
柊が千尋に呼び出されるのは珍しいことではない。
どちらかというと呼び出そうとして呼びに行った使いの者が柊を見つけることができたことの方が珍しいというべきだろう。
どちらにしろ、柊は珍しく千尋の呼び出しに応じて千尋の部屋へと向かっていた。
柊は軍師という立場上、より多くの情報を手にしている。
だから、本当に千尋が自分を必要とするであろう瞬間がわかるから、簡単に姿を消すし、もちろん千尋が柊を必要とする時にはどんなことがあろうとも呼ばれなくても駆けつける。
だが、今回は違う。
たまたま千尋が呼び出したいと思った時に、たまたま柊が自分の部屋にいたに過ぎない。
柊には今何故千尋に自分が呼び出されたのかがわからなかった。
柊の得ている情報では王となった千尋の政務は滞りなく、内政は道臣、軍事は忍人が補佐して進めているはずだ。
自分の出番はとうぶんなさそうだと思っていたのだが。
そんなことをつらつらと考えながら柊は千尋の部屋の前に立った。
「我が君、柊です。なにか……。」
「柊!よかった!みつかったのね!」
「はぁ…。」
最後まで言葉を紡ぐ前に目の前の扉は勢いよく開けられて、扉の向こうからは満面の笑みの主が顔を出した。
この主に未来を与えられ、思いを通わせてからもけっこうな時が流れた気がするが、こんなに輝く笑顔を見せてくれたことはそうはない。
柊は目を丸くしてその場に立ち尽くした。
「我が君にはそのように日輪のごとき…。」
「話は後!一緒に来て!」
日輪のごとき微笑でといおうとした途中で手を引かれて、柊は歩き出した。
千尋の足取りは軽やかで、何やらとても楽しそうだ。
「我が君、宜しければ愚かなこの身に何故そのように急いでおいでなのかお教え頂けませんでしょうか?」
「急がなくちゃいけないわけじゃないんだけど、私が早く見たいし、柊に早く見せたいの!」
「はぁ…。」
柊の主、千尋は以前から柊を戸惑わせることが多々あったが、既定伝承にはないこの世界ではそれが著しい。
千尋の行動は全くよめないことが増えてきて、そのたびに柊は翻弄される。
今までがそのようなことがほとんどない生き方だっただけに、新鮮だと言えば新鮮だが、柊にとっては戸惑うところではある。
軍師のプライドにかけてそれを表に出したりはしないが…
「これっ!これ見て!」
柊の手を引いて早足で歩くことしばし、宮の一画にある広間の窓辺に立って千尋は下を指差した。
そこには大きな木が。
「どこ、でしょうか?我が君。」
「あそこ、あの枝の根元のところ。」
手すりから必死に身を乗り出して指差す千尋の愛らしい指先を視線でたどって、柊はようやく千尋が見せたいと言っているものを見つけた。
木々の葉の間から見えるその枝の根元には、小さな鳥の巣があった。
そして巣の中には雛の姿が三つ。
「ね、かわいいでしょう?」
「なかなか元気な雛のようです。」
「そうなの。今朝早くにみつけたんだけど、親鳥がそれはもう一生懸命えさを運んでいるの。きっと大きくなって空へ羽ばたける日がくるわ。」
そう言って千尋はにっこり微笑んだ。
「どうしてもね、これを柊に見せたかったの。」
そんなことを言うのは、柊と共に世話をしながら死なせてしまった雛のことを想うから。
死なせてしまった雛は帰ってこないけれど、この雛達が巣立つのを見守ることはできる。
そう言いたいのかと気付いて柊も巣を凝視した。
「ねぇ、柊、これから毎朝、私と柊で交代でこの巣を見守ってあげない?あの雛みたいにえさをやったりする必要はないけれど、やっぱり無事に巣立つかどうか心配だし。ダメ?」
小首を傾げて見上げる主でもあり、恋人でもあるその人はとても愛らしくて、柊は隻眼を細めた。
「我が君のご命令とあらば。」
「命令じゃないよ、お願い。」
「御意。」
こうして二人は翌日から、交互に巣を見守ることになった。
柊はここ数週間の間、毎日のように千尋と顔をあわせていた。
時間にすればたいした長さではないのだが、とにかく交互に鳥の巣を見守り、お互いに巣がどうなっていたかを報告するものだから、結果として毎日顔を合わせることになるのだ。
それはそれ、柊も一人の男なので想いを通わせた女性に会えるのはもちろん心踊ることではあるのだが、千尋の方はそれどころではなかった。
毎日毎日、本の少しの時間でも待ちわびていたといわんばかりに嬉しそうな顔で柊と巣の話をするのだ。
キラキラと輝く碧い瞳が自分だけをまっすぐ見つめるのはやはり気持ちのいいもので、柊も律儀に千尋と交代で巣の様子を見守っている。
ところが…
今日は自分の番と張り切って柊はいつもの場所へやってきて目を大きく見開いた。
柊がいつものように窓辺から身を乗り出して木々の間にある鳥の巣を眺めれば、そこは空っぽで…
一瞬呆然と立ち尽くした柊はよくよく巣の中を眺めて口元をほころばせた。
巣の中には小鳥達が残していった古い羽根が何枚か散らばっている。
そう、雛はもうすっかり羽が生え変わって、もう親鳥とそう変わらない外見になっていたのだ。
巣立ちが近いとは思っていたが、今日がその日であったかと柊は悟ってその口元に笑みを浮かべたのだった。
そうして穏やかにたたずむことしばし、柊はあることに気付いて急に表情を曇らせた。
この巣を発見した千尋はきっと雛達の姿を見ることを楽しみにしていたはずだ。
巣立ってしまったと知ったらきっと寂しがることだろう。
そう思うと、柊の表情は暗く翳った。
それでも、もはや日課となっている報告をしないわけにはいかない。
柊は難しい顔をして歩き出した。
向かうは主であり、この国の王であり、恋人である女性の部屋。
最近ではあの巣の話をすれば千尋は必ず楽しそうに笑ってくれるとわかっていればこそ足取りも軽かったが、今はその足取りも重い。
柊は軽く顎に指を当てて考えながら千尋の部屋の前までやってきた。
すると…
「柊!今日は遅かったね!」
柊が声をかける前に扉が勢いよく開いてその向こうから千尋が顔を出した。
千尋の向こうでいつものようにニコニコと微笑んでいた風早は、早々に立ち上がり、何も言わずに柊と入れ違いで出て行く。
相変わらずよくできた従者だと苦笑しながらそんな風早を見送って、柊は後ろ手に扉を閉めた。
「今日はどうだったの?雛達は元気だった?」
「我が君……。」
「どうしたの?まさか、雛達に何かあったの?」
その花のような笑顔を急激に曇らせて千尋は必死に柊の顔をのぞきこむ。
柊は軽く首を横に振ると、その顔に苦笑を浮かべた。
「雛は、おりませんでした。」
その一言を柊はゆっくりと低い声で発した。
なるべくいつも通りに、何気ないふうに、そう努力して。
おそらく表情も変わらなかったと思う。
自分が取り乱してはいけない。
それでなくとも千尋は悲しむだろうから。
柊は千尋が悲しむであろうことを予想しながらも平静を装った。
「いないって……それは……。」
「襲われた形跡はございませんでした、おそらくは巣立ったのかと。」
静かに柊がそういうと千尋は大きく目を見開いた。
その目から涙がこぼれるのかと柊が覚悟したその時、千尋はニコリと微笑んだ。
「我が君?」
今度は柊が驚きで目を丸くする。
「そう、巣立ったのね!よかったぁ!」
そう言って千尋は嬉しそうに微笑んでいる。
その反応が意外で柊はしばらく呆然としてしまった。
「柊?どうしたの?」
「いえ、我が君は悲しまれるかと思っておりました。」
「へ?どうして?」
「雛がいなくなりましたので。」
「でも、だって、それはちゃんと大人になって巣立ったからでしょう?悲しいことなんてないじゃない。」
「我が君の前からいなくなったことに変わりはないかと…。」
「あるよ。死んでいなくなってしまうのと、ちゃんと大人になって巣立っていくのとでは大違い。大人になるのを見守ってたんだもの、ちゃんと巣立ってくれたら嬉しいに決まってる。そうでしょう?」
「……御意。」
やわらかく微笑む千尋を見つめて、柊もまた隻眼を細めた。
「でも、ちょっとだけ残念、かな。」
「やはり姿を見られないのは寂しいですか?」
「そうじゃなくて…。」
今まで雛鳥達の成長を喜んでいた千尋が急に表情を曇らせた。
この、神に逆らってでも未来を切り開いた柊の主は、よく表情をころころと変える。
そしてそのたびに柊は翻弄されてしまうのだ。
「雛が巣立っちゃったからもう毎日様子を見なくてもいいでしょう?」
「はい。」
「だとすると、ほら……今までみたいに毎日柊に会うこともなくなっちゃうかなと思って…。」
顔を赤くしてうつむいて千尋はぼそぼそとその言葉を口にした。
柊は一瞬目を丸くして、それからその口元をほころばせた。
「我が君、お忘れになっては困ります。」
「へ?何を?」
「私は我が君に忠誠を誓うもっとも忠実なるしもべにございます。毎日参上せよとお命じ下されば…。」
「命令って……そうじゃなくて……恋人からのお願い、毎日会いたいから会いに来て。」
「我が君…。」
「きいてくれる?」
「お望みのままに。」
真っ赤な顔で見つめられて、柊はクスッと笑みを漏らすと千尋の小さな体を抱きしめた。
管理人のひとりごと
あ、鳥の巣イベントいじってなかった、と思って一本(マテ
なんか糖度が下がった気がする(’’)(コラ
どこまでも前向きな千尋と、後ろ向きな柊って感じで書いてみました。
まぁ、これからは柊が千尋ちゃんにずるずる引きずられて前向きになることでしょう(笑)
ゲーム中では裏切り者だったりして微妙な立場の柊ですが、実はずっとずっと昔から千尋ちゃんのことを考えていたんだろうなぁと。
で、千尋ちゃんはそんな柊の予想以上に成長しちゃうんです(笑)
そんでもって、惚れ直しちゃうと、そんな感じだといいな(’’)
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