
千尋は目覚めてすぐに部屋を訪れた風早に髪を梳いてもらって、朝食をとって政務に向かった。
中つ国を治める王となってからは仕事が多くて、こんなふうに一日を始めることは多い。
風早は今でも千尋の世話をやくべく、誰よりも早くやってきていつものように穏やかな笑顔を見せてくれる。
次に顔を見ることになるのはだいたい道臣で、こちらは色々と政務の説明をしてくれるのだ。
他には忍人から報告を受けたり、布都彦から報告を受けたりもする。
少し疲れたといえば遠夜が癒しに来てくれたりもする。
中つ国を去ったアシュヴィンとサザキを除けば共に戦った仲間とは政務に追われていてもけっこう会えるのだが…
「千尋?どこか具合でも悪いんですか?」
「あ、ううん、ごめん、違うの、ちょっと考え事。」
ボーっとしていた千尋は風早の声ではっと我に返った。
政務が大事なのはよくわかっているのだけれど、どうしても集中できなくて…
「何か気になることがあるんですか?」
「気になるって言うか…。」
千尋は言いよどんでうつむいた。
気になるというのとは少し違う。
はっきり言ってしまえば寂しいのだ。
何故かといえば、誰よりも会いたい人に会えないでいるからだ。
「ここのところ忙しかったですからね。」
「だ、大丈夫、疲れてるとかそういうわけじゃないから。」
「わかってます。」
風早はそう言って苦笑を浮かべた。
「仕事を詰め込んでしまったから、ここ3日、柊の顔を見てないでしょう?」
「それは……うん……。」
否定しようとしてできなくて、千尋は顔を赤くしてうつむいた。
ずっと側にいて面倒を見てくれている風早には隠し事などできないらしい。
「ここからは俺より柊の方が役に立ちそうですし、呼びましょう。」
「へ、いいよ、そこまでしなくても…。」
「言ったでしょう?俺より柊の方が千尋の力になれそうですから。」
そう言って風早は千尋にはこれ以上抵抗させずに立ち上がると、官人を呼んで柊を呼び出すように言いつけた。
「さ、これでしばらくしたら柊が手伝いに来るでしょうから、もう少しだけ俺で我慢してください。」
「我慢なんてしてないよ。風早だってちゃんと色々頑張ってくれてるじゃない。」
「それとこれとは別ですから。」
そう言って優しく微笑む風早に真っ赤な顔でむくれて見せながらも千尋はどこか安心して政務を再開した。
もうすぐ柊に会える。
そう思っただけで千尋の心はすっと軽くなったのだった。
晴れ渡った空。
キラキラと射し込む木洩れ日。
緑の香りを含んで流れるゆるやかな風。
それらを身に受けながら柊は大きな木の下に座り、背を幹に預けて目を閉じていた。
中つ国の軍師柊は有能だと巷でも評判だが、その実力を発揮することはそうはない。
内政については道臣がその手腕を振るっているし、王佐は風早がしっかり勤めている。
軍事については忍人と布都彦、更に引退したとはいえまだまだ元気な岩長姫もいて王の周辺には優秀な人材が多い。
だから、軍師である柊が手腕を発揮するのはおおむね、小国との小競り合いが起きた時くらいのものだった。
そもそもが一度はこの中つ国を裏切ったことのある柊だ。
他の官人達によく思われていない、
自分が出て行けば揉め事が起こるとわかっているだけに、柊は自分から何かをかって出るようなことはしないことにしていた。
となると、軍師という立場があっても時間を持て余すことも多い。
自分一人の身であれば官人達を煙に巻いてやりたいことをやるのもいいが、自分の行動が逐一愛しい人の立場を悪くする可能性をはらんでいるとなるとそうもいかない。
だから、柊はこうして誰もいない静かな場所でゆっくり過ごすことが増えていた。
一人でゆっくりと木洩れ日の下で愛しい人を想って過ごすのだ。
それが今の柊の穏やかな一日の過ごし方になっていた。
ここ3日、その愛しい人に会えなくてもこうして木の下で目を閉じて脳裏に浮かぶ愛しい姿を想えばなんとか穏やかに過ごすことができるから…
今日も朝からこうして一人目を閉じてたたずんでいた。
そんな柊の耳に小さな足音が聞こえてきた。
普段は誰も寄り付かないようなこの場所にやってくる酔狂な人物。
しかも控えめで小さな足音。
柊にはその足音の主が誰なのかすぐにわかった。
それでも目を開けず、立ち上がって迎えることもしなかったのはちょっとした悪戯心がわいたからか、それとも目を開けてみればそこには誰もいなくて、足音が幻聴だと悟ることが恐ろしかったからか…
「柊?寝てるの?」
だが、すぐ隣まで近づいてきた足音が止むと、優しい声が降ってきて柊は足音が幻ではなかったことに内心ほっとした。
それでもまだ目を開けずにいれば、そっとすぐ側にその人が座る気配がして…
「もぅ、みんながあちこち探してくれたのに全然見つからないからどこにいるのかと思えば、こんなところで昼寝してるなんて…。」
少し怒っているようなむくれているような千尋の声を聞きながら柊は目を開けるタイミングを逸してそのまま狸寝入りを続ける。
「こんなところで一人で昼寝してるなんて……柊は余裕なんだから…………悪戯、しちゃおうかな。」
千尋が自分の顔をのぞきこんでいることが気配でわかりながら、柊はまだ目を開けられなかった。
この可愛らしい恋人がどんな悪戯をしてくれるのかに興味があったから。
「ん〜、顔に落書き……書くものないか…口に葉っぱをつっこんだりとか……これはすぐ起きちゃうよね…服はだけさせておこうかな………な、なんか違う気がする…。」
どんな悪戯をしようかとうんうん唸り始めた千尋の様子に、柊はとうとうクスッと笑みを漏らした。
「柊?!起きてるの?!」
「もともと眠ってはおりません、我が君。」
我慢ができなくなって柊が目を開けてみればそこには真っ赤な顔で目を見開いている千尋の愛らしい顔が…
「ひどい!じゃぁ、今までのずっと聞いてたんだ!」
「はい。我が君がどのように愛らしい悪戯をして下さるのかと期待していたのですが。」
「もぅっ!起きてるなら起きてるって早く言ってよっ!恥ずかしい…。」
千尋は頭から湯気を出さんばかりにテレて下を向いてしまった。
そんな様子も愛らしくて、柊の顔に笑みが浮かぶ。
「申し訳ありませんでした。あまりにも我が君が愛らしくておいででしたので。」
「そういう恥ずかしいことをさらっと言わないでよ…それでなくても恥ずかしいのに……でも、寝てないなら何してたの?こんな所で目を閉じて。」
「我が君を想っておりました。」
「へ?」
「我が君のお姿をこの脳裏に思い浮かべ、我が君のことを想っておりました。」
「……。」
サラリと言われたその言葉の意味を噛み砕いて、千尋は更に顔を真っ赤にした。
首まで赤くなってうつむく千尋を見つめながら、柊は手袋を外すと千尋の手をそっと両手で包み込んだ。
「我が君は私を探しておいでだったのですか?」
「へ。」
「いえ、先ほど探していたのに見つからなかったと…。」
「あ、ああ、うん、風早がね、今こなしてる政務の手伝いは自分より柊の方が私の力になるはずだって言って使いを出してくれたんだけど、誰も柊を見つけられなかったから…。」
「これは…申し訳ありませんでした。そのようなことになっていようとは…不肖の身故、行き届かず…。」
「ち、違うの、その…風早はそう言って気を使ってくれたんだけど、つまり…その…私が柊に会いたくなっちゃっただけだから…。」
「我が君…。」
また顔を赤くする千尋に嬉しそうに微笑んで見せる柊。
「柊気がついてる?もう3日も会ってなかったの。だから、私は柊に凄く会いたかったの。それなのに柊ったらこんなところで余裕でいるから…。」
「余裕?」
突然、千尋の手を握る柊の手に力がこめられた。
急のことで千尋が小首を傾げて柊の顔を見上げる。
そこにはいつの間にやら真剣な眼差しの柊の顔があった。
「柊?」
「余裕などありはしません。」
今までにない低い声で柊の口から紡がれたのはその一言。
そう、余裕などありはしない。
今までは、既定伝承に基づく未来が見えた。
何が起こるかだいたいは予想がついたし、何が起きてどうなるかがわかっているだけにある程度あきらめもあった。
だが、今は違う。
目の前の愛しい人の力によって切り開かれた未来は柊にとっては未知の世界だ。
それだけに何が起こるかわからないし、自分がどうすればいいのかわからないこともある。
努力すれば未来は変えられるのだと思えばあきらめることもできない。
だから、今の柊には余裕などないのだ。
「嘘、柊はいつだって余裕じゃない。今だってこうして一人で穏やかに過ごしてるし…柊に会えないからって落ち着かなくなっちゃう私とは大違い。なんだか悔しいくらい。」
「穏やかだなどと…落ち着かないのは私も同じです。」
「どこが?」
「宮の中にいればすぐにでも我が君に会いに行きたくなる衝動を押さえられません。官人達の間にあっては我が君のことを話す官人達の言葉一つ一つが気になってしかたがなく、我が君を悪く言う者があればその場で命をもとってしまいそうです。」
「ひ、柊!」
命をとるといわれて焦った千尋が慌ててわたわたしていると、すっと柊の顔がすぐ近くまで寄せられた。
「ですから、こうして一人きりになれるところで、我が君から遠く離れた場所で我が君の姿を思い浮かべながらじっと耐えておりました。」
そう言って至近距離で目を細められて…
千尋は想像もしなかった柊の告白が嬉しくて、柊の髪に指を通すとニコリと微笑んで見せた。
「なんだかちょっと嬉しい。柊がそんなふうに言ってくれるの。」
「我が君が思って下さっているほど大きな男ではないと失望なさったでしょう。」
「まさか。」
いつも冷静な人だから、そんなふうに自分のことで取り乱してくれるのなら少しだけ嬉しい。
そう思って千尋が笑みを深くすれば、柊の顔がすっと近づいて…
柊の整った唇が千尋の唇を掠めて離れた。
「お叱りはいかようにも。」
「し、叱らないからっ。」
顔を真っ赤にしながらも自分の行為を受け入れてくれた人が愛しくて、柊はそっと千尋を抱き寄せる。
「ねぇ柊。」
「はい、なんでございましょう?我が君。」
「これからはそんなふうに私に会いたいって思ってくれるなら、会いに来て?」
「それは…。」
「柊は周りの目を気にしてくれてるんだろうけど、そんなの気にしなくていいから。風早だって呼んでもいいって言ってくれてるし、それにちゃんとお仕事手伝ってもらうから。」
「……そう、ですね。軍師というお役目も頂いていることですし、少しはお役に立つべきかもしれません。不肖のこの身なれど、輝く陽の光の糧となれるならば本望。」
「陽の光の糧?」
「我が君はこの空から世界を照らす陽の如く輝いた美しいお方故、この身はその陽が輝き続けるための糧となれればと。」
「また柊はそういう恥ずかしいことを……。」
「我が君?」
千尋が途中で言葉を切ったのが気になって柊がその小さな体を抱く腕の力を緩めてみれば、千尋は柊をきりっと見上げた。
「私がもし陽の光なら、私は柊を糧にして光りたくなんかないよ。柊も照らしてあげたいの。」
「我が君…。」
「も、もし、陽の光ならって話ねっ!もしもねっ!」
「はい、我が君。」
自分の言ったことが急に恥ずかしくなって顔を真っ赤にする千尋を再び腕の中に閉じ込めて、柊はその顔に穏やかな笑みを浮かべた。
この恋人は陽の光に違いない。
恋人であり、主であり、自分に未来を与えた女神である人。
自分にとっては暗闇しか広がらない世界に差し込んだ一筋の光明なのだ。
それを口に出して言えばまた恥ずかしいことを言うなと咎められるから口にはしない。
だが、その想いは小さな体を抱きしめた腕にこめて、柊はただぬくもりだけで伝えるのだった。
管理人のひとりごと
柊はとにかくゲーム中は他人を煙に巻く感じでつかみ所がなくて、いつも余裕っていう感じが管理人はしてたので(’’)
でも、千尋ちゃんのこととなるとそんな余裕なんかふっとんでしまうのよっていうお話です。
またもや風早父さんが出ているのは管理人の趣味です(’’)
風早と柊はいい友人のようでしたしね、気を使い合える仲だといいなと。
どちらかというと一方的に風早が色々面倒見そうですが(笑)
あの麒麟、面倒見よさそうだから(マテ
柊に負けまいとちょっとくさいセリフを言ってみたら自爆した千尋ちゃんにも注目(爆)
風千は風早が押せ押せだけど、この二人はお互いに押したり引いたりしてるといい。
そんなふうに思っています(’’)
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