
千尋は珍しく、一人で練兵場へやってきていた。
朝、挨拶をしにきた風早は岩長姫に呼び出されて珍しく側にいない。
以前に、風早がいない時間を一人で過ごしていたらとても風早に会いたくなってしまって、結局会いに行って岩長姫に迷惑をかけたことがあるので、今日こそは一人で楽しく過ごすのだと心に決めて、千尋はここへやってきたのだ。
ここなら新兵のみんなが懸命に訓練をしていて、その指導を忍人がしているだろうから。
それに、忍人の下にいる布都彦もここにいる。
これだけ人がいてみんなが忙しそうにしている中にいれば、自分もきっと風早のことばかり考えていなくても大丈夫なはず。
というのが千尋の考えだ。
風早のことを思い出してから今まで、風早はずっと側にいてくれた。
だから、少し離れているだけでとても不安になってしまって…
風早を思えば思うほど側にいない風早のことが気になって…
「姫?どうかしましたか?」
「え、いえ、なんでもないです。」
急に忍人に声をかけられて、千尋は苦笑した。
新兵の訓練を見ていたはずなのに、どうしてもぼーっと風早のことを考えてしまう。
これでは意味がない。
そんな千尋を見て忍人が軽く溜め息をついた。
「そ、そうだ、忍人さんは今日は岩長姫に呼ばれなかったんですね?」
「ええ、まぁ、新兵の訓練で忙しいということを師君も御存知でしょうから。俺の代わりに風早が呼ばれたというところでしょう。」
「ご明察です。」
『柊。』
いきなり現れた柊に目を向けて、千尋と忍人は同時にその名を口にした。
柊はその口元に微笑を浮かべながら二人の前に立った。
「羨ましい限りですね、ニノ姫を独り占めとは。」
「……そんな無駄口を叩いていると風早に切り殺されるぞ。」
「お、忍人さん!」
真っ赤な顔で抗議する千尋を忍人と柊は暖かい眼差しで見守っていた。
突如として姿を現して、千尋の心をすっかり奪ったらしい風早という青年は正体が知れないが、それでもニノ姫を大事に思っていることは間違いないと最近では二人も認めている。
それに加えて千尋が幸せそうにしているから、忍人も柊ももうすっかり千尋と風早を優しく見守っているといったところだ。
「ひ、柊はどうしたの?こんなところに来るなんて珍しいんじゃない?」
「従者がいないでは姫が退屈しておいでではとお部屋を訪ねてみましたら、こちらへ出かけたと聞きましたので。」
「嘘ばっかり。」
明らかに疑いの眼差しを柊へ向けて、千尋はきりりと柊の顔を見上げた。
そんなことでこの柊が動くわけがない。
「まぁ、半分は本当です。」
「じゃぁ、残り半分は?」
「王に頼まれまして。」
「へ?姉様に?」
「はい、今日は従者がいないだろうから、千尋が心配だとおっしゃっておいでで。」
「そ、そんな大げさな、姉様まで…。」
千尋は真っ赤になってうつむいた。
昔から千尋の姉である王は千尋のことをとても可愛がっていて過保護なくらいだったが、まさかそんな心配までされているとは…
「私はそんなにいつも風早と一緒にいるわけじゃないし、ちょっと風早がいなくたって大丈夫です!」
真っ赤な顔で千尋が言ってみても今ひとつ説得力はない。
「本当、でしょうか?」
面白そうにそう言って覗き込んでくる柊に即答することはできなくて…
同じように自分を見ている忍人にもやはり何もいえなくて…
「まぁ、我々でも気を紛らわすお相手くらいはつとまりましょう、どうです?忍人。」
「さて、俺にはたいしたことはできないが…。」
そんなことを言いながら忍人と柊は二人で千尋を挟んで歩き出した。
つられるように千尋も。
こうして3人はこの風早のいない一日を共に過ごすことになった。
風早は千尋の部屋の窓から外を眺めていた。
何故なら、部屋できっと寂しがって待ってくれているだろうと思っていた千尋が部屋にいなかったから。
部屋の中のどこにも千尋が見当たらないので、とりあえず窓から外を眺めてみたというわけだ。
千尋は大切な王の妹姫でもあり、常に大勢の人に守られているのだから部屋にいないからといって心配することもないのだが、それでも千尋の姿が見えないだけで風早は落ち着かない。
二度と一緒にいることはできないと一度は覚悟を決めたその時の想いが甦るからかもしれないが、それにしてもと思う。
こうも千尋に張り付いていてはそのうちさすがに千尋も鬱陶しくなるのではないだろうか?
そんなことを考えて、千尋を探し回るのをやめて、風早は窓から外を眺めながら千尋を待つことにした。
ところが…
そんな風早の目に突如として千尋の姿が映った。
窓から見下ろした遙か向こうに、千尋をはさんで楽しそうに歩く柊と忍人の姿を見つけたのだ。
千尋が誰かと共にいるのは当然といえば当然なのだが、忍人と柊の二人に挟まれて歩く千尋の笑顔を見て風早は愕然とした。
楽しそうに話をしながら歩く千尋。
その両隣をしっかりと千尋を守って歩く忍人と柊。
その3人があまりにも絵のように綺麗に見えて…
もし、千尋が自分のことを思い出さなければ、こうやって忍人か柊のどちらかが千尋と一生を共に過ごしたのかもしれない。
そんなことまで考えて…
風早は窓辺に立ち尽くしたまま、自分の胸を押さえた。
ほんの少し千尋と離れただけで、その間に千尋が仲間達と楽しげに話をしていたというだけで、こんなにも胸が痛むとは…
いつもなら帰って来る千尋を出迎えるため、宮の外へと駆け出すところなのだが、今の風早にその余裕はない。
ただひたすら己の内にわきあがる何かどす黒い感情をただひたすら胸を抑えることで押し込めて、風早は窓辺に立ち続けた。
そうしてどれくらいの時間がたったのかわからない。
風早はカタンと扉が開く音を聞いて我に返った。
「風早!お帰りなさい!」
扉を開けて入ってきたのはもちろんこの部屋の主、千尋だ。
風早の姿を認めたとたんにぱっと花が咲いたように輝く微笑をその顔に浮かべて、千尋はゆっくりと風早の方へ歩き出す。
ゆっくりと自分の方へ歩いてくる千尋を見つめて、風早は小さく溜め息をついた。
「風早?どうかしたの?岩長姫のところで何かあった?」
いつもとは違う恋人の様子に気付いて、途中から千尋が早足で風早に駆け寄ると風早はさっと千尋を腕の中に閉じ込めてしまった。
「か、風早?」
「…今日は……。」
「へ?」
「今日は忍人と柊が一緒だったんですね。」
「あ、うん、そうなの。今日は朝からずっと一人だったから…本当は忍人さんのところで訓練を見学させてもらおうって思って最初は忍人さんのところへ行ったんだけど、そこに柊がきて、それでそこから3人でご飯を食べて、話をしながら散歩したりとか色々……。」
千尋がそこまで話をすると風早の腕に力が込められた。
苦しいくらいに抱きしめられて千尋は思わず風早の胸を押して体を離すと、長身の恋人を見上げた。
するとそこには今にも泣き出しそうな心細い顔をした風早がいて…
千尋は驚きで目を丸くした。
千尋の前で風早がこんな顔をすることは珍しい。
いつだって「大丈夫」と微笑んでくれる人だから。
「風早、大丈夫?具合悪い?」
「いえ……今日はずっと千尋と離れていたので。」
そう言った風早にもう一度抱きしめられて、千尋は風早の腕の中で顔を上げた。
「それって、少しは風早も寂しいって思ってくれたってこと?」
「少しどころか…でも、千尋は平気そうだったので…。」
「へ?」
「忍人と柊ととても楽しそうでしたよ。俺なんかいなくても大丈夫なんですね、千尋は。」
「楽しそうだったって、見てたの?!」
驚いて千尋が体を離すと、風早は苦笑しながらうなずいた。
「さっき、帰って来るところを窓から。とても楽しそうでした。千尋があの時、俺のことを思い出さなかったら、あの二人のうちのどちらかと幸せになっていたかもしれないと、そう思いました…。」
「ないからっ!それはないからっ!」
「千尋?」
「そんなこと言わないで…。」
千尋は思わず涙ぐんでしまった。
もし、思い出さなかったら…
そんなこと、考えたくもない。
「私は絶対思い出すもの。何度同じめにあったって、絶対に風早のことは思い出す!忘れてそのままなんてあるわけないじゃない…。」
「千尋…。」
「風早のことを忘れてそのまま誰かと幸せになんてなれるわけない…。」
「……。」
「それに……私が忍人さんのところに行ったのは、風早がいない一日を一人で過ごすなんて絶対耐えられなかったからなんだから…風早がいてくれないと大丈夫なんかじゃないんだから…。」
そう言って千尋は風早に抱きついた。
力いっぱいぎゅっと抱きついて、どれだけ風早に会いたかったかが伝わるように祈る。
そんな千尋に一瞬驚いたような顔をした風早は、すぐに千尋の体を抱きとめてその顔に安堵の笑みを浮かべた。
「羨ましい、と、思っていたんですが…。」
「何が?」
思いもよらない風早の言葉に千尋が思わず顔を上げると、すっと風早の顔が近づいてあっという間に口づけられた。
一瞬のことで千尋が驚いて瞬きしていると、風早はそんな千尋をまたぎゅっと抱きしめる。
「忍人と柊がです。千尋と楽しそうに歩いていたので羨ましいと思っていたんですが…俺の方が幸せ者でした。」
「か、風早っ!」
顔を真っ赤にしている千尋に微笑を浮かべて見せて、風早は千尋の髪を優しくなでた。
「千尋、会いたかったです。」
「風早……うん、私も。」
二人はそう言って微笑みを交わすと、そのまま優しく抱き合った。
窓の外は夕暮れ。
部屋の中はもう少しずつ暗くなり始めていたけれど、二人はかまわず、女官達が夕食を運んでくるまでずっとそうして抱きあったままたたずんでいた。
管理人のひとりごと
もし、風早が帰ってこなかったら。
もし、風早を思い出さなかったら。
たぶん、忍人、柊、布都彦の誰かに持ってかれるなと(マテ
いや、ここは道臣とかもあるかもしれない!(オイ
とか、色々管理人が妄想した結果、風早が右往左往してる、みたいな(’’)
それこそ政略結婚風にアシュヴィンとかナーサティアにもってかれるもあり(爆)
いや、書きたかったのはやきもちやいてる風早父さんだったんですが(’’)
妄想はふくれる一方ですね(マテ
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