介抱
 千尋はぼーっと窓から外を眺めていた。

 夕暮れ時に柊に呼ばれて風早が出て行ってしまって、いつもは二人で食べる夕食を一人で食べた。

 それだけでも寂しかったのに、風早はなかなか帰ってきてくれなくて、もうすっかり月が昇って夜も更けてしまった。

 柊が言うには岩長姫が弟子達と夕食を共にしたいといって呼び出したのだそうで、風早は今頃きっと岩長姫とその弟子達と楽しく話しこんでいるに違いない。

 千尋の従者として採用された風早がこの国になじむのはとても早くて、あっという間に周囲の信頼を勝ち取ってしまった。

 もともとが共に戦った仲間なのだから当然といえば当然なのだが、それにしても早々に周囲になじんでしまったのははやり風早の人柄のためだろう。

 千尋としてはそのことが嬉しくもあるが、風早が周囲になじめばなじむほど、あちこちからお呼びがかかって連れて行かれてしまって少し寂しい。

 いつもなら夕食を一緒にとって、それから少しおしゃべりをして風早の優しい笑顔を見つめてから眠りにつくのに、このままだと今日は風早の顔を見ないまま眠らなくてはならないらしい。

 そう思うとますます寂しくて、千尋は窓辺で深い溜め息をついた。

 このままなんてとても眠れそうにない。

 そう思って寂しくて寂しくて、涙がこぼれそうになったその時、背後の扉がノックされた。

「誰?」

「俺です、入ってもいいですか?」

 思いがけない恋人の声が聞こえて、千尋は窓辺から扉へとダッシュすると間髪いれずに扉を開けた。

「風早っ!」

 申し訳なさそうに苦笑している風早の顔を見ると千尋はいても立ってもいられなくなって、大声で名前を呼びながら飛びついていた。

 勢いよく飛びついてきた千尋の体を抱きとめて、風早は苦笑を深くする。

「すみませんでした、ずいぶん長く席を外してしまって…。」

「うん、ちょっと寂しかった。」

「すみません、先生と柊が離してくれなくて遅くなってしまいました。眠る前に一度顔を見ておきたくてこんな時間に…。」

 そこまで言った風早は千尋を抱きとめたままよろけて、背後の壁に背を打った。

 慌てて千尋が体を離して風早を見上げる。

「風早?大丈夫?具合でも…。」

 ここで千尋は気がついた。

 苦笑している風早の顔がほんのりと赤い。

 しかも…

「風早、ひょっとしてお酒飲んでる?」

「ええ、まぁ、匂いますか?」

「ちょっとだけね。それに顔が赤いよ。」

 そう言ってくすっと笑う千尋に風早は力ない苦笑を浮かべて見せた。

「すみません、本当は酒臭い息を吐きながら千尋の部屋に来るべきじゃないんでしょうが…。」

「ううん、そんなこと気にしないで。私は風早に会いたかったから嬉しいよ。」

「そう言ってもらえると…実は夕食の後に宴会になってしまいまして…先生が飲めといってきかなくて…。」

「ああ、岩長姫はそういう感じかも。そうだ、部屋に入って、少し休んでいって?」

「いえ、ですが、時間が時間ですし…。」

「そんなフラフラなまま部屋に帰すの心配だし、それに…その…私ももうちょっと一緒にいたいというか……。」

 そう言ってか千尋がうつむけば、風早はやっとの思いで背を廊下の壁から離して千尋を抱きしめた。

「そうですね、側を長く離れたのは俺が悪いわけですし。少しだけ休ませてもらいます。」

「有難う!」

 パッと花が咲いたような笑みを浮かべた千尋に風早はほっとしたような笑みを浮かべて見せて、千尋に手を引かれて部屋の中へ入った。

 千尋がいつも寝ている寝台に腰掛けて、ほっと一息入れれば千尋が水を持ってきて風早に手渡した。

「横になってもいいよ?大丈夫?」

「有難うございます。大丈夫ですよ、慣れてますから。」

 そう言って苦笑して風早は水を一気に飲み干すと空になった器を千尋へ渡して溜め息をついた。

「本当に風早ってお酒に弱いよね。」

「あはは、弱いってわかってるのにすすめられると飲んでしまって…。」

 情けない微笑を浮かべる風早にクスッと笑みを漏らして千尋は風早の隣に座った。

「お酒を飲むのは別にかまわないけど、具合悪くなるんだったらそっちが心配。」

「そんなにひどくなるまで飲んでいるつもりはないんですが。」

 力なく微笑む風早は本当に弱ってそうで…

 千尋はトンと風早の肩を軽く押してみた。

 すると、案の定、風早の体はぱたりと寝台の上に倒れてしまった。

「千尋、ひどいですよ。」

 そんなことをいいながらもなお苦笑している風早に千尋は溜め息をついた。

「ひどいじゃないよ、風早、少し横になって楽にした方がいいと思って。」

「そんなにひどく見えますか?」

「うん、顔が真っ赤だよ。それにさっきから凄く調子悪そう。」

「あはは、見た目よりは大丈夫なつもりなんですが…。」

「無理しないで、ゆっくり休んでいって。具合悪いのにわざわざ会いに来てくれただけで嬉しいから。」

 そう言って千尋は優しく風早の髪をなでた。

 すると風早は嬉しそうに微笑んで、それからゆっくり目を閉じた。

「気持ちいい?」

「はい、とても。」

「よかった。」

 千尋はゆっくり優しく風早の髪をなで続けた。

 そうしていれば赤い風早の顔に優しい微笑が浮かんだから。

 苦しいのが少しでもなくなってくれるならいくらだってこうしている。

 そんなことを思いながら千尋は幸せそうに微笑みながら風早の髪をなで続ける。

 部屋の中は静かで、小さな明かりがいくつかあるだけで薄暗くて…

 それでも薄明かりの中で気持ちよさそうにしている風早の顔を見ていることが幸せで…

 しばらくそうして千尋が髪をなで続けていると、風早の呼吸が静かでゆっくりとしたものになってきた。

 これは眠ってしまったのかと千尋が髪をなでる手を止めた。

 そういえば、もうけっこう夜も更けている。

 お酒を飲んでいるなら眠くなるのかも。

 千尋はそんなことを考えながら風早の顔をのぞきこんだ。

 酒でほんのりと赤くなった顔は穏やかで幸せそうだ。

 そんなふうに眠ってくれるのが嬉しくて、千尋は満面の笑みでそっと顔を近づけた。

 眠っている間ならちょっと悪戯をしてもわからないはず。

 一緒に夕食を食べられると思っていたのに一人にされて寂しかったから、きっとこれくらいはしても許される。

 そんなふうに思って、千尋はゆっくり風早の唇に自分の唇を重ねて、すぐに離れようとした。

 ところが…

 唇を離そうとした千尋の体はぐっと抱き寄せられて、後頭部にも手をそえられて千尋は風早から離れられなくなってしまった。

 そのまましばらく千尋が身動きできずにいるとやっと風早の腕から力が抜けて、千尋は慌てて身を起こすと幸せそうに微笑んでいる風早を愛らしく睨んだ。

「風早っ!おきてたの?」

「いえ、うとうとしてたんですが…千尋があんまり可愛らしい口づけをしてくれたのでつい…。」

「ついって…びっくりするじゃない!」

「驚いたのは俺も同じなんですが…。」

 そう言いながら上半身を起こした風早は、むくれている千尋をさっと抱き寄せた。

「ちょっ、風早っ!」

 ギュッと抱きしめられて千尋は顔を真っ赤にする。

「千尋は無防備すぎです。いくら相手が俺だからってもう少し警戒してくれないと。」

「警戒?どうして?」

「こんな夜更けに部屋の中に二人きりで寝台の上ですよ?」

 耳元で囁くようにそういわれて、千尋が改めて今の状況を思い返してみると…

 夜はふけてすっかり辺りは暗くなっていて、部屋の外に人の気配はなし。

 部屋の中には明かりが灯されているとはいえ、薄暗い。

 しかもここは千尋がいつも寝起きしている寝台の上だ。

 そこに恋人とこうして二人でいるというのは…

「ち、違うからっ!そんなつもりじゃないからっ!」

「わかってます。でも、いくら俺でも愛しい千尋に夜更けに二人きりの寝台の上でこんなことされたら、我慢できなくて襲ってしまいそうですよ。」

「か、風早っ!」

 耳元でうっとりそんなことを言われて、千尋は耳まで真っ赤にしながらもどうしても風早の腕から逃れることができない。

 いつもは兄のような優しい保護者の一面を決してなくさない風早なのに、今はとても艶っぽくて…

 それが酒のせいなのか時間や場所のせいなのか千尋にはわからない。

「これでも千尋を大事にしようと心がけてけっこう我慢してるんです、ですから千尋も少しは警戒してください。」

 そう言ってやっと風早は千尋の体を解放した。

 その顔には困ったような苦笑が浮かんでいて、千尋ははっと驚いた。

「か、風早…。」

「はい?」

「じゃぁ、風早が我慢しなくてもすむようにするにはどうしたらいいの?」

 顔を真っ赤にしてうつむいて、小さな声で千尋がそう問いかけてみれば風早は一瞬はっとして、それからその顔に微笑を浮かべた。

「考えておきます。」

「へ?」

「だから、どうしたらいいか考えておきますよ。時間はありますから、ゆっくり考えて千尋が一番幸せになってくれる方法を選択したいので。」

「風早…うん、有難う。」

 そう言って千尋が嬉しそうに微笑むと、風早は「はぁ」っと深い溜め息をついた。

「だから警戒してくれって言ってるじゃないですか。」

「え?何?何が?」

 千尋がおろおろしていると風早は再び千尋を抱き寄せた。

「そんな可愛らしい顔をして見せないで下さい。」

「そ、それはしょうがないじゃない!」

「そう、ですね、千尋がかわいいのはいつものことだから、しかたないですね。」

 そう言って少し千尋から体を離した風早はにっこり微笑んで見せてから千尋に口づけた。

「じゃぁ、すっかりよくなったんで、これ以上千尋に怒られないうちに俺は部屋に戻ることにしますね。」

「風早…。」

 急に体を離されて、寂しくなった千尋がそう名を呼べば、風早は振り向いて優しく微笑んだ。

「なんですか?」

「えっと……お、おやすみなさい。」

「おやすみなさい、また明日。」

「あ、うん、また明日!」

 また明日。

 そんな一言ですっかり元気を取り戻した千尋の額に軽く口づけて、風早は扉の向こうへと去っていった。

 誰もいない部屋に一人きりになって、千尋はほっと溜め息をついた。

 風早と一緒の時間はなんて幸せなんだろう。

 早くずっと一緒にいられるようになればいいのに…

 そんなことさえ思ってしまう千尋の唇にはまだ風早からもらった口づけの感触が残っていた。

 その口づけはほんのりと甘いお酒の香りがした。








管理人のひとりごと

そういえば風早がお酒に弱い話書いてなかったなと気づいたので(’’)(マテ
とは言いつつ、風早さん、いったい何回千尋ちゃんの唇を奪えば気が済むのですか…
で、何気に婚約しちゃおうとしてるんですが…
もう、風早さんはすぐ暴走するから(っдT)(コラ
でも、弱った風早を介抱する千尋ちゃんとの甘い一時をお楽しみ頂ければそれで…
というか、私が楽しめればそれで(’’)(オイコラ








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