千尋は絶対に離すものかとばかりに風早の腕を抱いて橿原宮へ戻ってきた。

 腕を抱かれている風早はいつものようにやわらかくニコニコとしているばかりだ。

 神に祈りを捧げるために出て行ったはずの二ノ姫が見知らぬ男の腕を抱いて戻ったというので橿原宮は騒然となった。

 だが、千尋はそこで慌てたりはしない。

 何しろ、祈りを捧げに行く途中で風早に出会った時の采女達の驚きようが凄かったから。

 今思えば大切な二ノ姫が泣きながら見知らぬ男に抱きついた上に、そんな二ノ姫を抱きとめて公然と見知らぬ男が二ノ姫に愛を誓ったのだからそれはついてきていた采女達にとっては驚天動地の出来事だっただろう。

 だからもう卒倒せんばかりに驚いた采女達の反応は確かに当然のことだったのだけれど、千尋には他に選択肢がなかったわけで…

 驚いたり反対したり、泣き出したりする者までいる中、千尋は風早を宮まで連れて戻ったのだった。

 宮へ戻ったら戻ったで、今度は入り口で足止めを食らった。

 いくら二ノ姫が直々に推薦しているとはいえ、素性のわからない者を宮の中へ入れるわけにはいかないというのだ。

「まぁ、しかたないですね。」

 といって風早は笑ったが、千尋は頑として譲らない。

「私の大切な人なの!もう絶対に離れたくないの!入れてくれないなら、私は風早と一緒にここにいます!」

 門番にそう告げて千尋は困り果てる門番のどんな言葉も全て無視だ。

 千尋にがっしり腕を抱かれている風早は「あはは」と笑ったまま何もしようとはしなかった。

 この状況下でそんな態度の男だから門番には更に怪しく見えたに違いない。

「風早、ずいぶん落ち着いてるんだね?このままだと私達、今日は中に入れないかもよ?」

「それはありませんよ。」

「どうして?」

「この国の王は一ノ姫でしょう?一ノ姫は千尋の姉上ですからね、聡明な方ですし、それに、ここには柊も忍人もいる。」

「いるけど…でも風早のことはみんな覚えてないんだよ?」

「でしょうね。でも、彼らは優秀ですよ。」

 千尋が風早の言葉に小首を傾げている間に話題に上っていたうちの一人、柊がやってきた。

 見知らぬ男の腕を抱いている千尋を見て少々驚いたようではあっても、どうしていいかわからないというほど戸惑った様子はない。

「二ノ姫が世にも珍しいご冗談を門前でおっしゃっているというので来てみましたが…なるほど。」

「冗談じゃないの!柊もこの人達になんとか言って!」

「なんとか言ってといわれましても…こちらはどなたでしょうか?」

「私の大切な人!風早って言うの。」

「大切な人、ですか…。」

「風早が中へ入れないなら私も入らないからっ!」

「これはまた…。」

 ひしっと風早の腕に抱きつく千尋に苦笑して、柊は風早へと視線を移した。

 ニコニコと微笑んでいる青年は見るからに人が良さそうでやわらかい印象を与えるが、腰の剣が飾り物ではないことに柊はすぐに気づいた。

 その頭から爪先までをゆっくり眺めて柊はその顔に笑みを浮かべる。

「なるほど、二ノ姫様はまこと、世にも珍しいご冗談を…。」

「冗談じゃないってば!」

「承知しました。中へどうぞ。」

 柊は反対しようとする門番達を二ノ姫に駆け落ちをさせるつもりか?と言ってあっさり説得し、二人を中へ入れた。

「さて、どうしたものでしょうか…二ノ姫の大切なお方と言われましても…風早といいましたか、あなたはいったいどういった事情で二ノ姫にそこまで取り入ったのです?」

「と、取り入ってないっ!」

 顔を真っ赤にして怒る千尋の頭をポンポンと優しくなでてなだめて、風早は柊に微笑を浮かべて見せた。

「どういった事情かと問われれば、そうですね…前世で交わした再会の約束を果たすために愛しいお方のもとへ今必死にたどり着いたというところでしょうか。」

 柊の視線が鋭くなって風早を射抜いた。

 だが、風早は動じない。

「まぁ、説明になってない、ですかね。」

「私はそういう話、嫌いではありませんが…私以外の者は嫌いかもしれません。」

「柊、お願い、力を貸して!私はもう二度と風早と離れたくないの!一生風早と一緒にいたいの!」

「これはまた…煮えたぎる鉄のごとく情熱的なお話です。」

「もぅ、冗談じゃなくて!本気で言ってるの!」

 柊は歩みを止めて千尋をじっと見つめた。

 もともと少し幼げの残るところのある姫君だったのだ、まさかこんなことを言い出すとは思っても見なかった。

 闊達な性質でもあるから官人達の勧める結婚を嫌がることもあるかもしれないとも思っていた。

 しかし、こんな突拍子もない話になろうとは…

「私の力ではなんとも…全ては王のご判断かと。」

「そ、そっか、そうだよね…。」

 千尋は確かに二ノ姫だが、姉がこの国の王となれば交際相手は王の認めた者でなくてはならない。

 王の妹だからこそ束縛されることも多いのだ。

「姉様にお願いしないと…。」

「まぁ、王は案外あっさり承知なさるかもしれませんが…。」

「へ?」

「私が謁見のお許しを頂いて参りましょう。」

 そう言って柊は千尋達二人を千尋の部屋へ落ち着かせて出て行った。

 何がなんだかわからないといった顔でキョトンとしながらも千尋は絶対に風早の腕を離さない。

 そんな千尋の手を風早は優しく解いた。

「風早?」

「俺はもうどこにも行きませんから。いつまでも千尋が望む限り千尋の側にいますから、安心してください。」

 そう言って風早が微笑むと千尋はやっと安心して、風早の腕を解放して深い溜め息をついた。

 再会して、全てを思い出せばその中には離れ離れにならなくてはならなかった思い出もあって…

 腕を離せばまた引き離されることもありそうな気がして…

「俺はもう絶対に千尋の側を離れません、約束します。」

「うん。」

 風早の笑顔は優しくて、確かにそこにいてくれることが嬉しくて千尋が思わず涙ぐんだその時、柊の使いがやってきて王がすぐに会いたいと言っていると伝えてくれた。





「困りましたね、出自については明かせない、それでも千尋の側を離れたくはないとは…。」

「すみません、話したくても話せる出自がないもので。」

 そう言って風早は苦笑しながら頭をかいた。

 そんな仕草一つにも王は一瞬驚いたような顔をした。

 風早は千尋の姉でありこの国の王でもある一ノ姫にとっては初めて見るタイプの男性だった。

「千尋がこの国の大事な二ノ姫であることはわかっているのですね?」

「はい、理解しています。」

「では、出自の明かせぬ者がその二ノ姫と結ばれることなどありえないということも理解できるでしょう?」

「姉様!」

「千尋、いいんです。理解できます。」

 抗議しようとした千尋を制して、風早は一瞬たりとも動揺を見せることがない。

 二ノ姫を千尋と名前で呼び捨てにしたために周囲がざわめいたが、それには風早だけでなく王も興味がないようだ。

「理解できるというのに千尋の側を離れないと?」

「はい。」

 そうはっきり返事をしてなお、風早は微笑んでいた。

 何があってもこれだけは譲らない、そう主張しているのにその顔にはそんな悲壮な決意は欠片ほども見当たらない。

「あなたは不思議な人ですね。どうしてそんな顔ができるのですか?この状況で。」

「俺が千尋の側を離れない、それはもう決めたことです。誰がなんと言おうと、千尋が望んでくれる限り俺は千尋の側を離れはしません。これは揺るがぬことですから。」

 そう言ってニコニコと微笑む男に王は深い溜め息をついた。

 これはもうどうやら手に負えない事態になっているらしい。

「柊に話は聞きました。前世からの約束を果たすために千尋の前にやっとたどりついたとか。」

「まぁ、話せる出自としてはそれが一番近いかと思います。」

 王はじっと風早を見つめながら少しの間黙って考え込んだ。

 そして…

「わかりました。千尋も望んでいることですし、私も妹を泣かせるようなことはしたくありません。ですが、このままそうですかと言って千尋をあなたに差し上げるわけにはいきません。」

「はい、それもわかります。」

「では、こうしましょう。今この場でこの国の武官と剣を交えてもらいます。勝ち抜くことができたならあなたを千尋専属の護衛武官に任じましょう、全てはそれからということにします。」

「つまり、千尋を守るだけの力を持っているかどうかを示した上で、千尋を護衛しながら王の信頼を得る努力をせよということですね?」

「そういうことです。私もいくら妹が望んでいるからとはいえ、すぐに素性のわからぬものに妹を与えることはできかねますから。わかってもらえますか?」

「はい、寛大なご処置に感謝致します。」

 まるでそうなることがわかっていたとでも言うような風早のあっさりした返事で全ては決まった。

「風早っ!」

「そんなに心配しないで下さい。これでも俺は武官です。千尋も腕前は知っているでしょう?大丈夫、勝ちますよ。」

 心配で青くなっている千尋にやっぱり余裕の笑みを浮かべて見せて、風早は王に一礼すると立ち上がった。

 どこからどう見てもただの人のいい青年に見える風早に勝ちますと断言されては武官達が黙っていない。

 自分が相手をつとめようという武官が次から次へと現れて、しかもどさくさに紛れて、この試合に勝って二ノ姫様に認めて頂くのだという者まで出始めて、あっという間に試合は開始されることになってしまった。

 それこそ、千尋が止めに入る隙もない。

 風早が倒さなくてはならない相手は3名選ばれた。

 御前試合という形で練習試合はすぐに開始された。

 審判をかってでたのは岩長姫だ。

 風早はニヤリと笑う岩長姫にいつもの笑顔のまま一礼して剣の柄に手をかけた。










管理人のひとりごと

そういえば、風早EDの後ってそう簡単には千尋ちゃんと一緒に幸せにって感じにはならなかっただろうなぁと管理人が気づいてしまったため(笑)風早さん、大変なことになってます(’’)
なんとなくって書き始めたら意外と長くなったので4の創作では初の前後編に突入!
やるな、風早さん(’’)(マテ
そして初出の一ノ姫(女王様)!イメージ違ったらすみません!
この状況では出さないわけにはいかなかった(’’)
現状での管理人の一ノ姫のイメージって柊ルートで出てきたあの姉様しかないんで…
何気に書いてます、許してください(’’;
そして、お話は後編へ続きます!






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