
「今日はあと、忍人からの報告が入っていますね。」
風早はいつものように千尋の部屋で政務の手伝いをしている。
さして重要ではなく、王が自ら目を通さなくてはならないもの以外は全て自分が目を通すと宣言した千尋が朝からずっと竹簡に埋もれていたからだ。
王たる姉と恋人との仲を力いっぱい応援している千尋はこうして毎日、王の仕事を手伝うことを怠らない。
おかげでいつも常に側にいたい風早は毎日のようにその政務を手伝うことになるのだ。
もちろん、風早としては千尋の側にいられるのなら、政務の手伝いだって楽しい。
が、千尋はそうではないらしく…
「忍人さんかぁ……また新兵が逃げ出したとか、かなぁ……。」
少し疲れているらしい千尋のその言葉に苦笑しながら風早は忍人から届いている報告書を開いた。
千尋に手渡そうかと視線を向けて、そこで千尋の顔がいつもと違っていることに気付いた。
なんだか少し、頬が赤らんでいる気がする。
それなのに唇の色が少し悪い。
これはもしかすると本当に過労ではないだろうか?
そんなことを思って、風早は一度開いた竹簡を元へ戻すと、小首を傾げる千尋に歩み寄った。
「風早?どうしたの?それ……。」
「千尋、調子、悪くないですか?」
「へ?何が?なんで?」
「顔色が少し……。」
そう言って風早はすっと千尋に顔を寄せてみた。
やはり顔色が悪い。
それに少しだけ目も潤んでいる気がする。
「ちょっと疲れてだるいかも……でも大丈夫。」
力なく微笑む千尋を見て、風早は軽く溜め息をついた。
前向きでいつもできる限りの努力をする千尋はとても努力家で素晴らしいとは思うけれど、無理をするのはいけない。
なんでもつらいことは我慢をして、無理をして笑うのは昔からの千尋のいけないところだと思うのだ。
せめて自分の前ではもうちょっと弱みを見せて甘えてもらいたい。
そんなことを思ってしまって、風早は苦笑した。
「風早?」
「大丈夫じゃなさそうですよ。」
大きな風早の手が千尋の額に乗せられた。
いつも手を握ったり、抱きしめたり、背をさすってくれたりするその手は暖かいのに、今額に当てられたその手はなんだ少しひんやりとしていて…
思わず千尋が気持ちよさそうに目を閉じると、風早は深い溜め息をついた。
「千尋、熱がありますよ。」
「嘘。」
「あります。俺の手、冷たく感じたでしょう?」
「……うん、それは、そう、かも……。」
「熱がある証拠です。」
「でもこんな暑い時期に風邪なんて…。」
「夏風邪ってこともあります。とにかく横になってください。」
「だ、大丈夫!ほら、あと忍人さんからの報告に目を通すだけで終わりでしょう?今日の仕事。」
「ダメです。こっちには風邪薬とか抗生物質とかそういう便利なものはないんですから、病は早いうちに治してしまわないと。」
「それはそうだけど…。」
「しょうがないですね。」
軽く溜め息をついてそう言ったかと思うと、風早はさっと千尋を横抱きに抱き上げてしまった。
「ちょっ!風早っ!」
「千尋が素直に寝てくれないからですよ。」
どこか嬉しそうな風早は千尋をそのまま寝台へと運ぶと、優しく小さな体を寝かせた。
薄い布を一枚上からかぶせてトントンと整える。
「大げさだよ……。」
「そんなことありません。千尋に大病なんかされたら、俺も生きた心地がしませんから今のうちからちゃんと養生してください。」
「……はい。」
ここはどうあっても譲らない。
笑顔に後ろにそんな風早の気配を感じて、千尋は渋々承知した。
風早は穏やかでいつも優しくて、誰にでもやわらかい印象を与えるけれど、千尋のこととなると優しい笑顔の後ろでとてつもない頑固さを発揮するのだ。
それもこれも千尋のことを思えばこそだと千尋本人にもわかっているので、結局、逆らうことなんてできない。
風早は千尋がおとなしく寝台に横になっていてくれるようだと安心すると、にっこり微笑んで見せてから元いた椅子へ戻って竹簡を広げた。
千尋が目を通せないなら、従者である自分が目を通して内容を伝えてしまえばいいのだ。
さっと目を通したところ、忍人からは軍の整備が滞りなく順調に進んでいることが知らされているだけだった。
これならば、王に報告する必要もないとほっと安堵の溜め息をついて、風早は千尋の傍らへと戻った。
「千尋、忍人からの報告ですが、何事もなく軍の整備が進んでいるとのことでしたよ。」
「よかったぁ。新兵がやめていったとかだったら募兵の追加を姉様に進言しなくちゃって思ってたの。」
「さすがにそう毎日毎日新兵が逃げ出しているわけではないようですね。」
「忍人さんはみんなが生き残るために厳しくしてくれてるんだもの、わかる人にはわかるんだよ。」
「そうですね。」
いかに忍人が頑張っているのかを力説する千尋に、苦笑を浮かべて風早は千尋の髪をなでた。
目の前で千尋が誰かを褒めることにこんなふうに嫉妬するようになったのはいつからだろう?
そんなことを思いながら。
「風早?どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません。それより、千尋は少し眠った方がいいですよ。最近は仕事を詰め込んでましたし、千尋も疲れてるんですよ。」
「そう、でもないと思ってたんだけど……でも風邪ひいちゃうなんて、疲れてたのかなぁ。」
「俺がずっと側にいますから、ゆっくり休んでください。」
「そういわれても、そんなに簡単に眠くなんてならないよ……。」
そんなふうに拗ねる千尋も愛らしくて、風早の顔には優しい笑みが浮かぶ。
大きな手で千尋の髪をゆっくりとなでながら、風早は寝台の端に腰掛けて千尋の顔をのぞきこんだ。
「じゃぁ、何かほしい物はありませんか?」
「ほしいもの?」
「食べたいものとか飲みたいものとか。寒気がするから暖かい何か、とか。なんでも用意しますよ。」
「なんでもって……。」
何やらニコニコと微笑んでいる恋人を見上げて、千尋は不機嫌そうに顔をゆがめた。
「風早、なんだか楽しそう。」
「千尋が体調を崩しているのに楽しいなんてことはないですけどね、でも、少し嬉しいかな。」
「嬉しい、の?どうして?」
「千尋の世話ができるので。」
「せ、世話って……いつもしてもらってるじゃない……。」
「もっとたくさん世話したいんですよ。」
「……風早は私を甘やかしすぎだってば……。」
千尋が顔を真っ赤に染めたのは熱のせいだけじゃない。
そんな千尋の額に風早は掠めるように口づけた。
「風早っ!」
「おかゆ、作りましょうか。あとは玉子酒かな、こっちの世界でもできるのは。」
「そ、そんなに頑張らなくてもいいってば、ちゃんとご飯食べれるし……。」
そう言って千尋が拒否しようとすると風早はあっという間に悲しそうに表情を曇らせた。
「風早?」
「俺に世話されるの、嫌ですか?」
「い、嫌じゃないけど……やりすぎだってば……ご飯はちゃんと食べるから。」
「それじゃぁ、今日は一日ずっとここで千尋の看病はしてもいいですか?」
「……それは…うん、いいけど……。」
「よかった。」
千尋が真っ赤な顔で承諾すれば、風早はぱっと表情を明るくした。
この人はわざとあんな顔をして自分の側にいる特権をあっさり手に入れてるんじゃなかろうか?
千尋はたまにそんなふうに疑うことさえある。
それくらい風早の表情は千尋の言動一つであっさり変わるのだ。
「それにしても…俺がついていながら千尋に風邪をひかせてしまうとは……。」
「風早がついてたからって私が風邪をひかないってことにはならないよ。」
どこまで過保護なんだろうと千尋が苦笑すれば、どうしてか風早の顔がだんだんと近づいてきた。
「風早?」
「いえ、俺が千尋の過労に気付かずに休ませてあげなかったからいけなかったんです。これはなんとしてもなるべく早く千尋の風邪を治してあげないと。」
「へ?」
どうしてそんなことになるんだろう?
風邪をひくなんて運みたいなものなのに…
千尋がそんなことを考えているうちに風早の顔はどんどん近づいて、ふっと優しく微笑んだかと思うと熱をはらんだ唇にそっとひやりとして冷たい唇が重ねられた。
風邪をひいて熱があるっていってるのにこの人は何をするのかと抗議しようとして…
でも、体のだるさも手伝って、風早の唇が気持ちいいこともあって…
千尋は静かに目を閉じた。
そのままうっとり風早にされるがままになっていると、長い長い口づけのあと、風早はゆっくり千尋を解放した。
静かに瞼を上げた千尋の目に映ったのは幸せそうな風早の笑顔だ。
「風早…こんなことしたら風邪うつっちゃうよ?」
「うつしてもらおうと思ったんですよ。」
「へ?」
「人にうつすと治るのが早くなるというでしょう?」
「それじゃぁ風早が倒れちゃうじゃない。」
「俺はいいんです。千尋が元気になるならそれで。それに、俺が倒れたら今度は千尋が看病してくれるでしょう?」
「それは、そうだけど……。」
「だから、千尋は早く眠って、俺に風邪をうつして、早く元気になってください。」
「なるべくならうつさないで元気になる……。」
真っ赤な顔でそう言って千尋は目を閉じた。
このままだと本当に風早は自分に風邪をうつすために色々と努力を始めそうだから。
そうなる前に風邪を治さないと。
そう思って千尋が目を閉じれば、風早が優しく髪をなでてくれて…
ひんやりとする風早の手の心地良さを感じながら、千尋はゆっくりと眠りに落ちた。
管理人のひとりごと
急に風早父さんの過保護っぷりを書きたくなりました、それだけ(’’)(マテ
で、書き始めると一気……
誤字脱字はご容赦下さい(TT)
風早父さんは千尋ちゃんのためなら病気なんて全部自分が引き受けます!(コラ
で、千尋ちゃんに看病されてニヤつきます(’’)(マテ
だぶんね、全キャラ中で最も過保護な人だと思うから。
そんな過保護父さんを書いてみたかったんです(’’)
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