ハッピーバースデー
 千尋はかなり張り切っていた。

 朝日が昇るのと同時に起こしてほしいと采女に頼んで無理やりめちゃくちゃな早起きをしたのは、この特別な日をとっておきの1日にするためだ。

 千尋は急いで着替えて自分で髪を梳いて、朝食もとらずに慌てて自分の部屋を飛び出した。

 まだ誰も歩いていない回廊を駆け抜けて、千尋が向かったのは風早の部屋。

 そう、千尋がこんなにも朝早くに起きだして回廊を駆け抜けているのは今日が風早の誕生日だから。

 いつも常に側にいて微笑んでくれる大切な人。

 そんな大切な人だからこそ、誕生日は心を込めてお祝いしたい。

 そう思ったのだけれど、何かプレゼントをしたくても風早が何をほしがっているのかはわからない。

 かといって本人に何がほしいのか聞くのは反則な気がする。

 だから、この早起きが千尋なりに考えた風早への誕生日プレゼントの一つだった。

 風早が目覚める前に風早の部屋へこっそり入って、優しく風早を起こしてあげる。

 それが今日、最初の目標だ。

 目覚めた風早がどんな顔をするのかと想像すると千尋の顔は自然とほころんだ。

 千尋はいつも采女に起こしてもらって着替えをするのだが、たまに風早が早起きした時には風早に起こされることもある。

 起こされることはあっても今まで風早を起こしたことは一度もなくて、千尋は風早の朝の寝起きの顔を見たことがないのだ。

 恋人らしく朝、優しく風早を起こしてあげるというのは千尋の野望の一つでもあった。

 千尋は回廊を駆け抜けると風早の部屋の前に一度立ち止まって深呼吸した。

 これで準備はよし。

 一つうなずいて千尋はそっと扉を開けた。

 そんなに広くはないきちんと片付けられた部屋はいつもきちんとしている風早らしい部屋だ。

 その部屋の隅にある寝台の上に風早の姿があった。

 千尋は音を立てないようにそっと扉を閉めると息を殺すように静かに寝台の方へと歩み寄った。

 風早は寝台の中央できちんと布を一枚上にかぶって静かな寝息をたてていた。

 寝ている時まで行儀がいいんだ。

 そんなことを思いながら千尋は風早の寝顔を覗き込む。

 いつも見慣れているはずの整った風早の顔。

 眠っていると少しだけ幼く見えるような気がして、千尋はクスッと笑みを漏らした。

 もう少しだけ風早の寝顔を見ていたい気がしたけれど、今日は優しく起こしてあげるのが目的だ。

 千尋は気を取り直して寝台の端に腰掛けると、風早の髪をそっとなでた。

「風早、起きて、朝だよ。」

 優しく千尋がそう声をかけると、むずかるかと思った風早はゆっくりその目を開いた。

「…千尋?」

「うん、おはよう。」

 千尋がにっこり微笑んで見せると風早は一度大きく目を見開いてからゆっくりと上半身を起こした。

 そして辺りを見回して、窓の外を見つめてから千尋へと視線を戻す。

「どうしたんですか?こんな早くに。」

「今日はね、どうしても私が風早を起こしてあげたかったの。」

 風早は何を言われているのかわからないといった様子で小首を傾げる。

「風早、自分の誕生日忘れたの?」

「誕生日……ああ……。」

「やっぱり忘れてたんだ。」

 あははと笑う風早に千尋は苦笑した。

 千尋のことなら何でも知っていて、とても細かいことにまで気を使ってくれる風早なのに、自分のこととなるとこんなにも抜けているのだから。

「今日は私の大切な風早の大事なお誕生日だから、どうしても私が起こしてあげたかったの。いつもとは違う朝っていう感じがするでしょう?」

「ええ、目を開いて今日一番に見るのが千尋の笑顔だなんて、それだけで物凄く幸せな一日ですよ。」

「か、風早っ!大げさ!」

「そんなことないですよ。俺にとっては千尋の笑顔が何よりの幸せですから。」

 そう言って目の前でニコニコと微笑む風早に絶句して、千尋は顔を真っ赤にした。

「今日はそんなことくらいで満足させないんだから!」

「はい?」

「本当は何かお誕生日プレゼントを用意したいなって思ってたんだけど…。」

「そんな、俺はプレゼントなんていりませんよ、千尋の笑顔さえあればそれで。」

「うん、そう言うと思って物は用意しなかったの。」

「物は、ですか。」

 そう言って風早はにっこり微笑んだ。

 千尋が「物は」と言ったということは物ではない何かを用意していることは間違いない。

 そのことに気付いたから。

 そんな風早の笑顔を見て、千尋は少しだけ機嫌悪そうにむくれた。

「もう、風早ってば私が何を考えてるかお見通しって顔してる。」

「そんなことありませんよ。お見通しというほどじゃ。ただ、千尋がそんなふうに言うってことは物じゃない何かを用意してくれているのだろうな、と思っただけです。」

「やっぱりお見通しじゃない。」

 そう言って「はぁ」と深い溜め息をついた千尋の髪を風早は優しくなでた。

「そんなにがっかりしないで下さい。これでも物じゃない何かがなんなのかとても楽しみにしてるんですから。」

「本当?」

「ええ、本当です。」

 そう言って風早が千尋の顔をのぞきこむと、やっと千尋は笑顔を取り戻した。

「じゃぁ、私からの風早へのお誕生日プレゼントを発表します!」

「はい。」

 心の底から幸せそうに微笑んでいる風早に千尋は急に思い切り抱きついた。

 その首にしがみついてギュッと風早を抱きしめる。

 風早は突然の出来事に一瞬目を見開いて驚きながらも半ば反射で千尋の小さな体を抱き返した。

「千尋?」

「今年の風早への誕生日プレゼントはね、私。」

「はい?」

「今日は一日私が風早のためになんでも言うこときいてあげる!」

 そう言って楽しそうに微笑みながら体を離した千尋の顔を風早は穴があくほどじっと見つめた。

 そしてそのまま硬直してしまった風早に気付いて、千尋が小首を傾げた。

「風早?」

「言うことを聞いてくれるんですか?」

「うん、そう。」

「なんでも、ですか?」

「そう、なんでも!って言っても私にできることなんてたかがしれてるけどね。わかってると思うけど、私にできないことは言われてもできないから。私にできることならなんでもしてあげるって意味ね。」

 頬を赤く染めてそんなことを言う千尋を風早はもう一度まじまじと見つめて、それからそっと千尋を抱き寄せた。

「千尋にできることなら、なんでもしてくれるんですね?」

「へ?うん……。」

 耳元で囁かれて千尋はなんだかとても嫌な予感がして、千尋は風早に抱きしめられたままその顔に不安げな表情を浮かべた。

 ところが、風早はそんな千尋に気付いているのかいないのか、とても上機嫌だ。

「それじゃぁまず…。」

 そこまで言って口を閉ざした風早はそっと千尋の体を自分から離すと、この上ない優しい笑みを浮かべて見せた。

 そしてその笑顔に千尋が見惚れているうちに、さっとその唇を盗みとった。

「ちょっ、風早っ!」

「できることならなんでも、してもらえるんですよね?」

「……うん…。」

 真っ赤な顔の千尋を見つめて風早はとても幸せそうだ。

 そんなふうに幸せそうな風早を見ると、千尋も嬉しくはあるのだけれど…

 なんでもと強調されると何を要求されるのが少し恐い気もして…

「それじゃぁ、次は…。」

「次、は?」

「着替えてもいいですか?」

「へ?」

 何を言われるのかと身構えていた千尋がキョトンとして風早の姿を見直すと、そう、風早はまだ寝巻き姿のまま寝台の上なのだ。

「ご、ごめんね!私一人ではしゃいじゃって……。」

「いえ、俺も千尋がそんなに祝ってくれるのなら嬉しいんですが、とりあえず着替えないと何もできないんで。」

「そうだよね、外で待ってるから着替え終わったら教えて。」

「はい。」

 千尋は慌てて部屋の外へ出ると、今日一日、風早にどんなことをお願いされるのだろうかとドキドキしながら風早の支度が終わるのを待つのだった。





「ねぇ、風早。」

「はい、なんですか?」

「そろそろ下ろしてくれても……。」

「嫌です。」

「嫌ですって……。」

「だって今日は俺の誕生日だから、千尋にできることは何でもしてくれるんでしょう?」

「それはそうだけど…。」

 そう言って赤い顔でうつむく千尋は風早に横抱きに抱かれている。

 どうしてそんなことになったのかと言えば、千尋が風早の誕生日だからできることだったらなんでもやってあげると言ってしまったから。

 そして、言われた風早はというと、どんなことを言われるのかとドキドキしていた千尋に今日一日はずっと一緒にいてずっと触れさせてください、と千尋に頼んだのだ。

 もちろん千尋に抵抗できるはずもなく…

 昼食を軽くすませて散歩に行こうということになって、千尋はあっさり風早に抱き上げられてしまって…

 触れていたいというだけなら腕を組んで歩くという選択肢もあるはずだと主張はしてみたけれど、にっこり微笑んだ風早に却下されて、千尋は風早に抱かれたままの散歩を楽しむはめになってしまったのだった。

「でもこれって、重いんじゃ…。」

「千尋を重いなんて思ったことありませんよ。これでも俺は武官ですから、普段から鍛えてますし。」

「そういう問題じゃなくて…。」

「なんでもって言ったのは千尋ですよ。」

「……そうでした…。」

「……千尋がどうしても嫌なら下ろします。」

 千尋ははっと視線を上げた。

 するとそこには風早の困ったような寂しそうな、なんともいえない苦笑があって…

「い、嫌じゃないよっ!嫌なわけないじゃないっ!」

「よかった。」

 あんまり風早が痛々しい顔をするものだから、思わず勢いで思い切り否定してしまった千尋は嬉しそうににっこり微笑む風早を見てうつむいた。

 千尋はなんだかすっかり風早の調子に乗せられているような気がするのだが、風早の誕生日を祝うと宣言した以上それに不満を言うわけにもいかない。

 結局、上機嫌な風早を見上げて「まぁいいか」と心の中でつぶやくことになるのだ。

 千尋がこれで本当に風早のお誕生日を祝ってあげられているのだろうかと疑問に思って軽く溜め息をつくと、風早が大きな木の根元に足を止めて千尋を下ろした。

 風早自身も小首をかしげた千尋の隣に座ると、幸せそうに微笑んだ。

「今日は千尋のおかげで本当に幸せな一日になりそうです。」

「そう?私はもっとちゃんとお祝いしてあげたかった感じなんだけど…。」

「俺は凄く幸せですよ。小さい頃の千尋を抱いている時も幸せでした。」

「風早…。」

「俺にとってはいつだって千尋が笑顔でいてくれることが一番の幸せなんです。」

 風早はこれ以上はないほど暖かい笑顔を千尋に見せた。

 それは千尋が子供の頃からずっと知っている風早の顔。

 千尋は思わず風早に抱きついていた。

「風早、お誕生日おめでとう。生まれてきてくれて有難う。大好きっ!」

「千尋……俺も大好きですよ。」

 二人は微笑を交わして、やがて静かに口づけた。

 小春日和の大木の下、優しい風が二人を包んでいた。








管理人のひとりごと

風早、お誕生日おめでとう\(^^)/風早ED後編でした♪
こちらは千尋ちゃんが張り切っているのを風早父さんがうま〜くおいしく頂いてる感じ(w
他のキャラもそうですが、基本的にお誕生日のプレゼントは何がいいかと聞いたら物はいらないって答えそうな気がしますね、みんな。
風早はその代表格かと。
ただあなたの笑顔だけ、っていいそうでしょ?(’’)
まぁ、千尋ちゃんはもうめいっぱいプレゼントされて風早も幸せいっぱいです♪
風早、生まれてきてくれて有難う♪千尋ちゃんと共に感謝とお祝いの気持ちをこめて(^^)







プラウザを閉じてお戻りください