
千尋はぼーっと窓から外を眺めていた。
中つ国の王として毎日忙しくしている千尋だが、なんとかやっと丸一日の休みをもらうことができた。
王にも休みは必要だと強く主張してくれた風早と道臣のおかげだ。
その風早と道臣は千尋の休みを確保するために今も政務の代行に励んでくれている。
それなのに…
外は土砂降りの雨。
これじゃぁ散歩もできやしない。
散歩をしようと思っていたわけじゃないけれど、せっかくの休みに土砂降りの雨はあまり気分のいいものじゃなかった。
「あ〜あ。」
一人で雨音しかしない部屋にいると本当に滅入ってしまう。
せっかく風早と道臣がくれた休みをどうしようか。
そう考えて窓辺に肘をついて考え込んでいると、扉がノックされた。
風早は仕事を代行してくれているはず。
今日は誰に会う予定もない。
千尋は小首を傾げながら扉に近づくと、あっさり扉を開けた。
そこに立っていたのは…
「我が君…そのように無防備に扉をお開きになってはいけません…どのような賊が入り込むか……。」
「柊?」
「はい。」
「どうして柊がここにいるの?」
「風早が、我が君が退屈しておいでだろうからと。我が君には私のような者は不要でしたでしょうか?」
「ち、違うのっ!呼んでなかったからびっくりしただけ…これから探しに行こうかなと思ってたし…。」
急に現れた恋人に千尋はおろおろしてしまう。
自分の方から会いに行かなければ絶対に会いに来てくれるとは思っていなかったから。
「あ、ごめんね、入って。」
「はい、では、失礼致します。」
慌てて柊を中へ入れて扉を閉めて、千尋はほっと安堵の溜め息をついた。
中へ入った柊はというとすぐに窓辺へ移動して外を眺める。
「これはしばらく止みそうにありませんね。」
「でしょう?柊と散歩に行こうかなとか考えてはいたんだけど無理そうで…どうしようかなって思ってたところなの…せっかく風早達がお休みくれたのに…。」
そう言ってしょげる千尋。
柊はそっと顎に手を当てて何かを考え込んだかと思うと、千尋のすぐ側へその身を寄せてその隻眼で千尋を捕らえた。
「柊?」
「外へ出られずともこの不肖の身で宜しければお側に。」
「ももも、もちろん!柊と一緒にいられるなら嬉しいよ。」
胸に手を当てて華麗に一礼する柊があんまり綺麗でサマになっていて、千尋は思わず顔色を赤くする。
柊はよくこうして千尋に礼をするけれど、他の仲間はあまりやらないし、柊はあまりにもサマになっているからドキドキしてしまうのをまだ千尋は止められない。
そしてそんな千尋を柊はいとおしそうに見つめるのだ。
「雨が降っておりますので…。」
「うん、だからどこへも行けないし、どうしよう…。」
「雨のおかげで私はここへ参上することができたのですが…。」
「へ?どうして?」
「普段であれば人の目がうるさいところですが本日は雨ですので皆、己の住まいにこもっているようで、必要最低限の人間しか宮に出てきていません。おかげで、私のような不埒者もこうして王のお部屋へこっそり忍んで入ることができるということです。」
「ししし、忍んでって……。」
その言葉の響きがなんだかとっても大人な気がして、千尋は顔を真っ赤にして少し柊から距離をとった。
「私は確かに我が君に比べれば世の芥のごとき愚にもつかぬ身ではありますが、いくら愚か者の私でも我が君に対して昼日中から不埒な真似に及んだりは致しません。」
「ふふふ、不埒って……そんなこと思ってないよ…。」
「ではこの、手を伸ばせば届くようでまるでこの地と月ほどもあるように思える我が君との距離はなんなのでしょう?」
「ええっと…それは……手を伸ばせば届く距離、普通に。」
そう言って千尋は引きつった笑みを浮かべた。
柊のことは大好きだし、一緒にいられるのはとても嬉しいのだけれど、でも、いつも全部を見せてくれているわけじゃないような気がする柊にはどこか恐いと思わせる雰囲気もあって…
そんな千尋の気持ちを知って知らずか柊は一歩千尋との距離を縮めると、千尋の手を優しくすくい上げた。
「ひ、柊?」
「手を伸ばせば届く距離、確かに。」
そう言って柊はふっと微笑んで千尋の手の甲に口づけた。
「ちょっ、柊!」
「ご挨拶です。お怒りですか?我が君。」
静かな声音でそういわれては怒っているなんていえなくて…
もともと怒っているわけでもなくて…
千尋はただ自分の手を握る柊の手を見つめた。
するとそこにはいつものことなのだけれど、柊の手袋をつけた手があった。
キュッと握ってみるとやっぱりそこには手袋の感触が…
千尋は長身の恋人の顔を悲しげに見上げた。
「我が君?どうかなさいましたか?夏空のような我が君の微笑が翳ってしまわれました。」
「柊はいつもその手袋をしてるんだね。」
「はい、お気に障りましたか?」
「気に障ったっていうか…寂しいなぁと思って。」
「寂しい、ですか?」
「うん。だって、一度も柊の本当の手に触ったことないなと思って。」
「我が君…。」
悲しそうに自分の手を見つめる主君に柊は苦笑した。
この一国をあずかる聡明な王はその一方でこんなふうに自分のような臣下のことを気遣ってくれる。
だからこそ、この主にこんな顔をさせたくはない。
柊はもう一度千尋の手の甲に口づけてからその手を解放した。
「柊?」
手を解放されたことが少しだけ寂しくて、柊が何をする気なのかも気になって千尋は寂しそうな顔をしたまま小首を傾げる。
そんな千尋によく見えるように手を持ち上げて、柊はその手袋をするりとはずした。
「あ…。」
手袋を懐へしまって柊は再び千尋の手をとる。
すると千尋の手には柊のぬくもりが直接伝わって…
千尋はなんだか一度にとても安心した。
「これで宜しいでしょうか?」
「うん、有難う。柊の手、とってもあったかい。」
そう言われて驚いたのは柊の方だった。
今まで自分の手が暖かいかどうかなど気にしたこともなかった。
だが、どうやら今は大切な人の手を温める力を自分の手は持っているらしいとわかって、心のどこかでほっとしている。
柊は千尋の手を優しく両手で包み込んだ。
「柊って。」
「はい。」
「凄くやわらかい感じがするから、もっと手もやわらかいのかと思った。」
「やわらかい、ですか?」
「うん、そう。風早もそういう感じがするけど、ああ見えて風早は武官だし、忍人さんとか布都彦もいつも武器を握ってるっていうイメージがあるからかたい感じがするの。でも、柊は文官っていうイメージだったから、ああ、だから戦いが弱いとか思ってたんじゃなくてね、雰囲気がやわらかい感じがしてたの。髪もやわらかかったし。」
そう言って千尋はにっこり微笑んで見せる。
「でも、やっぱり男の人だね。手は大きいし、けっこうごつごつしてた。」
「これは…手袋は外さない方がよかったでしょうか?」
「まさか!こっちの方があったかくて凄く気持ちいいよ。ただ、予想してたのとちょっと違ったなって思っただけ。」
そう言って千尋は柊の手を自分の方へ引き寄せると優しく胸に抱いた。
「手袋つけてないと不便?」
「戦闘時以外はさほどでもありませんが…。」
「戦っている時は手袋してた方がいいの?」
「私が使う武器が…ああ、峨嵋刺(がびし)といいますが、あれは手袋があった方が使い勝手がいいもので。」
「ああ、なるほど。じゃぁ、戦っていない時というか…私と二人でいる時は手袋を外してほしいの、ダメ?」
愛らしく見上げてお願いされては柊に抵抗できるはずもない。
柊はその顔に穏やかな微笑を浮かべて千尋の手を引き寄せるとまたその手の甲に軽く口づけた。
「御意。」
「ありがと。」
「そんなに気になりましたか?手袋は。」
「手袋が気になるんじゃなくて、こうしていつもあったかい柊の手に触れていられる方がいいなぁと思ったの。」
「それはまた…。」
幸せそうに微笑む千尋を目にしてしまっては柊も黙ってはいられない。
目の前にいる人は主君ではあるが、それ以上に愛しい大切な女性でもある。
柊は自分が意識しないうちに千尋の手を強く引いて、よろけた千尋の体を腕の中に閉じ込めた。
「ひ、柊?」
「この手の暖かさを好いて下さっている、そう感じましたので。」
千尋の耳元でそう囁いて、柊は手袋を外した手でその髪をなでた。
そしてその手は次に千尋の背中を優しくさすり、そのまま手の甲で千尋の頬をなでた。
「ちょっと、柊?」
真っ赤な顔をした千尋の顎に指をかけてその顔を上向かせると、柊はにこりと微笑む。
その顔があんまり幸せそうで綺麗で、千尋はただぼーっと見惚れた。
「申し訳ありません。不埒な真似はしないと、先ほど申し上げたのですが…。」
「へ?」
千尋が小首を傾げている間に柊の顔がすっと近づいて、あっという間に千尋の唇をやわらかい感触が掠めてすぐに離れた。
何をされたのか千尋が理解するまでには数秒。
「ひ、ひひひ、柊っ!」
「これは…お嫌でしたか?」
「…………い、嫌じゃないけど…。」
悲しそうに柊に問われては千尋も嫌だったとはいえない。
もちろん嫌だったわけでもない。
でも、どうしても恥ずかしくて千尋は顔を真赤にしたままうつむいた。
すると、それを察してか柊は千尋をそのまま優しく抱きしめる。
「申し訳ありません、我が君が風に揺れる小花の如く可憐で儚く……愛しく思えましたのでつい。お怒りはいくらでも…。」
「…怒ってないってば…。」
やっとの思いで千尋がそうつぶやくと、柊の手袋を外した手はまた千尋の髪を優しくなでてくれた。
掠めるようなキスは感触さえあまり覚えていないけれど、こうしてなでてくれる柊の手はとても暖かくて優しくて…
千尋はうっとりと目を閉じる。
聞こえるのはただ雨音だけ。
雨が降っていても、大好きな人とこんなふうに幸せな時間が過ごせるなら雨もいいかもしれない。
千尋はそう思いながら柊の暖かい手を感じていた。
そして柊は…
何故急に自分はあんな行動をとってしまったのかと、思いもかけない自分の中の情熱に驚きながら、ある人物の顔を思い浮かべて苦笑した。
その人物とは、姫命の従者、風早だ。
主のことを思って自分をここへと送り込んでくれたその従者の顔を思い浮かべるともう柊には苦笑しかできない。
もし風早に今の所業が知れたら、かなりの確率で恐ろしい微笑を向けられ、しばらく口をきいてはもらえないだろう。
そう心の中で想像しながら、それでも柊は千尋を手放すことはできなかった。
どんなに風早に恨まれようと、どんなに世間から疎まれようと、もうこの人を手放すことなどできはしない。
柊は手袋を外した手で千尋を感じながら、そう実感していた。
管理人のひとりごと
そんなつもりはなかったんです!(爆)
柊さんが勝手に千尋ちゃんの唇を!(マテ
という感じで完成しました(’’)
管理人も予想外な柊さんの大胆さです(コラ
本当はただ、柊の手ってステキだねっていう話を書く、はずだったんだけどなぁ…
でもまぁ、柊は他のキャラに比べると甘くなりがちな管理人なので、早いうちにこの日が来るだろうとは思ってました(’’)
風早さんの次に甘くなりがちです…
お嫁さんにする日も遠くないな(’’)(マテ
プラウザを閉じてお戻りください