花に隠れて
「勘弁してください。」

 そう言って風早は苦笑しながら頭をかいた。

 目の前にいるのは微笑みながらも眼光鋭い同門の柊だ。

「私一人というのはどうにも…。」

「それはわかるけれど、今日はニノ姫と約束があって…。」

 苦笑しながらそう言う風早に柊はこれ見よがしに深い溜め息をついて見せた。

「悪いのは風早ではないとわかってはいるんですがね…。」

「すみません、今日ばかりはどうしてもニノ姫との約束をたがえるわけにはいかないんで…。」

「わかりました。そもそも悪いのは羽張彦ですし、忍人でも引きずっていきます。」

 そう言ってまた溜め息をつく柊にこれ以上捕まってはいられないと、風早は早足で歩き出した。

 犠牲になる忍人には同情するが、今はそれどころではない。

 いつものように師である岩長姫を怒らせた羽張彦には猛特訓が言い渡され、それに柊が付き合わされることになったため、とばっちりが風早にまで及ぼうとしていたのだが…

 風早には今日、どうしても譲れない先約があった。

 もちろん、どんな時もニノ姫大事の風早はたいていの場合、大切な姫との約束を優先する。

 姫が許してくれる時は友を助けるために予定を変更することもあるが、今日ばかりはそうはいかない。

 何故なら、今日を逃すと明日にはもう見られないかもしれないものを、大事な姫と二人で見に行くのだと楽しみにしていたからだ。

 普段は心無い大人の鋭い視線や、暴言を耳にすることの多い千尋だからこそ、美しいものを見て、美しい音を聞く必要がある。

 風早はそう思っている。

 その美しいものを見る機会が、今日だった。

「風早。」

 急いで千尋の部屋へたどり着いてみれば、風早の瞳にすぐ愛らしく微笑む金の髪の姫が映った。

 悲しみに沈むことも多いその幼い顔に笑みが浮かべば、風早の口元も自然とほころぶ。

「お帰りなさい。」

 朝、自分の身なりを整えてくれた風早が急いでそそくさとどこかへ出かけてしまって寂しい思いをしていた千尋は、嬉しそうな笑顔でとことこと風早に歩み寄った。

 すぐに戻るといって出て行った風早が本当にすぐに帰ってきてくれたことが嬉しくてしかたがない。

「姫、これから一緒に出かけてもらえませんか?」

「風早とずっと一緒?」

「もちろんです。」

 風早がそう答えれば千尋は満面の笑みを浮かべてうなずいた。

 初めて会った時こそ風早に警戒や怯えを見せていた千尋だが、今となってはもう風早と共にいる時だけが安らぎの時だといわんばかりの笑顔を見せてくれる。

 そのことが嬉しくて、風早も常日頃からなるべく千尋の側にと思わずにはいられない。

「じゃぁ、行きましょうか。」

「うん。」

 嬉しそうにうなずく千尋と手をつないで、風早は歩き出した。

 小さな千尋が慌てずに済むように細心の注意を払ってゆっくりと足を運ぶ。

 よく晴れた空の下、二人はほのかに暖かい風を受けながらゆっくりと歩いた。

 こんなふうに外を歩くのは久々のことだ。

 周囲の目を気にする千尋はどうしても自分の部屋にこもりがちで、なかなか外へは出ようとしない。

 風早と二人でならこうしてなんとか外へ出てくれるが、最近は風早の方が岩長姫や羽張彦に呼ばれることが多くてなかなか時間を作れなかった。

 だから、風早は隣を歩く小さな主が少しでも楽しくいられるように、一時も気を緩めたりはしない。

「疲れたら言って下さいね。」

「大丈夫。」

 そう言って自分を見上げる千尋の笑顔が愛らしくて、風早の顔には自然と笑みが浮かんだ。

 そして…

「うわぁ、きれい…。」

 やがてたどり着いたのは森の中にある一本の大きな桜の木。

 すっかり満開の桜の花は少しずつ散り始めていて、ゆるやかな風に花弁が舞うのも美しい。

 風早はこの桜が散り始めたのを今朝、しっかり確認してあった。

 一番美しい桜の散り際を千尋に見せておきたかったから。

「桜という木です。こうして花が散り始めると雨で一気に散ってしまったりするので、こんなふうに綺麗なのはなかなか見られないんですよ。」

 風早の説明が耳に入っているのかいないのか、千尋はその碧い瞳を輝かせて桜の枝を見上げている。

 風が吹けば花弁が舞って、千尋の小さな手はその花の風の中に伸ばされた。

 もちろん、花弁のいくつかが千尋の手をなでては過ぎていくだけで、なかなかその手の中に花弁は残ってくれない。

 それでも千尋はとても楽しそうに背伸びをしながら桜を見つめていた。

「ああ、大きな木だから、枝が少し高いですね。よく見えるように一枝手折りましょうか?」

「ダメ!」

 千尋にもっとよく花が見えるようにと気を使った風早の言葉に千尋が間髪いれず大声で答えた。

 驚いて風早が傍らの小さな主を見つめると、千尋は必死な眼差しで風早を見上げている。

「どうしてですか?手折った方が近くでよく見えますよ?部屋に持って帰ることもできますし。」

「ダメ、だって、かわいそうだから…。」

 そう言って風早の服の袖をつかむ千尋に一瞬目を大きく見開いて、風早はすぐにその顔に笑みを取り戻した。

 そんな風早を見てやっと千尋が安堵の表情を見せる。

「俺の大切な姫は本当に優しいですね。じゃぁ…。」

 風早はすっかり油断している千尋をさっと抱き上げると、自分の肩の上に座らせた。

 小さく「きゃ」と声をあげた千尋は風早の頭に可愛らしく抱きつく。

「こうすれば花が近くて見やすいでしょう?」

「あ…。」

 言われて千尋が視線を上げると、確かにそこには満開の桜が間近にあった。

 薄紅の可憐な花に目を奪われて、しばらく千尋は身動きさえできなかった。

 満開の桜には千尋を圧倒するだけの迫力があったから。

 千尋がただ黙って満開の桜を見上げていると、突然吹いた強い風が桜の花弁を舞い上げた。

 すぐに風がやんで、ヒラヒラと舞い落ちる花弁が風早の髪に絡みついたのを指でつまんで取り除いて、千尋はクスリと微笑んだ。

「風早、おろして。」

「俺の肩では居心地が悪かったですか?」

「ううん、風早が大変だし…。」

「俺は大丈夫ですよ。姫はとっても軽いんですから。」

「でも……花びらが綺麗だから…。」

 そう千尋に言われて風早は気がついた。

 肩に乗っている千尋は花は見やすいだろうが、その花から舞い落ちる花弁は少々見づらいのだ。

 風早はすぐに主の望みを叶えて地面へと小さな体を下ろすと、舞い散る花弁の下で気持ちよさそうに目を細める千尋を見守った。

 心優しい小さな姫。

 人の間にいる時はどうしても傷つけられることが多いけれど、花が優しく包んでくれるこの場所でなら今少し、傷ついた心を癒すことができるはず。

 陽はまだまだ高くて、木漏れ日はポカポカとちょうどよく心地いい。

 風早は目を閉じたまま動かない千尋を再び抱き上げると、そのまま木の幹に背を預けるように座り、自分の膝の上に千尋を座らせた。

「風早?」

 何事かと千尋が振り返りながら小首を傾げると、風早はニコリと微笑んで千尋を優しく抱き締めた。

「今日は天気もいいですし、日暮れまでにはまだ時間もあります。立ったまま花を見ていたら疲れてしまいますから、こうしてゆっくり楽しむことにしましょう?」

「……うん。」

 少しだけ考えて、それから千尋は嬉しそうにうなずいた。

 千尋にとってはこの世で最も安心できる場所、風早の腕の中で花を楽しむことができるのだから反対するわけがない。

 風早は千尋を自分の胸に寄りかからせて、ゆったりとくつろげるようにすると、自分も木の幹にもたれて千尋の小さな体を腕で優しく囲ってやった。

 すると千尋は安心したように風早に背を預けて、幸せそうに微笑んだ。

「とっても綺麗ですね。」

「うん。」

 頭上から降ってくる風早の声にそんなふうには答えるものの、それ以上千尋は何も話そうとはしない。

 ただただ桜の美しさに見惚れて、見惚れて…

 そして…

「寝ちゃったんですか?」

 風早が気付いた時には、千尋は風早の胸にすっかりもたれて寝息をたて始めていた。

 常日頃から神経をすり減らす毎日を過ごしているし、今日はここまで歩いてやってきたこともあって疲れていたのだろう。

 風早は千尋がゆっくりと午睡を楽しめるように横抱きに抱き直すと、その小さな体を抱きしめた。

 次に千尋が目を覚ますのは自分の腕の中。

 舞い散る桜の花弁の下。

 きっと幸せな目覚め。

 絶対にその目覚めを守るのだと、そう一人胸の内に誓って、風早は千尋の金の髪に頬を寄せた。

 小さくてやわらかいぬくもりは、何よりも風早に幸せを与えてくれた。








管理人のひとりごと

ハイ、桜企画遙か4バージョンでございます♪
本当は8人全員出てくるお祭りバージョンとかも考えたんですが…
間違いなくびっくりするくらい長くなる(’’)
ということで、久々のチビ千尋にしてみました♪
風早以外のキャラクターが好き!という方は拍手御礼SSでお楽しみ頂ければと思います(^^;
満開の桜の下で大好きな千尋の午睡を守る風早父さん。
父さん的には至福だと思います(w









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