愛し君へ
「これでよしっ。」

 千尋は焼きあがったお菓子を手に一人うなずいた。

 柊はこちらの世界とあちらの世界を行ったりきたりしていたみたいだし、あれだけなんにでも詳しい人だからきっとバレンタインのことも知っているはず。

 だから、驚かせることはできないだろうけれど、せめて最高においしいお菓子を贈りたい。

 手作りでおいしいお菓子なら少しは柊も驚いてくれるかも。

 そんな期待をこめて千尋はできたての焼き菓子をかわいらしい木の器に入れた。

 見栄えもよし。

 千尋は器を手に部屋を飛び出した。

 渡す場所も本当は景色の綺麗なところが良かった気がするけれど、せっかくだからできたてを食べてもらいたい。

 そんなことを考えながらいそいそと足を動かす千尋は途中でにこやかに微笑む風早に出会った。

「ああ、千尋、ちょうどよかった。柊から伝言があるんです。」

「伝言?」

「部屋で待ってます、だそうですよ。」

「部屋って柊の?」

「はい。今日がバレンタインだと知ってるみたいだったので、たぶん期待して待っていますっていう意味でしょうね。」

「やっぱり知ってたんだ…。」

「ああ、それが出来たてのお菓子ですね、いいできですから柊も驚きはしないかもしれませんが、喜んではくれますよ。」

「うん!」

 風早の笑顔に送り出されて、千尋は柊の部屋へ向かった。

 きっと自分の部屋で待っていてくれるということは、二人きりでこのお菓子を受け取ってくれるつもりということだ。

 景色がいい場所というわけにはいかなかったけれど、周りに誰もいないところで渡せるのは嬉しい。

 千尋は満面の笑みで柊の部屋の前に立った。

「お待ちしておりました、我が君。」

 声をかける寸前に部屋の扉は開いて中から柊が現われた。

 穏やかな表情で出迎えた柊に誘われて部屋の中へ入るとすぐに、千尋はお菓子の入った器を差し出した。

「柊は知ってるって風早がいってたから、驚かないと思うけど、これ、私から柊に。」

「我が君がお作り下さったのですか?」

「うん!」

「有り難うございます。」

 丁寧に礼を言って静かに器ごと焼き菓子を受け取って、柊はすぐにその一つを口に入れた。

「どう?」

「口にしたことのない味ですが、おいしいです、もちろん。」

「本当?」

「お疑いですか?」

「よくできたとは思ってるけど、柊、こういうの好きかどうか知らなかったし…。」

「好きですよ。」

 低い声でつぶやくようにそう言われて、正面から隻眼に見つめられて…

 千尋はあっという間に顔を赤くすると、視線をキョロキョロとさまよわせた。

 まっすぐ柊を見つめていることなんてできなかったから。

 すると、そんな千尋の目に、机の上に置いてある大きな箱が目に入った。

「大きな箱…。」

「ああ、それは…。」

 柊はすぐに千尋が見つけた箱の方へと歩み寄ると、焼き菓子の入った器を机の上に置いて、箱の蓋を開けた。

「なに?それ。」

「これは…。」

 千尋がゆっくりと柊の方へ歩み寄ると、柊が箱の中身を持ち上げた。

「わぁ…。」

 箱から出てきたのは大きな花束だった。

 もちろん、この季節に花が咲き乱れているはずはない。

 柊が手にしているのはドライフラワーで作られた花の束だった。

「凄い…。」

「これは我が君に。本日の贈り物のお返しです。」

「うそ、私に?」

「はい、どうぞ。」

「でも、今日のお返しは…。」

「一月後のお返しはまた別に用意いたしますので。」

「そんな…。」

「せっかく風早に知恵を借りて夏から用意しておいたのです。お受け取り頂けませんか?」

 夏からといわれてはもう千尋に受け取らないという選択肢はありえない。

「有り難う、私、男の人に花束もらったの初めて。」

「お喜びいただけて何よりです。」

「うん、凄く嬉しい!」

 千尋は花束を受け取って満面の笑みを浮かべた。

 柊はその額に口づけを落とすと、そのまま千尋を抱きしめた。

 花束がかさりと音をたてて二人の距離を告げた。








管理人のひとりごと

バレンタイン企画、柊バージョンでした!
柊さんは先手必勝な感じで!
ということで、かっこよく花束贈呈です♪
あの人、最初に出会った時、こっちの世界にいましたからね。
バレンタインくらい知っとるだろうと。
それでなくても風早とかからうまく聞き出してそう(’’)
知っていたとなればお返しは絶対すると思ったので、こんな感じです。
一番花束が似合う気がしたんだもの、隻眼軍師(’’)











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