
うんうんとうなり声さえあげて考えに考え込んで、そして千尋は立ち上がった。
千尋が座っていたのは木漏れ日のまぶしい大木の下。
周囲には人影もなくて、一人きりで考え事をしていたのだった。
最近では護衛でもあり、そろそろ許婚としても認知されつつある風早が千尋の側にいないのはとても珍しい光景だ。
というのも、千尋がどうしても一人きりでゆっくり考え事をしたいからと風早にわざわざ離れてもらったからで、この木陰に千尋を置いて去る時の風早の寂しそうな顔を千尋は脳裏に焼き付けられてしまった。
悲しくて寂しくて、でもそれを見せまいとする風早の苦笑は千尋の胸に深く突き刺さったけれど、それでもどうしても一人で考えたくて千尋はわがままを通した。
その結果だが…
結局のところ考えても考えても答えは出なくて、おそらく千尋の部屋で帰りを待っているであろう風早の元へと千尋の足はゆっくり動き始めたのだった。
一人でじっくり考えれば何か思いつくと思ったのに…
心の中でそんなふうにつぶやきながら千尋は自分の部屋の扉をそっと開けた。
そっと中を覗き込んでみれば、ハッと目を見開いてからにっこり微笑む風早の顔が見えた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
千尋の姿を認めた瞬間、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた風早。
その笑顔に、思わず千尋の顔が赤くなった。
「考え事は片付きましたか?」
「それが……。」
千尋は部屋の片隅にある寝台の端に腰掛けて深い溜め息をついた。
すると、さっきまで嬉しそうに微笑んでいた風早がすっと立ち上がり、千尋の隣に座って心配そうに千尋の顔をのぞきこむ。
「千尋?何か悩みがあるなら俺に相談してもらえませんか?」
一人で考えさせてと言われていたから今まで千尋にこれを言わずにいた風早だったが、千尋に溜め息をつかれてはもう我慢の限界だ。
風早が真剣なまなざしで愛しい人を見つめれば、千尋はそんな風早を見つめて再び溜め息をついた。
「結局、こうなっちゃんうんだよね。」
「はい?」
「こういうのは反則だと思うの。思うんだけど、でもどうしても思いつかなくて…。」
「何が、ですか?」
「風早、忘れてるでしょう?」
「何か忘れてますか?あれ、千尋の予定は全部おさえてるつもりだったんですが…。」
「私じゃなくて、風早の、自分のことだよ。」
「はい?」
「やっぱり、だから驚かせたかったのに…。」
また溜め息をつく千尋に風早は小首をかしげる。
「今日は風早の誕生日。」
「あ…。」
「だからね、こっそりプレゼント用意して風早をびっくりさせようと思ったんだけど、何がいいか全然思いつかなくて……忍人さんに聞いたらそういうことわかるほど親しくないって言われたし、岩長姫に聞いたらなんかニヤニヤ笑うだけで何も教えてくれないし、それを柊に話したら……。」
「柊はなんて言ってたんですか?」
「……風早への贈り物なんて一つしか思いつかないって……。」
「で、柊は俺のために何を用意したらいいと言ってくれたんですか?」
「……そ、それはいいの!それはどうでもいいから!」
「はぁ…。」
急に顔を真っ赤にして慌てる千尋に驚きながらも、どうやら千尋が抱えていたのは深刻な悩みではなかったらしいと風早はほっと安堵の溜め息をついた。
深刻な悩みどころか自分のために贈り物を選ぼうとしてくれていたとは、風早にとっては嬉しい事実だ。
「でね!反則だとは思うんだけど、風早は何がほしい?誕生日のプレゼント。」
今度は興味津々というキラキラの瞳で覗き込まれて、風早は思わずのけぞってしまった。
碧い瞳が輝いている千尋はとても魅力的で、そのまま寄り添っていては思わず抱きしめてしまいそうだったから。
「今からじゃ用意できるものって限られちゃうけど、何か欲しいものがあるならできるだけ頑張ってみるし、言ってみて?何がほしいか。」
「それじゃぁ、千尋。」
「なに?」
「いえ、だから、千尋が欲しいです。」
「………はい?」
たっぷり5秒は考えてから千尋はキョトンとした顔で目の前の恋人の顔を見上げた。
そこには幸せそうにニコニコと微笑む穏やかな表情の風早。
そして、千尋の耳には柊の言葉が蘇っていた。
「ひ、柊……。」
「どうしてそこで柊の名前が出てくるんですか?」
「それは……風早が何ほしいかわからない?って柊に聞いてみたんだけど、そうしたら……『風早には姫ご自身をお贈りになるのが一番でしょう』って……。」
真っ赤な顔でそういう千尋を溶けそうなほど幸せそうな笑みを浮かべて見つめて、風早は一つうなずいた。
「さすが柊、よくわかってますね。」
「さ、さすがって……。」
「俺が望むものなんて幸せに過ごしている千尋くらいのものです。」
「ん〜、でも、私は今じゅうぶん幸せだし、これから先だって風早が幸せにしてくれるって信じてるし、それじゃ全然誕生日のプレゼントにならないよ…。」
悲しそうにうつむく千尋にクスッと笑みを漏らして、風早は千尋をひょいと自分の膝の上に乗せた。
「ちょっ、風早!」
「誕生日のプレゼントに千尋をくれるんですよね?」
「へ…。」
「くれないんですか?」
悲しそうに問われて千尋に拒否することができるわけもない。
風早の膝の上で顔を真っ赤にして少しだけ考えて、千尋は小さくうなずいた。
「あ、あげないとは言ってない…から……。」
あげると言ってしまうとその先どんなことになるのか予想もつかなくて、千尋がもじもじとしていると風早が千尋の体をぎゅっと抱きしめた。
「警戒、してもらっているのかな?」
「け、警戒?」
「あげるとはっきり言ってくれなかったので。」
「そ、そんなことはないけど…。」
「そうなんですか?男として意識してくれたのかと少しばかり喜んだんですが…。」
「それはいつも意識してるから!」
慌てる千尋に風早は嬉しそうな笑顔を浮かべて見せた。
その顔は本当に幸せそうで、柔らかい雰囲気の風早がそんなふうに笑うとなんだか千尋まで幸せな気持ちになる。
赤い顔をしながらも風早につられるように微笑んだ千尋を再び抱きしめて、風早はその耳元に唇を寄せた。
「千尋が嫌がるようなことはしませんから、安心してください。」
「そ、そんな心配してないから…。」
「俺は千尋に欠片ほどだって嫌われたくありませんから。」
「風早のことを嫌いになったことなんてないよ。」
「好きにはなってくれましたか?」
「大好きだっていつも言ってるじゃない!」
耳元でつややかな声に囁かれて、千尋は風早の首に抱きついた。
「やっぱり嬉しいものですね、千尋の口からはっきりとそう言ってもらえるのは。」
ニコニコニコ。
風早の顔に浮かぶ笑みはいつまでも消えなくて、千尋はそっとその表情をうかがってほっと安堵の溜め息をついた。
どうやら風早は誕生日を機嫌よく過ごしてくれているようだから。
「誕生日は丸一日ありますし、先は長いですよね。」
「そ、そうだね。何かしたいことある?」
千尋が体を離して風早の目を見つめると、楽しそうな風早は少し考えてから首を縦に振った。
「一緒に食事をして、散歩をして…あとは…そうですね、天気もいいことですし、外で膝枕でもしてもらおうかな。」
「膝枕でお昼寝?」
「俺にとってはこれ以上ないほど幸せなプレゼントですよ。」
「ん〜、でもそれだけって言うのはちょっとなんていうか、いつもとあんまり変わらないっていうか…。」
せっかく大切な人の誕生日なのだから、もうちょっと特別な何かをプレゼントしたかったのに…
千尋がそんなことを思って表情を曇らせていると、あっという間に風早の顔が近づいて、静かに深く口づけられた。
顔を離した時には風早はこれ以上ないほど幸せそうで、抗議しようとした千尋は何も言えなくなってしまった。
「いいものですね、誕生日というのは。」
「風早ったらもぅ…。」
「では、散歩に出かけましょうか。」
千尋が恥ずかしいやら嬉しいやらでもじもじとしている間に、風早はその小さな体をさっと横抱きに抱いて立ち上がった。
予想だにしない展開に千尋が目を大きく見開く。
「風早?まさかこのまま行く気じゃないよね?」
「いいえ、このまま行く気ですよ?」
さらっとそう言って歩き出す風早をもうとめることはできなくて、千尋はその腕の中で体を小さくした。
絶対誰にも見られないで散歩に行くなんて無理だ。
誰かに見られたら恥ずかしいとは思うけれど、幸せそうな風早の顔を見てはどうしてもやめてとはいえない。
「今日は風早の誕生日だから特別だからね。」
「はい、わかりました。」
赤い顔でつぶやく千尋の額に優しく口づけを落として、風早は上機嫌で千尋の部屋を出た。
両腕に抱える小さなぬくもりは何よりも風早に幸せを与えてくれる。
恥ずかしそうにうつむく千尋を抱えながら、風早は行き過ぎる人々にさえ幸せそうな笑みを振りまいて、明るく晴れ渡った表へと繰り出すのだった。
管理人のひとりごと
風早、お誕生日おめでとう\(^^)/
ということで、風早父さんお誕生日記念でした♪
風早が幸せになるようになるようにって感じで作ったつもりです。
まぁね、柊なんかだと簡単に予想できますね、風早に何をプレゼントするのが一番いいのかなんて(’’)
麒麟な割りに風早さんは単純だから(マテ
でも、風早の幸せ=千尋の幸せなので、ここの二人はいつも平和だと思われます。
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