
千尋は深い溜め息をついた。
椅子に座っておとなしくしていることもう二時間あまり。
次々にやってくる異国からの使者と面会し続けているのだ。
王である姉が忙しすぎて恋人に会えなくて、それがかわいそうで代理をかってでたのだけれど、それでも黙って座って知らない人の挨拶を聞き続けるのはしんどい。
「疲れましたか?」
そう優しく声をかけたのは風早だ。
いつもはその辺をフラフラしている風早だが、今回はあまりにも長時間にわたるから助けて欲しいと千尋に泣きつかれてこうして隣に立っている。
「疲れたけど…ごめんね、風早のほうが疲れるよね、ずっと立ってるし…。」
「俺は鍛えてますから、立ってるくらいはなんでもないですよ。」
そう言う風早の顔にはいつもの笑顔が浮かんでいる。
2時間立ちっぱなしの人とは思えない穏やかさだ。
その穏やかさは鍛えているという言葉とはあまりにもかけ離れていたけれど…
自分が2時間もただ立っていろと言われたらもう絶対逃げ出すのに、と千尋は少し感心した。
「あと一人で終わりですから、もうちょっとだけ辛抱してください。」
「うん。」
風早の笑顔に癒されて、千尋は姿勢をただした。
次に入ってきた客人も、さっきの人と違う人だったかしら?というくらい同じような挨拶をして、同じような返事を千尋も返して、どうということのない雑談なんかをはさんで、それだけで帰っていった。
つまり、みんな、新しい中つ国の王に挨拶をしておこうというだけで、特に用事があるわけではないのだ。
最後の一人との謁見を終えた千尋ははぁっと深い溜め息をついた。
「お疲れ様。今日はもう予定は入っていないんですよね?」
「うん、入ってないけど…でももう陽が暮れるし。」
そう言って千尋が外を眺めれば外は綺麗な夕焼けだ。
「姉様、ゆっくりできたかしら。」
「できたと思いますよ、千尋が時間を作って差し上げたんですから。」
「だといいけど…。」
「羨ましいですか?」
「へ?」
何を言い出すのかと思って隣を見れば、風早はいつものように穏やかに微笑んでいる。
「べ、別に羨ましくなんかないけど…姉様はいつも忙しくしているし、休みなんてなかなかとれないし…。」
「休みのことじゃありませんよ。」
「へ?」
千尋はまた小首を傾げて風早を見上げた。
でもやっぱりそこにはいつものニコニコ顔があるだけだ。
「休みのことじゃないって…。」
「千尋も恋人と二人でゆっくり過ごす午後の一時が欲しいと思ったかと、違いましたか?」
ニコッ。
いつものように微笑みながらなんだかさらっと凄いことを言われたような気がして、千尋は一気に顔を赤くした。
「ななな、何言ってるの風早。」
「あれ、外れましたか?」
外れといえばこのまま部屋へ戻って一休みになるのは間違いない。
でも、じゃぁ、外れてないと言ったら?
千尋は少し考えて上目遣いに風早の笑顔を見上げて…
「は、外れてない、かも?」
小さな声でそう言ってみれば、すぐに風早の大きな手がのびて千尋の頭をポンポンと軽く撫でてくれた。
「千尋も今日はとても頑張りましたし、ご褒美があってもいいでしょうね。」
「ご褒美?」
「これから少し、その辺を散策しませんか?綺麗な夕暮れ時です、少しは心も晴れるでしょう。宜しければ供には俺がつきますが、二ノ姫様。」
「風早が一緒なら行く。」
嬉しそうに千尋がそう答えれば、さっき頭を撫でてくれた大きな手が伸びてきて、千尋はその手に引かれて立ち上がる。
そしてそのまま手は離さずに二人並んで歩き出した。
宮から一歩外へ出てみれば綺麗な夕焼けに染まって辺りはとても綺麗だ。
千尋は風早に誘われるまま、上機嫌で夕焼けの中を歩く。
「気持ちいいね。」
「そうですね。風も冷たくはないですし、もう少し時間があったら遠出してもいいんですが…。」
「私もたまには常世とか行きたいなぁ。この前、リブには会ったの。やっぱり覚えてなかったけどたくさん話をしたから次に会う時はきっと覚えててくれると思う。」
「俺もこの前会いましたが、意外と初めて会った気がしないって話が弾んだりしましたね。」
「アシュヴィンなんか意地で思い出したりしそう。」
「いや、さすがにそれは…。」
風早は苦笑して頭をかいた。
白龍から千尋が世界を救って、全く新しい未来が誕生して、おかげで皆の記憶からは過去の戦いの記憶が消えた代わりに仲間として戦っていた頃の絆もなくなってしまった。
本来なら千尋と風早が思い出したことの方が奇跡だ。
いくらアシュヴィンでも意地で思い出すということはないだろう。
「寂しい、ですか?」
「何が?」
「俺のことを思い出したせいで皆の事も思い出したでしょう?なのにみんな千尋と一緒に戦ったときのことは覚えていない。寂しくないですか?」
「全然寂しくないよ?風早がいてくれるじゃない。」
そう言って微笑まれて、風早は少々面食らった。
以前の千尋ならきっと寂しがっていたはずだ。
千尋も成長しているのだと改めて感じさせられる。
「千尋。」
「?」
呼ばれて風早の方を見れば、左腕を自分の方へと差し出されており…
「何?」
「どうぞ。」
「どうぞって?」
「ん〜、一応、エスコート、ですかね。」
「エスコートって……う、腕組んで歩けっていうこと?」
「歩けとは言ってません、歩いてくれると嬉しいなと。」
困ったような苦笑を浮かべている風早に一瞬驚いて、それから千尋は慌てて風早の左腕を抱いた。
「め、珍しいね、風早がこういうことするの。」
「そうでしたか?千尋がさっき羨ましいかもしれないと言ってましたから。」
「へ?」
隣を歩く長身を見上げれば穏やかな微笑を浮かべた横顔があるだけ。
いつものことだけれど風早は常に同じように微笑んでいて何を考えているかわからない時がある。
それでも風早の笑顔を見るとやっぱり安心で、このままどこまでも歩いていけそうな気がしてしまう。
「暗くなってきましたね。」
そう言って風早が足を止めた時にはもう辺りはすっかり薄暗くなっていた。
そんなに長く歩いたつもりはないのにと千尋は少しだけがっかりする。
「そんな顔をしないで下さい。」
「だって、もうおしまいかなって思って…。」
「まぁ、暗くなるとさすがに物騒ですしね。」
「私は風早がいてくれれば恐くなんかないけど。」
「そういう問題ではなくて…。」
風早は頭をかきながら苦笑した。
この世界を救うために神とも戦った神子姫はいまだに恐れるものなど何もないらしい。
「以前の俺だったら、暗くなるギリギリまで一緒にいて空を駆けてすぐに帰ることもできたんでしょうが…。」
「そんなこと気にしないのっ!私は風早が一緒にいてくれるだけで嬉しいんだから!」
今度は抱いている風早の腕をぐいぐいと引っ張って千尋が先に立って歩き出した。
驚く風早は千尋に誘われるまま、宮へと方向を変えて歩き出す。
「千尋?」
「帰ろう。今から帰れば暗くなる頃には宮に着くもの。空なんか飛べなくたって大丈夫!」
「ああ、そんなに気にしなくても…。」
「気にしてるのは風早でしょ?」
「いえ、俺はちょっと不便だなと思っただけで…。」
「え?そうなの?」
「ええ、まぁ。」
立ち止まって千尋が振り向けば、風早は困ったような苦笑を浮かべている。
すっかり自分が麒麟ではなくなったことを気にしているのかと思っていた千尋はなんだか拍子抜けしてしまった。
「し、心配して損しちゃった。」
「すみません、でも…。」
千尋が少し怒った顔で風早の腕を離すと、風早は千尋の腕を引いて自分の方へ倒れ込む千尋の体をギュッと抱きしめてしまった。
「心配してくれたこと、嬉しかったですよ。」
「か、風早の心配するのは当たり前でしょ!」
「当たり前でも、嬉しいものです。」
耳元に聞こえる風早の声は優しくて、千尋はそっと目を閉じた。
陽が落ちて辺りは少し寒くなってきたけれど、こうして風早が抱いていてくれるなら寒さなんて感じない。
ところが、あっという間に風早はあっさり千尋を解放して…
「さ、帰りましょう、急がないとすっかり陽が落ちます。」
「……。」
「千尋?」
「風早は女心がわかってない!」
「はい?」
何故か怒っているらしい千尋がすたすたと歩き出すと、慌てて風早がその後を追った。
「どうしたんですか?千尋?」
「もういい。」
これは難しいお年頃になったのかもしれないと風早は心の中で苦笑した。
隣を早足で歩く千尋はとても綺麗で…
大人になったのだなと実感する。
「次は、ちゃんと休みを取ってゆっくり歩きましょう。できたら常世辺りまで。」
「本当?」
急に機嫌を直した千尋の瞳にはキラキラした輝きが宿っていて、風早はまた苦笑した。
これは、まだまだ千尋は子供なのかもしれない。
「本当です。約束します。」
「うん。」
すっかり機嫌を直した千尋は風早の左腕を抱いて歩き出す。
そして風早は、左腕から伝わるぬくもりに幸せを感じながら、まだまだこの姫君に振り回される日が続きそうだとその顔に笑みを浮かべるのだった。
管理人のひとりごと
風早にはとにかく笑っててほしいんだ(><)
という通常ED衝撃後の管理人が書いたために、困っても苦笑しかさせてもらえない風早の図(爆)
風早はあんななんで、たぶん麒麟じゃなくなったことは気にしてないんじゃないかなぁと思いました。
人の方がよかったくらいに思ってそうです(^^)
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