
千尋は竹簡を置いてほっと一息ついた。
すると何も言わないのにすっと横からお茶の入った器を差し出されて、反射的にそれを受け取った。
隣を見れば、そこにはいつもの笑顔。
「有難う、ずっといてくれたの?」
「ええ、まぁ。俺は二ノ姫付きの従者ですから。」
だからって同じ部屋でずっと一緒にいなくてはならないということはないはずだが、それでも風早はたいていこうして側にいてくれる。
最近では柊や忍人ともまるで昔からの友のように親しそうにしているから、千尋としては自分が政務に励んでいる間は友人達とゆっくりしてもらってもかまわないのだが…
「私が宮にこもって姉様のお手伝いをしている間は別に出かけたりとかしてもいいのに。どこへ行くかさえちゃんと教えてくれれば。」
「千尋は俺が側にいちゃ邪魔ですか?」
「そ、そんなことない!ないけど…風早だってずっと黙って私の側にいるの退屈でしょう?」
「そうでもありませんよ、千尋が一生懸命な姿を見守るのは俺の仕事ですから。」
「そうはいっても…。」
「それに、頑張っている千尋はかわいいですし。」
ニコッと微笑まれて、千尋は顔を真っ赤にした。
大好きな人に頑張っている姿がかわいいといわれてしまったら、もう今まで以上に頑張らずにはいられなくなるとこの人はわかっていて言ってるんじゃないだろうか?
と、思わず疑ってしまうけれど、その笑顔はいつも通り穏やかで屈託なくて…
「か、風早はそういうことをさらっと言わないの!は、恥ずかしいから…そういうところだけ柊にちょっと似てるんだから…。」
「そうですか?柊に似ているといわれると複雑なんですが…。」
そう言って風早は苦笑した。
言葉を巧みに操る柊は千尋のことをそのもてる言葉を最大限に駆使して褒めてくれる。
でも、それが意図的だとわかる所が柊、たぶん意図的じゃなくて本心がさらっと口に出たという感じがするのが風早だと千尋は思っていた。
「そうだ、風早もかわらけ作りっていう立派な趣味があるんだから、かわらけ作ったりしてみたら?」
「そうですね、でも、今はあまり作りたい形がないんですよ。もし千尋が欲しいと思うものがあれば作りますが…。」
「じゃぁ、お茶を飲む湯飲み茶碗が欲しいかな。小さめでかわいいやつ。向こうの世界にいた時に使ってた感じの。」
「ああ、確かにこちらの器はみんな大きいですしね、作ってみましょうか。」
「ここのところ天気がいいから一週間くらいでできる?」
そう言いながら千尋は立ち上がると、窓から外を眺めた。
そこには綺麗に晴れ渡った青い空。
陽は少しだけ傾いて午後の暖かい風がゆるやかに流れていく。
「すぐに始めればまぁ一週間くらいですが…。」
「あっ。」
千尋が何を見つけたのか少し窓から身を乗り出した。
その姿があまりに危なっかしくて、風早は慌てて千尋の隣に駆け寄るとその腰に手を回した。
勢いよく身を乗り出して窓から落ちてしまいそうだったから。
「どうしたんですか?急に。」
「あそこに姉様達がいたから。」
と、千尋が指差す方を見れば、少し離れたところに千尋の姉でこの中つ国の王でもある一ノ姫と羽張彦が並んで歩いていた。
腕を組んだり手をつないだりしているわけではないけれど、肩が触れ合うほどに寄り添って歩く二人はとても仲がよさそうだ。
王である一ノ姫はいつも政務で忙しい。
だから恋人と過ごす時間はたぶんそんなにはとれないはずだ。
それがわかっているから千尋も率先して姉の仕事を手伝うことにしている。
その自分の手伝いがなんとか姉に恋人との時間を作ってあげられたのかと思うと、千尋の顔には笑みが浮かんだ。
「よかった、姉様楽しそう。」
「千尋が頑張っていますから。」
「私が頑張ることで少しでも姉様が楽になるなら、もっと頑張れるかなぁ。」
「それは…。」
隣に立つ風早の声に翳りが出て、千尋は思わず風早の顔を見上げた。
だいたいどんな時でもその顔に浮かんでいる穏やかな微笑は消えてしまっていて、風早はなんだが苦しそうな顔をしている。
千尋は驚いて小首を傾げた。
「千尋の気持ちもわかりますが、頑張りすぎて千尋が体を壊したりしては…。」
「いやだなぁ、風早は心配しすぎ。体壊すまで頑張ったりはしないから大丈夫。」
「千尋は頑張り屋ですから。」
そう言って風早はまだ苦笑しか浮かべてくれない。
「風早が過保護なだけ、私は大丈夫だよ?」
「それに、千尋が王の代わりに頑張ると、俺が千尋と過ごす時間が減るんですが…。」
「へ?」
風早が苦笑しながら頭をかくのを見上げて、千尋は顔を真っ赤にした。
今更ながらに腰に回されている風早の手の感触も気になってしまって…
「ななな、何を言い出すかな、風早は…。」
「羨ましくなりませんか?」
そう言って風早は一ノ姫と羽張彦の二人へと視線を戻す。
つられて千尋も視線を戻せば、そこには仲よく並んでいる二人の姿が見えて…
「ちょっとだけ…羨ましい、かも…。」
言われてみればなんだか羨ましいような気もして、千尋は小声でそう言ってみた。
すると千尋の腰に回されていた風早の手が千尋の腕をとって歩きだす。
「風早?」
「政務も一段落したことですし、俺達も散歩に行きましょう。」
「でも、まだ竹簡残ってるよ?」
「大丈夫ですよ、ちょっと散歩して帰ってきてから目を通せば。」
そういう風早はどうやら譲ってくれそうにもなくて…
千尋もやっぱり風早と二人でデートしたい気持ちもあって…
結局、千尋は風早に連れられるまま散歩に出ることにしてしまった。
千尋はなんだかとても幸せな気分で目を開けた。
そして目を開けて数秒、自分が今どんな状態なのか把握できなくて目をパチパチしてしまった。
目に映ったのは風早のいつもの笑顔。
いつもの笑顔なのだが…いつもと見える角度が違う。
頭の下には何やら温かいぬくもりが…
千尋はやっと自分がどんな状況にあるのかがわかって慌てて半身を起こした。
「おはようございます。」
「やだっ、私寝ちゃった?」
「ええ、まぁ。」
確か、風早と一緒に散歩に行って、二人で並んで宮の周りを一周して、すぐに帰ってきて千尋は竹簡に目を通していたはずだった。
はずだったのだが、どうやら途中で疲れて眠ってしまったようだ。
しかも風早の膝枕で…
「ええまぁじゃなくて!起こしてくれればいいのに…竹簡が残っちゃった…。」
「千尋があんまり気持ちよさそうに眠ってたものでつい。それに、竹簡なら俺が目を通しておきましたから、ざっと説明しますよ。」
ニコニコと笑顔でそう言われて、千尋は溜め息をついた。
「もう、風早は私に甘すぎだよ。」
「そんなことありませんよ。千尋はちゃんと頑張ってますし、今日は俺のわがままのせいで引っ張りまわしてしまいましたしね。」
「風早のわがまま?」
「ええ、俺のわがままに付き合って一緒に散歩してくれたでしょう?」
「そ、それは別に風早のわがままってわけじゃ…私も一緒に歩きたかったし…。」
千尋がそう言えば風早の顔には嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「でも、散歩は楽しかったんだけど…ちょっと昼寝は納得いかない…。」
「はい?」
「普通、膝枕って女の子が男の人にしてあげるものだと思う…。」
そう言って千尋がむすっとして見せると、一瞬驚いた風早はすぐにクスッと笑みを漏らした。
「笑い事じゃないの!女の子にとっては重要なことなんだからっ!」
「わかりました、じゃぁ…。」
そう言って風早はすとんと千尋の膝に頭を乗せて体を横たえた。
急の出来事で千尋が慌ててみても、膝の上に風早の幸せそうな笑顔が乗っているので身動きができない。
「ちょっ、風早っ!」
「女の子にとっては重要なことのようなので、少しだけこうして休ませてもらうことにします。」
そう言って風早は目を閉じてしまって、その顔には幸せそうな笑顔が…
「か、風早?」
千尋が声をかけても風早は反応してくれない。
どうしたらいいだろうと体を動かせないまま心の中で右往左往して、一人で百面相してから千尋は一度深呼吸をした。
落ち着け自分、風早はちょっとふざけているだけ。
そう心の中で言い聞かせて、千尋は目を閉じている風早の幸せそうな笑顔を覗き込んだ。
「風早、ふざけてないで。」
「……。」
「風早?」
「……。」
「ちょっ、まさか…風早ってば…。」
「……。」
よくよく風早の顔をのぞきこんでみると、すーすーと寝息が聞こえてきて千尋は顔を真っ赤にした。
「ね、寝ちゃったの?」
もちろん聞いても答えが返ってくるわけもなく…
風早は一瞬にしてしっかり眠り込んでいた。
どうしよう。
膝枕なんて生まれて初めてでどうしていいかわからない。
でも、とても幸せそうに眠っている風早を起こすことなんてとてもできそうになくて…
よく考えれば自分と一緒になってこの部屋にずっといてくれた風早は、自分が寝ている間も竹簡に目を通してくれていたわけで…
千尋は覚悟を決めて一つうなずくと、風早の髪を優しくなでた。
すると風早の顔に浮かぶ微笑が深くなる。
こんなに幸せそうなのに起こすなんてとてもできない。
それに、自分の膝に伝わる風早の頭の重みも愛しくて、千尋はただゆっくりと風早の髪をなでる。
結局、千尋は窓から射し込む陽の光がすっかりなくなるまで風早の髪をなで続けるのだった。
管理人のひとりごと
遙か1創作も読んでくださってる方は今回、見たような展開かもしれませんが(^^;
頼久さんと決定的に違うのは、風早さんの天然ぽさ(笑)
あかねちゃんの膝枕なんてもう激しく緊張しちゃう頼久さんに対して風早さんはもう大喜びでスピーっと寝るんです♪
俺の姫の膝なんて天国だ〜って感じです(爆)
でもガツガツはしてないのがまた風早のやわらかくてステキなところ(^^)
と管理人は想像して書いてみました(’’)
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