彼の人に似て
 千尋は昼食後の一時を風早と共に過ごしていた。

 珍しく政務が早く片付いたので自由時間を満喫中だ。

 風早が気を利かせて今では許婚となった忍人を呼んでくれたのだが、どうやら将軍としての仕事が忙しいらしくてすぐにはこられないとのことだった。

 何よりも王のお相手優先だろうにと憤慨する風早をなだめて、千尋は今、竹簡の束を手にお茶を飲んでいた。

「千尋、政務が終わったのに竹簡なんて、何を読んでるんですか?」

「ん〜、ちょっと勉強しておきたいことがあって忍人さんに借りたの。柊に借りても良かったんだけど、柊に頼もうかなって言ったらろくなものを貸さないだろうから自分が貸すって忍人さんが。」

「忍人らしいですね。」

 相変わらず柊に全幅の疑惑を抱いているらしい忍人に苦笑して、風早は千尋の後ろから竹簡を覗き込んだ。

 それは想い人に借りたものなのだから熱心に目を通す気持ちはわかる。

 だが、そこまでして読んでおきたいものの内容が知りたかった。

 忍人が千尋に積極的に提供する竹簡の内容、というのにも興味がある。

 千尋が抵抗しないのをいいことに風早がじっくりそれを覗いてみると…

「千尋、これは…。」

「風早はもう読んだことあるんでしょう?岩長姫も持ってるって言ってたし、風早も岩長姫のお弟子さんだもんね。」

「それはそうなんですが…。」

「やっぱりね、勉強しておかないとなって思ったの。」

「そう、でしょうか…俺としては千尋はもっとその…なんていうか…違う勉強をしてもいいような…。」

「違う勉強?」

 竹簡からやっと目を離して、千尋は自分の席へと戻る風早を見つめた。

 疲れきったような顔をしている優しい従者は、小さな溜め息をついて千尋に苦笑を浮かべて見せた。

「どんな髪飾りがあるのかな?とか、綺麗な衣装のデザインとか…。」

「それじゃ向こうの世界の女子高生みたいじゃない。」

 千尋はそう言ってクスッと笑った。

 それはそうだ、千尋は女子高生だったのだから何の問題がある。

 と、風早は心の中でつぶやいてみるが、目の前の千尋はどうやらそうは思っていないらしい。

「私はまだまだ王としては半人前だし、忍人さんも風早も柊も、他のみんなも私のことをたくさん助けてくれるけど、でも、私だってちゃんと努力しなくちゃいけないなって思ったの。」

「だから戦術についての竹簡ですか?」

「戦いに勝つためには必要でしょう?もちろん、奇抜な作戦とかは柊が考えてくれるんだろうけど、王道くらいは私も知っておいた方がいいいかなって。あと、武器。」

「はい?」

 風早の苦笑が一瞬のうちに驚愕に変わる。

 千尋は今読んでいる竹簡とは別にもう一つの竹簡を取り出すとそれを風早に手渡した。

 恐る恐る風早がその竹簡を開いてみる。

「それもね、忍人さんが貸してくれたの。今までに使われた武器や兵器の情報を忍人さんがまとめてあるものなんだって。それは忍人さんのオリジナルだからすごーく貴重なんだから。」

「はぁ……。」

「常世とも連絡をとって向こうの武器についても色々教えてもらってそれも書いてあるって。」

「そう、ですか…。」

「もちろん、今までに使われた武器や兵器の長所と短所をまとめてあって、これからどんな武器を開発すればいいかも忍人さんはちゃんと考えてるの。」

「それはまぁ、忍人はそうでしょうね……。」

「私が向こうの世界で見た武器の知識とか生かせないかなと思って色々考えてるんだけど、材料とかがないからやっぱり難しくて…。」

 風早は広げていた竹簡をまとめて千尋に返しながら深い溜め息をついた。

 あんなに可愛らしかった姫がどうしてこんな事態に陥ってしまっているのか。

「千尋、そういうことは忍人と道臣殿に任せておいていいと思うんですが…。」

「ん〜、そうかもしれないんだけど…。」

「専門家にはかないませんしね、千尋にはもっと政で学ばなくてはならないこともあるでしょう?それに、女の子らしく楽しいことをするのも別に悪いことじゃないんですよ?それくらいの時間は俺や柊が作りますから。」

「それは…。」

 風早がなんとか千尋にもっと少女らしい生活を楽しんでもらいたい一心で離してみれば、千尋は悲しげにうつむいてしまった。

 竹簡を握っている細い手が小さく震えているようにも見える。

「千尋?」

「……専門家に任せるのが一番だってわかってるし、私には政もあるってわかってるの、風早が心配してくれてるのもわかってるんだけど…でも……。」

「何か、他に理由があるんですか?軍について勉強する。」

 静かにそう問いかければ、はっと千尋の視線が上がった。

 当たりだ。

 風早の予想は的中したようで、どうやら軍事について千尋が学んでいるのはただ単に王としてその道に通じている必要を感じたからというわけではないらしい。

「千尋?」

「それは…。」

 千尋が何か言いかけたその時、部屋の向こうで声がして、風早が苦笑しながら扉を開けた。

 聞こえてきた声の主は隙の無い身のこなしで中へと入ってきて…

 その姿を目にした千尋の顔にはパッと花の咲いたような笑みが浮かんだ。

「忍人さん、こんにちわ。」

「王が休憩に入るから茶の相手をしろといわれてきたのだが…休憩時間に勉強をしているのか?君は。」

 部屋へ入って目に入った光景に驚いて、忍人は目を丸くした。

「お茶の相手をしろって…風早はどういう誘い方したの?」

 一方の千尋は扉を閉めて戻ってきた風早に苦笑して見せた。

「忍人のことですからただ千尋と楽しくお茶にしませんかといったって来るはずが無いと思ったので、千尋のお茶の相手は義務っていう感じにしてみました。」

「してみましたって……ごめんなさい、忍人さん。」

「いや……。」

「忙しいところせっかく来てもらったし、ゆっくりお茶飲んでいってくださいね。」

 千尋がそう言って微笑みかけるのと同時に風早が手早くお茶をいれて、忍人が座るべき椅子の前に置いた。

 まるでそこに座れと命令されたようだと思いながら忍人が椅子に座って溜め息をつく。

 風早という男は昔からやたらと人当たりが良くて穏やかな性格をしているが、こと二ノ姫のこととなると絶対に譲らないという頑固者だ。

 今回も、千尋と一緒に茶を一杯飲むまでは絶対にこの部屋から出さないという雰囲気が風早の体全体からにじみ出ていた。

「忍人さんは新兵の訓練してたんですか?」

「ああ、新しい陣形を覚えさせていた。これからは大軍を相手に戦う機会もあるかもしれん。」

「この前言ってたあの大規模な陣形のことですよね。」

「覚えていたのか。」

 そう言って忍人がうっすら笑みを浮かべたのを風早は見逃さなかった。

 そして、その忍人の笑顔を見て嬉しそうに微笑む千尋の顔も。

「ああいう大規模な陣形を使う場合って広く開けた地形で戦うことが条件になりますよね?」

「そうなるだろうな。」

「でも攻城戦についても考えるって言ってませんでしたか?」

「よく覚えているな。」

「で、新しい兵器についてちょっと考えてみたんです。」

 感心されて嬉しそうな千尋はそのまま何やら兵器の話をし始めた。

「投石器は有効だと思うんです。でも、大きさを少し変えて…。」

「ほぅ、用途に合わせて投石器の性能を変えようというのか。」

「はい。城門を破るだけなら大きなのをいくつかっていうのもありですけど、城の中の兵に損害を出したいならもう少し小さめの石をたくさん上から降らせる感じにできる投石器がいいかなって。そうすれば連続で投石できるのでより味方に被害を出さずに敵に損害をあたえられるんじゃないでしょうか。」

「ふむ、なるほどな…。」

 千尋の話を興味深げに聞いて忍人は考え込んだ。

 その様子を千尋が嬉しそうに見つめている。

 そして風早は、そんな千尋を見て全てを悟った。

「忍人。」

「なんだ?今大事なことを考えているんだが?」

「千尋には何色が似合うと思いますか?」

「はぁ?」

 いつものように穏やかに微笑んでいる風早の顔が忍人のすぐ側にあった。

 にじり寄られたと言った方がいいだろう。

 忍人はそんな風早の目が全く笑っていないことに気付いてハッと息を呑んだ。

「な、何を…。」

「千尋にはやっぱり白だと思うんですよ、俺は。」

「は?」

「忍人は何色が似合うと思いますか?」

「か、風早、なんの話?」

「色の、千尋に似合う色の話です。」

 驚く千尋を無視して、風早は更に忍人ににじり寄る。

 忍人が少しだけ体をのけぞらせた。

 目の前の風早はあまりにも迫力がありすぎる。

「そ、それは……そうだな、藍、とか……。」

「藍、だそうですよ、千尋。」

「へ?」

「俺は断然白だと思いますが。」」

「か、風早?」

 あたふたしている千尋にニコリと笑みを浮かべて見せて、風早は自分の椅子へとその体を戻した。

 忍人がほっと小さく安堵の溜め息を漏らす。

「それで、何故今そんな話をした?」

「忍人、千尋が休憩中に勉強をしているのか?と聞きましたね?」

「ああ、それが?」

「千尋は忍人に自分との会話を楽しんでほしくて、詳しくない軍事について懸命に勉強しているんですよ。」

「か、風早っ!」

 どうやら図星だったらしい千尋が大声を上げた。

 その顔は真っ赤に染まっている。

 そんな千尋を見て目を丸くした忍人は小さく溜め息をついた。

「それで、たまには似合う色の話でもしろ、と言いたいのか?」

「そういうことです。」

「なるほどな。」

「そ、それだけが理由じゃないんですけど…。」

 真っ赤な顔でうつむく千尋を見て、忍人は何か考え込むと、それから風早を見つめて再び考え込んでしまった。

 この二ノ姫命の従者ならいくらでも主の気に入る話ができるのだろうが、忍人ではそう簡単にはいかない。

 だいたい、これまで女性と長く話した経験も無いのだ。

 思い返せば親しく話をした女性というと岩長姫くらいしか思いつかない。

 が、岩長姫をそもそも女性ととらえていいのか?と忍人には新たな難題が湧き上がってしまう。

「千尋も忍人も、なんというか、もう少し自然にするといいですよ。千尋は忍人に気に入られようと努力しすぎです。千尋はそのままでも十分可愛いんですから、だから忍人だってベタ惚れなわけですし。」

『べ、ベタ惚れ…。』

 千尋と忍人が全く同じタイミングで全く同じ言葉を発して、二人は互いに顔を見合わせて慌てて視線をそらした。

 そんな二人に風早が苦笑する。

「だいたい、忍人は忍人で千尋の夫になるからといって仕事を増やしてどうするんです。もう少し千尋といる時間を作ってあげてください。一緒にいるだけで何も話なんかしなくたってかまわないんですから。そうしないと千尋が寂しがります。千尋を寂しがらせたりしたら…わかりますよね?」

 全く目の笑っていない笑顔で見つめられて忍人はゆっくりとうなずいた。

 どうなるかはよくわかっている。

 どこかでいきなり切り付けられたり、ニコニコと微笑みながらとんでもなく重い拳で殴られたりするのだ。

「俺はせっかく愛らしく育ってくれた俺の姫が軍事オタクになっていくのを見るのはしのびないんですよ。」

「ぐ、軍事オタクって……。」

「そういうことですから、今日は夜まで二人でゆっくり過ごしてください。」

「へ、風早?」

 千尋が呼び止めようとするのをさらりと笑顔で流して、風早はさっさと部屋から出て行ってしまった。

 千尋と二人でいてやれと忍人には口うるさく言っているのに自分が邪魔をしていたのでは仕方がない。

 そう思ったからだ。

 ところが、二人きりになったらなったで千尋の方は慌ててしまった。

 何をするでもなく忍人と二人きりとうシチュエーションになったことがない。

 夕食なら二人きりで楽しく食べられるのだけれど、何もすることがないというのは珍しい。

「え、えっと……。」

 これはやはり軍事の話でもしようかと千尋が話題を探しかけたその時、忍人が立ち上がって窓辺に立った。

「風早の言う通りかもしれないな。」

「はい?」

「何よりも大事なのは俺が君の夫にふさわしく働くことではなく、君の夫らしく君を大切にすることだったかもしれない。」

「へ?大事にしてもらってますよ?」

「だが、気を使わせた。」

 そう言って忍人は机の上に開かれている竹簡を片付けた。

「忍人さん…。」

「白かもしれないな。」

「はい?」

「君に似合う色だ。」

「へ。」

「だてに長く側にいないな、風早は。」

 そう言って千尋に歩み寄った忍人はまじまじと赤くなっている千尋の顔を見つめると、さっとその唇に掠めるような口づけを落とした。

「お、忍人さん?」

 昼間からそんなことをする人だったろうか?と千尋が慌てていると、忍人は小さく息を吐いて千尋の手をとり、その体を引き寄せた。

 勢いで立ち上がった千尋はそのまま忍人にかき抱かれる。

「今日はずいぶんと天気がいいようだ。どこか散歩へでも行かないか?」

「へ、でも、いいんですか?お仕事…。」

「一緒に散歩へ行かせてくれ。でないと、俺は風早に闇討ちされる。」

「そ、そんなことは…。」

 ないだろうと否定しようとして忍人を見上げると、そこには楽しそうにしている恋人の笑顔があった。

 どうやらこれはからかわれたのかと千尋が気付いた時にはもう、忍人は千尋の手を引いて歩き出していた。

 そして、恋人の手を引く忍人はというと…

 こうでもしないと間違いなく闇討ちされると心の中でつぶやいていたのだった。








管理人のひとりごと

忍人さんの話、のはずなんですが…
なんでパパ出張るかなぁ(’’)(マテ
お嫁にやるお父さんは旦那さんのしつけも始めましたよ!
千尋ちゃん泣かせたらマジでお父さん恐いですよ…
なんたって麒麟だし…何されるかわかりませんよ…(コラ
許婚になったはずの二人ですが、なかなか距離が縮まりません。
まぁ、忍人さんはそうだろうなぁと…
なかなかいちゃついてくれなさそうだもん(’’)
で、お父さんはやきもきするわけですよ。
千尋には幸せになってほしいけど忍人には千尋をあげたくない!
そんなお父さんの話になった気がする…
ごめんね、忍人さん(TT)







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