
風早はいつものように朝起きて自分の身なりを整えるとすぐに千尋の部屋と向かった。
それはもう日課のようなものだ。
全ての戦いが終わって、今、中つ国は国家再建の真っ最中だ。
現状としてはアシュヴィンのおかげで常世も協力体制をとってくれているから、千尋の治世はまずまずのスタートを切ったと言える。
多くの仲間達に恵まれて千尋は毎日元気に激務をこなしている。
軍事を司る忍人や内政を一手に引き受けた道臣もいれば、布都彦はよく兵士達をまとめてくれていて、サザキからは遠方の情報も定期的に入る。
軍師として柊がいて、千尋の身に何か起こればすぐに遠夜が癒しに来る。
つまり、千尋の周囲は優秀な人材でかためられていて、何の心配もないわけだ。
おかげで風早は千尋の従者として一番近くで世話をすることに専念できている。
「千尋、おはようございます」
「あ、風早、おはよう。」
いつものように千尋の部屋の扉を開けて中に入れば、今起きて着替えたばかりという様子の千尋が微笑んでいた。
風早は何も言わずにそんな千尋の髪を梳き始める。
それは毎朝の儀式のようなものだ。
千尋は風早に髪を整えてもらって、それから一緒に朝の食事を軽く取る。
「はい、できました。」
「有難う……ねぇ、風早。」
「はい?」
「風早は嫌じゃない?小さい頃ならともかく今も私の髪を梳いたりとか。」
「いえ、全く。嬉しいくらいですよ、千尋の髪はとても綺麗ですから。」
そう言って風早が微笑むと、千尋も嬉しそうに微笑んで見せる。
「よかった。風早に整えてもらうと安心だから。」
「安心、ですか?」
「うん。昔から風早は私の髪を綺麗に整えてくれるから信用してるってこと。誰に見せてもぜったい一番可愛く見えるように整えてくれてるでしょう?」
「そう、ですね。」
本当に信用しているのだというように微笑む千尋を見て、風早の心はちりりと痛んだ。
そんなに気にして髪を整えて、その姿を誰に見せたいのかといえばそれは自分ではないと知っているから。
「えっと、今日の予定は…。」
「午前中は書類仕事になります、午後からは来客がありますね。」
「そっか、今日も一日中、宮にこもりっきりね、それじゃぁ。」
「つまらないでしょうが…。」
「ううん、大丈夫。みんなだって頑張ってるんだもん、私だって頑張らないとね。風早も手伝ってくれるし。」
「それはまぁ、そうですが…。」
「大丈夫。」
強がっているようにしか見えない千尋に風早が更に言い募ろうとしたその時、采女達が千尋と風早のための食事を運んできた。
おかげで話は途中で途切れてしまい、いつものように二人は向かい合って座って朝食を食べ始めた。
「ん〜、今日もおいしい。」
「そうですね……千尋。」
「何?」
「たまには休んではどうですか?」
「え、私そんなに疲れてるように見える?」
「そうではなくて…。」
そうではない。
体を休ませてほしいのではなくて、もっと他にやりたいことがあるだろうと風早は言いたくて、でもそれは言いたくない内容でもあって…
「風早?なんか変。」
「そう、ですか?」
「私なら大丈夫。元気だから。」
風早を安心させるように微笑んで見せた千尋はそのまま目の前の料理をパクパクと口に運んだ。
それも目の前の心配性な従者を安心させるため。
千尋はいつもよりもずいぶんと早く朝食を食べ終わると、風早がいれたお茶を飲みながらほっと一息ついた。
「そういえば、風早。」
「はい?」
「えっと、今日は忍人さんは何してる、かな?」
うつむきかげんで尋ねる千尋に風早は微笑んだ。
そう、千尋が今、毎日気にしているのは葛城忍人の言動だ。
何故かと問われればそれは千尋が忍人を想っているからであり、また、忍人も千尋を想っているからだ。
想いを通わせたはいいが、元来の忍人の堅物さのおかげで千尋は恋人らしいこと一つできないまま政務に追われ続けている。
だから、風早は千尋に休みを取ってもらいたかったのだ。
休みを取って体を休めるのではなくて、たまには忍人と二人でゆっくりしてほしかった。
風早の心の一部は確かにそう思っているのだが、心のほかの部分はそうは思っていなくて…
どうしても休みをとって忍人に会ってきたらいいと千尋に言うことができずにいる。
そう勧めるのが自分の役目であるとわかっているというのに。
「おそらく宮周辺の見回りと、兵の訓練だと思いますよ。」
「そっか、そうだよね。」
「きっと見回りが終わったら報告に来てくれますよ。」
「え、あ、うん。」
そう言って千尋は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
千尋は他の仲間の前では隠しても、風早の前でだけは忍人への恋心を隠さない。
それは千尋が風早を信頼しているからなのだが…
風早は複雑だった。
「千尋。」
「何?」
「忍人は優しくしてくれますか?」
「な、な、何?いきなり。」
目を通していた竹簡から顔を上げて顔を真っ赤にする千尋に風早は苦笑した。
「いえ、忍人は昔から同門の俺達にも気を許さないところがありましたから。」
「や、優しいよ、忍人さんは。だって、優しい人だから。」
赤い顔をしながらもふわりと微笑む千尋。
これはさすがの忍人も想い人には優しさを見せているのかと風早はほっとした。
そして、ほっとするのと同時に少しだけ胸が苦しくなった。
「風早?」
「ああ、すみません、なんでもないです。忍人が千尋に冷たくするようなことがあったらいつでも俺に相談してくださいね。俺が忍人を懲らしめますから。」
「か、風早っ!大丈夫だよ。風早は心配しすぎ。」
「それは……まぁ、俺は姫の従者ですから。」
そう言って笑ってごまかすのはいつものこと。
本心を言えば、一番大切で一番幸せでいてほしい人だから気になってしかたがない。
自分の力で幸せにしてやれるものならどんな努力でもするのにと思えば、もどかしくてしかたがない。
だが、風早が今の状況で千尋のためにできることなどほんの一握りだ。
忍人が千尋にしてやれることに比べたらそれはあまりにも少なくて、そんな自分の状況に溜め息が出そうになる。
もちろん、溜め息などついたりしたら千尋が心配するから決して溜め息をついたりはしないけれど。
「ねぇ、風早。」
「なんですか?」
「風早は忍人さんと昔からの知り合いなんだよね?」
「ええ、先生の弟子としてずいぶん長いこと一緒に剣の訓練なんかをしていましたから。」
「じゃぁ、えっと……その……忍人さんの好きな食べ物とか知ってる、よね?」
ほんのりと赤い顔でそう尋ねる千尋に風早は優しく微笑んで見せた。
いつの世も恋する乙女の考えることは同じらしい。
「まぁ、忍人はあまり好き嫌いはありませんが。」
「ああ、体を使うお仕事だもんね。」
「そういうことです。でも、いくつかは知っていますよ。」
「本当?!」
「はい。後で一緒に作りましょうか?簡単なものなら忍人が報告に来る前に作ることができますよ。」
「うん!お願い!」
碧い目をキラキラとさせて微笑む千尋はまぶしいほどに美しい。
風早はそんな千尋を暖かい眼差しで見つめた。
初めて会ったあの日から、千尋の優しさや純粋さや愛らしさは変わらない。
それなのに時がたつにつれて女性らしい美しさも加わってまぶしいほどだ。
そんなまぶしさに目を細めて、自分には決して手の届かない光なのだと思い知らされて…
それでも風早は千尋に微笑んで見せる。
そうすれば千尋が安心してくれるから。
幸せでいてくれるから。
千尋が幸せになってくれるのなら、たとえ忍人のための料理であっても喜んで手伝おう。
千尋の側でその幸せを見守っていられるのならそれでいい。
風早は忍人に料理を作るためにと頑張って竹簡との格闘を始める千尋を見つめて微笑んだ。
ただし、その微笑には少しだけ影が差していたことに千尋は気付かなかった。
管理人のひとりごと
ちょっと他のものに比べたら短くなりました…
何故かといえば、たまには違うED後の風早も書いてみたいと思って書いたはいいものの、途中で管理人がしんどくなったからであります(TT)
本当は訪ねてきた忍人さんと千尋ちゃんを見守るところも書くつもりでいたんですよ…
そんなかわいそうな風早は管理人には書けなかった(っдT)
拍手御礼でやるかな…←懲りないね
やっぱり風早には幸せでいてほしい管理人なのでした(^^;
プラウザを閉じてお戻りください