
千尋は竹簡の山を前にして真剣な顔で座っていた。
山と積まれている竹簡は外交関係のものばかりでとても重要で、今日中に全て目を通してほしいと言われている。
だから、外が晴れていても、ちょっとばかり肩が凝っていても、目がしばしばしても途中でやめるわけにはいかない。
一つ竹簡を読み終えて脇へとどけて、次の竹簡を手にする前に千尋は一つ溜め息をついた。
朝から昼間でいっぱいに働いて、昼食を風早と一緒にとって、午後もここまで働きづめだった。
たいした事をしているわけではないのだけれど、椅子に座ったまま竹簡に目を通し続けるのはなかなか肩のこる仕事で、さすがに千尋も疲れを感じていた。
ほっと一息つくのにはお茶を飲むのが一番と手を伸ばしてみれば、昼食の後に風早がいれてくれたお茶はもう飲み干してしまっていて、器の中は空だった。
これは自分でいれに行くしかないかと千尋があきらめかけたその時、いきなり部屋の扉が開いた。
「那岐?どうしたの?」
突然姿を現したのは目下、千尋の恋人という位置にあるもと従兄弟だった。
いつものように仏頂面だった那岐の目が一瞬大きく見開かれて、その体はスタスタと千尋の前まで歩いてきた。
「何、これ。」
「何って、竹簡?」
「それは見ればわかる。なんだよ、この山。」
「何って、山?」
苦笑しながら千尋が答えれば、那岐はあきれたような顔で深い溜め息をついた。
「あいつは?」
「あいつって風早?」
「いないの?」
「うん、岩長姫に呼ばれて出て行ったきりだけど…。」
「こんなに仕事詰まってる時にいないわけ?」
「風早だって四六時中私の側にいるわけじゃないよ。」
「肝心な時にいないんだな。」
「そんなことないよ。いつも手伝ってもらってるし。」
千尋がどう説明したものかと苦笑しながら考え込んでいると、那岐は空になっていた千尋の器を手に部屋の隅へと移動した。
突然の行動で千尋がキョトンとしたまま固まる。
「那岐?」
「なに?」
「えっと、何、やってるの?」
「見てわからない?」
「お茶、いれてくれてる?」
この千尋の言葉には答えずに、那岐は千尋の目の前にお茶が満たされた器をことんと置いた。
「あ、有難う。」
「で、まさかこれ今日中とか言わないよね?」
「……言う、かも……。」
今度こそ「はぁ」と大仰に溜め息をついた那岐は、千尋の向かい側にドンと座ると竹簡を一つ手に取った。
千尋はお茶を一口飲みながらその様子を眺めて、たっぷり十秒は考えてから口を開いた。
「那岐、何してるの?」
「見てわからない?手伝ってるんだけど?」
「………。」
「なに?」
「那岐が手伝ってくれるなんて空から槍が降ってきそう…。」
「それが手伝ってもらってる人のいうこと?」
「すみませんでした。宜しくお願いします。」
驚きから立ち直れないで棒読みの千尋にまた溜め息をついて那岐は竹簡を片付ける。
千尋はこのまま那岐にだけ作業させてはいけないとやっと気がついて、手近な竹簡を開いたけれど、奇跡的な那岐の行動への驚きはおさまらなくて、ついつい那岐に見入ってしまった。
「どうして?」
「何が?」
「どうして手伝ってくれてるの?」
思わず千尋がそう尋ねても那岐は竹簡から目を離さない。
これは無視されるのかと千尋があきらめかけたその時、那岐は口を開いた。
「あのさ、これ、一人で今日中に終わると思ってる?」
「へ、えっと……ちょっと難しい?」
「大分難しいと思うよ。」
「あはは。」
「だから、あいつがいないのが不思議でしかたがないんだ。」
「風早も岩長姫には頭が上がらないからねぇ。」
そういって千尋はクスッと笑みを漏らした。
そしてその笑顔のまま、じっと那岐を見つめる。
いつも仏頂面で不機嫌で、何かあるごとにめんどくさいを連発するけれど、でもそれはきっとほんの照れ隠しで、本当はとっても優しいことを千尋は知っている。
そんな那岐の一面を見ることができたような気がして嬉しい。
「何見てるの?」
「那岐、優しいなと思って。」
「なっ…。」
ストレートに言ってみれば那岐はハッと視線を上げて千尋を見つめて、一瞬のうちに顔を真っ赤にするとすぐに竹簡へと視線を戻した。
あ、照れてる照れてる。
千尋はそう心の中でつぶやきながら笑みを深くした。
「そういうことをそういうふうに言うのはあいつの教育のせいなわけ?」
「ん〜、そうなのかなぁ、風早って思ってることをストレートに言うところあるもんね。」
「まったく、恥ずかしい教育してるんだ、あいつは。」
「そうかなぁ。」
「よけいなこと言ってないでさっさと片付けたら?二人でやれば2、3時間で終わるよ。」
「あ、そうだよね、ごめん、ちゃんとやります。」
千尋は慌てて竹簡に目を通し始めた。
そう、あくまでも那岐は手伝ってくれているわけで、これは自分の仕事なのだ。
一人で格闘していると先が見えなくてうんざりうするけれど、目の前にいつもは面倒なことなど一切やらない人が頑張ってくれているとそれだけでやる気になる。
それに、今頃那岐は何をしているだろうと気にしなくていいのも嬉しい。
千尋はめったにない那岐との共同作業に浮かれながら、竹簡へ目を通すことに集中した。
すると、那岐の言った通り、予想以上に竹簡はいいペースで減っていく。
普段は面倒だと言って政務をほとんど手伝わない那岐だけれど、優秀ではあるから手伝い始めれば仕事を片付ける速度は千尋よりも速かった。
おかげで2時間後に仕事から解放された千尋は、ほっと安堵の溜め息をついて那岐に笑顔を見せた。
「有難う、那岐、おかげで早く終わっちゃった。」
「まったく、こんな量、一人でやったらそれこそ夜中までかかるだろう?早く助けを呼べばいいんだ。」
「うん、でも、基本的にこれは私の仕事だしね。」
そう言って苦笑する千尋にまたあきれたような溜め息をついた那岐は、すっと立ち上がると千尋の隣に立った。
線の細いその秀麗な顔を見上げるような形になった千尋は、那岐が何をする気なのかわからずに可愛らしく小首を傾げる。
その様子に一瞬ひるんだ那岐は、コホンと一つ咳払いをすると懐から一輪の花を取り出して千尋に差し出した。
「うわぁ、キレイ!かわいい!」
小さな白い花を千尋は輝く笑顔で受け取った。
那岐が花をくれるなんて夢のようだ。
「有難う!」
千尋がそう言って喜んだのも束の間、白い花は千尋の手の中で徐々にその姿が薄れていって……
「へ?なに?なんで?」
千尋があたふたしているうちにすっかり花は消えてしまった。
「な、那岐っ!これ鬼道で作ったでしょう!」
「当たり前だろう。僕がここへ来てからどれだけ時間がたったと思ってるのさ。」
「うっ、それは…。」
「だから、行くよ。」
「え?」
「本物は見に行けばいいだろう?」
そっぽを向いてそう言う那岐をボーっと見上げながら、千尋はその言葉の意味を噛み砕いた。
これはひょっとしてデートに誘ってくれているのだろうか?
「それはデートのお誘い?」
「だからっ!そういう恥ずかしいこと言うなよ。」
「だって、だったら嬉しいなと思ったから…。」
嬉しいと言われてしまっては那岐には否定することなんてできない。
「そうだよ、誘ってるんだよ、で、行くの?行かないの?」
「い、行く!もちろん行く!」
千尋は慌てて立ち上がると、先に歩き出す那岐の背を追いながら考えた。
窓の外はもうすぐ日が暮れるという状態。
つまり、花を見に行くにはギリギリの時間。
ということはもしかして…
「那岐は、私とデートできるように仕事手伝ってくれたの?」
千尋の問いに那岐がぴたりと歩みを止めた。
そして振り返ることなく…
「決まってるだろっ!」
それだけ言って扉に手をかけた。
そして那岐が真っ赤な顔で扉を開けるとそこにはキョトンとした顔の風早が立っていた。
「あれ、珍しいね、那岐がいるなんて。」
「うるさいよ、あんたがこんな時に限っていないから悪いんだ。」
「ん?」
どうして那岐が不機嫌なのかは風早にはわからなくて、でも那岐が不機嫌なのはいつものことと風早はいつものニコニコ顔で目の前を歩み去る那岐を見送った。
そして風早の視線は那岐を追いかける千尋へと向けられる。
「千尋?」
「あ、お仕事終わってるから。ちょっと那岐と出かけてくるね!」
どこへ行くのか聞こうとした風早に輝くような笑みを残して、千尋は走り去った。
部屋の中には見事に片付けられている竹簡の山。
廊下の彼方には小さくなっていく千尋と那岐、二人の影。
風早はニコニコと穏やかに微笑みながら二人の背を見送った。
管理人のひとりごと
ツンデレって難しいね(’’)(マテ
どうも那岐は書き慣れません…(TT)
イメージ違ったっ!という人いたらごめんなさい…
好きなんだけどなぁ…書くのは難しいです(TT)
ビジュアルブックまで引っ張り出して頑張ってみたんですが…
精進します(っдT)
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