
柊は師を同じくする兄弟弟子達と穏やかな一時を過ごしていた。
いつものようにニコニコと微笑んでいる風早。
いつものように難しそうな顔をしている忍人。
その二人を困ったような苦笑で眺める道臣。
こうして4人がそろって穏やかに和んでいる様は今まで柊が見てきた既定伝承の世界ではなかなか見られなかった光景だ。
「柊?珍しいですね、黙り込んで。」
「お前が黙っている時はたいていろくなことを考えていない。何を考えていた?」
風早と忍人に視線を向けられて、柊はふっと口元に笑みを浮かべた。
「これはまたひどい言われようですね。まぁ、私のことを評価してもらっているのだと思えば重畳。」
「評価しているわけではない。」
追い討ちをかけるようにそういう忍人の言葉は軽く流して、柊は頬杖をついた。
これまでの戦いの日々からは想像もできない平和な風景だ。
「我らが王はこの中つ国をよく治めておいでです。柊が何か画策する必要などどこにもないでしょう。」
そう言って穏やかに微笑んだのは道臣だった。
実際、龍神との戦いに勝利してこの国を治める王になった千尋はよくやっている。
常世との戦いで傷ついた人々の心はそう簡単には癒されないし、焦土と化した国土を回復するにもまだまだ努力と時が必要だ。
それでも千尋は焦ることなくよく学び、よく治めているといっていいだろう。
柊にしてみれば既定伝承にはない未来を創造したほどの主なのだから当然のことと一人胸の内でうなずいている。
「まぁ、俺のお育てした姫ですから、間違いはありませんよ。」
「また風早のそれか。」
あははと笑う風早に忍人が溜め息をついた。
「風早に育てられた割には良き王となられたとは思う。」
「あはは、忍人は容赦ないですね。」
「心優しき王になられたのは風早のおかげかもしれませんよ。」
「心優しきところだけですか、俺の影響は。」
道臣の言葉に風早がそう言って頭をかくのを眺めながら柊はすっと席を立った。
「柊?どこへ行くんですか?」
「こう見えて私は文官なので、我が君のために仕事でも。」
問う風早にそう答えて柊は一人、どこへともなく姿を消した。
以前なら、また何を企んでいるのかと疑ったところだが、今回ばかりは3人とも笑顔で柊を見送った。
見送ったその背中はどこか明るい気配をまとっていたから。
柊は一人、宮から少しばかり離れたところにある大木の下で竹簡を読んでいた。
木漏れ日がちょうどよく当たって暖かく、そよぐ風が心地いい。
手にしている竹簡は地方からの報告が色々と書かれているものだ。
今までなら既定伝承を読んでいたところだが、何しろ今となっては既定伝承が役に立たない。
そのことを不便にも嬉しくも思いながら柊はふと視線を上げた。
辺りは綺麗に生えそろった緑が美しい。
本来ならば、王が頼りにする従者の一人として宮にいるのが望ましいのだろうが、柊の立場はいまだに微妙だ。
いくら千尋と想いを通わせ、国の再建に尽力し、王からは最も信頼されている従者の一人となっても、過去にこの国を裏切ったという事実が消えたわけではない。
そのことでいまだに柊によくない感情を抱く官人もいるのだ。
宮にいればそういった人々の声が柊自身の耳にも入ってくる。
自分の耳に入るだけならばまだいい。
そういった心無い人間の言葉が千尋の耳に入るのだけは避けたい。
少なくても柊の姿さえ見えなければ柊のことが話題に上ることもそうはないだろうから、こうして柊は外にいることが多くなった。
千尋には風早達、頼りになる従者が他にもいるから心配はいらないだろう。
そう、柊は思っていたのだが…
自分の方へ向かってくる足音に気づいて柊が足音のする方を見れば、綺麗な金の髪をなびかせて己の主が駆けてくるのが見えた。
「我が君…。」
つぶやいて手にしていた竹簡を懐へしまいこみ、柊はすっと立ち上がった。
すると何やら泣きそうな顔をして駆けてきた千尋がそのままの勢いで柊の胸に飛び込んできた。
柊はその千尋の小さな体を優しく抱きとめた。
「どうかなさいましたか?我が君。」
「……。」
優しく問いかける柊に千尋は答えない。
ただ、柊の胸に顔をうずめてじっとしているだけだ。
これは少しばかり時間が必要だと柊にはすぐにわかった。
この主は今、必死に涙をこらえているのだ。
それがわかればこそ、柊はただ優しく千尋の体を抱きとめ続けた。
そしてしばらくして、千尋は柊の胸に顔をうずめたまま口を開いた。
「柊。」
「はい、なんでしょうか?我が君。」
「私は柊のことが好き、柊を信じてる、だからずっと側にいて。」
「これは…我が君、こう見えて私はこの方と見込んだ主には一生を捧げるつもりでおります。そう、お誓い申し上げたはずですが…。」
「うん、わかってる、わかってるんだけど、もう一回約束して。」
「何かあったのですか?」
「……柊のこと、悪く言う人がいて腹が立っただけ。」
「あんな裏切り者が王の恋人であるかのように振る舞ってお側近くに侍るなどもってのほかだという者でもおりましたか?」
「柊…。」
千尋は初めて顔を上げて驚いたような表情を見せた。
「わかっております、そのようなことを言う輩がいるということは。それで、我が君はどうなさったのです?」
「柊は私の大切な人だから余計なことは言わないでって…大声で怒鳴って出てきちゃった…。」
「それを誰か見ていましたか?」
「えっと、たぶん側にいたから風早は見てたかな…。」
「それはまた…。」
そう言って柊は困ったような苦笑を浮かべた。
千尋は柊の表情の意味がわからず小首を傾げる。
「まずかった?風早の前で大声で怒鳴ったり…。」
「いえ、それは問題ないのですが、これでも風早と私は同じ師に学ぶ同門ですので。」
「それは知ってるけど…。」
「我が君に意見した者の身を案じているのです。」
「へ?」
風早はボーっとしているように見えても武人だ。
しかも千尋を何よりも大事な主と思っているし、思い上がっているわけではないが柊を友とも思ってくれているはずである。
ということは、柊を中傷することで千尋に大声を出させたその相手とやらに何らかの報復をしたとしてもおかしくはない。
と、柊は予想したのだ。
「忍人辺りを巻き込むと更に…。」
「え、何?」
「いえ、私は良き友を得たという話です。」
「へ?なんでそうなるの?」
「それはそれとして、我が君。」
「何?」
「私は自分のしてきたことは重々承知しているつもりです。私のしてきたことを中傷する者も絶えることはないでしょう。ですが、それでも、私は私のただ一人の主である我が君の元を去るつもりはございません。たとえ我が君がもう私を不要とおっしゃっても。」
「不要だなんて、そんなこと言うわけない!」
「身に余る光栄。では、私は我が君の望まれるまま、お側にお仕え致します。我が君は私にとって陽の光、海の水、風の流れよりも尊き存在でございますから。」
いつものように少しばかりキザな様子を装って柊がそう言っても、千尋はいつものように顔を赤らめることも慌てることもなくて…
ただ無言のうちに柊にひしと抱きついた。
「我が君…。」
「少しだけこうしてて。」
「まだ他にも何かありましたか?」
「ううん、私はね、柊が裏切ったんじゃないってわかってるから。柊には未来が見えてたから…だから柊にしかできなかったことをしただけ…私はわかってるから…。」
「我が君……私は我が君が私を必要と言って下さればそれだけで………いや…。」
「柊?」
何かに気付いたような柊の声に驚いて千尋が顔を上げると、そこにはやわらかく苦笑する柊の顔が…
「もう戻りましょう、急いで風早を探さなければ。」
「へ?なんで風早を探すの?」
「我が君にいらぬ心痛をかけた輩をあの笑顔で恫喝する前に止めたいのです。」
「え?ええぇぇぇ。」
驚きの声をあげる千尋の手をとって柊は歩き出した。
風早が恫喝ってそんなことするだろうか?と千尋は心の中で小首を傾げた。
でもよく考えてみれば、風早は何がなくても千尋のことが第一だし、柊のことは最初から友だと言っていた。
大切な千尋に余計なこと、それも友の悪口を言って聞かせたとなればもしかすると目が笑っていない爽やかな笑顔で…
「柊!急ごう!」
想像してぞっとした千尋は逆に柊の手を引いて走り出した。
一瞬驚いた柊はすぐにその顔に微笑を浮かべて主の後ろを駆ける。
そうして走りながら、柊はいつの間に己にはこのように自分のことを思ってくれる者が増えたのだろうかと思わずにはいられなかった。
裏切り者として中つ国を捨ててただ一人、既定伝承に従うまま生きてきた自分には今こうして自分と供に歩み、歴史を紡いでくれる人間が何人もいるのだ。
そしてそのうちの一人は自分が最も大切だと思える女性であり、ただ一人忠誠を誓う主。
今の自分のなんと幸福なことか。
焦る千尋の後ろ姿を見つめながら、柊の顔には笑顔が絶えなかった。
管理人のひとりごと
諸事情により(笑)柊その2です(^^)
一度裏切ったと思われてますんで、まぁ、兄弟弟子はともかく、他の人はなかなか柊を信じきることはできないかなと思います。
柊EDでは一応、柊と千尋ちゃんが二人で龍神を倒してるわけですが、それを見てる人って誰もいないしね(^^;
王である千尋ちゃんが信用してるので追い出されたりはしないと思いますが、それでもギクシャクはしてるはず…
でも風早は序章から柊とはそんなに敵対してない感じに管理人には見えたので、けっこう仲いいかなと(笑)
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