
朝は確か晴れていた。
窓から外を眺めてとても綺麗に晴れ渡っていたのを覚えているからそれは確か。
それから政務に励んで、そして昼に軽く食事を取った時には曇っていた。
青空が晴れ渡っていた空は見事に雲って、辺りが薄暗くなっていたと思う。
午後からの仕事も詰まっていたからあまり気にしてはいなかったけれど、雨が降りそうだったかもしれない。
そして今。
夕食を終えてやっと一人くつろぐ時間を得た千尋は窓の外を眺めている。
窓の外は雨。
風はなくて静かにまっすぐ降り注ぐ雨はなんだか見ていても心地がいいほどだ。
さっきまでは夕食を共にしてくれていた風早が一緒だったけれど、少しゆっくりしたほうがいいと風早が気を利かせてくれて、千尋はやっと一人の時間を楽しんでいた。
本当は一人というよりは大好きな人と二人で過ごしたかったのだけれど、その人は何故か見つからなくて…
千尋はまだうっすらと陽の光が残る薄明るい曇天を眺めながら小さく溜め息をついた。
始めは敵味方に分かれていた人だから、こうして長く離れてしかも探しても見つからないとなるとどうしても不安になってしまう。
それが彼に対して失礼なことだと思ってはいるのだけれど…
千尋は探しても見つからなかった隻眼の恋人の姿を思い起こして再び溜め息をついた。
その時。
カタリと音がして部屋の扉が開いた。
はっと千尋が慌てて扉のほうを振り返る。
するとそこには部屋の小さな明かりに照らされて微笑む柊の姿があった。
「柊…。」
「私をお呼びだったと…。」
「うん、今日はこれからゆっくりできそうだったから一緒に夕食でもって思ったんだけど見つからなくて…。」
そう説明しながら千尋が後ろ手に扉を閉じた柊に歩み寄ると、柊は頭の先から爪先までずぶ濡れの状態だと気付いた。
髪の先に留まる雫が部屋の明かりでキラリと光る。
「申し訳ありませんでした。我が君のお召しとあれば、何よりもまず御前に…。」
「そんなことはいいの。柊濡れてるでしょう?」
「雨に、うたれましたので。」
そう言って微笑する柊はどこか妖艶にさえ見えて、千尋は顔を赤くしながら慌てて布を取り出した。
「め、珍しいね、柊が雨に濡れるなんて。」
「そう、でしょうか?」
「うん、柊ってほら、未来のことも色々知ってたり不思議な所があるから、雨がいつ降るとかもわかっちゃってそうだなって、なんとなく…。」
「我が君のおっしゃるとおりなら、私という存在もさぞかし便利なのでしょうが…。」
「そんなわけない、よね。」
クスッと微笑みながら千尋は柊の髪から滴る雨を拭った。
するとその手をすっと柊の指先に絡めとられて、あっという間に距離を詰められる。
「えっと……その…そんなに濡れてどこへ行ってたの?」
急に距離を詰められて慌てた千尋がとりあえずそう質問してみると、柊ははっと何かに気付いたような顔になって千尋の手を解放した。
「そうでした。実はこれを…。」
そう言いながら柊は懐へ手を入れると、大事そうに何かを取り出した。
興味深々で千尋が柊の手の中を覗き込むと、柊の手はすっと千尋の方へ差し出された。
「これを、我が君に。」
「これ…花?」
「はい、珍しい花でしたので是非我が君に。」
手渡されたのはとても小さな一輪の黒い花。
黒といってもどちらかというと濃い紫のような色合いだ。
小さな花は鈴のような形をしていて、とても可愛らしかった。
柊が珍しいというくらいだからもちろん千尋は見たことのない花だ。
色が黒に近いから華やかさは無いけれど、落ち着いていてとても静かで上品な花だった。
「凄く綺麗。かわいいし。」
「陽の光の如く神々しい我が君の前では色褪せてしまうでしょうが、わずかでも我が君の心をお慰めできればと。」
「私に見せるためにわざわざつみに行ってくれたの?雨の中を?」
「いえ、出た時は晴れていたのですが、帰りに降られまして。お見苦しい姿で参上することになりました。」
「見苦しくなんて無いよ。柊は濡れててもステキ。でも、風邪ひいたらたいへんだからしっかり拭いてね。」
心配そうに見上げてくる恋人を見下ろして柊はその顔に笑みを浮かべた。
それは裏表の無い純粋な笑顔。
ただひたすら愛しい人に案じてもらえた事を喜んでいる顔だった。
「柊?」
「いえ、このような身でも我が君に案じて頂けるのかと。」
「当たり前でしょう!柊は私の…。」
「私の、なんなのでしょうか?」
意地悪くそう尋ねて、柊はその顔を千尋へとより一層近づけた。
千尋は顔を真っ赤にしながらも必死に視線を反らすまいと頑張っている。
ここで視線を反らすとなんだか柊に負けたような気がするから。
「私は我が君のなんなのでしょうか?」
「……大事な、人。」
やっとの思いで千尋がそう言うと、優しく微笑む柊の手が千尋の頬を撫でた。
そのあまりの冷たさに千尋が体をびくりと震わせる。
「柊!凄く冷たいよ!」
捧げられた小さな花を手近な机の上に置くと、千尋は慌てて柊の手を両手で包み込んだ。
まるで氷で冷やされていたかのように冷たいその手は、まるで死人のもののようだった。
だから、千尋は慌てて柊の手を両手で包み込んでさすってしまった。
手の冷たさがなんだかとても恐ろしいことを連想させるから…
目の前に倒れる柊の姿さえ見えるような気がして、千尋は必死で柊の手をさする。
すると、柊はそんな千尋の手を自分の方へ引き寄せて、あっという間にその唇を自分の唇でふさいだ。
「柊!」
一瞬の口づけの後、千尋はすぐ怒ったように柊の名を呼んだ。
柊の顔にいつものようなどこか虚無的な笑みが浮かぶ。
「お気にめしませんでしたか。」
「そうじゃなくて!唇まですっかり冷えてる!指先だってこんなに…これじゃまるで……。」
「死人のよう、ですか?」
苦笑しながら柊がそういうと、千尋ははっと目を見開いて、次の瞬間、柊の体に思い切り抱きついた。
今度は柊が驚く番だ。
「我が、君?」
「柊はちゃんと生きてる、私が温めてあげる。」
「それは……。」
柊は一瞬何かためらってからそっと千尋の体を自分から引き剥がした。
その顔には楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「私はこのような有様です、このままでは我が君が濡れてしまいます。」
そっと囁かれた柊の声はとても優しくて暖かくて…
それは敵を非情に殲滅させていく策を披露する柊の声とはまるで別人のようだった。
そんな声に聞き惚れて、少しだけボーっとしてから千尋ははっと我に返った。
「それじゃぁ、ちゃんと着替えて!すぐに!」
「ここで、でしょうか?」
「へ?」
「すぐに、と、おっしゃいましたので。」
そう言って柊は千尋の手をまたその長い指で絡めとった。
手首を捕らえられて、隻眼で視線も縛られて、千尋が一瞬息を呑む。
「冗談です。」
「柊!」
耳元で囁かれて、千尋は顔を真っ赤にして柊の胸をたたいた。
もちろん、千尋がいくらたたいても柊がこたえている様子は無くて、捕らえられている手首を引かれると千尋の小さな体はそのまま柊の腕の中にすっぽりおさまってしまった。
「では、部屋へ戻って着替えてまいりますので、もう少しだけ…。」
「うん……着替えたら戻ってきてくれる?」
「我が君の、お望みのままに…。」
千尋は耳元で囁かれる声を聞きながら目を閉じた。
濡れるなんてそんなことどうだっていい。
今はしばらくこのまま会えないと思っていた恋人の腕の中にいることをただ感じていたかった。
管理人のひとりごと
天気予報とかできたらすっごく便利なのに、柊(’’)(マテ
ゲーム中、戦闘では使えなかったからなぁ(コラ
ちなみに作中に出てくる花は一応黒百合をイメージしてみました。
殿下が笹百合なら柊は黒百合(w
あんまり濡れてる柊を書けてない気がしますが、その辺は大目に見てください(’’;
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