言葉じゃなくて
 柊は一人、木の根元に座り、その背を大木の幹に預けて竹簡を開いていた。

 それは道臣が不穏な気配がするのが気になると言って渡してくれた竹簡で、どうやら中つ国を狙っている輩があるらしいという報告書だった。

 政の補佐はだいたい道臣が一手に引き受けている。

 それでも手に余りそうなことがあればそれが必ず柊のもとへ回ってきた。

 普段はあまり表立っては政に携わることを避けている柊だが、道臣ほど優秀な文官の手に余る事態となればもちろんこの国のために粉骨砕身する用意はある。

 だから柊はそのような重要な知らせが入った時は、一人でじっくりその情報に目を通す。

 道臣はどんなささいなことも適当に流すような人間ではない。

 だから今回もおそらく心配して柊にまわしてきたのだろうが、知らせはそんなに大きなものではなかった。

 柊がたいしたことはなかったかと安堵の溜め息をつき、竹簡を片付けたちょうどその時、近づいてくる気配を感じた。

「我が君…。」

 気配の方を見てみれば、陽の光に金の髪をキラキラと輝かせて千尋が歩いてくるのが見えた。

 柊はその顔に穏やかな微笑を浮かべながら立ち上がり、千尋の方へと大仰に礼をして見せた。

「柊、大げさだよ。」

「いえ、我が君の麗しい御尊顔を拝見し、恐悦至極。」

「またそんなこと言って。」

 千尋がクスッと笑うと柊は今まで自分が座っていたところに千尋をいざない、そこに座らせた。

 そこはちょうど木陰になっていて木漏れ日が適度に漏れてとても気持ちがいいのだ。

 そして自分も千尋の隣に座って主の横顔を見つめた。

「何をしていたの?」

「我が君のお心を向けて頂くようなことではございません。お気になさらず。」

 そう言ってはみたものの、千尋は不機嫌そうな顔で柊を見上げており…

「我が君が興味をもたれるほどのことではないのはまことです。」

「それでもちゃんと話してほしい。」

 自分はどうも信用がないようだと柊はその顔に苦笑を浮かべる。

 それは無理もない、この主は違う己が死すところを見たのだと言っていたから。

 違う世界での自分とはいえ、自分のことはよくわかる。

 おそらく死した自分は自分が死ぬことを知っていて主には話さなかっただろう。

 だとすれば今の自分を主が疑うのも無理からぬことだ。

「少々不穏な動きを見せるものがあると、そのような類の知らせが入りましたので精査しておりました。」

「不穏って…。」

「我が君の治世が落ち着く前にこの中つ国を襲おうというのです、愚かな話です。」

「そんな…。」

「我が君の治世はもう落ち着いているというのに。」

 そう言って微笑んで見せれば千尋は目を丸くして驚いた。

「これは…我が君の驚かれた時のかんばせはまたこの世のものとは思えぬほどお美しい。」

「ちょっ、柊はまた…。」

「ご安心下さい。我が君の治世はもう落ち着いておりますし、よからぬことを企む輩もたいした勢力ではございませんのでおそらく行動は起こせないでしょう。たとえ起こしたとしても忍人の率いる軍で簡単に撃退することができましょう。」

「でも…戦闘になるなら私も…。」

「我が君、もし、戦になるようであれば忍人や布都彦にも働く機会をお与え下さい。ただ、戦になどならないように致しますので…。」

「柊はそんなことができるの?」

「ええ、まぁ。」

 そう言ってニヤリと笑えば、千尋はむっとした顔でまた柊を見上げる。

「どうやって戦が起こらないようにするかは説明してくれないんでしょう?」

「策士が策を明かしては商売になりません。」

「もぅ、いっつもそうやって柊はなんでも一人でやっちゃって、私には何もさせてくれないんだから。」

「いえ、一人でやっているわけでは。今回は日向の者の手を借りようとは思っています。」

「サザキ達?」

「ええ、それに、我が君にやって頂きたいこともございます。」

「えっ!本当?言って言って!頑張るから!」

 さっきまでふくれっつらをしていた千尋はキラキラとその碧い瞳を輝かせて柊へと顔を寄せた。

 その姿が愛しくて、柊の顔には自然と笑みが浮かぶ。

「我が君には私のためだけにその華のかんばせに、湧き出でる泉の清水よりも清らかなる微笑みを浮かべて頂きたく。」

「柊!それ全然仕事じゃない!」

「いえ、我が君の清らかなる微笑みだけがこの愚かなる身の生きる糧にございます。お与え頂けませんか?」

「……。」

 不機嫌そうな顔をしていた千尋ははぁっと溜め息をつくと立ち上がって空を見上げた。

 木々の葉の間から見える青い空は宝石のように美しいが、千尋の表情は曇ったままだ。

「我が君?」

「柊はわかってないよね。」

「何がわかっていないのか、この愚鈍なる従者にお教え頂けますか?」

「柊は確かに色々なことを知っていて、なんでも一人でできて、私にとってはとっても大切な仲間なの。それは間違いない。」

「そのようにお褒め頂くとは思いませんでした、光栄です。」

「私なんか考えもつかない作戦をすぐに考え付いて、それを実行に移せて…言葉もたくさん持っててどんな敵でも煙に巻いちゃうくらい話が上手。女の人だっていくらでも口説けちゃうんだろうなって思う。」

「それはまた厳しいお叱り。」

「叱ってるんじゃないよ、本当にそうだろうなって思うだけ。でもね、柊。」

 千尋はくるりと振り返ると柊の正面に立って静かに隻眼の美貌を見下ろす。

 見上げる柊はいつもとは違った様子の千尋に目を見開いた。

 大人びていて清らかで、静かに木々を背にたたずむ少女はまるで女神のようで…

「柊にはたりないものがあると思う。」

「それはもちろんです。私のような愚かな男には足りぬものばかりが目立ちましょう。我が君のようにご立派な主から見れば、私などはもの足りぬ従者の一人、それでも、愚かなる我が身なれど、持てる力の全てをもって我が君のお役に立ちたいと、そう願ってしまいます。我が君には私のこのような願いは不要とお思いでしょうか…。」

 そう言って柊は淋しげに苦笑した。

 今、口にしたことは半ば本気だ。

 今でも何故、この聡明な主が自分のような者の命を救うためにあんな無理な戦いを神に対して挑んでくれたのかわからない。

 それほど自分に価値があるとは思えない。

「そんなこと言ってないよ…。」

 悲しそうにそう言った千尋は柊には予想もできない行動に出た。

 座っている柊の前に膝をつき、そのまま柊の頭を優しく自分の胸に引き寄せて抱きしめてしまったのだ。

 柊の頭を抱き寄せた手はそのまま柊の髪を静かになでる。

 一瞬頭の中が真っ白になった柊は、千尋の暖かさと髪をなでるその手の優しさにだんだんと落ち着いて、ゆっくりと目を閉じた。

「柊にたりないのはね、これ。」

「我が君…。」

「柊は気づいてないだろうけど、柊って言葉はたくさんくれるの。恥ずかしくなるような褒め言葉をたくさん言ってくれるし、色々なことをたくさんの言葉で飾って伝えてくれる。それは嬉しいことではあるんだけど、でも言葉だけじゃダメなの。」

「ダメ、なのですか…。」

「うん。」

 千尋は柊の髪を優しくなで続け、柊は抵抗することなく千尋の腕の中で目を閉じたままだ。

 愛しい人にこんなふうにしてもらうのは初めてのことで、あまりに幸福で柊は眩暈を起こしそうだ。

 いつまでもこの時が続けばいい。

 そんなふうに思うのは初めてかもしれない。

「柊は私のこと、好き?」

「…お慕いしております。」

「うん、私も好き。でもね、言葉でそれを伝えるのはとても大切なことだけど、言葉だけじゃダメ。好きな人には好きってこうやって触れたり抱きしめたり、そうやってちゃんと伝えなきゃ。淋しいよ…。」

 そう言って千尋は柊の頭を抱く腕に力を込める。

 そうしていることしばし、うっとりと千尋に抱かれ続けていた柊がそっと主の腕から逃れて苦笑を浮かべて見せた。

「あなたという方は、本当に私などには予想もできないことをなさる。」

「嫌だった?」

「いいえ。」

 そう言うが速いか、柊は千尋の体を抱き寄せてそのまま自分の膝の上に乗せてしまった。

「ちょっ、柊!?」

「我が君を淋しがらせるわけには参りませんので。」

「い、いきなり実行する?普通…。」

「お嫌でしょうか?」

「…嫌じゃない…。」

「我が君は私に全てのものを与えてくださるのですね。」

「全てのもの?」

「私の生きる世界、生きる道、仕えるべき主、そして幸福です。」

「ひ、柊!恥ずかしいこと言わないで!」

 こうやって言葉で自分を翻弄するところはやっぱり柊だと思って半ばあきれて千尋は真っ赤な顔でうつむいた。

 すると柊が自分を抱く腕に力をこめて…

「柊?」

「言葉だけではダメだとおっしゃいました。」

 そう言って妖艶に微笑まれて、千尋は何も言えなくなる。

 もう柊から紡がれる言葉はなくて、二人でこうして触れ合っている静かな時間はなんだか恥ずかしくて千尋の顔はますます赤くなる。

 ちらりと柊の顔をのぞき見ればそこには幸せそうに微笑んでいる柊がいて…

 本当にこの人はなんでもできて、絶対かなわない。

 千尋はそう心の中でつぶやいて観念して、柊に体を預けるとそっと目を閉じた。

 伝わる体温が愛しくて、自然とその顔に微笑が浮かぶ。

 そんな千尋を柊は優しく腕の中に閉じ込めていつまでも見つめ続けた。

 こうして愛しさを確かめることを教えてくれた主に心からの感謝と敬意を抱きながら。









管理人のひとりごと

三木さんの声を想像すると…「お慕いしています」と言って欲しかったんだぁっ(><)(マテ
それにしても、なんで柊書くと糖度が上がるんだろう…不思議だ(’’)
あと書いててちょっと思った、柊さんそれ、顔が千尋ちゃんの胸に当たってますよね?と(’’)
ネオロマだからね、そんなこと気にしちゃだめですよ!←じゃ書かなきゃいいのに
柊は言葉をたくさん使う分、他の事がたりてないんじゃないかなとちょっと思って書いてみました。
頼久さんはあかねちゃんに近づくのも大変だったからそれから見たら進歩なんですけどね(マテ
まぁ、いくら同じ声だからって頼久さんと比べてもどうかとは思いますけどね(’’)(コラ
ちなみに柊のセリフは書いている最中、管理人の脳内では勝手に三木さんの声で再生されています(爆)
同様に他のキャラも再生されていますけどもね(w





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