証
 那岐はいつものように木陰で昼寝を楽しんでいた。

 昼寝といっても実際に眠りに落ちていたわけじゃない。

 千尋と想いを通わせてからはすっかり王族としての役割が振り分けられるようになってしまったから、考えなくてはならないことも多かった。

 だから、一人の時も面倒な考え事をしていることがよくある。

 今もそうだ。

 木陰に寝転んではいるけれど、それでも頭の中では国の行く末を考えていた。

 軍備の増強も必要だろうが、それ以前に水害から国を守るにはどうしたらいいか、作物の収穫量を増やすにはどうすべきか、などなど。

 すっかり王族として認知されてしまった上に、現在では千尋の夫候補ナンバーワンと見られているようで、おかげでやたらと重苦しい話を持ってこられることが増えた。

 昼寝も楽しめない人生なんて絶対にありえないと思っていたが、千尋のためならしかたがない。

 鬼道の知識を総動員しながら更に逃亡生活をしていた向こうの世界の知識も動員して那岐がこれからの国の方向性を考え始めたその時、かさりと草を踏む音がして那岐は目を開けた。

「起こしちゃった?」

 そこに立っていたのはもちろん千尋だ。

 そうでなければとっくの昔に鬼道の一発や二発は食らわせている。

「忙しい女王がこんなところで何してるの?」

「忙しいのは那岐だって同じじゃない。」

「僕はいいんだよ、適当にサボるのはいつものこと。」

「それはそうだけど…。」

「千尋も少しはサボりを覚えればいいんだ。」

「私がサボると那岐の仕事が増えるけどいい?」

 悪戯っぽくそういわれて那岐はむすっとむくれて見せた。

 むくれて見せはしたけれど、もちろん千尋が楽できるというのならその分自分が仕事を引き受けるくらいの覚悟はできている。

 そんな内心は欠片ほども見せはしないけれど。

「で、忙しい千尋がこんなところまでなんの用?」

「用っていうか…。」

「昼寝してる僕を責めるためだけにこんなところまで来たわけじゃないんだろ?」

「それはまぁ…。」

 歯切れの悪い千尋に訝しげな顔を見せて、やっと那岐は上半身を起こした。

 どちらかというと千尋ははっきりと物を言う方だ。

 特に那岐は家族として暮らしていた時間が長かっただけに、他の仲間達よりストレートに物を言われることが多い気がしていた。

 神の手からこの世界を救ったあの戦いの後は、想いが通じ合った仲でもあるし、こんなふうに歯切れが悪いのはとても珍しくて、那岐は自分の側に座り込んだ千尋の顔を下から覗き込んだ。

「那岐!近い!」

「言いづらいことなわけ?」

「言いづらくはないんだけど…。」

「じゃぁ何?」

「えっと、お誕生日、おめでとう。」

「……。」

 どれほどいいづらいことを言われるのかと内心身構えていた那岐はこの千尋の一言に思わず溜め息をついた。

 自分の誕生日を祝う一言はそんなに言いづらかったのだろうか。

「那岐?」

「祝いたくないなら祝わなくたっていいよ、誕生日なんてさ。」

「そ、そういうわけじゃないの!祝いたくないとかそういうことじゃなくて!」

「ずいぶん言いづらそうだったけど?」

「そうじゃなくて!その、お祝いはしたいんだけど……プレゼントが……。」

「プレゼント?」

 那岐が驚いていると千尋は懐から何か取り出して恐る恐るといったように那岐へとそれを差し出した。

 千尋の小さな手の上に乗っていたのは紐が通されている玉だった。

「僕に?」

「うん。あのね、本当は手作りでもっとなんていうか向こうで言うと手編みのセーターとかそういうのにしたいなと思ったんだけど、織物とか無理って言われて、料理にしようかなとも思ったんだけど材料も道具も向こうと違うからやめた方がいいって風早に止められて、それで柊がいい玉なら調達できるっていうからそれにしてもらったんだけど、それじゃ味気ないし、それでね…。」

「紐を自分で編んだってわけ?」

「わ、わかる?やっぱり…。」

「そりゃわかるんじゃないの、これだけケバケバしてれば。」

「そう、だよね。ごめんね、首にさげてちくちくするとか気になったら紐だけ取り替えちゃっていいから…。」

 しゅんと落ち込む千尋を前に那岐は盛大に溜め息をついた。

 言いたかったのはそんなことじゃない。

 毛羽立っているから手作りが悪いと言いたかったわけじゃないのに、千尋はすっかり落ち込んでしまっている。

 那岐は手にしていた玉を首からさげるとじっと玉を見つめた。

 確かに良質な玉だし、細工も丁寧で表面が艶やかに光っている。

 千尋が納得するようなものを大慌てて準備したのだということはよくわかった。

「紐、変えてね?」

「それじゃ意味ないだろ。」

「へ?」

「手作りだから意味があるんじゃないの?」

「それはそうだけど…。」

「毛羽立ってるから悪いって言ったんじゃないよ。手作りだってわかっていいって言ったんだ。」

「那岐…ありがとう。じゃぁ、なるべくいつもつけててくれる?」

「お守りの効果でもあるの?」

「っていうか…。」

 那岐が小首を傾げていると千尋は懐から那岐に渡した物と全く同じ玉を取り出してそれを自分の首からさげた。

 それはつまり…

「おそろいなの。」

「……。」

「ほら、向こうだとペアルックとかありだけどこっちだとちょっと…だからね、おそろいで作ってみたの。これならいつも一緒にいるような気分になれるでしょ?」

「……。」

 那岐は千尋の胸元にさがっている玉をじっと見つめてから溜め息をついた。

 ペアルックなんて単語は聞くのもおぞましいと思っていたし、見るのはもっとおぞましかった。

 もちろん、相手が千尋なら考えないこともないが、それでもペアルックはどうかと思う。

 だが、こうして同じように加工された玉を二人でそろえて持っていると、確かに何かそこに絆のようなものが封じ込められているような、そんな気がした。

「えっと、那岐は嫌だった?ごめんね…でも……。」

「嫌だなんて言ってないよ。」

 那岐はそれだけ言うと玉を服の下へとしまいこんだ。

 それは仲間達に見つかると絶対冷やかされて面倒なことになるとわかっていたからというのが理由の一つ。

 もう一つの理由は、じかに肌で玉を感じていたかったからだ。

「そう、だよね。おそろいなんて恥ずかしいよね。」

 そう言って千尋が少し寂しそうに自分も玉を服の下へとしまいこむのを見て、那岐は小さく溜め息をついた。

「違うよ。肌に触れてた方が側にいるような気になるだろ?」

「へ…。」

 一瞬何を言われているのかわからないといった顔をした千尋は、すぐに顔を真っ赤にしてうつむいた。

「そ、そうだよね、うん。」

 どうやら那岐の言葉の意味を理解したようで、千尋は一人でウンウンとうなずくと、その顔に幸せそうな笑みを浮かべた。

 その笑顔がまぶしくて、那岐が思わず目を細める。

「那岐?」

「別にプレゼントとか気にすることないのにさ。」

「だって、せっかくの那岐の誕生日だし、それに憧れてたし…。」

「憧れ?」

「うん、その…恋人に誕生日プレゼントってちょっと憧れてたから…。」

「……。」

 今度は那岐が絶句した後で顔を赤くした。

 恋人と正面から呼ばれるのはまだあまり慣れていないから。

「でも、ごめんね、憧れてた割にはたいしたプレゼントじゃなくて…。」

「だから、物なんて用意する必要ないって言ってるだろ。」

「物なんてって…。」

 じゃあ何を用意すればいいのかと千尋が抗議しようとした瞬間、その視界が暗転して唇がふわりと温かくなった。

 次の瞬間にはすぐ間近に那岐の顔があって、千尋は那岐の顔を見てやっと何をされたのかに気づいた。

「那岐!」

「僕はこれで十分なんだけど?」

「誕生日のプレゼントが?」

「そう。」

「これだけっていうのもそれはそれでちょっと……。」

 千尋が不満げにしていると、今度はその膝に重みがかかって温かくなった。

 見ればあっという間に那岐が千尋の膝を枕に横になって目を閉じている。

「ちょっ、那岐!」

「ちょっと物足りないんじゃなかった?」

「それはまぁ…。」

 昼寝が幸せという那岐なんだからこれは確かに嬉しいプレゼントなのかもしれない。

 と、胸の内で思い直して、千尋は那岐の髪を優しくなでた。

 午後の陽射しはポカポカと温かくて、木陰はちょうど気持ちがいい。

「那岐。」

「なに?」

「大好き。」

 千尋の声に那岐がゆっくりと目を開けた。

 そこには千尋の頬を赤く染めながらも幸せそうな笑顔があった。

「これからもずっと一緒。これが約束の証ね。」

 そう言って千尋が胸の辺りを押さえる。

 もちろん、そこにはさっきの玉があるのだろう。

 那岐はじっと千尋を見上げると手を伸ばしてその頬を撫でた。

「証なんかなくたって、二度と離したりするわけないだろ。」

「うん。」

 幸せそうに千尋がうなずくのを見届けて那岐は再び目を閉じた。

 髪を撫でる千尋の手の感触は暖かくて優しくて…

 那岐はそれまで頭の中に渦巻いていた全てを放棄して、千尋のぬくもりの中に意識を手放した。








管理人のひとりごと

那岐!誕生日おめでとう!でした(^^)
去年の誕生日は気づいたらもう過ぎててお祝いできなかったので張り切ってみましたよ!
相変わらずツンデレは難しいですが(’’)
豊葦原ではプレゼントとか探すの大変だよねぇ。
と思いつつ、そんなもんチュウでいいじゃん、という管理人でした(’’)(マテ







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