
「我が君のかんばせをそのように曇らせているのはいったいどのような事態なのでしょうか?」
柊は朝からずっと上の空で一向に読み進められることのない竹簡を手でもてあそんでいる千尋に小首を傾げた。
千尋くらいの年頃の女性なら夢見がちなのは致し方ないことと最初はそのままにしておいたのだが、昼も近くなったと言うのに千尋の意識はいまだ夢の中らしい。
王としての責任をきちんと果たしてきた千尋にはこれは珍しい事態だ。
そう思って柊がとうとう口を開けば、千尋ははっと正面から柊を見つめた。
「本当は……。」
いやいやといった様子で千尋はそれだけ言うと一度口を閉ざした。
その様子が余りに不自然なので、柊は手にしていた竹簡をとりあえず片付けて千尋の話に集中することにする。
これは少し長くなるかもしれない、それが柊の感想だ。
「我が君?」
そう柊が先を促せば、再びいやいやといった様子で千尋は口を開いた。
「本当はね、こういうことは本人に聞くと興ざめっていうかなんていうか…でもどうしても知りたいし、でもどうしていいかわからないし。」
「はぁ…私にお応えできることでしたらなんなりとお尋ね頂ければ…。」
「うん、あのね、柊。」
「はい、なんでしょうか、我が君。」
「柊のお誕生日はいつでプレゼントは何がいい?」
「は?」
柊はどんな悩みをうちあけられるのかと身構えていただけに、一瞬拍子抜けして呆けてしまった。
だが、千尋の顔はいたって真剣だ。
「忍人さんにはそんなもの知らんっていわれちゃったし、布都彦も知らないっていうし、風早にはきいてみたけど確か春になる前だったと思うっていうことしか覚えてないっていうし……春になる前ってもう少しでしょう?だからもうこれは本人に聞くしかないなぁと思ったの。」
「はぁ…。」
「よく考えてみたら情けないことに私、柊がほしがるものも全然思いつかないし。」
「情けないなどと、そのようなことはございません。実際、今の私には何も欲するものなどありはしませんから。」
「そうなの?」
「はい。我が君のお側にてこうしておつかえすることをお許しいただいておりますれば、これ以上の喜びはこざいませんから。」
「また柊はそんなこといってすぐごまかす。」
「ごまかしてなどはおりませんよ。」
本当にごまかしているつもりなどない。
柊にしてみれば本心から思っていることを口にしているのだが、どうやら主には全く信用してもらえないらしい。
これも普段の行いが悪い自分の自業自得かと柊が苦笑していると、千尋はぐっと机の上に身を乗り出して柊の方へとその愛らしい顔を寄せた。
「柊の生まれてきた日を一緒にお祝いしたいの!だから真面目に答えて!柊の誕生日、生まれた日はいつ?」
少し怒っているような表情でそう尋ねる千尋はやはりどこか愛嬌があって、柊は頬杖ついてじっくり千尋の顔を眺めた。
「柊!」
「ございません。」
「へ?」
「ですから、私の生まれた日はございません。」
「……。」
一瞬、二人の間を沈黙が満たした。
柊はその隻眼で愛しそうに千尋を見つめている。
対して千尋はすっと机の上から身を引くと、その顔を真っ赤に染め上げてきりりと柊をにらみつけた。
「私は本気で聞いてたのに、またそんなふうにからかって!」
「からかってなど…。」
「柊がこの世に生まれてきてくれたことが嬉しいから、本当に一緒にお祝いしたかったのに!もう知らない!」
千尋はひらりと衣の裾を翻し、柊に呼び止める間さえ与えずに部屋から飛び出した。
驚いた柊が思わず身を起こしたときには既にそこに千尋の姿はなく、ただ呆然とその場にたたずむしかなかった。
「で、なんで俺の大切な主はここで泣いてるんです?」
風早は自分の部屋へ戻るなり涙をぽろぽろと流している千尋を発見して目を丸くした。
今頃は柊と共に軽い昼食でもとっているだろうと思っていただけに、自分の部屋に千尋がいるとは思いもしなかったのだ。
しかもどうやらずいぶん長い間泣いていたらしい真っ赤な目をしている。
風早は困ったような苦笑を浮かべながら千尋の隣へ座った。
これは間違いなく柊と喧嘩でもしたのだ。
原因はおそらく柊の方にあるだろう。
それくらいのことは千尋とも柊とも付き合いの長い風早には一目瞭然だ。
「千尋?」
「柊が……からかうんだもの。」
「いつものことじゃないですか。」
「そうだけど、だって、私は本当に本気で柊の誕生日を一緒にお祝いしたかったのに、自分の誕生日はないなんていうんだもん。ひどいよ……。」
「ああ、まぁ、まんざらからかっていると言うか嘘ではないんですが…。」
「へ?」
「柊の誕生日、朝、千尋が聞いてくれたときに答えられなかったんで、気になって忍人に一緒に思い出してもらったんですよ。」
「それじゃぁ、思い出したの?」
「ええ、2月29日でした。変わっているなぁと思ったことだけは覚えてたんですよ。それで俺もひっかかって。だからないというのはまんざら嘘でもないんです。今年は2月が…。」
「28日までしかない。」
「そういうことです。まぁ、ないと言い切ってしまうのはどうかと思いますし、その辺は柊の悪戯心なんでしょうが、実際、今年は当日に祝うのは無理ですね。」
「そう、だったんだ…。」
「まぁ、言い方が悪かったんでしょう。信用されないのは柊の自業自得です。千尋が気に病む必要はありませんよ。」
「でも私、凄く大きな声で怒鳴りつけちゃった…。」
「ですから、柊の自業自得です。」
風早がそう言って千尋の頭をなでても千尋の表情は晴れない。
それどころかその顔はどんどん暗く沈んでいく。
「千尋、29日が誕生日だからって4年に1度しか祝ってはいけないということはありませんよ。」
「へ?」
「28日に祝ってあげたらどうですか?」
「あ、そっか…。」
「俺にできることがあればなんでも手伝いますから、だから機嫌を直してください。」
「でも、28日ってもうすぐ…。」
「できるだけのことをしましょう。」
「うん……ありがとう、風早。」
やっと千尋が微笑めば、風早の顔にも笑みが浮かんだ。
それにしても、千尋を泣かせるほどからかうとは、柊には一度きついお灸をすえてやらなくては。
そう心の中で誓う風早だった。
柊が風早に呼び出されたのは2月28日の朝だった。
千尋が執務室から飛び出して行ってから今日まで柊は一度も千尋の顔を見ていない。
側近の風早にそれとなく千尋の様子を尋ねたことはあったが、とにかく千尋はひどく怒っているとだけ告げられて取次ぎさえしてもらえない始末だった。
その風早の方からの呼び出しだ。
間違いなく何か進展があると柊は予想していたが、さて、ではどんな進展がありえるかと考えるとろくな考えが浮かばない。
先日あれだけ千尋を怒らせたこともあるし、見限られることはあってもまさか歩み寄ってはもらえまい。
どのようにして主の怒りをといたものかと思案しながら、柊は重い扉を開けた。
するとそこには…
「柊!お誕生日おめでとう!」
満面の笑みを浮かべた千尋の姿が…
柊は思わず口を半開きにして驚いたまま、凍り付いてしまった。
「こ、この前はごめんね、えっと、柊の誕生日が2月29日だって風早が教えてくれて、4年に1回しかお祝いができないなんて寂しいから、28日に私が祝ってあげたいなって思って準備したの。」
「……。」
「この前は私がかってに怒って大声出しちゃったし、そのお詫びもかねて……柊?まだ、怒ってる?」
「……いえ、その、少々驚きましたので…。」
「そんなに驚いた?」
「はい、我が君はとてもご立腹と風早から聞かされておりましたので…。」
「風早が?」
「はい。」
「風早が驚くだろうから黙っておこうって……。」
ここまで話をして二人は顔を見合わせた。
風早にしてやられた。
同時にそう気付いた二人の顔にはゆっくりと苦笑が浮かぶ。
「これは風早に一本とられました。」
「そうだね。」
「我が君にお許しを頂くためにはこの命をも差し出そうと思っておりました。」
「ちょっ、そんな物騒なこと考えないで!ほら、風早にちょっとだけ手伝ってもらっちゃったけどたくさん料理も用意したの。贈り物は何にしたらいいかわからなかったから、柊には今日一日お休みをあげるね。」
「休み、ですか?」
「そう、今日は一日私も柊も仕事はお休み。二人で一日ゆっくり過ごすの。柊はいつも何か考えていて忙しそうだから、お休みが贈り物、ダメ?」
「ダメだなどと、我が君が共に過ごしてくださるのならこれほどの贈り物はありません。」
そう言って柊はそっと千尋を抱き寄せた。
千尋の背後の机の上には手の込んだ料理がたくさん並んでいるが、今はそれどころではない。
「ひ、柊?料理、食べよう?」
「我が君のご命令とあらば。」
「め、命令なんてしないよ!」
「では、もう少々こうしていて頂けませんか?」
「珍しいね、柊がお願いなんて。」
「つい先ほどまでは失うかもしれないと思っていたお方ですので、愛しさもひとしおです。」
「う、失うとか考えないで!もう、物騒なんだから。」
そういいながら千尋は柊にギュッと抱きついた。
失うかもしれないなんて二度とそんなこと想像さえさせない。
そんな千尋の思いはその細い腕から柊の体へとしっかり伝わっていた。
管理人のひとりごと
ということで、柊のお誕生日短編でした♪
風早父さんが色々画策しているのは管理人の趣味です(’’)
柊はいつもひらひらと周囲を煙に巻いて歩いているので、いつか千尋ちゃんに怒られるぞぉっと思いまして(w
2月29日が誕生日の人って実際、毎年28日にお祝いしてるだろうなぁと管理人は想像しますが、実際どうなんでしょうね?
柊は千尋ちゃんに毎年ちゃんとお祝いしてもらえることにしました(w
何はともあれ、柊さん、お誕生日おめでとうでした(^−^)
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