闇の中でも
 千尋はその顔に幸せそうな微笑を浮かべて山道を駆けていく。

 とても綺麗に晴れ渡った一日だったのに、姉を助ける政務をこなしたために一日中自分の部屋にこもることになってしまった。

 だから、せめて綺麗な夕陽を見に行こうと恋人を誘って近くの丘へやってきたのだ。

 予想通り綺麗な夕陽がもう地平線に半分ほど沈んでいて、空は真っ赤に染まっている。

 千尋は丘の頂上まで駆け上がると思い切り深呼吸をして後ろを振り向いた。

 そこには後からゆっくりとついてくる青年の姿がある。

 顔には平和そうな微笑を浮かべて、穏やかな足取りだ。

「風早っ!早くしないとすっかり陽が沈んじゃうよ!」

「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。」

 ニコニコとやわらかな微笑を浮かべている風早は、千尋に急かされても一向に急ぐ気配はない。

 もちろん、千尋もそんなことはよくわかっているから夕陽の方へと向き直って、その場に腰を下ろした。

 すると優しい風が千尋の金の髪をなでてとても心地いい。

 上機嫌で千尋が夕陽を眺めていると、すぐに追いついた風早がその隣に座った。

「やっぱり凄く綺麗ね。」

「そうですね。今日は一日中晴れていましたから気持ちいいですね。」

「ほんと、部屋の中にこもりっきりなんてちょっともったいなかったなぁ。」

「俺は、千尋は少し頑張りすぎだから、たまには外へ出て羽根を伸ばしてもいいと思いますよ?」

「それはダメ!だってそんなことしたら姉様が恋人と過ごす時間が減ってしまうもの。」

 きりっとした顔でそう宣言する千尋に風早は苦笑した。

 確かに千尋が頑張って仕事を手伝えば王が自由に使える時間は増えるのだが、そうなると今度は千尋と風早が二人で過ごす時間が減るのだ。

 それはそれで風早としては複雑だ。

「風早は私が一生懸命仕事するのに反対なの?」

「いえ、そういうわけじゃないんですが…。」

「じゃぁ、どうしてそんな顔するの?」

「それはまぁ、千尋がそうやって頑張ると、今度は俺と千尋が二人で過ごす時間が減るので困ったなぁ、と。」

 と、正直に胸の内を語ってみれば、千尋は急に大きく目を見開いて顔を真っ赤にした。

「千尋は困らないですか?」

「へ?」

「千尋と二人でいる時間が減って困るのは俺だけですか?」

 そう言って風早がすっと千尋に顔を近づけて微笑めば、千尋は頭から湯気を出さんばかりに耳まで真っ赤になって首をブンブンと横に振った。

 そのせいで少し乱れた金の髪が夕陽に輝くのを見て、風早は愛しそうに眼を細める。

「で、でもね、姉様はほら、来客の時とかは羽張彦さんと一緒にいられないわけだし……ほら、私の仕事はだいたい書類仕事だから風早が一緒にいてくれるわけで……それはその…二人きりでやってるわけだし……。」

「わかりました。本当に、俺の千尋はかわいいですね。」

「へ?」

 隣でニコニコと微笑んでいる風早の顔を見て千尋はむっとふくれて見せた。

「もぅ!からかったのね!」

「からかってなんかないですよ。本当に、可愛らしいなと思っただけです。」

「知らない!」

 赤い顔で拗ねながら千尋は再び夕陽へと視線を戻した。

 もともと、この綺麗な夕陽を眺めにやってきたのだ。

「綺麗、ですね。」

「うん。」

 隣から聞こえる声はとても優しくて、拗ねていたことなど忘れて千尋はうなずいていた。

 綺麗な夕陽、隣には優しい風早。

 千尋は地平線の向こうですっかり沈もうとしている夕陽を見つめながら、隣の風早へともたれた。

「少し寒くないですか?」

「ううん、大丈夫。」

 隣から聞こえる優しい声にそう答えながら、千尋はゆっくり目を閉じた。

 伝わるぬくもりは静かで穏やかで…

 千尋はゆっくりと意識を手放した。





 風早は月明かりに照らされた一本道を歩いている。

 両の腕には大事な大事な千尋を抱いている。

 碧い瞳を閉じた千尋は静かな寝息をたてていて、こころなしか風早の方にもたれていた。

 綺麗な夕陽を二人で眺めていたのは2時間ほど前のこと。

 すっかり陽が暮れたのでもう帰ろうかと風早が千尋の様子をうかがうと、千尋は風早の肩にもたれて幸せそうに眠っていた。

 せっかくの眠りをさまたげてはいけないと風早はしばらくそのまま千尋を寝かせておいたのだが、全く起きる気配がなくて…

 結局、起こすのもかわいそうで、風早は千尋を抱いて帰ることにしたのだ。

 辺りはもうすっかり夜。

 物音一つせず、風もない。

 ただ月明かりだけが風早と千尋、そして宮へ続く一本道を照らしている。

 なるべく千尋が起きないようにゆっくりと歩みを進める風早。

 だから、なかなか宮は近づかない。

 それでも風早はおかまいなしの様子で、その顔に笑みを浮かべながらゆっくり歩いていた。

「う〜ん…。」

 風早の腕の中で千尋がもぞもぞと動き出した。

 それに気付いても風早は足を止めない。

 千尋はゆっくり目を開けて、風早の顔を見つめた。

「風早?」

「はい。」

 状況がわからずにキョロキョロと辺りを見回して…

 自分の姿も確認してやっと千尋は眼を大きく見開いた。

「風早っ!下ろして!自分で歩けるから!」

「お断りします。」

「ちょっ……。」

「いいじゃないですか、たまには。」

「たまにじゃないような気がする…。」

 とはいっても風早の腕の中は千尋にとっても居心地のいい場所だ。

 このまま運んでくれるというのなら千尋だって嫌なわけではない。

 ただ、気になることがあるだけで…

「でもね、ほら、私、小さい頃と違って重いし……。」

「重くなんかありませんよ。俺の姫はいつだって羽のように軽いですよ。」

「そ、そんなこと……。」

 そんな抗議は風早には全く通用しないようで、月明かりに照らされたその柔和な顔には幸せそうな笑みが浮かんでいる。

 それを見てはもう千尋は抵抗できない。

「懐かしいですね。」

「懐かしいの?」

「ええ、千尋は覚えてないかもしれませんが、千尋がまだ小さかった頃、よく寝台ではない場所で眠ってしまった千尋をこうやって寝台まで運んであげたものです。」

「そ、そうだっけ?」

「で、寝台に下ろすと目が覚めるんですよ、千尋は。」

「お、覚えてないなぁ…。」

「暗闇を恐がって、俺の服の袖を握って離してくれなくて…。」

「そ、それは……えっと、ごめんなさい。」

「いえいえ。俺は嬉しかったんですよ。そうやって夜の暗闇の恐怖から千尋を守ってあげるのは俺の特権でしたから。」

「特権って……。」

「今でも暗いところは恐いですか?」

「へ?まさか、もう子供じゃないんだから。」

「それは残念。」

「か、風早っ!」

「もう夜通し守ってあげる必要はなくなってしまったのは残念です。」

「……。」

 本当にとても残念そうな顔でそんなことを言われては、千尋にはどう答えていいのかわからなかった。

 風早に大切にされるのは嬉しいけれど、そのために風早に迷惑をかけるのはいやで…

「だから…。」

「え?」

「だから今は、このまま宮まで千尋をおくらせてください。」

「風早…。」

「今は千尋をこうして守っていたいんです。」

「うん、有難う。」

 千尋は風早の腕の中でニコリと微笑んだ。

「それとね、風早。」

「はい?」

「私はいつだってどこだって風早と一緒なら何も恐くないから。」

「千尋…。」

「暗闇だってお化けだって全然恐くないんだから。だから、ずっと一緒にいてね?」

「もちろん。いつまでだって側にいます。俺の幸せは千尋の笑顔の側にいること、ですから。」

 そう言って千尋と笑みを交わして、風早は道が二手に分かれているところまでやってくると歩みを止めた。

 右へ行くと宮への近道。

 左は遠回り。

 二つの道を見比べて、千尋と視線を交わして…

 風早は左の道を選んだ。

 今はもう少しだけ千尋を腕の中に閉じ込めておきたかったから。

 そして千尋は、そんな風早の意図に気付いても何も言わずに、ただ風早の胸にもたれるのだった。








管理人のひとりごと

ただ、夜道を千尋ちゃんを抱いて歩く風早が書きたかっただけ(’’)(マテ
小さい頃はきっとチビ千尋を抱っこしていたに違いない風早さん。
大きくなってからはなかなか抱っこさせてもらえなくて寂しいに違いない!
と管理人が勝手に思っただけとも言う(’’)
でもいいなぁ、千尋ちゃんは何かと抱っこしてもらえそうで。
あれ、憧れますけどね、お姫様抱っこ。
基本的にふつーの男の人がふつーの女性をあの形で抱っこするのはしんどいと思う(’’)
夢のない発言ですみません(TT)









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