
風早は小さな灯り一つを灯した部屋で考えていた。
風早が物思いにふける時、それはたいてい千尋のことを考えている時だ。
いつも穏やかな笑みが浮かんでいるその顔は今は真剣な表情で、小さな灯りを見つめている。
「行かないで、か。」
一人そうつぶやいて、風早は小さな溜め息をついた。
何故、風早がこんなに考え込んでいるのかといえば、それは千尋に「行かないで」と言われてしまったから。
風早はいつも、千尋が眠る直前まで千尋の部屋で相手をしているのだが、最近、よく眠る前に「行かないで」と言われてしまうのだ。
千尋にしてみればもう少し一緒にいたいという想いをそのまま口にしているだけなのだが、そうとわかっていても風早にはつらい一言だった。
もちろん、王の妹姫の部屋に朝まで一緒にいることなどできはしないのだから。
千尋が望むのなら一晩中千尋の側でただ静かにその眠りを守っていることだって風早にはできる自信がある。
だが、それはそれだ。
まだうら若い女性の部屋に独身男が朝までいたとあってはそういう関係なのだと勘繰られてもしかたがない。
しかも千尋は王の妹姫だ。
そんな噂をたてられるような真似ができるはずもない。
もちろん、風早は千尋が最初に橿原宮に連れてきた時点で大切な人だから離れないと断言していたので、周囲には後の夫候補と見られているようだが、それでも朝まで千尋と部屋で二人きりというのはありえない。
那岐と3人で暮らしていたあの世界では簡単にできたことが、こちらではどうしても不可能なのだ。
風早はもう一つ溜め息をついて苦笑した。
どうにかして千尋の望みはなんでもかなえてやりたい、ではどうしたらかなえてやれるのか?
風早は小さな灯りを見つめながら静かに考え続けるのだった。
風早はつんつんと袖が引かれるのに気付いて、視線を向けた。
そこには自分を見上げる千尋の姿が…
ほっそりした手は風早の服の袖をつかんでいた。
「千尋?どうかしたんですか?」
「どうかしたっていうわけじゃないんだけど……。」
千尋はもじもじしながら風早の袖をしっかりつかんでいる。
風早はいつものようにニコニコと微笑みながら千尋の次の言葉を待った。
こういう時、千尋は黙って待っていればゆっくりでも話してくれるとわかっているから。
案の定、千尋はしばらく一人でもじもじとした後、赤い顔で上目遣いに風早を見上げながら再び口を開いた。
「あの…ね。」
「はい?」
「もうちょっとその…なんていうか……こ、恋人らしくしても、いい?」
「恋人らしく、ですか?」
「うん、そう…。」
真っ赤な顔でうなずく千尋。
ここで風早は小首を傾げた。
恋人らしいことをしたいとは、さて、いったいなんのことを言っているのだろうか。
腕を組んで散歩をするなどというのは日常だし、時間があるときはできる限り千尋の側にいるように努力している。
食事も毎食ほとんど一緒に食べているし、朝はちゃんと髪も梳いている。
それ以外のことで、千尋の望む恋人らしいこととはなんなのか風早には思い当たることがなかった。
「風早?」
「千尋はどんなことがしたいんですか?恋人らしいって。」
「ど、どんなことって……その……。」
「俺は恋人らしくしてるつもり、なんですけどね。」
「そう?」
「おや、千尋はそうは思ってませんでしたか?」
「え、うん……だって、なんていうか……。」
「俺は、なるべく千尋の側にいるようにしてるつもりですし、髪を梳いたり、一緒に散歩したりもしてますよ?」
「うん、確かにしてくれてるんだけど……でもそれって…。」
言いづらそうにしている千尋に風早は首を傾げて見せた。
それって、なんだと言いたいのだろう?
「昔もしてくれてたよね?」
「はい?」
「だから、私がまだ子供だった頃も髪は梳いてくれたし、散歩もしてくれたよね?」
「ああ、そういえば…。」
そういわれてみればその通りで、確かに風早は千尋が幼い頃も今と同じように一緒にいたのだ。
髪を梳いてあげるのは風早の特権だったし、散歩もよく手をつないでしたものだ。
常に側にいるのは幼い頃も千尋の従者だった風早には当然のことだった。
つまり、その頃と今と、あまり変わっていないと千尋は言いたいわけだ。
「ね?なんていうか、風早とは昔から一緒にいるし、それに、色々面倒見てもらうのも前からなの。だから、せっかっく恋人になれたんだし、もうちょっと恋人らしいことがしたいな、なんて…。」
「恋人らしい、ですか……千尋はどんなことがしたいですか?」
「え、えっと……。」
千尋は風早の服の袖をつかんだまま、赤い顔で考え始めた。
そんな千尋を風早はただ笑顔で見守る。
風早としては千尋がどんなことをしたいと言ってくれるのか、少しばかり楽しみでもあるからここは黙っておくことにした。
千尋が望むことならどんなことだって叶える、そう思っている風早だが、千尋の方から可愛らしくおねだりしてもらえるならそれに越したこともない。
風早にとっては悩む千尋が考え込む姿を見守ることさえ幸せだ。
「じゃぁ、えっと…。」
そういいながら千尋は風早の腕をキュッと抱いた。
この世界で再開してこの橿原宮へやってきた時のようにだ。
「二人で歩く時はいつもこうしてていい?」
「歩いている時だけじゃなくてもいいですよ?」
「……うん。」
風早が嬉しそうに答えれば、千尋は顔を真っ赤にしながらも、それでも幸せそうだ。
千尋が幸せならば風早も満足ではあるのだが、せっかっく恋人だと言ってくれているのだしと風早は千尋にニコリと微笑んで見せた。
「それだけでいいんですか?」
「へ?」
「恋人らしいこと、ですよ、こんなことだけでいいんですか?」
「い、今のところは……そうだ、風早は何かしてみたいことない?恋人らしいこと。」
「俺ですか?」
「うん。」
可愛らしくうなずく千尋に微笑んでから、少しだけ考えて、風早はすぐに行動を起こした。
恋人らしいことでしてみたいこと。
千尋が許してくれるならそんなこといくらでもある。
「風早?」
何をする気かと千尋が小首を傾げた隙に、風早はその唇を盗み取った。
一瞬驚いた千尋がゆっくり目を閉じてくれたので、風早は優しく千尋を抱きしめてから唇を解放する。
すると、真っ赤な顔の千尋が少しだけ拗ねたような顔をして見せた。
「風早はそういうことしたいんだ?」
「恋人らしいでしょう?」
「それはそうだけど……なんていうか……。」
「俺だって男ですよ、いつも言ってるのにまだ警戒してくれないんですね。」
「警戒されたいの?」
「そういう意味じゃなくて…。」
「私だって風早は男の人だってちゃんとわかってるよ。だから、恋人らしいことがしたいなって思ったんじゃない。」
「なるほど。」
「風早はたま〜に今みたいにしてくれるけど、いつもは本当に従者!っていう感じなんだもん…夜だってさっさと部屋に帰っちゃうし。」
「それは……。」
風早は思わず苦笑した。
その話を蒸し返されるとは思ってなかった。
「風早の言いたいことはわかってるの。ごめんね、私がわがままなの…。」
少しだけ寂しそうにそういう千尋を風早は優しく抱き寄せた。
別に千尋がわがままなわけではない。
想いがつのっても、その想いのままに行動できないという状況もままあるというだけのことだ。
だが、千尋がそんな状況から逃れたいというのなら、自分はそのために努力をしよう。
風早はそう決意して千尋の耳元に唇を寄せた。
「じゃぁ、夜も一緒にいられるように頑張ってみます。」
「え?何を?」
「なるべく早く、千尋の夫になれるように王に交渉してみますよ。そうすれば夜も一緒にいられますから。」
「はいぃ?」
思わず変な声をあげてしまった千尋が目を白黒させている間に、風早はニコリといつもの笑みを千尋に残して、スタスタと歩き出した。
そう、有言実行。
すぐにも千尋の望みをかなえようと風早は早速行動を起こしたのだ。
足取りも軽く部屋から出て行く風早を千尋はただボーっと見送ってしまい、はっと気付いたときにはもう風早の姿はなくなっていたのだった。
「か、風早……どうだった?」
しばらくして風早が部屋に戻ってくると、千尋はその長身に駆け寄った。
王にかけあった結果次第ではすぐにでも風早のお嫁さん、なんてことがあり得る。
それはそれで、嬉しいような恥ずかしいような複雑な気分だ。
苦笑している風早の言葉が待ち遠しい。
「それがその……ちょっと王の機嫌を損ねてしまいました。」
「え?なんで?姉様、まだ風早が相手じゃ反対って言ったの?」
「いえ…。」
「私は風早以外の人のお嫁さんになんて絶対ならないのに!」
困ったような苦笑を浮かべていた風早はこの千尋の一言ですぐに嬉しそうに微笑むと、千尋を抱きしめた。
「か、風早…。」
「千尋にそんなふうに言ってもらえるのはやっぱり嬉しいですね。」
「そ、そんなこと言ってないで、姉様を一緒に説得しに行かないと…。」
「ああ、いえ、反対されたというわけじゃないんですよ。」
「え、違うの?」
「ええ。」
千尋の体を解放して、風早は頭をかいた。
その顔にはやはり苦笑が浮かんでいる。
「じゃぁ、どうして…。」
「俺を千尋の相手として認めないということではなくて…それ以前の問題と言うか…。」
「何がどう問題なの?」
「王が、まだ独身ですから。」
「へ?」
一瞬、キョトンとした千尋は少しだけ考えてはっと気付いてポンと手をたたいた。
「そうか、姉様より私が先に結婚するなんてちょっと変、かな。」
「変じゃないと思いますけどね。王は気にするみたいでした。」
「なるほど、つまり、姉様が結婚してないのに妹に先に結婚されるなんてって反対されたっていうこと?」
「そんなところです。」
そう言って風早が苦笑を深くすると、千尋もつられて苦笑した。
姉の気持ちもわからないではない。
姉とて夫にしたい男性がいるのだからなおさらだ。
ならば……
「明日からまたお仕事頑張らなくちゃ。」
「はい?」
「姉様と羽張彦さんに早く結婚してもらわないと、私が風早のお嫁さんになれないもの。」
「なるほど。」
ここは自分が仕事を手伝って早く姉と恋人の仲を進展させてもらわなくてはと一人意気込む千尋。
そんな千尋を風早は暖かい眼差しで見守った。
まだ先は長そうだが、千尋の側でならいくらだって待てる。
風早は愛らしい恋人の姿を見つめながらそう再確認するのだった。
管理人のひとりごと
一ノ姫、羽張彦さんとラブラブだからね!風早ED後は!
そりゃあなた、妹がふらりと連れてきた従者と先に結婚とか許されないって!(笑)
風早さん、一人で暴走しましたが一ノ姫にストップかけられました(^−^)
これからは千尋ちゃんと一緒に一ノ姫を羽張彦さんにもらってもらう大作戦を展開しないとね(’’)
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