星降る夜に
 コンコンという控えめなノックの音が耳に届いて、風早は本から目を上げた。

 その控えめなノックのしかたは間違いなく千尋のものだったから、風早は自然と微笑しながら口を開いた。

「千尋ですか?」

「うん、ごめんね、もう寝てた?」

 静かにドアを開けて顔を出した千尋はパジャマ姿だ。

「いいえ、起きてました。本を読んでたんですよ。」

「よかった。」

 ほっとしたような笑顔で千尋が部屋の中へ入ってきたので、風早は読みかけの本を閉じて千尋の方へと向き直った。

 そっと時計を見れば時間はもう深夜だ。

 千尋がこんな時間に風早の部屋を訪ねてくるのは珍しかった。

「珍しいですね、何かありましたか?」

「ううん…何かって言うか、あのね、風早に頼みたいことがあるの。」

 申し訳なさそうに言う千尋に風早は小首を傾げた。

 頼みごとなんて食事の時にでも話してくれれば、どんなことでも請け負ったというのに。

 まさかこんな時間まで頼むかどうかを悩んでいたような、何か重大な頼みごとなのだろうか?

 風早の顔にさっと影が差した。

「何か、深刻なことですか?」

「え?あ、ううん、違うの。風早には仕事もあるからこういうこと頼むのはいけないかなって思ったんだけど…。」

「言ってみてください。俺にできることならなんでもしますから。」

「有難う。あのね、明日の朝、5時に起こして欲しいの。」

「朝5時、ですか…。」

 予想だにしない千尋のお願いに風早の目が丸くなった。

 普段はどちらかというと千尋の方が朝は得意なくらいで、夜中まで本を読んでしまう風早の方が遅く起きることも少なくない。

 けれど、朝の5時とは予想外の早さだ。

「無理、かなぁ?」

「いえ、かまいませんが、またどうして5時に起きたいんですか?」

「しし座流星群が見れるって、今日学校で聞いたの。」

「ああ。」

 それなら風早も職員室で聞いた話だ。

 1時間に100個以上の流れ星が見えるというので特に女性教師が騒いでいた。

 ただし、それが見られるのは早朝に限られるというので、誰もが苦笑していたのを風早も覚えている。

「一度そういうの見てみたいなって思って…。」

「いいですよ。5時ですね。」

「ごめんね、風早は仕事もあるのに…どうしても自分一人で起きると二度寝しちゃって寝過ごす気がして…。」

「いえ、かまいませんよ。俺も見てみたいですし。千尋は安心してゆっくり寝てください。」

「うん、有難う。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

 嬉しそうににっこり微笑んで千尋が去っていくのを見送って、風早は再び時計に目をやった。

 大事な千尋の望みを必ずかなえるためには、自分が寝過ごしてしまっては始まらない。

 風早は楽しそうな笑みを浮かべながら、今夜は寝ないことを決定した。





「ちゃんと一人で起きれたんですね。」

 風早が頼まれた時間に千尋の部屋を訪れると、そこにはにっこり微笑む千尋の姿があった。

 どうやら一人でちゃんと起きることができたようで、小さな灯りに照らされた千尋に風早は優しく微笑みかけた。

「うん、大丈夫だったみたい。ごめんね、風早に面倒なことさせちゃって。」

「いえ、じゃぁ、もう大丈夫ですね。」

 そう言って風早がドアを閉めようとしたその時、千尋が慌てて駆け寄ってドアをがしっと掴んで止めた。

「せ、せっかくだから一緒に見ようよ、流星群。空も晴れてるし…風早も見たかったんだよね?」

「千尋さえそれでいいなら、一緒に見ましょうか。」

「うん!」

 千尋は嬉しそうに微笑むと、部屋の窓へと駆け寄った。

 自然と風早も千尋の隣に並ぶ。

 窓の外は雲一つなく晴れていて星も綺麗だ。

 千尋が良く見えるようにと窓を開けてみれば、外から冷たい空気が流れ込んだ。

 風こそないものの、冬を前にした夜の空気は冷たくて、千尋は思わず自分の肩を抱いた。

 すると風早の手がのびてきてせっかく千尋が開けたばかりの窓をすっと閉めてしまった。

「風早?」

「寒いですから、上から何か羽織った方がいいですね。リビングでちょっと温かいものでも飲みながらにしませんか?俺がココアでもいれますよ。」

「うん、有難う。」

 千尋が嬉しそうにうなずけば、風早もにっこり微笑んでさっとカーテンを引いた。

 クローゼットからカーディガンを取り出して千尋が羽織ると風早と二人並んで部屋を出る。

 リビングに入っても部屋の明かりはつけずに、風早が災害時のために買い置きしてあったロウソクに火をともした。

「すぐ温かい飲み物を作ってきますね。」

「うん。」

 にっこり微笑んで風早がキッチンへと姿を消すと、千尋は窓を開けて空を見上げた。

 そこには綺麗な星空が広がっている。

 羽織ってきたカーディガンを体に巻きつけてじっと空を見上げていると、やがて星が一つ流れるのが見えた。

「どうですか?」

 甘い香りがしたと思ったとたんに優しい声が聞こえて、千尋は微笑を浮かべたまま風早からマグカップを受け取った。

 中は湯気を上げている温かいココアだ。

「うん、今はっきり一つ見えたところ。たくさん流れるって言ってたから、きっとまだまだ見れると思う。」

「願い事はしましたか?」

「あ!忘れた!」

「じゃぁ、次はしっかり願い事を。」

「うん、風早もね。」

「はい。」

 千尋が、風早が作ってくれたココアを手に空を見上げれば、また一つ星が流れた。

 心の中では家族みんなが幸せになりますようにと願いながら、そっと隣の風早の様子をうかがう。

 すると風早はじっと千尋の方を見つめてニコニコと微笑んでいた。

「風早?」

「願い事、かなうといいですね。」

「うん…それはいいんだけど……流れ星、ちゃんと見た?」

「ああ、忘れてました。」

「忘れてたって…。」

「千尋があまり楽しそうなので、俺はそんな千尋を見ていた方が楽しいんですよ。」

「かっ、風早っ!」

 照れて真っ赤になる千尋にクスッと微笑んで、風早は視線を夜空へ向けた。

 そうしないと今度は千尋を怒らせてしまいそうだ。

 風早が空を見上げてしまうと自分がじっと風早を見ているわけにもいかなくて、千尋もまた夜空を見上げた。

 するとまた一つ星が流れて、本当に今夜はたくさんの流れ星を見ることができそうだと実感する。

「風早、ちゃんと見た?今の。」

「はい、綺麗ですね。」

「願い事した?」

「もちろん。」

「どんな願い事?」

「ん〜、秘密です。」

 そう言って風早はにっこり微笑んだ。

 少しだけ不満そうな顔をした千尋はそれ以上は尋ねずに、そっとココアを口にした。

 風早はそんな千尋を幸せそうに見守りながら、願い事をもう一度胸の内でつぶやいていた。

 願わくば、このまま千尋が幸せな一生を静かにおくることができますように。








管理人のひとりごと

管理人が体調不良により、流星群どころではなく、爆睡してたので(’’)
この二人に見てもらおうかなと。
だいたいこういう天体ショーってのは冬にやってくることが多いわけです。
すると絶対風早は千尋が風邪ひかないように最新の注意をはらいます!
そして那岐は絶対めんどくさいので起きてきません(’’)
で、二人きりで夜中にお星様を見るわけです(w
でもゲーム前だと甘い空気にはならない、そんな気がします(’’;









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