
風早はもう何度目になるかわからない溜め息をついた。
昨日から溜め息ばかりついている。
昨日一日は師である岩長姫の用事を済ませたり、剣の鍛錬をしたりで時間をどうにかつぶすことができた。
それでも集中できていないと岩長姫には渋い顔をされてしまった。
剣の鍛錬も同じことで、ただぼーっと主のことばかり考えながら剣を振り回していただけだから、ためになっているとは言いがたかった。
そんなこんなで二日目となるともう時間をつぶす手段も尽きた。
一応、剣の鍛錬でもと人気のない場所を選んで剣を振り回してはみたが、身の入らなさは昨日より増してしまった。
だから、昨日より早めに切り上げて、こうして溜め息をつきながら宮へ向かって歩いているというわけだ。
「風早?」
宮の前までやってきて風早がまた深い溜め息をついたところで背後から声が聞こえた。
足を止めて振り返ると、そこには同じ師に学ぶ柊の姿があった。
「柊…。」
「どうしたんです?昨日といい今日といい、風早が一人で溜め息をつきながら歩き回っているなんて珍しいじゃないですか。」
「あはは。」
柊の言葉に力ない笑みを浮かべて、風早はまた溜め息をついた。
風早という青年は柊の知る限り、めったなことではこんなに気落ちしたりする人間ではない。
どちらかといえばいつもニコニコと笑みを絶やさない穏やかな人間だ。
しかも、ニノ姫付の従者としていつも真面目に働いている。
というよりも、常にニノ姫の側を離れず、ニノ姫を守ることに全てをかけているといってもいい。
そんな風早が一人きりで二日もふらついていればいやでも柊の目にとまった。
「何かあったんですか?」
「……まぁ、あったというか……。」
それだけ言って果てしなく落ち込んでいく風早に今度は柊が苦笑を浮かべて軽く溜め息をついた。
こんな風早は今まで見たことがない。
これはそうとう精神的にこたえる何かがあったに違いない。
「いったい何があったんです?」
「それが…昨日の朝、突然、ニノ姫に俺とは一緒にいたくないと言われてしまって…。」
「それはまた…何したんです?」
「人聞き悪いなぁ…俺の方には全く心当たりがなくて…。」
柊は苦笑しながらも小首を傾げた。
ニノ姫といえば采女達からも疎まれたせいか、姉である一ノ姫と従者である風早にしか心を開いていないという噂だ。
実際に会ったことはないが、始終風早がニノ姫の話をしているからその噂が事実であることも知っている。
そのニノ姫がたった一人の従者を拒絶するとは…
風早は幼姫の気に障る何をしたのかと柊が風早を疑い始めると、それに気付いたのか風早は力ない笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「本当に俺は何もしてませんよ。それなのに急に姫が俺とは一緒にいたくないと言い出して…。」
「風早の言葉を信用するなら、原因としてはお年頃、しかないですかね。」
「年頃、ですか?姫が?」
風早は幼い主の姿を脳裏に思い浮かべた。
金の長い髪、碧い瞳、愛らしい表情、小さな体。
どれを思い出しても口元がほころんでしまう愛らしい主。
いつも周囲に気を使って、自分が罵られることを恐れて怯えて…
そんな少女がお年頃で自分を遠ざけることなどあるものだろうか?
「考えにくいかなぁ、お年頃は……。」
「まぁ、理由はなんであれ、ニノ姫には風早をお許し頂かないとこの中つ国に廃人が一人増えそうですから、なんとかお許し頂く方法を考えなきゃいけませんね。」
「廃人はひどいなぁ。」
そう言って苦笑しては見たものの、この二日間の自分の行動を考えて廃人と言われてもしかたがないかと風早は思わず納得してしまった。
それくらい、何をしていても頭の中は幼い主のことで埋め尽くされていて、何一つしっかりと手につかなかったのだから。
「それで、柊には何かいい案がありますか?姫に俺がお許しをこうための。」
「まぁ、姫はああみえて幼い少女ですから、手がないとは言いません。幼い子供はだいたい好物だとか好きなものを贈れば機嫌を直すものです。」
「物で釣るってことか…。」
「わかりやすく言うとそうなりますね。」
「姫の好きなもの……。」
そうつぶやいて風早は考え込んだ。
千尋はいったい何が一番好きだっただろうか?
食べ物はあまり好き嫌いがない。
それは風早に出会うまで好き嫌いなど言おうものなら食べ物を与えてもらえないかもしれないような環境で育ったのだからしかたがない。
では綺麗な衣や宝飾品はというと、これもあまり興味がなかった。
贅沢を言える状況で育っていないからこれも当然のことだ。
となると、いったい何を贈れば千尋は自分を許してくれるのか?
思わず風早は隣にいる柊の存在を忘れて深く考え込んだ。
「ああ、こればかりは私にはわかりませんから一人で悩んでください。健闘を祈ります。」
どうやら自分の存在が無視され始めたらしいと悟って、柊は苦笑する風早にヒラヒラと手を振ると歩み去った。
そんな友の後ろ姿を見送って風早は一人真剣な顔で考え始めた。
せめて夜までに千尋に許してもらいたい。
風早の頭の中はそのことで一杯だった。
夕方。
風早は扉の前で深呼吸してからそっと目の前の扉を開いた。
もちろんその扉は幼い主の部屋の扉だ。
中に入ったとたんに会いたくないから出て行けと言われるのではないか?
と心配しながら扉を開けた風早だったが、扉を開けてすぐにその心配は無用だったことがわかった。
何故なら、綺麗な碧い二つの目からぽろぽろと涙をこぼしながら小さな姫が自分の方へ駆けてくるのを見たから。
「姫、よかった、もう俺に会いたくないなんていわないでくれるんですね?」
「…ごめん、なさい……。」
「謝らなくてもいいですよ。きっと何か理由があったのでしょう?俺は何か姫に嫌がられるようなことをしましたか?」
「ち、違うのっ!」
そう叫んで風早にギュッと抱きついた千尋は声を殺して泣き始めた。
これはもうおさまるまで少し待たなければダメかとあきらめて、風早は後ろ手に扉を閉めると、千尋を抱き上げて寝台の上に座った。
そうして千尋の背中を優しくなでていると、ゆっくりと千尋は涙をおさめた。
「もう大丈夫ですか?」
風早が千尋の顔をのぞきこんでそう訪ねると千尋は小さくうなずいて服の袖で涙をぬぐい、必死の形相で風早を見上げた。
そんな千尋を安心させたくて風早はにっこり微笑んで見せる。
するとやっと安心したのか千尋が口を開いた。
「あのね、今日は風早が生まれた日だって聞いたから……。」
「ああ、そういえば……。」
「風早が生まれてきてくれなかったら、風早には会えなかったでしょう?」
「まぁ、そう、ですね。」
「だから、風早に生まれてきてくれて有難うって言いたくて…本当は有難うって何か贈り物がしたかったの…。」
「?」
それでどうして自分がこの大切な主に会いたくないと言われなくてはならないのかがわからなくて風早は小首を傾げた。
そんなことならにっこり笑って「生まれてきてくれて有難う」とこの幼い主に言ってもらえれば、風早にとってそんなに嬉しいことはないというのに。
「風早にいっぱい喜んでもらいたくて、内緒で贈り物を用意したかったの。だけど……何も用意できなくて……それに、昨日、風早にどうしても内緒にしたくて会いたくないなんて言っちゃったから……。」
そう言ってまた涙ぐむ千尋に風早は微笑んで見せて、それから千尋の髪を優しくなでた。
「贈り物なんて何もいりませんよ。」
「風早に会いたくないなんて嘘だから……嘘なの……。」
「はい。わかりました。安心しました、姫に嫌われてしまったのかと思ったので。」
「嫌いになんてならないもんっ!」
「そう言ってもらえるだけで俺はじゅうぶん嬉しいですよ、贈り物なんかなくてもね。」
そう言って風早は千尋を膝から下ろすと、懐から小さな花を取り出してそれを千尋に手渡した。
「これは姫に、俺からの贈り物です。」
「私に?どうして?」
「機嫌を直してもらおうと思って。」
「風早のこと嫌いになんかなってないもんっ!」
「さっきまでは嫌われてしまったのかと思ってたんです。だから、姫の大好きな花を贈って許してもらおうと思ったんですが…嫌われてなかったみたいなんで、これは俺が生まれたことを喜んでくれた姫にお礼に贈ります。」
風早は千尋の手にあった花をその金の髪にさしてやった。
すると千尋は嬉しそうに頬を赤らめる。
そんな姿も愛しくて、風早の顔にも笑みが浮かんだ。
「有難う。」
「俺の方こそ、ありがとうございます。」
「?」
今度は千尋が小首を傾げた。
今、花をもらったのは自分のはずなのに、どうして風早が自分に礼を言うのかがわからない。
風早は愛らしく小首を傾げる千尋の髪をそっとなでるとこれ以上はないというほど幸せそうに微笑んだ。
「俺は姫にこれ以上ない嬉しい贈り物をもらいましたから。」
「私、何かあげた?」
「はい、とっておきの笑顔をもらいました。俺にとっては姫の笑顔は何よりの贈り物ですから。」
「風早……大好きっ!」
本当に幸せそうに微笑む風早の顔を見て、千尋は嬉しくて嬉しくて…
思わず抱きついた千尋を風早は優しく抱き締める。
二日間、ずっと離れていた二人にとってそれは特別な抱擁。
だから、二人はそれから何も言わず、ただお互いのぬくもりを確めるように夕飯の時間になるまで抱き合ってたたずむのだった。
管理人のひとりごと
風早さん誕生日おめでとう\(^^)/短編、ゲーム前バージョンでした。
千尋ちゃんは風早が大好きなのでお誕生日はもちろんチェックしてます!(笑)
でも、ニノ姫とはいえ、周囲から疎まれているのでプレゼントは準備できません(TT)
で、内緒で色々やろうとか悪戦苦闘してるんですが、結論、笑顔でよかったという(爆)
風早は絶対、千尋ちゃんの笑顔が一番ほしい!(w
ということでチビ千尋が風早をお祝いするとプレゼントは笑顔♪でした(^^)
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