その音は…
 千尋は窓から外を眺めてため息をついた。

 見上げれば空には厚く垂れこめた雲。

 今にも雨が降り出しそうな気配だ。

 雨が降ると部屋の中にいる以外、何もできなくなってしまう。

 誰の目にも届かない花畑に行くこともできない。

 宮の中にいると自分を悪く言う声が聞こえてくることもあって、千尋は悲しい思いをすることが多い。

 だから千尋は雨の日があまり好きではなかった。

 それに今日はもっと嫌なことがある。

 いつもなら部屋から外へ出られないなら風早が相手をしてくれるのに、今日は岩長姫に呼び出されて千尋のそばにいないのだ。

 千尋は窓辺で小さくなってため息をつくことしかできなかった。

 そうこうしているうちに天気はどんどん悪くなって…

 とうとう雨は降りだした。

 しかも、その雨はひどく強くて、辺りはどんどん暗くなってしまった。

 もともと薄暗かった部屋の中はもっと暗くなって、その暗さは千尋が一人きりであることをいやというほど思い知らせて…

 千尋の目から涙が流れそうになったその時、部屋の扉が開いてバタバタと足音さえたてて風早が駆け込んできた。

「…風早?」

「ああ、やっぱり泣いてましたか。」

 大きな目からはらりと涙を流す千尋を見てすぐに駆け寄った風早は、その小さな体をギュッと抱きしめた。

 力強い風早の腕に抱かれて、千尋はほっと安どのため息をつくとその広い胸にしがみついた。

「帰りが遅くなってすみませんでした。」

 心の底から申し訳なさそうに言う風早に千尋はふるふると首を横に振った。

 小さな背中で揺れる黄金色の髪を見つめて、風早がその背をやさしく撫でる。

「恐い思いをさせてしまいましたね。」

「風早が来てくれたからもう大丈夫。」

「ならよかった。雷が鳴りそうだったんで慌てて戻ってきたんです。間に合ってよかった。」

「雷、鳴る?」

「ええ、この様子だとたぶん。」

 千尋はやっと視線を上げて再び窓の外を眺めた。

 雲はいっそう黒く淀んで、雨足も強くなる一方だ。

 風早はその場に胡坐をかいて座ると、膝の上に千尋を乗せて抱きしめた。

 これならすっぽり千尋の体をかき抱いていられるから。

「もう大丈夫です。今日はこれからずっと姫と一緒にいますから。」

「本当?」

「はい。ちゃんと許しをもらってきましたから、安心してください。」

 千尋は自分のわがままで風早が困るのを何よりも嫌がる。

 だから、風早はちゃんと岩長姫に許可をとってここにいる。

 ただし、その許可の取り方については千尋に説明するつもりはない。

「風早。」

「はい?」

「ありがとう。」

 自分を見上げてうれしそうに微笑む千尋を風早はギュッと力を込めて抱きしめた。

 この笑顔を守るためならどんなことでもしてみせる。

 千尋の笑顔を見るたびにそう思わずにはいられない。

「どういたしまして。姫が安心できるなら、俺はいくらだってそばにいますから。」

「うん。」

 千尋が愛らしくうなずいた刹那、室内に閃光が走ったかと思うと轟音が鳴り響いた。

「キャッ」

 小さな悲鳴をあげて千尋が風早の首にしがみつく。

「ああ、やっぱり雷になりましたね。今のは近いな。でも大丈夫ですよ、姫のことは俺が守りますから。」

「うん。」

「まだ恐いですか?」

「世界が壊れるみたいな音だから…でも風早が一緒だから大丈夫。」

 世界が壊れる音という言葉にハッとしながら、風早は自分に抱きつく小さな主をひしと抱きしめた。

「たとえ世界が壊れたって俺は姫を守ります。だから安心してください。」

 それは嘘偽りのない、まっさらの本心。

 世界が消えても、運命に逆らっても、神を敵に回しても、この腕の中の命だけは必ず守る。

 風早は再び轟く雷の音の中で決意を新たにした。

 すると、真剣な顔をしている風早を不審に思ったのか、千尋の小さな手が風早の頭を撫で始めた。」

「姫?」

「風早も大丈夫、私が一緒だよ。」

 千尋は風早をなぐさめようと必死だった。

 いつも自分を守ってくれる人。

 どんな時だって呼べば必ず駆けつけてくれる、この世で唯一人信じられる人。

 その人が今、つらそうな顔をしていたから。

 小さな自分にできることなんて何もないとわかっていても、それでも千尋は思いを込めて風早の頭を撫でた。

「姫…はい、ありがとうございます。俺は姫がいてくれるだけで大丈夫ですよ。」

 今度こそ風早は自然とその顔に笑みを浮かべた。

 どんなことが起ころうとも、この小さな主のそばにいれば大丈夫。

 彼女さえ微笑んでいてくれたら、他には何もいらないのだから。

 風早が微笑を浮かべれば、雷の鳴る轟音の中でさえ千尋の顔にも笑みが浮かんで…

 辺りをたたきつける雨の音と、大地を二つに割ろうとしているような雷の音が満たす部屋の中で、二人は静かに微笑み合った。








管理人のひとりごと

たまにはチビ千尋って思ったもので(’’)
風早父さんは雲行きが怪しいだけで帰ってくるのさ!
もう小さな千尋が可愛くってしかたないのですよ!
ちっさい時の千尋は恐がりっぽいイメージがあります。
いっぱいいじめられたろうから(^^;
だからこその風早父さんの過保護です!








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