
千尋は走っている。
もう二度とは会えないかもしれない。
だったら最後にもう一度だけ会ってちゃんと話をしたい。
その笑顔を目に焼き付けて、声を耳に刻み込んで…
二度と色あせないように閉じ込めておかなくちゃいけない。
今を逃したら、それはもうかなわない。
だから、千尋は今までにないほど必死で全力で走っていた。
即位式で確かに言葉を交わしはしたけれど、それは自分の本心じゃない。
彼は本心だったかもしれない、でも、自分は何一つ言いたいことを言っていない。
ありがとうも、ごめんなさいも、行かないでも…
何一つ、一番大切な人に伝えていない。
その想いだけが千尋の足を動かしていた。
おそらく彼は、この国を一度出たら二度と帰ってきてはくれないだろう。
自分がたとえ彼を探して探して、どうにかして会おうとしてももう会ってはくれないだろう。
それがわかっているから…
共に過ごした時間が長すぎて、それがはっきりわかってしまうから…
絶対にこのまま別れることなんてできない。
走って走って、ようやく目的の場所が見えてきたところで千尋は大声で叫んだ。
「風早っ!待って!風早っ!」
そこは橿原宮の裏手に当たる場所。
普通は人の行き来がほとんどない小さな出入り口がある場所だ。
今は即位式でみんなが橿原宮の正面に集まっているから誰もいない。
その誰もいないはずの出入り口の前に長身の人影があった。
千尋はその人影に向かって思い切り走って、そして…
「千尋…それ以上近づかないで下さい。俺には穢れが宿っていることを忘れないで。」
冷たいようなでも暖かいような、そんな声に止められて千尋は立ち止まった。
「どうしたんですか?こんなところへ…。」
「岩長姫が…風早は式が終わる前に、こっそりここから出発するって教えてくれて…それで…。」
「見送りに来てくれたんですか?」
そう言って微笑む風早の顔はいつもと同じで…
なんだかもう二度と会えなくなるなんて嘘みたいだ。
「……私、風早に言いたいことが…たくさん……。」
そこまで言うと千尋の頬を涙が伝った。
泣くつもりなんてなかったのに…
泣いている場合じゃないのに…
「泣かないで下さい。俺は俺の意思で出て行くんです。だから、俺は悲しいとは思ってないですから。千尋も泣かないで。」
「私は悲しい…私は風早がいないと悲しいよ。」
「千尋…。」
二人の間に沈黙が降りた。
遠くでは大勢の人が歓声をあげるのが聞こえる。
このまま時が止まってしまえばいい、千尋は本気でそう願った。
「みんなの声が聞こえますね。千尋が王になったことを喜ぶ声ですよ。」
この風早の一言で千尋のいいたかった言葉の一つが封じられた。
一緒に行っちゃダメ?
そう聞きたかったのに…
自分が王になったことをそんなふうに嬉しそうに語られたら、もう一緒に行きたいなんていえない。
だから、千尋は代わりに他の言葉を紡ぐ。
「風早…今まで、たくさん……たくさんたくさん助けてくれて、有難う。小さい時からずっと……有難う。」
「千尋…どういたしまして。俺はもう側にはいられませんが、千尋が立派になってくれたので安心してます。」
これで千尋の言いたかったことの二つ目が封じられた。
行かないで。
本当はそうやって泣いてすがって止めたかった。
それが無駄な行為だとわかっていても泣き叫んで行かないでとすがりたかった。
でも、立派になって安心だと、その笑顔で言われてしまってはそんなみっともない真似ができるはずもない。
だから千尋はまた違う言葉を紡ぐ。
「それから……ごめんなさい、風早にだけ、そんな……つらい思いを…。」
「いいえ、千尋が思ってるほど俺はつらくないですよ。何より千尋の役に立てました。それに、千尋は立派な王になってくれました。だからそんなにつらくはないですよ。」
これで千尋の言いたかったことの三つ目が封じられてしまった。
またいつか、必ず会おう。
別れがつらくはないと、いつもの笑顔で言われてしまったら、まるで再会を望んでいるのは自分だけで、それを望むことは自分のわがままのようで…
本当は嘘でもいいからまたいつか必ず再会して、できたら一緒に暮らそう、そう約束して欲しかった。
でももうそんなことは言えない。
だから千尋はもう何も言うべき言葉を持ち合わせてはいなくて…
「じゃぁ、行きますね、元気で。」
「風早っ!私、忘れないから!風早のこと、絶対忘れないから!風早がくれた言葉も、くれた優しさも、それから、それから…。」
抱きしめてくれたぬくもりも、一緒にいてくれた時の心強さも、やわらかな笑顔も、あなたを想うこの気持ちも。
そう言いたいのにもう涙ばかりが溢れて言葉は出てきてくれなくて…
「千尋、できたら忘れて下さい。」
「風早…。」
「俺はたぶん、もう二度と千尋に会うことはないだろうから。だから、できたら俺のことは忘れて下さい。」
「そんなこと…できないよ…できるわけない…。」
どうしてもっと風早に優しくしなかったんだろう、どうしてもっと風早と一緒に過ごさなかったんだろう。
これまでにそうできる時間はいくらだってあったはずなのに…
千尋の胸には後悔ばかりが浮かぶ。
「千尋…さようなら。お願いです、ちゃんとお別れさせて下さい。」
「風早…。」
「千尋、さようなら。」
「……さよう、なら…。」
もう千尋にはそれしか言えなくて…
止めることができない涙に霞む千尋の視界の中で、風早はにっこり微笑んだ。
それは千尋が一番よく知っている風早の顔。
いつだって千尋の隣にあって、どんな時も一緒だった顔。
その笑顔がくるりと後ろを向いて、そして見慣れた広い背中は扉の向こうへと消えた。
カタンと乾いた音が辺りに響いて、千尋と風早との間を完全に隔てた。
距離にして数歩。
そこに立っていたはずの人はもういない。
たった数歩しか離れていなかったのに、抱きつくことも、腕をとって止めることもできなかった。
それは彼の決意がわかっていたから。
そしてそんなことをしても何も変わらないとわかっていたから。
そんなことをしても奇跡でも起きない限り、風早がここに残ってくれることはない。
そして奇跡なんて簡単に起きるものじゃない。
でも、それでも、別れるのはつらくて…
千尋はその場に崩れ落ちるように座り込んで、声をあげて泣いた。
「風早ぁっ…。」
もう風早にはきっと聞こえない。
そうわかっていて千尋は大声をあげて泣いた。
聞こえないからこそ…
声が枯れるまで泣いて、泣いて、そして千尋は顔を上げた。
奇跡なんて起きるわけがない。
なら、もう風早に会うことは二度とないだろう。
大好きだと伝えることもできない。
でも、だからどうか神様…
そう祈らずにはいられない。
もし、生まれ変わりというものが本当にあるのなら、風早とまた同じ時、同じ場所に生まれ変わらせて下さい。
そして、今度は私が必ず風早を見つけ出します、その時はきっともう二度と離しません。
風早にどんなことがあっても絶対に離れたりしませんから、だからどうか…
千尋は目を閉じて溢れて止められない涙をそのままに、ただひたすら祈り続けた。
ただひたすら、この命が尽きた後でかまわないから、風早にもう一度会えるようにと。
管理人のひとりごと
暗っΣ( ̄ロ ̄lll)
どうしてもこういう別れのシーンがね、頭にちらついて離れなかったので書いちゃいましたが…
暗すぎっΣ( ̄ロ ̄lll)
でもね、もう、最初にあのED見せられた時、管理人の頭の中ではこんな感じだったんですよ。
だったもんだから、もう、風早真EDのためだけに他のシナリオは光速クリアですよ(爆)
千尋ちゃんに風早を思い出してもらった時の安堵と言ったらもう…
嬉しいとかよかったねとかじゃなくて、もう安堵の領域でした(’’)
一応、拍手御礼SSの「流星の下で」の助走部分みたいな感じにしてみました。
たぶん通常ED後の話はもうこれで書かない気がする…
暗すぎるから(っдT)
さ、次の話で風早にはラブラブになってもらおうっと(’’)(マテ
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