正式
 葛城忍人が黙って座ったまま、眉間にしわを寄せて身動きしないこと数時間。

 遠くを取り巻く人の群れは既に数十人に膨れ上がっている。

 というのも、誰が近づこうとも忍人は目もくれず、誰に話しかけられても生返事のまま身動きしないでいるからだ。

 不敗の将軍、葛城忍人がこんな状態でいるところなど誰も見たことがない。

 だから、最初は皆、物珍しくて寄って来たのだが、今となってはあの葛城将軍がこんなにも真剣に考え込むなど、よほどの大事があるに違いないと、周囲を取り巻く人々には不安さえ漂い始めていた。

 それほど、忍人は真剣な顔で考え続けているのだ。

 そのあまりの気迫におののいて誰も声がかけられないでいるところにふらりと柊が姿を現した。

「この騒ぎは…。」

 つぶやいて群集の視線をたどればその先には眉間にシワを寄せた忍人の姿が…

 柊はその顔にニヤリと笑みを浮かべて何か考え始めた。

「柊、その顔はあまりいいことを考えていない顔、かな。」

「風早ですか…。」

「ところでこの騒ぎは…。」

「どうやら騒ぎの元凶は不敗の将軍葛城忍人らしいですよ。」

 面白そうに言う柊に促されて風早が忍人へと視線を向ければ、そこにはうめき声さえあげそうな顔の忍人がいた。

「あれは考え事…かな?」

「ずいぶんと悩んでいるようです。ここは一つ、兄弟子としては力になるべきでしょうかね。」

「忍人が柊の力を借りるとは思えないな。」

 そう言って風早が苦笑していると、そこへ一番騒がしい人物がやってきた。

「なんだいなんだい、この騒ぎは。」

「先生。」

「師君。」

「あの死ぬほど仏頂面の男は何やってんだい?」

 何事かと寄って来た岩長姫は不機嫌そうに顔をしかめて忍人をにらみつけた。

「考え事をしているようなのですが…。」

「なぁに物騒なこと考えてんだい?あの顔は。」

「物騒なことじゃないと思いますよ、先生じゃないんですから。」

 苦笑しながら言った弟子に一瞥をくれると、岩長姫は恐れおののく群集たちは無視してスタスタと忍人へ歩み寄った。

 これはチャンスとばかりに柊と風早も後を追う。

「忍人、何やってんだい?」

「……師君?」

 呆けたような声を出してからあからさまに嫌そうな顔をした忍人を見て、岩長姫は深い溜め息をついた。

「あんたが鬼の形相で考え事なんぞしてるから、みんな恐がっちまってるじゃないか。」

「は?」

 岩長姫に言われて忍人は初めて辺りを見回した。

 すると、岩長姫のすぐ後ろにいる二人の兄弟子はともかく、その更に向こうにいる人の群れは誰もが何やら怯えている様子だ。

 忍人はそれを確認して深い溜め息をついた。

「別に鬼の形相で考えていたわけでは…。」

「あんたが真面目に物を考えるとそうなるんだよ。なんだい、今度はどんな陣形を考えてたんだい。」

「師君…別に俺は陣形のことしか考えていないわけじゃありません。」

「じゃぁ、新しい武器の開発でもしてんのかい?そんなもん常世の連中に任せておきゃいいんだ。」

「……師君、俺は戦のことしか考えていないわけでもありません。」

 今度は岩長姫が背後にいる弟子達と顔を見合わせた。

「あんたが戦以外のことで何をそんなに試験に考えるっていうんだい?」

「それは……人に話すようなことでは…。」

 忍人はそう言いながら自分を遠巻きに囲んでいる群衆をにらみつけた。

 それだけで一瞬にして群集が蜘蛛の子を散らすかのように去っていく。

 その様子を見て面白そうにニッと笑った岩長姫は腕を組んで忍人をじっと見つめた。

「人に話すようなことじゃなくても師匠になら話せるだろう?」

 明らかに面白がっているという顔の岩長姫の顔を見て忍人は深い溜め息をついた。

 よくよく見れば岩長姫の背後にいる二人の兄弟子も何やら楽しげだ。

 師匠が師匠なら弟子も弟子だと思いながら忍人が口をつぐんでいると、岩長姫がずいっと忍人ににじり寄った。

「さ、戦のことしか頭にない常勝の葛城将軍が何をそんなに思いつめているのかこの師匠に相談してごらん。」

 絶対にろくなことにならない。

 そうとわかっているのに忍人は口を開かずに逃がしてもらえそうにはなかった。

 何しろ、岩長姫の背後に立っていたはずの二人の兄弟子が、師匠に指示されたわけでもないのに忍人を逃がすまいと取り囲んだのだから。

 剣の腕にはそれなりの自信がある忍人だが、師である岩長姫のみならず腕の立つ兄弟子二人を同時に相手にしてまで逃げおおせるとは思っていない。

「わかりました、話しますからそう詰め寄らないで下さい。」

 どこからどう見ても不機嫌だとわかるその無愛想な顔でそう言って、再び深い溜め息をついてから忍人はゆっくりと口を開いた。

 これがとんでもない事態を招こうとは…

 いや、嫌な予感だけはしていたのだが…





 夜。

 千尋は自分の部屋でゆっくりとお茶を飲んでいた。

 目の前にいるのはニコニコと上機嫌の風早だけだ。

 こうして風早と長時間一緒にいることはいつものことなので、千尋も気にせずお茶を楽しんでいるのだが、それにしてもと午後から今までのことを思い出さずにはいられない。

 昼食が終わって少し休んでいると風早が何やら上機嫌で戻ってきた。

 それからはいつものように午後の政務を再開したのだけれど、とにかく風早はニコニコといつも微笑んでいて機嫌がいいのだ。

 まぁ、この従者が微笑んでいるのはいつものことと言えばいつものことなのだけれど…

 それに、夕食を一緒にとった時の忍人の様子も気になった。

 いつものように見回りの報告をしてくれて、一緒に夕食をとってくれたのだけれど、こちらはこちらでずっと憮然とした表情だったのだ。

 これもまぁ、忍人は常に憮然とした表情で歩いている人物ではあるのだけれど、千尋と二人でいる時は少し表情が柔らかくなってきたと思っていたのに、今日はすっかり機嫌が悪そうな忍人に戻ってしまっていた。

 自分が何か機嫌を損ねるようなことをしたのだろうかと尋ねてみれば、忍人は何を言われているのかわからないというようにキョトンとして、すぐに否定してくれた。

 個人的な問題で調子が悪いのだが、すぐに解決することだから気にしないようにとも言われた。

 そういわれてしまっては千尋にはそれ以上どうすることもできなくて、黙って夕食を終えたのだ。

 忍人を送り出すとやっぱり上機嫌なままの風早が戻ってきて、すぐにおいしいお茶を入れてくれて今に至る。

「千尋。」

 そんな午後からの一時を改装していた千尋の耳に風早の声が届いた。

 相変わらず機嫌がよさそうで優しいその声に、千尋が振り返る。

「なに?」

「ちょっと散歩に行きませんか?」

「へ?」

 ニコニコと微笑んでいる風早から千尋は慌てて窓の外へと視線を移した。

 そこには綺麗な満月が昇っている。

「えっと、もうずいぶん夜も更けてると思うんだけど…。」

「でも、月がとても綺麗ですよ。」

 そういう風早はどうも譲る気がないらしい。

「うん、じゃぁ、行こうかな。」

 苦笑しながら千尋がうなずくと、風早は嬉しそうに微笑んで部屋の扉を開けた。

 宮の中はもうずいぶんと静かになっている。

 それくらい夜も更けているのだ。

 もちろん、風早と一緒ならそんな夜の外出も決して恐ろしくはないけれど。

 でも、と千尋は少しだけ残念に思った。

 これが忍人さんと一緒だったらな。

 と、隣を歩く風早には申し訳ないけれど、どうしても考えてしまうのだ。

「ねぇ、風早、どこまで行くの?」

「月が綺麗に見える所があるんですよ。ちょっと小高い丘になっていて、そこまで行って綺麗な月を見ましょう。」

 と断言した風早はどうやら千尋の意見を聞くつもりは全くないらしい。

 人当たりのいい風早だが、譲らないところはニコニコと微笑みながら譲らないというところがある。

 千尋は苦笑しながら風早の隣を歩き続けた。

 これは風早に最後まで付き合うしかないらしいと今までの経験でわかっているからだ。

 もちろん、千尋がどうしても嫌だといえば止めてくれるのが風早だが、別に月夜の散歩が嫌なわけでもない。

 二人でのんびり月の下を歩いていけば、確かに月が綺麗に見える少しだけ高台になっている所が見えてきた。

 ところが…

「あれ、風早、あそこに誰かいない?」

 その高台のちょうど頂上に人影を見つけた千尋が足を止めると、風早はそんな千尋の手をとってどんどん人影の方へと歩き出した。

「ちょっと、風早?」

「いいんです、待ち合わせてるんですから。」

「へ?」

 何がなんだかわからない千尋が風早に手を引かれていけば、だんだんと人影がはっきりと見え始めて…

「忍人、さん?」

 風早にやっと解放されたのはその人影がはっきりと忍人であることがわかった時だった。

 千尋はフラフラと忍人へと歩み寄る。

「どうしたんですか?こんな所で。」

「君に話がある。」

「はぁ…えっと、こんな時間にこんな所でですか?」

「こんな時間にこんな所でこんな話をさせられるとは…。」

「はい?」

「いや、こっちの話だ。」

「はぁ…。」

 眉間にしわを寄せてこの上なく不機嫌そうな忍人に、千尋が心配そうな表情を浮かべた。

 こんな時間にこんなところに忍人がいるとは、何かあったのだろうか?

 千尋がそう考えてもしかたがない。

 だが、千尋の不安そうな顔を見て忍人は慌ててコホンと一つ咳払いをしてから口を開いた。

「千尋。」

「は、はい。」

「その…君さえよければ、この葛城忍人を君の、王の夫にしてはもらえないだろうか?」

「………………はい?」

 あまりに突然のことに千尋が目を大きく見開いて凍り付いていると、忍人が目の前で深い溜め息をついた。

「だから、こんな場所でこんな時間にこの話をするのはどうかといったのだ…。」

「はい?」

 心の底からあきれたような溜め息をつく忍人を千尋はただただ目を丸くして見つめるしかできない。

「それはあんたの話し方に問題があるんだろうが。」

「岩長姫?」

「言の葉にはもう少し使い方と言うものがあるでしょうに。」

「へ?柊?」

「まぁ、忍人ですからねぇ。」

 どこに隠れていたものか岩長姫や柊まで現れて、千尋は軽くパニックだ。

「師君が結婚の申し込みなどと言うものは雰囲気が大切だなどとよけいな気を回すからおかしなことになっているのです。」

「あんたみたいに机はさんで竹簡見つめるみたいなかっこうで結婚の申し込みなんかされて女が嬉しいもんかね。」

「確かに、師君のものとは思えぬ我が君への乙女らしいお気遣いです。」

「なんか言ったかい?柊。」

「いえいえ。」

 ギロリと岩長姫に睨みつけられて柊は苦笑しながら両手を軽く上げて見せた。

 どうやら希代の軍師も師にはお手上げらしい。

「千尋、これでも忍人は先生の忠告に従ってロマンチックなプロポーズと言うのをしてくれているんです、答えてあげてくれませんか?」

「へ?あれ、あ、そうか……。」

 風早に改めて説明されて、千尋はやっと忍人に言われた言葉の内容を理解した。

「こ、これってプロポーズなんだ?」

「そうですよ、間違いなくね。」

 風早にもう一度確認してうなずかれて、千尋は目を大きく見開くとすぐに忍人へ視線を戻した。

「喜んで!喜んでお嫁さんになります!してください!」

 顔を真っ赤にして慌てたように千尋がそういえば、やっと忍人は安堵の溜め息をついた。

「ありがとう。君の、王の補佐をしっかりできるよう心がける。」

「バカかい、あんたは。」

 千尋が嬉しくてにっこり微笑むのと同時に岩長姫の罵声が響いた。

 驚いて千尋が岩長姫を見れば、岩長姫は腕を組んで仁王立ちのまま忍人を睨み付けていた。

「何が王の補佐だい、あんたは今、愛しい女に結婚を承諾してもらったんだろうが。好いているとか幸せにするとかそういう言葉は出てこないもんかい。」

「……師君からそういう言葉を聞くと…。」

「それについては私も忍人に賛成です。」

「あぁ、確かに。」

「あんた達…まとめて相手してやろうかね。」

 ぽきぽきと指を鳴らす岩長姫と弟子達の間に慌てて割って入ったのは笑顔を引きつらせている千尋だった。

 さすがに千尋を前にしては岩長姫も弟子達と格闘を始めるわけにはいかない。

「えっと、私は嬉しかったからいいの、ね、岩長姫。このほうが忍人さんらしいし。」

「確かにまぁ、忍人らしいといやぁ忍人らしいかねぇ。なら、柊、酒をお出し。」

「はい。」

「へ?」

 慌てる千尋、あきれる忍人にはかまわずに柊と風早は二人であっという間に宴会の準備を整えてしまった。

 筵を敷いてその上に酒瓶とつまみが並べられる。

 岩長姫は真っ先に筵の上に座るとさっさと酒を飲み始めた。

「ほら、主役がなに突っ立ってるんだい。祝い事といえば酒宴だろう?」

「師君……。」

 ただ酒が飲みたいだけだろうと突っ込もうとする忍人の手を千尋が握った。

 何事かと振り向けば忍人の目には千尋の幸せそうな笑顔が映った。

「いいじゃないですか、月も綺麗だし、みんなが祝ってくれるの、私、嬉しいです。」

「……君がそれでいいなら。」

 あまりに千尋が楽しそうなのでそれ以上反対もできず、忍人は千尋と共に筵の上に座った。

 もうそれから先は大宴会だ。

 何しろ酒豪の岩長姫がいるものだから、酒宴はとても盛り上がった。

 その間、忍人は風早が安心して酔いつぶれてしまうほどぴったりと千尋の寄り添っていたのだった。








管理人のひとりごと

忍人さんプロポーズ大作戦でした♪
忍人さんのことなんで誰かが背中を押さないとだめなんだろうなぁと。
で、押すとしたらやっぱり師君なんだろうなぁと(笑)
結局、ゲーム中で結婚しちゃってる殿下は別にして忍人さんご結婚トップバッター?うち(マテ
おかしいなぁ、サザキ先のはずだったんだけどなぁ…(’’)
なにはともあれ無事?プロポーズ完了。
風早父さんは影でひっそり泣いていたかもしれませんが(笑)忍人さんは幸せいっぱいのはずです♪









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