義理チョコ騒動
 風早は物陰に隠れてじっと一点を見つめていた。

 その顔には珍しく、いつも浮かんでいるやわらかな微笑が存在しない。

 ただひたすらその優しげな顔には不安そうな表情が浮かんでいた。

 そんな風早の視線の先にあるのは千尋の姿だ。

 ニコニコと楽しそうにしている千尋は、竹の籠に小さな包みをたくさん入れて持ち歩いており、それを行く先々で出会った人に配っている最中だった。

 風早は千尋に気付かれないようにその後をついてあるいて、千尋が小さな包みを配り歩くのを眺めているというわけだ。

 これは以前いた世界だったらストーカーと呼ばれてもしかたがないな。

 などと心の中では思うものの、風早はどうしても千尋を追いかけずにはいられなかった。

 というのも、本日はバレンタインデーだったからだ。

 明らかに千尋が配り歩いているのはチョコレートに見立てたお菓子の類で、つまりは義理チョコの代わりにお世話になった人に配っているのだろう。

 それくらいのことはわかる。

 わかるけれど…

 バレンタインデーには女性から男性への告白の印象がどうしてもついて回る。

 それを思えば、たとえば義理であったとしても千尋がお菓子を配り歩くのを見れば、風早の心は穏やかではいられなかった。

 狭量だと思う。

 こんなふうに嫉妬深い自分を千尋が知ったらどう思うだろうと心配にもなる。

 それでもどうしてもやめられなくて…

 風早は千尋の後を追い続けた。

 姉に始まり、忍人や布都彦はもちろんのこと、柊、岩長姫ときて、その後は名前と顔が一致するかどうか怪しい采女や若い兵士達にまで配って歩くものだから、風早は午後のほぼ全てを千尋追跡に費やすことになってしまった。

 千尋から小さな包みを受け取った面々の嬉しそうな顔が風早の脳裏に焼きつく。

 朝から千尋はいつも通りの様子だった。

 もしこれで、自分にはあの小さな包みも渡してもらえなかったらと思うと、内蔵をえぐられるかのように胸の奥が痛む。

 そんなことはないと胸の内で自分に言い聞かせて…

 風早は太陽が紅に輝き始めた頃、やっと千尋の追跡をやめ、自分の部屋へとぼとぼと歩き出した。





 窓の外はもうすっかり暗くなって、部屋の中には小さな明かり一つ灯ってはいない。

 風早はそんな部屋で一人、窓から空を見上げていた。

 月は丸く明るくて、それでも辺りは闇に閉ざされている気がして…

 窓辺に座って月を見上げながら、風早はもう数え切れないくらいの溜め息をついていた。

 千尋とは夕飯を一緒に食べた。

 その時はいつもと変わりがなかったけれど、食べ終わるとすぐにまた出かけてしまって、風早は一人で夜を迎えた。

 今日はもう千尋の姿を見ることはできないだろう。

 そう思うと、あの小さな包みをもらえなかったことよりも何よりも、ただ千尋に会えないことが寂しくてつらくて悲しくて…

 眠ることなんて到底できそうになくて窓辺で溜め息をつくことしかできない。

 と、そこへ…

「風早、まだ起きてる?」

 そっと扉を開けたその隙間から、聞きたくてしかたがなかった声が聞えた。

 風早は飛ぶように扉に駆け寄って小さく開けられた扉を大きく開け放つと、そこに恥ずかしそうに立っている千尋を見つけてすぐに部屋の中へと引き入れた。

「こんな時間にどうしたんですか?」

 会えて嬉しいという気持ちはもちろんある。

 けれど、そんな気持ちよりも先に風早の脳裏に浮かんだのは、こんな時間に千尋が尋ねてくるのは何か急な出来事に千尋が困っているからではないか?ということ。

「あ、こんな時間になっちゃってごめんね。でも、どうしても今日中に渡しておきたくて…。」

 そう言って千尋は後ろでに隠していたものをそっと風早の方へ差し出した。

 それは千尋が昼間配っていたのものの倍ほどもある大きな包みだった。

 中身がなんなのかはもちろん想像がつく。

「朝一番に渡そうかなとも思ったんだけど、やっぱり一番大切な人には一番最後に落ち着いて渡したくて…そうしたらこんな時間になっちゃったんだけど、どうしてもバレンタインデーのうちに渡したくて…遅くなってごめんね。」

「いえ……とても嬉しいです。」

 風早は差し出された包みを受け取ると、包みを開くこともせず、そのまま千尋を抱き寄せた。

「風早?」

「本当にとても嬉しいんです。有り難うございます。」

「そ、そんなに喜んでくれるなら私も嬉しいけど……えっと…中身はお菓子だから…その…食べてくれないの?」

「後でゆっくり味わって食べることにします。今はもう少しだけこのままで。」

「後でちゃんと食べてね?」

「はい。」

 耳に届くのはうっとりと幸せそうな恋人の低い声。

 自分を囲んで閉じ込めるのは力強くて温かい恋人の腕。

 千尋はその全てに幸せを感じながら、風早の体にしっかりと抱きついた。

 告白なんかしなくても、想いはしっかり伝わっている。

 互いの体の温もりを通して伝わる想いを感じて千尋も、そして風早も、今手にしている幸せに心からの感謝を捧げた。








管理人のひとりごと

バレンタイン企画、風早バージョンでした。
こちらはちょっとビターな感じで(’’)
いつも風早さんは甘くなりがちなんで、他が甘いこの企画では嫉妬ものにしてみました!
嫉妬ものっていうかストーカーもの?(っдT)
物陰からこっそり千尋を見つめる風早父さんをかわいいと思っていただければ幸いです(^^;










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