
柊は千尋に手を引かれて歩いている。
というのも、いきなり千尋が手をつないで散歩をしたいと言い出したからだ。
千尋の王としての仕事ぶりは誰もが認めるところで、だからたまにはこうして王のわがままは聞きれられて、なんとか柊と二人きりの時間も作れるようになっていた。
もちろん、それには側近の風早を始めとした仲間達の助力のおかげもある。
まだまだ柊に厳しい目を向ける者がある中でも、二人はなんとか仲間達に見守られて二人きりの時間を楽しんでいた。
「我が君、何故、突然にこのようなそぞろ歩きを思いつかれたのかお教え頂けませんか?」
事情を聞いてすぐに柊が承諾して以来、ずっと千尋に引かれている右手を見つめながら柊はそう尋ねてみた。
千尋が柊のもとへ駆けてきて告げたのは「手をつないで散歩をしたい」ということだけ。
あまりにも必死な瞳で言われたので柊はかまわない旨を即答したのだ。
だが、その理由は聞いていない。
「柊はいや?私とこうして手をつないで歩くのは。」
「いえ、まさか。我が君に手を引いて歩いて頂けるなど、この身には分不相応な幸福と思っております。」
「じゃぁ、一緒に歩いて!」
一度立ち止まって振り返った千尋はとても真剣な顔でそう言って、また柊の手を引いて歩きだす。
柊はそんな千尋に違和感を覚えながらついていくしかなかった。
千尋が柊の姿を求めて駆け込んだのは橿原宮にある書庫だった。
手をつないでそこを出て、千尋は今、出口へ向かって早足で歩いている。
何人かの官人達が王の姿を認めて行き過ぎる際に一礼するのだが、その顔には驚きか嫌悪の表情が見て取れる。
それは、明らかに王が柊の手を引いているからであることがわかるだけに、柊の顔には苦笑が浮かんだ。
千尋はそんな官人達を無視して歩き続ける。
もちろん柊はそんな千尋に従って歩き続け、二人は黙ってはいるが不機嫌そうな官人達に見送られること数十回を経てやっと外へ出ることができた。
「はぁ。」
外へ出たとたんに千尋が深い溜め息をついて足を止めた。
柊が苦笑しながらそんな千尋の隣に立つ。
外はとても綺麗に晴れていて心地がいい。
この分だと主との二人の散歩は満ち足りたものになるだろう。
そう思って柊がその顔に微笑を浮かべて隣を見れば、千尋は少しも楽しそうではなくて…
柊は小首を傾げて千尋の横顔を見つめた。
「我が君?どうかなさいましたか?本日の我が君はまるで春の霞のかかった花の如く…。」
「なんでもないの、柊と手をつないで歩きたいだけ…。」
そう言って千尋は柊とつないでいる手をきゅっと強く握った。
柊は優しく千尋の手を握り返しながら考えた。
何故、急に手をつないで歩きたいなどとこの主が言い出したのか?
しかも、書庫からここまでずっと手をつないだままだ。
そして、今も千尋はつないだ手を離すつもりはないらしい。
これは主に何かあったのかと柊は考え込んだ。
「さ、柊、ちょっと忍坂くらいまで歩こう。」
千尋はそう言って柊に微笑んで見せて歩みを再開した。
だが、その千尋の笑顔に力はない。
もちろん、柊に逆らう理由はなくて、そのまま千尋に手を引かれて歩き出す。
だが、柊の頭の中はどうして千尋がこんなことをしたいと言い出したのか?
そして、千尋の望む通りにしているというのに、何故千尋は幸せそうではないのか。
そんなことばかりが占めていた。
自分に既定伝承にはない新たな未来を与えてくれた主。
自分はその主の軍師であり腹心だ。
そして自分のことを愛しいといってくれたこの女性の恋人でもある。
自分の持てる全ての知識と力をもって目の前のこの主であり恋人でもある女性の苦悩を取り払いたい。
それだけが今の柊の切なる願いだ。
柊は歩きながら主の背中と周囲の様子とを交互に見つめた。
一つは主に危害を加えるような者が近づくことを許さぬための警戒、一つは自分達に周囲がどのような目を向けるかを確認するためだ。
すると、柊は一つの事実に気づいた。
今までも気づいてはいたのだが、官人達はおろか、行き交う全ての人々が自分達に礼をしながらもその顔には不機嫌そうだったり、あきれたような表情を浮かべている。
もとは中つ国を裏切った自分だ。
そういった目で見られることには慣れているが、同じような目を主にも向けられたとあっては黙ってはいられない。
柊ははたと足を止めた。
「柊?」
急に柊が立ち止まったので千尋が慌てて振り返った。
「疲れた?忍坂、すぐそこだよ?」
「いえ、疲れたわけではありません。」
そう言って微笑んで、柊はそっと優しく自分の手を握っている千尋の手をほどいた。
「さぁ、参りましょう。」
こうしてつなぐ手をほどけば、少しは周囲の目もうるさくはなくなるだろう。
そうすれば主に非難の目をむけられることも減るはずだ。
というのが柊の判断だったのだが…
「今日は手をつないで歩いてほしいの!」
はっきり千尋にそう断言されて、柊の手はまた千尋に引かれることになった。
柊はその顔に苦笑を浮かべてとりあえずは忍坂へ到着するまで千尋に従うことにした。
なんといってもこの主の望みをかなえることは自分の一番の望みだったから。
だが、帰りはそうはいかない。
このまま手をつないで帰ってはまた千尋がいらぬ非難をされる。
忍坂に到着してやっと一息ついて、柊はまた千尋の手を優しくほどくと口を開いた。
「我が君、風凪ぐ穏やかな午後のそぞろ歩きはご満足頂けましたでしょうか?」
「え、うん…。」
「それは何より。では、ここで少々休んで、宮へ戻りましょう。」
「うん、そうだね。」
そう言って千尋は再び柊の手をとろうとして、それをやんわり避けられた。
視線を上げれば柊の顔には苦笑が浮かんでいる。
「柊?」
「我が君、申し訳ありませんが、帰りは御手をおとりするわけには…。」
「どうして?私は柊と手をつないで歩きたいの。」
「聡明なる我が君にはおわかりでしょう。」
柊はそうとだけ言って苦笑を浮かべて見せる。
自分と歩けばどんな目を向けられるか、それはこの聡明な主にはじゅうぶんわかっているはずだから。
だから柊はよけいなことは言わなかった。
何も言わなくてもこの主ならばわかってくれるはずだった。
はずだったのだが…
「私はね、柊、一緒に手をつないで歩きたいの。一緒に手をつないで歩いているところをみんなに見てほしいの。柊はそういうことすると周りがうるさいだろうからっていっつも一歩ひいてるでしょ?なるべく私と一緒にいるところを誰にも見られないようにしてくれてる。
それは、私が誰かに責められたりしないようにっていう柊の気遣いだってわかってるんだけど…でも、私は柊と二人でいることをみんなに認めてほしいの。だから、これからは手をつないで一緒に歩くことにしたの。だから……帰りも手をつないで。」
まっすぐな碧い瞳。
その輝きに柊は目を細めた。
碧い瞳から放たれる強い輝きはまっすぐでまぶしくて。
そんな瞳に射抜かれながら考えること数秒。
柊はふっとその顔に微笑を浮かべた。
「参りました。やはりさすがは我が君、私のような者の考えなど全てお見通しでいらっしゃる。そして私のような者にはとうていできようもないことをするとおっしゃる。」
「柊…。」
「我が君は私と共に歩むことを皆に示したいとおっしゃるのですね?」
柊の言葉に千尋はゆっくりと深く、そして力強くうなずいた。
その姿を見つめて、柊は一度深呼吸をするといきなり千尋を横抱きに抱き上げた。
「え?何?柊?」
「我が君がそこまでおっしゃるのでしたら、不肖のこの身は我が君のお考えに従うまで。」
そう言って柊はゆっくり歩き出す。
「お、下ろしてよ、自分で歩けるし、手をつないで歩いてほしいっていうだけで…。」
「いえ、私が我が君と一生を共に歩むことを皆に知らしめるためにはこれくらいの方が宜しいかと。」
「ええええーっ、それってこのまま宮まで帰るって、こと?」
「御意。我が君にはこの愚かで哀れな男にさらわれて頂きたく。」
「さ、さらわれるって……もぅ…。」
悲壮なことを言っている割には柊の顔には楽しそうな笑顔が浮かんでいて、千尋はほっと溜め息をつきながら観念した。
これはもう柊は絶対に下ろしてくれる気はないようだし、柊の言う通りこのまま抱いて歩いてもらった方がそれこそ周りのみんなにもう何も言わせないくらいの効果があるのかもしれない。
「わかった、さらわれてあげる。」
覚悟を決めた千尋はそう言って優しく柊の首に抱きついた。
「我が君…まったく、あなたには本当にかないません。」
そう言って幸せそうに微笑んで、柊はゆっくりと歩みを進める。
両腕には愛しい人のぬくもり。
目指すのは平和な橿原宮。
そして今自分が在るのはみたことのない幸せな歴史の中。
柊の顔には穏やかな笑みが絶えなかった。
管理人のひとりごと
柊は口が上手で上手く言いくるめたり口説いたりが上手いように見えますが、実は本当の自分は一歩引いてるみたいな感じがします。
でもそれは未来が見えてしまっていることや、過去の一ノ姫達の事件があったから。
なので、既定伝承とは違った未来を歩む柊はもう少し幸せで楽しくやってもらってもいいかなと(’’)
そして、何かというと色々考え込んでしまう柊よりも千尋ちゃんの方が積極的かなと(w
意外と柊は千尋ちゃんにリードされるような気がします(w
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