを思えば大きな進歩だ。

 次々に現れる風景を眺めているうちに千尋の顔には自然と笑みが浮かんだ。

「不思議だな。」

「はい?」

「桜を見た時も思ったが、俺はこうして君の治める平和なこの国を共に見たいととても強く願っていた気がする。」

「忍人さん…。」

 見上げる忍人の顔はいつもの険しさが少しだけなくなって、優しくて…

 自分を支えてくれる忍人の腕は力強くて温かくてとても安心で…

 千尋はとても幸せな気持ちになって忍人の胸にもたれかかると目を閉じた。

 伝わるぬくもりと陽射しが暖かい。

 いつまでもこうしていたい、そう思ううちに千尋は意識を手放した。

「眠った、のか?」

「……。」

 腕にかかる重みが変わって、忍人は初めて千尋が眠ったことに気づいた。

 風早の話ではこの若い王はずいぶんと政務に励んでいるらしい。

 きっと疲れが溜まっているのだろう。

 そう思えば起こす気にもなれない。

 だから、今はこのまま寝かせておくことにしよう。

 こうして共に平和な国を眺める時間なら、これから先いくらだってあるはずなのだから。

 そう思えば忍人の顔にも笑みが浮かんで…

 すやすやと寝息をたてる主を腕に抱き、忍人はもう少しだけ馬を先へ進めることにした。

 そうすれば宮へ帰るまでの時をのばして、少しだけ長くこの恋人をかき抱いていることができるから。









管理人のひとりごと

忍人さんですからねぇ、そう簡単にラブラブにはなってくれなさそう(’’)
でも、千尋ちゃんが寝ている間ならちょっとだけ(w
馬ってこの時代乗ってなかったんだろうなぁ、だからみんな歩いてたんだろうなぁ
とは思いつつ、忍人さんがたまたま懐いた馬に乗ってるってことで許してください(’’)
こうでもしないと忍人さんは千尋ちゃんに密着してくれそうになくて…(マテ
まぁ、1作目なんでこんなもんでご容赦を(^^;






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