側にいるために(後編)
 2戦の勝負はあっという間についた。

 もちろん、風早の圧勝だ。

 さすがに剣を抜いた時はその顔から微笑が消えたが、それでも見た目は十分やわらかく見える風早は誰もが想像していた以上に強かった。

 腕前を知っていた千尋でさえあまりの圧勝に驚いたほどだ。

 だが、最後の一人が風早の前に立ったその時、その場の空気が凍りついた。

 風早の前に立ったのは葛城忍人。

 この国で最も腕が立つといわれている武官で将軍だ。

 敵に対してはもちろんのこと味方に対しても容赦ない人物としても有名な忍人は、目の前に立っている飄々とした青年を一瞥した。

「二ノ姫はこの国にとっても王にとっても大切なお方だ。どこの馬の骨とも知れぬ者に渡すわけにはゆかぬ。が、俺に勝てた時は好きにするがいい。自分より弱い男にとやかく言われる筋合いもなかろうからな。だが…。」

「手加減してはもらえないのでしょうね。」

「当然だ。」

 何を言い出すかと言わんばかりの忍人に苦笑して、風早は剣を構えた。

 双方共に隙のない構えであることが誰にでも一瞬で感じ取れた。

 審判をつとめる岩長姫だけが一人、何やら楽しそうに微笑みながら試合開始を告げる。

 もう千尋にはどうすることもできず、二人は一呼吸置いて同時に互いに切り込んだ。

 剣と剣がぶつかり合う音が辺りに何度も鳴り響き、目を離すことのできない達人同士の戦いが開始された。

 瞬きする一瞬の間にも勝負が決まりそうで、見守る一同は瞬きさえできないほどの激しい戦いだ。

 忍人が攻め入れば風早はそれをうまくかわし、風早が攻め入れば忍人がそれをかわす。

 一進一退の戦いは延々と続いた。

 どちらも表情は真剣。

 まるで本当に命のやり取りをしているかのような気迫だ。

 響き渡るかけ声と金属音の中、千尋は胸の前で手を組んで必死になって風早の姿を追った。

 風早が強いのは知っている。

 だが、忍人とどちらが強いかと問われたら、風早と即答することはできない。

 忍人が強いということも千尋はよく知っていたから。

 戦いは時が経つにつれて緊張感を増し、戦う二人の表情もどんどん厳しくなる。

 どれくらい互角に打ち合っていたかわからない。

 二人ともすっかり息が上がるまで互角の勝負を続け、一度距離を置き、次の瞬間…

 千尋が「危ないっ」と叫ぼうとしたのとそれは同時の出来事だった。

 思い切り忍人の方へと突き出された風早の剣は一瞬のうちに二人の間に入った岩長姫の剣に弾き飛ばされ、一方、同じように風早の方へ突き出された忍人の剣は岩長姫が忍人の手首をつかんで止めていた。

「そこまでだよ、二人とも。本気で相手を殺す気かい、まったく。」

「師君…。」

「すみません、つい本気になりました。」

 納得がいかないという様子の忍人に対して風早は苦笑を浮かべながらすぐに弾き飛ばされた自分の剣を拾って鞘へおさめた。

 岩長姫はその様子を満足げに眺めている。

「勝負はあった。実力は全くの互角だね。これ以上は相打ちで二人とも死なないと終わらないだろうよ。」

 そう言って岩長姫が一ノ姫を見ると、一ノ姫は静かにうなずいた。

「わかりました。いいでしょう、風早とやら、あなたを千尋付きの従者に任命します。千尋の護衛をお願いします。」

「有難うございます。謹んで拝命致します。」

 風早はその場で片膝をつき、王へ向かって深く頭を垂れた。

 それと同時に千尋が自分の席から駆け出して風早に飛びついた。

 涙を流して抱きつく千尋を優しく抱きとめる風早をもう誰も非難しようとはしなかった。





 御前試合翌日。

 よく晴れた空の下に4人は座っていた。

 一人はニコニコとご機嫌な千尋。

 その隣にはいつものように穏やかに微笑む風早。

 風早の向かいにはいつもながらむっつりと不機嫌そうな忍人。

 そして忍人の隣には何やら楽しそうな軍師、柊。

 前日の御前試合で緊張したためか、千尋はあの後、風早を伴って自室に戻るとすぐに眠ってしまった。

 だから風早とゆっくり話もできなかったというので、今日は朝から二人で外でゆっくり話をしようと出てきたのだが、そこへ千尋を訪ねてこようとしていた忍人と柊にばったり出くわしたのだ。

 せっかくだからみんなでお茶しましょうという千尋の提案に忍人だけが辞退しようとしたが、柊がそれを許さなかった。

 言いたいことがあるのなら皆の前ではっきり言った方がいいし、このメンツなら一度に話をした方が早い。

 自分には聞かせられないような話を千尋にする気ではないだろう?と柊に詰め寄られては忍人もこのまま話に加わるしか選択肢がなかった。

 さすが軍師柊と千尋が目を丸くする中、風早が全員分のお茶をいれて、すっかり4人は茶会ムードの中、向かい合わせて座ることになったのだった。

「しかし、昨日の貴殿の腕前には感心しましたよ、風早殿。」

「ああ、俺のことは風早で、俺も柊と呼ぶことにしますから。」

 牽制するような柊の話題にいきなりこれだ。

 しかも人懐っこい笑顔でそういわれては抵抗もできず、柊は苦笑した。

「では、風早、本当に見事でした。」

「こう見えても俺は一応武人なんで。でも、忍人はやっぱり強かったですよ、死ぬかと思いました。」

 死ぬかと思ったという人間とは思えない笑顔にまた柊が苦笑する。

 どうもこの目の前の青年を相手にすると調子が狂う。

「……俺はお前に忍人と呼ばれるいわれはないんだが?」

「ああ、すみません。でも、一応、俺、年上、ですよね?」

「……。」

 にっこり笑ってそういう風早に忍人は何も言えない。

 このメンツだと千尋を除けば忍人が最年少だ。

 しかも、剣の腕で優劣がつかなかったし、風早は今や二ノ姫の従者だ。

 身分もそう忍人と大差がない。

 となれば、呼び捨てにされて文句を言ういわれもない。

「忍人の負けですね。」

 柊にそう断言されてもう忍人は溜め息をつくしかできなかった。

「忍人さん、本気でやってたでしょう?もう恐くて私、ずっとお祈りしてたんですから。二人とも怪我をしませんようにって。」

「素性の知れぬ輩に二ノ姫を預けるというのです。せめて腕前くらいは確かなところを見せてもらわなければ納得がいきませんので。それに、本気だというのなら風早も本気だったと思いますが?死ぬかと思ったのは俺も同じです。」

「そうなの?風早。」

「それはもちろん。手加減して本気の忍人に勝てるとは思えませんし、それに、千尋の側にいることを認めてもらうための戦いでしたから、誰にも勝ちは譲れませんから。」

 そう言って幸せそうな微笑を浮かべて千尋を見つめる風早は、とても忍人と死闘を何十分も繰り広げた武人と同一人物とは思えない。

「まぁ、それに、噂によると忍人も必死だったようですから許してやってください。」

「噂?」

 そう言って小首を傾げたのは千尋だけではなかった。

 声こそ出さないものの忍人も何を言い出すのかという顔で柊を見つめている。

 風早は相変わらずニコニコと微笑んだまま千尋を見つめていたが…

「噂によれば、忍人も二ノ姫の恋人になりたかったので絶対に勝ちは譲れなかったのだと…。」

「なっ!」

「嘘でしょ?」

 忍人と千尋は同時に大声を出した。

 柊はクスクスと笑いをこらえ、風早の視線が忍人へ向かう。

 忍人は自分に向けられた風早の笑顔に背筋が凍った。

 微笑む風早のその目が全く笑っていなかったから…

「根も葉もない噂だ。俺は二ノ姫の従者たるにふさわしい者かどうかを見極めるために全力を尽くしたにすぎん!」

「ですよね。」

 千尋がほっと安堵の溜め息をついても風早は忍人を見つめたままだ。

「……本当に、俺は二ノ姫に懸想などしていない…。」

 再びそう言って忍人が深い溜め息をついて、風早はやっとその目にも微笑を浮かべた。

「柊、貴様が妙な噂など持ち出したせいで話がややこしくなったぞ。相変わらず性格の悪いやつだ。」

「これでも忍人よりはとっつきやすいといわれているんですがね。」

「柊は性格悪くなんかないよ。ちゃんと私達のことも助けてくれたし。」

「それは柊がきっとその方が面白そうだくらいに考えたからです。」

 忍人の柊への評価は厳しい。

 これにはさすがに千尋も苦笑して口を閉ざした。

「忍人は手厳しい。」

 そうは言いながらも柊の顔には楽しそうな笑みが浮かんでいる。

「そういえば、忍人は何か二ノ姫に話があったのでは?」

「いや、二ノ姫ではなく…。」

 柊に話を振られた忍人の視線は風早へと向いた。

 その視線に気づいて風早が千尋から忍人へと目を向ける。

「俺に何か?」

「試合で勝てなかった俺が言う筋合いではないかもしれんが、二ノ姫のこと…。」

「本気ですよ。もう二度と離れないと誓いました。一生お側で姫をお守りします。」

 忍人が皆まで言う前に風早はそう即答してニコニコと微笑んでいる。

 やわらかな外見からは想像できないほどきっぱりとした答えで、忍人は思わず目を見開いた。

「一生、ですか。」

「ええ。」

 柊にもそう答えてやはり風早の笑顔は揺るがない。

 そして、忍人と柊の視線は千尋へと向けられた。

「へ?何?二人とも。」

「姫もそれでよろしいのかと。」

 忍人に問われて小首を傾げて、柊と風早を見比べて…

 やっと何を問われているのかに気づいて千尋は顔を真っ赤にした。

「い、いいに決まってるでしょ!」

 慌ててそういった千尋を見て柊と忍人はほっと溜め息をついた。

「まぁ、俺は千尋にもういらないと言われても側で守るつもりでいますけどね。」

「いらないなんて言いません!」

 今度は赤い顔のまま怒る千尋に風早は楽しそうな笑顔を見せた。

 そしてこの二人を見守る男二人は…

 互いに顔を見合わせて、これはこの風早という男、本当に二ノ姫がもういらないと言ってもつきまといそうだと心密かに気を引き締めた。

 そうなった時、姫を守るのは自分達になるだろうと。








管理人のひとりごと

忍人さんも風早のこと覚えちゃいませんからね、そりゃ本気でやられます(笑)
いや、覚えてても本気でやられるか(’’)(マテ
忍人さんと風早、どっちが強いのかな?って考えた時に管理人の中ではどっちともいえなかったので結果は引き分けです(’’)
こうして風早はもう皆さん公認で千尋ちゃんにべったりくっついていることを許されたわけです(爆)
ボーっとしててニコニコしててふわふわしてますが、けっこう頑固な風早さん。
一歩間違うとストーカーですね(’’)(マテ
まぁ、千尋ちゃんは幸せそうなのでそれでもOK!(コラ
この二人にはほんと、もうべったべたにあま〜い感じで幸せになってもらいたいのです!







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