たどった先は
 風早は深い溜め息をついて窓から視線を外した。

 いつものように朝から千尋の側にいようとその部屋を訪れたのだが、今、その部屋の主はここにいない。

 だから他にすることもなくて窓の外をぼーっと眺めていたのだが、それももう限界だった。

 千尋の護衛役でもあり、許婚といってもいい存在になっている風早は当然のことながら千尋が外出する場合、共に外出する。

 身辺警護のためというのが建て前、本音はいつでも千尋の側にいたいから。

 だが、今日ばかりはそうはいかなかった。

 何故かというと、千尋本人が今日だけは一人で行動させてほしいと懇願してきたから。

 危ないことは絶対しないし、外出する時は必ず忍人を護衛につけるとまで言われて風早は何がなんだかわからないうちに了解してしまった。

 千尋のお願いの勢いがそれほど激しかったせいでもある。

 ところが、千尋がいなくなってしまえば自分には特にやることもなくて、風早は一人呆然としてしまったというわけだ。

 窓の外を何ということもなく眺めていると、どうして千尋がいきなり一人で行動したいなどと言い出したのかが気になってきた。

 毎日毎日、ほぼ一時も離れることなくついて歩いている自分をさすがに疎ましく思ったのだろうか?

 そういえば、以前からそうなるかもしれないと柊や忍人には言われていた。

 自分の目のないところで羽根をのばしたいと思ったのかもしれない。

 いや、それくらいならまだいい。

 もしかして、自分と一緒には会いたくないような人物でもいるのだろうか?

 そんなことを考え始めるときりがなくて、風早はぶんぶんと頭を横に振って立ち上がった。

 このままだと本当にとんでもなく嫌なことを想像してしまいそうだ。

 だから、千尋には一人で過ごしていいと言ってしまったけれど、やっぱり自分には千尋と離れていることは無理だったと正直に話して側に置いてもらおう。

 そう考えて風早は部屋を出た。

 問題はここからだ。

 千尋がどこにいるのか探さなくてはならない。

 普段の千尋の行動を思い起こして、風早はまず忍人のもとへ向かった。

 千尋はよく王である姉の代わりに兵士を訓練する忍人の様子を見に行くからだ。

 どこかへ外出するとすれば忍人の同行を求めるだろうし、忍人が千尋とどこかへ出かけているなら部下が行き先を知っているはずだった。

 だから風早は真っ先に忍人の元へ向かったのだが…

「忍人。」

「風早か、どうした?」

「その…千尋はきませんでしたか?」

「来たが、今日は一人で行動しているのだと何やら浮かれていた。何かあったのか?」

「浮かれて、いましたか…。」

「一応、兵士達の様子を見たかったから来たのだと言って、ざっと様子を見てすぐに戻ったようだったが?今日はどうして一緒ではないんだ?」

「戻ったようならいいんです。邪魔をしました。」

 いぶかしげに小首をかしげる忍人に苦笑を見せて、風早は歩き出した。

 もうここに千尋はいないのだから。

 『浮かれていた』という忍人の言葉に動揺しながら、風早の足は柊の下へと向かっていた。

 忍人のところにいないとなると次に千尋がいる可能性が高いのが柊のところだ。

 風早は重い足取りで柊の部屋へとやってきた。

「風早、珍しいですね。」

 竹簡に囲まれて妖しげな微笑を浮かべる柊に迎えられて、風早は苦笑した。

「柊、千尋を見ませんでしたか?」

「見たというか、先ほどここへ見えましたが、珍しいですね、風早が二ノ姫と行動を共にしていないというのは。」

 ニヤリと笑って柊は手にしていた竹簡を片付けた。

 部屋の中は竹簡だらけで足の踏み場もない。

「それでその…千尋は…。」

「調べ物があるとかで見えました。私がお手伝いして問題は解決したようでしたが。」

「問題…。」

「知りたいですか?」

「教えてもらえるのかな?」

 風早と柊の視線が交錯した。

 火花が散るというほどではないにしても、真摯な空気が辺りに満ちる。

「まぁ、問題は解決したわけですし、風早には内緒にしておいてね、と釘を刺されているので私からはなんとも。」

「内緒……。」

「まぁ、今、二ノ姫がどこにいるかなら教えても構いませんが?」

 しゅんとしおれてしまっていた風早はこの柊の言葉にはっと視線を上げた。

 あまりに素直な反応に柊が苦笑する。

「炊事場だと思いますよ。」

「炊事場?なんでまたそんなところに…。」

「それは教えられません。内緒にしておいて欲しいそうですから。」

 クスッと笑う柊に小首をかしげながらも、風早の足は炊事場へと向かっていた。

 とりあえずそこに行けば千尋に会える。

 そう思えば体は自然に動いてしまう。

 見送る柊のことはあっさりと意識から追い出して、風早は考え込みながら歩いた。

 千尋はこの国の王の妹という尊い身分にある。

 その千尋が炊事場などでいったい何をしているというのだろう?

 しかも風早の同伴をかたくなに断ってだ。

 確かに千尋はおいしいものが大好きだし、女の子らしく甘いものが大好きなのにこの世界では甘いものなどそう食べられるものではない。

 けれど、だからといって風早を遠ざけて炊事場にこもるなんてどう考えてもおかしい。

 風早は急に千尋の身が心配になって駆け出した。

 もし、火を使っていて事故でも起こったら、千尋の白い小さな手が火傷を負ってしまうかもしれない。

 間違って熱湯の入った器をひっくり返したりしたら?

 心配し始めるときりがなくて、風早は炊事場へと駆け込んだ。

 ところが…

「ち、ひろ?」

「風早っ!どうして……。」

 風早が炊事場へ駆け込んでみると、そこには何かを熱心に焼いている千尋の姿があった。

 手は粉だらけで、同じような粉が頬にもついている。

「その…何をしているんですか?」

「それは…その……って、どうして風早がここにいるの?」

「柊がおそらくここだろうと教えてくれました。」

「私に何か急な用?」

「いえ……用がなくては来てはいけませんでしたか?」

「そ、そういうわけじゃ……だって今日は一人で行動して良いって言ったじゃない。」

 赤い顔でうつむきながら言う千尋を見つめて、風早は情けない苦笑を浮かべながら頭をかいた。

 そんな二人をどうやら千尋を手伝っていたらしき采女達がクスクスと笑いながら見守っている。

「危ないことはしてないよ?」

「いえ、そうではなくて……その…俺が千尋に会いたくなった、だけです。」

 頭をかきながら言う風早の言葉に千尋は目を丸くした。

 見れば風早の顔には何やら寂しげな苦笑が浮かんでいる。

「どうしても会いたくなって探してしまって…そうしたら千尋は忍人のところにも柊のところにも会いに行っていて…。」

「そ、それはっ!忍人さんのところには訓練の状況を確認しに行っただけ!仕事だから!柊のところにいったのはちょっと調べたいことがあったからで…。」

「調べものなら俺も手伝いますよ。」

「風早には内緒で作りたかったから…。」

「内緒じゃないとダメなんですか?」

 今度は苦笑ではなくて本当に悲しそうな顔で尋ねられて、千尋は深い溜め息をついた。

「内緒じゃないとダメに決まってるじゃない、風早を喜ばせたくて作ってたんだから…。」

 千尋はそっとその体を横へとずらした。

 すると小さな体の背後には何やら狐色の小さな塊が木で作った台の上に並んでいるのが風早の目に入った。

 歩み寄ってみると、それらからは何やら甘い香りが立ち上っている。

「千尋?」

「本当はチョコレートを用意したかったんだけどこっちにはないから…お米の粉とか色々使ってクッキー、みたいな物を作ってみたんだけど…うまくできてるかどうか…。」

「どうしてこんな……。」

「今日は2月14日、向こうの世界にいたら何の日だったか忘れた?」

「バレンタイン、ですね…。」

「そう、だから、風早にチョコレートをあげたかったんだけど…こんなのになっちゃった。」

「俺に?それで内緒だったんですか?」

「そう…見つかっちゃったけど…。」

 うつむく千尋と狐色の焼き菓子を見比べて、風早は突然その顔にとろけるような笑みを浮かべた。

「焼きたてを一つもらってもいいですか?」

「もちろん、風早のために作ったんだもん。でも、味は保障できません……。」

 悲しそうにうつむく千尋の前で風早はまだ暖かい焼き菓子を口に入れた。

 確かにそれはチョコレートではないし、クッキーとも少し違う食感ではあったけれど、それでも甘くて香ばしくてそれなりにおいしい焼きがしに仕上がっている。

 風早はニコニコといつもの笑みを取り戻して千尋の頭をポンポンと撫でた。

「風早?」

「とってもおいしいです。有難うございます。」

「本当においしい?」

「はい、とても。」

「よかったぁ。」

 風早のおいしいという言葉にほっと安堵の溜め息をついた千尋は次の瞬間、不機嫌な表情を浮かべた。

 何がどうしたのかわからずに風早が小首をかしげる。

「頭なでなではないんじゃないかなと思う。」

「はい?」

「だって、こ、恋人に普通頭なでなではしないでしょう?なんか子ども扱いされてる感じ。」

 むくれる千尋を前にキョトンとしてしまった風早は、どうやら自分の先ほどの行動のことを言っているらしいと気づいて笑みを浮かべた。

 せっかく恋人同士になったのに恋人らしくなかったということだろう。

 そうと気づいた風早は千尋に一歩近づくと、その愛らしい唇に軽い口づけを贈った。

 これで千尋も満足だろうと風早は嬉しそうに微笑んでいるが、千尋はというとあっという間に湯気が上がりそうなほど顔を赤くしてきりりと風早をにらみつけた。

「み、みんなが見てる前で!」

「恋人らしいでしょう?」

「もぅ!知らない!」

「千尋?」

 采女達が見ていたことが恥ずかしくてしかたがない千尋は、一刻も早く采女達の視線から逃れたくてスタスタと歩き始めた。

 慌てて風早がその後を追う。

 機嫌を直してもらおうと必死になる風早と、首まで赤くなりながら先を行く千尋。

 二人の後ろ姿を暖かな笑みで見送った采女達は、焼きあがった焼き菓子を集めて千尋の部屋へ届けるべく、支度を始めるのだった。








管理人のひとりごと

バレンタイン短編風早バージョンでした♪
一応、風早には内緒で用意して驚かせてあげようと思った千尋ちゃん。
でも、四六時中くっついてたい風早父さんに内緒にするのは無理でした(’’)
忍人さんや柊にかなりやきもちやいてますが、そこはぐぐっとこらえる元麒麟(笑)
俺の千尋はどこですかーーーーが先です(w
まぁ、結局のところは二人仲良くバレンタインデーになりました(^^)
多少のじゃれあいはお約束です(’’)








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