
千尋はまるで戦いに行く前みたいに厳しい表情で歩いていた。
何故なら、千尋にとっては決戦といっていい状況に飛び込もうとしていたからだ。
風早に聞いても忍人に聞いても、もちろん道臣に聞いても答えは見つからなかった。
だからもう本人に聞くしかない。
同門の三人がわからないというのなら、柊本人に聞くしかないのだ。
誕生日に何がほしいのかを。
昨年は一悶着あった末に、柊に一日休日をあげて、そして一緒に過ごした。
そういう誕生日のプレゼントもいいけれど、もっとちゃんとプレゼントっぽいものを贈りたいという気持ちもある。
でも、柊に物欲があるとは到底思えなくて…
だから開き直って何がほしいか聞くことにしたのだ。
もちろん、最初から柊が素直に答えてくれるなんて思ってない。
決戦前みたいな顔をしているのはそのせいだ。
あの、花の間を飛び回る蝶みたいにヒラヒラしていて、言葉巧みに話題をそらしてしまう柊からそう簡単に本音が聞き出せるわけがない。
今回ばかりは絶対にはぐらかされたりするものか。
千尋はそんな思いで柊の部屋の前に立った。
今日は柊の誕生日当日。
といっても柊の誕生日は2月29日で今日は28日。
一日ずれているけれど29日では4年に一度しか祝えないからと千尋が決めた柊の誕生日が今日だ。
だから柊は千尋に誕生日のお休みを与えられて自分の部屋にいるはずだった。
どこかへふらふらと出かけてしまう前に柊を捕まえるべく、千尋は早起きをして、こうしてまだ朝といってもいい時間に柊の部屋の前に立った。
これなら絶対柊はまだ部屋にいる。
そう確信して扉をノックしようとしたその時、千尋の目の前の扉はすっと音もなく開いた。
「お待ちしておりました、我が君、むさくるしい場所ではございますが、どうぞお入りください。」
いきなり現われた柊に驚きながらも、竹簡だらけの部屋に千尋は足を踏み入れた。
「どうして私が来るってわかったの?」
「言うなといわれていたのですが、風早に我が君がおいでになるのでどこにも出かけずに待っているようにと凄まれました。」
「凄まれたんだ。」
「はい、ですので、この身は我が君をお待ちするにふさわしいとは思えませんでしたが、我が君がおいで下さるのを暗闇の中で夜明けを待つがごとくお待ちしておりました。」
「また柊ったら大げさ。でも待っててくれて有難う。」
「待つのはかまいませんが、いかがなさいましたか。」
「まず、柊、お誕生日おめでとう。」
「ああ、そういうことでしたか。」
「そういうこと。でね、柊に聞きたいことがあるの。」
「贈り物、でしょうか?」
「そう!今年こそちゃんとした贈り物を贈りたいの!だから、ちゃんと答えてね!何がほしいか。」
千尋は今度ばかりは絶対にはぐらかされたりしないとばかりに、両手を腰に当てて仁王立ちした。
答えるまでは絶対に動かない。
今年こそ恋人らしく柊の欲しいものをプレゼントする。
そう心に決めているのだから。
「そうですね、では、縛め(いましめ)を。」
「へ?」
「私を我が君の傍らへ繋ぎ止めて決して離さぬための縛めを与えてくださいますか?」
千尋に顔を近づけて言う柊の声は低く響いて艶があって…
思わず千尋はその声に聞き惚れてから、ハッと我に返った。
「うん!わかった!ちょっと待っててね!」
あっという間に千尋の顔には光がさして、柊が止める間もなくその小さな体は部屋の外へと駆け出していた。
呆気にとられるばかりの柊は、しばらくしてからクスッと笑みを漏らすと窓辺に腰掛けて部屋の扉をじっと見つめた。
花の間を飛び回る蝶のように華やかで愛らしい恋人が帰ってくるのを、そうして待ち続けると決めたのだった。
「持ってきてはみたけど…。」
数十分後。
千尋は手に縄を持って柊の下へ戻ってきた。
柊がきょとんとしたのはもちろんのこと、縄を持ってきた千尋本人も柊の前で小首を傾げた。
「我が君、その縄で私を縛めるおつもりですか?」
「そう、だって柊がそれがいいって言ったでしょう?」
と答えてはみたものの、千尋は縄を見つめて再び小首を傾げた。
こんなもので柊を縛ってどうなるというのだろう?
それにそれが本当に柊の望んだものだろうか?
「どうぞ。」
千尋が考え込んでいると、その前に柊が歩み寄った。
その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「どうぞって……。」
抵抗しないから縛っていい、そういうことだろうとわかってはいてもどうしても縛ることはできなくて…
千尋は柊を正面からじっと見つめた。
「柊、本当にこれが欲しいもの?」
「これでもかまいません。」
「かまいませんっていうことは、やっぱり私の勘違いなんだ。なんか変だと思った。で、本当は何がほしかったの?」
「ですから、縛めです。」
「でもこれは違うんでしょう?」
「物理的なという意味ではなく、我が君が私をつなぎとめてくだされば方法はどうでも。」
「どうでもって……ん〜。」
縄で縛るのはやっぱり違う。
でもならどうやったら柊をつなぎとめておけるかなんてわからない。
「降参、教えて。たとえば私はどうしたら柊をつなぎとめておけるの?」
柊はいつだって自由で、千尋なんか想像もつかないようなことを考えている。
どこにいるかわからないことなんてしょっちゅうで、そのたびに風早が探し回ってくれるのだ。
そんな柊なのに、自分のもとに引き止めておく方法なんて欠片ほども思いつかない。
「たとえば、でございますか。」
「うん、たとえばどうしたらいいの?」
「そうですね…では、口づけ、などはいかがでしょう?」
「はい?」
「我が君から忘れ得ぬ口づけを与えて頂ければ、私はきっと我が君のことを夜も昼も決して忘れることができなくなりましょう。」
「そ、それは…。」
千尋が真っ赤になって言い淀むと、柊はしかたがないというふうにわざとらしく溜め息をついた。
「では、違う方法に致しましょうか。」
「う、うん、そうして。」
「口づけがいけないとなりますと……我が君がお誘いくださるめくるめく一夜、でも私は一向にかまいませんが。」
「………柊っ!またからかってるでしょ!」
「いえ、決してからかってなど。」
低い声でそう言った柊は本当に真剣な顔をしていた。
それこそ本当に、今あげたどちらかの贈り物を得ることができなければ命も儚くなるといわんばかりの顔だ。
千尋は「うっ」と言葉につまって、しばらく柊のまっすぐな視線を受け止めて、それから一つ小さく息を吐いた。
「わかったわ。じゃぁ、その……口づけ、の方でいい?」
「我が君より頂けるのでしたらどちらでも。」
「じゃ、じゃあ、目、閉じてて。」
「おおせのままに。」
柊はゆっくりと隻眼の瞼を下ろした。
そうして口も目も閉じている柊を見ることはとても珍しくて、これは役得とばかりに千尋はまじまじと柊の顔を見つめた。
柔らかな髪に縁取られた顔は整っているのに、眼帯に覆われている片目が痛々しい。
それでももう片方の目はまつげも長くてとても落ち着いて見えた。
どんな時も冷静に自分を教え諭してくれる頼れる軍師。
でも、こうして目を閉じていると、自分のことをちゃんと信用してくれている恋人だと思えて千尋の口元には自然と笑みが浮かんだ。
大好きな人だから、やっぱり誕生日にはちゃんと望むものをプレゼントしたい。
千尋は覚悟を決めると柊に近づいて思い切り背伸びをした。
そうしないと届きそうになかったから。
そして、無防備に目をつむってくれている恋人の唇に一瞬、触れるだけの軽い口づけを贈った。
「はい!終わり!」
顔を真っ赤にして千尋がそう宣言すると柊の隻眼はゆっくりと開かれた。
そしてその顔には一瞬にして優しい笑みが浮かんだ。
柊のそんな顔は珍しくて、千尋が思わず見惚れていると、手から重みが消えてなくなった。
「柊?」
千尋の手に握られていた縄を柊は取り上げていた。
そしてそれを幸せそうに見つめる。
「こちらも頂けますでしょうか?」
「へ、別にいいけど…どうするの?そんなもの。」
「我が君が確かに私を縛めて下さった証に持っておこうと思います。」
「そ、そんなもの持ってなくたって離してなんかあげないんだからっ!」
慌てて千尋は柊に抱きつくと、その背に腕を回して柊の体を抱きしめた。
縄がないとどこかへ行ってしまうなんて冗談じゃない。
そんなことさせるものかとばかりにきつく抱きしめる。
「我が君、これはまた情熱的な…。」
「からかわないでっ!絶対離してあげないんだからっ!」
千尋が必死にそう叫べば、頭上からクスっと笑い声が聞こえた。
「柊?」
「誕生日というものは良いものですね。」
「喜んでもらえた?」
「はい。このように我が君に縛めて頂けるとは思ってもみませんでした。」
「絶対離してあげないんだから。」
「はい、これよりは未来永劫、我が君の側に。」
赤い顔で上を向いた千尋ほほを柊の髪がふわりと撫でて、そのまま唇がふさがれた。
縛めのお返しを縛めでされてるような気がしたけれど、千尋はそれでも幸せだった。
これで絶対に恋人と離れることはない、そう信じることができたから。
管理人のひとりごと
ということで柊さん、お誕生日おめでとうございました\(^o^)/
管理人の中では二番人気のはずの柊、しばらく更新してなかったなぁ(’’)
いじってると殿下の方が面白からな(マテ
今回はふらふらと時空を飛び越えてどこへでも行ってしまう柊をつなぎとめるお話。
実はそれを柊も望んでいるから、みたいな感じが伝わるといいんですが…
くっろーい柊とかも書いてみたい気がしますが、黒い話はあまり読者様のお目にかけたくないので…
読後感のいいものを目指すと黒柊は書きづらいです(’’)
でもまたそのうち柊も更新しまっす!
ブラウザを閉じてお戻りください