
千尋は夕飯のおかずが並ぶテーブルに頬杖をついたまま溜め息をついた。
もうテーブルの上の料理はすっかり冷めてしまって、それでも待ち人はまだ帰ってこない。
「早く帰ります」と昨日は言っていた風早が待てど暮らせど帰ってこないのだ。
千尋が何度目になるかわからない溜め息をまたついたその時、目の前に小さな箱が置かれた。
ピンクの小さな箱には赤いリボンがかかっている。
小首を傾げて隣を見れば、不機嫌そうな同居人の顔に視線が激突した。
「な、那岐?」
「今日、ホワイトデーだろ。」
「え、まさか、那岐が私にお返し?」
「まさかって…。」
「ごめん…。」
「風早がお返しは礼儀だなんて据わった目で言うから一応。」
「有難う。嬉しい。開けてみていい?」
「クッキーだよ、普通の。」
「ちょっと、普通、開ける前に中身言う?」
「たいしたもんじゃないから期待されたくないんだよ。それにしても…。」
「何?」
「ホワイトデーにお返しは家族だって礼儀だって言ってた本人が帰っても来ないとはね。」
「そ、それはたぶん、仕事が急に入ったとか、いろいろあるんだよきっと。風早は私たちと違って大人だし、仕事してるわけだし。」
「あの風早が千尋にホワイトデーのプレゼントを渡すことよりも付き合いや仕事をとるとは思えないけどね。」
「そんなことないよ、いくらなんでもそこまで風早は私のことばっかり考えてるわけじゃないってば。」
「……。」
考えてると思うといおうとして、ただ那岐は溜め息をつくだけにとどめた。
ここでそんな話をしても水掛け論で面倒なことになるだけだ。
「とにかく、千尋もあんなヤツ放っておいて寝た方がいいよ。」
「放ってはおけないよ。お味噌汁あっためてあげたいし。」
「そんなこと食事の時間に帰ってこなかったやつが自分でやればいいんだよ。」
「そんなこと言って。」
「僕はもう寝るから、千尋も日付が変わる前には寝なよ。」
「あ、うん、お休み。」
千尋が時計を見れば、確かにもう11時を回っていて、深夜といってもいい時間になっていた。
こんな時間まで那岐が起きているのも珍しい。
きっと風早を待つ自分を心配してくれたのだと思えば、憎まれ口もなんとなく許せた。
眠そうに目をこすりながら出て行く那岐を見送って、千尋はまた一つ溜め息をついた。
仕事かもしれないし、付き合いかもしれない。
どちらでもそれは仕方がないと思う。
別にホワイトデーのことだってどうでもいい。
ただ、風早にはちゃんとご飯を食べてほしいし、ちゃんと寝てほしいし、いつも元気でいてほしい。
明日は日曜で休みだけれど、こんなに遅くまで出かけているのは色々と心配だ。
何か事故にでもあったのではないかと千尋が心配をつのらせたその時、カタリと玄関のドアが開く音がした。
千尋が勢いよく立ち上がって玄関へと飛び出す。
するとその目に飛び込んできたのは…
「風早?」
疑問形になってしまったのは、入ってきたのが風早に間違いないと確信しているのに、その姿が目では確認できなかったから。
千尋の目の前には風早の顔なんか全く見えなくなるほどの大きな花束があった。
「はい、ただいま。」
「お、お帰りなさい。」
千尋が目を丸くしているとひょこっと花束の横から風早の困ったような苦笑が現れた。
「すみません、その…。」
「遅かったね、って、それ、どうしたの?」
「はい、その、今日はホワイトデーなのでこれは千尋に。」
「へ?私に?」
「ええ、花、好きでしょう?」
「うん、でも、こんな大きな花束、見るのも初めて…。」
受け取りながら千尋は思わず「重い」と口に出しそうになってしまった。
それほどかすみそうとバラの花束は大きくて重くて、本当に見たこともないほどだ。
「せっかくホワイトデーなのにこんなに帰りが遅くなってしまって、その上、予定していたものを用意する暇がなかったものでせめてと思ったんです。すみません。」
「な、何謝ってるの!凄いよ、こんな花束見るのも初めて。有難う。」
そう言って千尋が笑顔を見せても風早の笑顔は苦笑ばかりで晴れることはない。
「そうだ、風早ご飯食べてきた?」
「いえ、まだです。ちょっと色々あって…。」
「じゃぁ、今お味噌汁あっためるね。」
「そんな、自分でやりますよ。」
「いいから、風早疲れたでしょう?座ってて。あ、那岐はもう先に食べて寝ちゃった。」
「まさか、千尋はご飯食べないで待ってたりしませんよね?」
「それは大丈夫。那岐が一緒に食べちゃった方がいいって言うから先に食べちゃった。」
「よかった。」
心の底から安堵したとうような風早の声に苦笑して、千尋は手早く味噌汁を温めるとそれをご飯と一緒に風早の前に並べた。
「さ、どうぞ。」
「有難うございます。いただきます。」
きちんと両手を合わせてそう言って、風早は箸に手を伸ばす。
そんな風早を見てほっと安堵の溜め息をついて、千尋は改めてシンクに置いた大きな花束を見つめた。
「うちにこんなに大きな花束を飾る花瓶ってないよね、いくつかに分けないとダメかなぁ。」
「千尋…その……。」
「なに?」
「今日は同僚に相談があると言われて呼び出されてまして…。」
「あ、うん、お疲れさま。」
「それがその、何がどうなったのか同僚の知人だ友人だが集まってきて飲み会になり…。」
「そうなんだ、大変だったね。」
「すみません。」
「ど、どうしてそこで謝るの?」
「いえ、本当は今日、色々予定していて…早く切り上げようとしたんですがつかまってしまって…。」
「そんなの気にしないで。花束凄く嬉しいよ?」
「ですが、千尋はバレンタインにあんなに手の込んだものを用意してくれたのに…。」
「で、でも、あれは失敗したし…。」
「おいしかったですよ。」
「風早がフォローしてくれたからだよ。」
「本当は、ホワイトチョコレートを使ってケーキを作ろうと思っていたんです。それと、クッキーを焼いてそれにもホワイトチョコを…。」
「そ、そんなに?」
「ええ、千尋の心づくしに答えるにはそれくらいしたいと思っていたんですが、何もできなくて…すみません。」
「だから、謝らないで。そんなにしてもらったら私のほうが申し訳なくなっちゃうよ。」
「そんなことありませんよ。俺はそれくらい千尋のバレンタインのケーキが嬉しかったんです。」
「風早がそんなに喜んでくれたんならそれだけで十分だから、もう気にしないで。」
「千尋…有難うございます。」
「ほら、お味噌汁冷めちゃう。おかずはもうさめちゃってるけど、食べて。お風呂の用意もしてあるから。」
「千尋、先に入っていいですよ。俺は食事してからにしますから。」
「うん、そうだね。」
「あ、その前に…。」
「なに?」
バスルームへ向かおうとした千尋は風早が箸を置いて、さっき隣の椅子に置いたカバンをがさごそし始めるのを見守った。
どうやらカバンの中にある何かを探しているらしい。
「あ、ありました。はい、どうぞ。」
「へ?何?」
「ホワイトデーのプレゼントです。」
「……さっき花束もらったけど…。」
「あれはホワイトデーに帰宅が遅くなったお詫びで、こっちがバレンタインのお返しです。」
「……あ、有難う…。」
半ば苦笑しながら千尋は風早の手にしている小さな包みを受け取った。
掌に乗るくらいのその包みは重さもそんなに重くはない。
「開けていい?」
「はい、どうぞ。」
風早が笑顔でうなずいたので千尋は丁寧に包みを開けてみた。
すると中から出てきたのは可愛い小さな青い花のたくさんついた髪飾りだった。
「うわぁ、かわいい。有難う。」
「いえ、千尋はまだ高校生ですから、本当は指輪とかネックレスとかがいいのかもしれませんが、本物の宝石はまだちょっと早い気がしてそれにしてみました。千尋の髪には青い花がよく映えるので。」
「有難う、早速明日からつけちゃおう。」
「気に入ってもらえたのなら何よりです。」
「うん、すっごく気に入った。」
髪飾りを両手で大事に包み込む千尋を見てやっとその顔に嬉しそうな笑みを浮かべた風早は、箸を手に食事を再開した。
「あ、私、お風呂入っちゃうね。お花、お風呂あがってから分けていけるから。」
「いいですよ、食事が終わったら俺がやっておきます。千尋はゆっくり休んでください。」
「でも…。」
「それくらいさせて下さい。本当はもっと色々してあげたかったんですから。」
「風早……うん、わかった、有難う。」
そう言って千尋は風早に背を向けて…
リビングを出るその扉の前で立ち止まって振り返った。
そこには一人笑顔で食事を続ける風早の姿がある。
「風早。」
「はい?」
「すっごく嬉しかった。本当に有難う。」
「いえ、喜んでもらえたのなら何よりです。」
「お風呂からあがったらお花いけるの手伝うから、待っててくれる?私が一緒にやりたいの。」
「千尋…わかりました、待っています。」
「有難う。」
にっこり微笑んで去っていく千尋を風早は笑顔で見送った。
家族として、大切な存在だという想いを交わすのも悪くはない。
そこに一抹の寂しさはあっても、想いが通じないよりはましだ。
そう思いながら風早は食事を済ませて、そして千尋がやってくるのを待つ。
大切な大切な千尋がまだ笑顔でいられるようにと祈らずにはいられない。
風早はじっと愛しい人の姿が扉の向こうから現れるのを待ち続けた。
管理人のひとりごと
管理人が遅れたので、風早も出遅れ(マテ
みたいな話にしてみました(’’)
いや、大変遅くなって申し訳ありませんm(_ _)m
でも、どうしてもやりたかったので今更ながらにやってみました…
3月いっぱいセーフってことでお許しを(っдT)
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