那岐はお気に入りの場所で昼寝を決め込んでいた。
今日は2月14日。
この豊葦原にそんな風習はもちろんないけれど、千尋は絶対に向こうの世界でも毎年必ずやっていた年中行事を今年もやるはずだった。
そう、バレンタインデーは千尋の大好きな行事の一つだということを那岐は良く知っている。
小さな頃から毎年毎年、よくも飽きずに作るものだと感心さえしていた那岐は今年も間違いなく千尋は何か作って持ってくるだろうと予想していた。
千尋の料理の腕は決して悪くない。
それもそのはずあの風早が、幼い頃からお手伝いと称して料理の練習を何気なくさせた上、高校生になってからは料理は当番制だった。
あの風早が仕込んだ千尋が料理下手なはずがない。
おかげで毎年、おいしいといっても差し支えないレベルのチョコレートやチョコレート菓子を那岐は千尋からもらうことができていた。
今年も、この世界にはチョコレートがないとはいえ、あの風早がついているわけだから、何か甘いものを作って持ってくるのだろう。
そしてそれは絶対おいしいに決まっている。
だったら、そのおいしいバレンタインデーのプレゼントは二人きりになれる場所で受け取りたい。
そうすれば少しはゆっくり千尋と話もできるだろうし、少しくらいなら嬉しいと言ってやることもできるかもしれない。
だから、那岐は千尋しか知らない、人が来ることが滅多にない竹簡の保存庫で場所で待つことにしたのだが…
ただ待っていれば眠くなるのは当然で、千尋がくるまでは自分の腕を枕に昼寝を決め込むことにしたのだった。
目を閉じてしまえば静けさがあっという間に眠気を誘って……
那岐は眠りに落ちていた。
「……那岐ってば…起きて……。」
千尋は自分の腕を枕に気持ち良さそうに眠っている那岐をやっとの思いで見つけた。
朝から一生懸命にお菓子を作って、やっと完成したと思ったら今度はプレゼントしたい相手が見つからなくて、結局バタバタとあちこち走り回ることになってしまった。
見つけるのに時間がかかって、外はすっかり夕日で赤く染まってしまっている。
それでもやっとみつけた那岐の姿に千尋は嬉しくなって笑みを浮かべた。
「那岐ってば。」
見つけてしまえば早くプレゼントを渡したくて、千尋はぐっすり眠っているらしい那岐の体をぐいぐいと揺らした。
すると、那岐の瞼がゆっくりと上がって、その瞳が千尋の笑顔を映し出した。
「千尋?」
「おはよう。もう夕方だけど。」
「ふーん。」
それだけ答えてもう一度寝ようとする那岐の体を千尋は慌ててゆすった。
面倒そうに再び目を開けた那岐に急いで小さな包みを差し出して見せれば、那岐の顔にはうっすらと笑みが浮かんだ。
「バレンタイン、ね。」
「うん!凄く頑張って作ったんだから。」
「じゃあ…。」
自慢げな千尋に那岐は大きく口を開けて見せた。
「へ…。」
「頑張って作ったんなら今すぐ味見するって言ってるんだよ。はい。」
再びなぎが口を開けば、千尋は顔を赤くしながらも小さな包みを解いた。
中から出てきたのは小さくて茶色い焼き菓子。
千尋はその一つを手に取ると、そっと那岐の口の中へと落とした。
「へー、チョコレートとは違うけど、まあ、近い感じにできてるか。」
「でしょ。」
「で。」
「で、って?」
「忘れてることがあると思うけど?」
「………えっと……那岐、大好き。これからもよろしくね。」
真っ赤な顔でテレながらも、そんなふうに素直に言われてしまったら那岐だって悪態の一つもつけやしない。
だから、いつもと同じ悪態の代わりに、那岐はその頭を自分の傍らに屈みこんでいる千尋の膝の上に乗せた。
「な、那岐?」
「これからも末永くよろしく。こんなに寝心地いい枕を他に知らないから。手放す気なんてないよ。」
さらりとそんなことを言って那岐は目を閉じた。
「もぅ、また寝るの?」
不満そうにそう言いながらも千尋の顔には笑みが浮かんでいる。
せっかく見つけた恋人がまた眠ってしまうのは少し不満だけれど、それでも自分の膝が心地いいと言ってくれたから…
千尋は想いをこめて優しく自分と同じ色のその髪を撫でた。