
常勝の将軍、鉄面皮、鬼将軍。
これが葛城忍人という人物の周囲の主な評価だ。
そしてこの評価はたいていの場合、真実を言い当てている。
だから葛城忍人の周りはたいていいつもぴりぴりとした緊張感に包まれていた。
なんといっても眼光鋭い常勝の将軍は、訓練中もその鋭い視線を部下達に向け続けているのだ。
最近は女王の婚約者となったという事実を知らない者はないのだが、この恐ろしい将軍がどうして王の心を射止めることができたのか誰もが不思議がっている。
鬼将軍葛城忍人が恋人とどんな顔をして二人の時間を過ごしているのか、彼の部下には想像もできなかった。
そんな葛城忍人が、今日、青空の下での訓練中に部下から目を離して何か考え込み始めたものだから、部下達は騒然となった。
忍人が部下の訓練から目を離すなどということはまずめったにないことだ。
しかも何やら難しそうな顔をして考え込んでいる。
これは中つ国の一大事かと忍人の部下達はいつもよりも更に気合を入れて訓練をこなした。
常勝の将軍が眉間にシワを寄せて考え込むほどの大事が起きているのなら、自分達が出陣する日も近いかもしれない。
これは訓練も身を入れて行わなくてはと一同気合が入ったのだ。
兵士達の掛け声が晴れた空に響き渡っているそこへ、ひょっこりと柊が姿を現した。
「ずいぶんと気合が入っていますね。」
手に竹簡を持ってやってきた柊は、忍人の隣へ並ぶと弟弟子の顔をのぞきこんだ。
ところが、忍人はというとどうやら隣に柊がやってきたことにも気づいていないようで、黙々と不機嫌そうな顔で何か考え込んでいる。
いつもなら背後に立っただけで白刃が飛んでくるはずだがと柊は小首を傾げた。
「忍人?どうかしたんですか?」
再び柊が声をかけて、忍人はやっとその視線を隣に向けると、驚いたように少しだけ目を見開いた。
「柊?」
「ずいぶん深刻そうに考え込んでましたね。何かありましたか?」
「いや、何も…。」
「訓練にずいぶん力が入っているようですから、何か国の一大事でも起きて対処法を考えていたのかと思ったんですが…。」
「は?」
何を言っているのかと問いたげな顔で柊を一睨みしてから、忍人は兵士達へと視線を向けた。
そこには、いつも以上に気合を入れて訓練にいそしむ部下達の姿が…
「出兵の予定でもあるんですか?私は聞いていませんが?」
「…ない……。」
「となると、忍人は何についてそんなに考え込んでいたんでしょうか?」
「……。」
面白そうに問い詰める柊に忍人は殺気さえ感じられる視線を向けた。
どうやら聞かれたくないことを考えていたらしいと本能で察して柊の顔が怪しげな笑みで満たされる。
「鬼の将軍が眉間にシワを寄せて、部下の面倒を見ることも忘れて考え込んだりするから、部下達が右往左往してるじゃないですか。たぶん、私と同じことを考えたのでしょう。」
「……。」
「国や軍のことを考えていたということではないようですし、さて、では何についてそんなに真剣に考えていたのやら…私もまだまだ未熟、皆目見当がつきません。」
明らかに面白がっている。
そうとわかっていても返す言葉が見つからなくて、忍人の眉間に浮かんだシワがただただ深くなっていく。
そんな弟弟子の様子を見て更に面白そうに口角を上げた柊が次の言葉を放とうと息を吸い込んだ瞬間、二人の前に千尋が姿を現した。
突然のことに忍人だけでなく、柊も目を丸くする。
女王である千尋はだいたい一日の行動があらかじめ決められていて、その予定から外れた行動を起こすことはほとんどない。
今日は一日政務と賓客との面会に追われる予定で、こんなところに顔を出している暇はないはずだった。
それは将軍である忍人も軍師である柊も心得ている。
それなのに、その忙しいはずの女王が現われたのだ。
これは何か一大事かと思いもしたが、目の前に立つ千尋は何やら恥ずかしそうな笑みを浮かべているではないか。
何がなんだかわからずに、忍人と柊は一瞬視線を交わして小さく首を傾げた。
お互いに千尋がここへ姿を現す理由について思い当たることはないらしい。
「我が君、このようなところへお越しとは、何か大事でもありましたでしょうか?」
状況がどうあれ、自分の前で恋人に親しげに話しかけるはずもないだろうと思われる忍人にはかまわずに口を開いたのは柊だった。
このまま放っておくとむっつりと黙り込んだ忍人と恥ずかしげに顔を赤くした千尋との間に放置されかねない。
柊の顔にはどこかあきれたような苦笑が浮かんでいた。
「えっと、その……別に急な用事があったとかそういうことじゃなくて…。」
言いよどむ千尋に柊は小首を傾げた。
どちらかというと千尋は思っていることをはっきりと口にするタイプだ。
その千尋が言いよどむとなると…
「ああ、私は少々用があったのを失念しておりました。御前を失礼させて頂きます。」
「へ、柊?」
千尋が目を白黒させているうちに柊は忍人を一瞥して去っていってしまった。
風のように去っていく兄弟子の背をこれでもかといわんばかりに睨みつける忍人に千尋が小首をかしげる。
「柊どうしちゃったんだろう、予定を忘れてることなんて珍しい。」
「君が気にするようなことではないだろう。どうせろくな用事じゃない。」
「そんなことは…。」
相変わらずの忍人の言いように千尋が苦笑していると、柊の背を射抜いていた忍人の視線が千尋へと向けられた。
「それで、君は何故ここへ?視察の予定はなかったと思ったが…。」
「し、視察じゃないです!」
慌てる千尋に今度は忍人が首を傾げた。
公務でもないのにこんなところまで女王が一人で出かけてくることがもう不思議だ。
そう思いながら忍人は辺りを見回して眉間にシワを寄せた。
「忍人さん?」
「君はまだ一人で出歩いているのか?風早はどうしたんだ?」
「気をきかせてくれたというかなんというか…。」
顔を赤くしてうつむく千尋を見つめていぶかしげに顔をしかめて…
たっぷり10秒ほど考えてから忍人は何かに気づいたように深い溜め息をついた。
「風早が気をきかせてついてこなかった、か。」
「あ、はい。私は別に気にしないでって言ったんですけど…。」
「つまりそれは、君は女王として仕事に追われているのにも関わらず、俺に会いに来たという理解でいいか?」
「その理解でいいです。」
これは怒られると予想したのか千尋の声はだんだん小さくなって、その顔には悲しそうな色が浮かんだ。
「仕事がたまってるっていうのはよくわかってるんです。でも、どうしても忍人さんに会いたくなっちゃって…仕事も上の空になってしまって…そうしたら風早が少しゆっくり会ってきた方がいいって言ってくれて…。」
「残りの仕事は風早が引き受けたというわけか。」
「はい…。」
みるみるうちにしゅんとなる千尋を前に再び溜め息をついた忍人は、すぐに千尋の手をとって歩き出した。
驚いたのは千尋だ。
これは強制的に執務室に連行されるのかとその目に涙さえ浮かんできた。
ところが、忍人が千尋の手を引いて歩いていくのは風早の待つ執務室のある方ではなくて…
「忍人さん?」
「ゆっくりしてきていいと言われているのだろう?」
「あ、はい、今日の残りの仕事は風早がなんとかしてくれるって…。」
「ならゆっくりすればいい。」
「いいんですか?」
恐る恐るそう尋ねると、忍人は足を止めて千尋の方へ振り返った。
そこには今まで浮かんでいた不機嫌そうな表情はなくて、どこかはにかんだような、忍人にしては珍しい顔があった。
「訓練の方はどうやら俺がいなくとも皆必死でやっているようだし、君がその調子では確かに王としての仕事も進まないだろう。」
「すみません…。」
「いや……。」
更に落ち込んでいく千尋を前に忍人は明らかに動揺を見せた。
戦場では決して揺らぐことのない瞳が激しく揺らぐ。
千尋はその様子に驚いて目を見開いた。
「言い方が悪かった。俺も君と同じで今日は訓練に身が入らなかった。」
「はい?」
「だから、俺も君の事を考えてしてしまって仕事がおざなりになっていた。二人で少しゆっくり過ごそう。」
「忍人さんも私に会いたいって思ってくれたんですか?」
「当然だ。」
まるでこの戦に勝てると思っているのですか?とでも聞かれたときのように淡々と「当然だ」と答えてくれたことが嬉しくて、千尋の顔には幸せそうな笑みを浮かんだ。
「君は俺をなんだと思っているんだ?」
「戦場では負けたことのない葛城忍人将軍。」
間髪いれずに答えた千尋に忍人は本日何度目になるかわからない溜め息をついた。
「将軍でも思い人を想うくらいのことはする。」
「なるほど…って、え?」
妙に納得してから何を言われたのかに気づいて千尋が顔を赤くしている間に、忍人は千尋の手を引いて再び歩き出した。
「お、忍人さん、どこへ行くんですか?」
「二人きりになれるところへ。」
思いがけない忍人の言葉に千尋は顔を真っ赤にすると、広い背中をただひたすら追いかけて歩き続けた。
いつもは恐い顔で軍を指揮している人がたまに見せてくれるこうした優しさや愛情は千尋に思いがけない幸せをもたらしてくれる。
そのことを実感しながら千尋は自分の手を引く忍人の手の大きさとぬくもりにも幸せを感じていた。
二人きりになったらまず最初に大好きですと伝えよう。
こんなふうにしてくれる忍人さんが、前よりもっともっと好きになりましたと。
管理人のひとりごと
体調不良と戦いながら書いたので、あまりパワーのある話ではないかも(’’;
ただ、いつもしかめっ面の人が恋心に夢中になるとかわいいよねって話…だったはず…
忍人さんは絶対に硬派だと思うので(笑)たまに見せる恋人への想いはステキと思います♪
殿下とか風早は安売りしすぎ(マテ
まぁ、そんな大安売りな二人も管理人は大好きです!(コラ
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