
目の前にある竹簡の最後の一つに目を通して、千尋はすぐにそれを道臣に手渡すと小さく溜め息をついた。
朝から竹簡の山と格闘してやっとの思いで片づけて、全部終了したのはもう午後をずいぶんと過ぎた頃だった。
窓から外を見てみれば陽はゆっくり西へと傾き始めていた。
「本日の分はこれで全てです。お疲れ様でした。」
「道臣さんこそ、お疲れ様でした。」
「では、私はこれを担当者へ渡して参りますので、これにて。」
「あ、はい、よろしくお願いします。」
竹簡の束を抱えて律儀に一礼する道臣に千尋も一礼すると、道臣は穏やかな笑みと共に千尋の前から去って行った。
そうなると今度は部屋の中に一人取り残されて、千尋はまた溜め息をついた。
中途半端に余ってしまった時間をどうしよう。
そう考えた時、千尋の脳裏にちらりと浮かんだのは柊の姿だった。
やっぱりここは恋人と共に過ごすのがいい。
でも、一緒と言っても夕飯までのほんの一時になってしまうかもしれない。
そんなことを千尋がつらつらと考えていると、扉の向こうから聞き慣れた低い声が聞こえて千尋は飛ぶように立ち上がった。
『我が君、おいででしょうか?』
その声に飛びつくように駆け寄って、千尋はすぐに扉を開けた。
そこには驚いたようにかすかに隻眼を見開く柊の姿があった。
「我が君、お仕事は…。」
「今終わったところなの!ちょうど柊に会いに行こうかなとか考えてたところで…。」
千尋はそこで言葉を区切って柊の手元をじっと見つめた。
大きな柊の手には今、小さな愛らしい白い花があった。
綺麗に束ねてあるそれはちょっとした花束にも見える。
「柊、それ…。」
「これは、我が君に。」
そう言って仰々しく差し出された花を千尋はそっと受け取った。
「どうしたの?これ。」
「咲いているのを見かけましたので我が君にと持ち帰りました。」
「もう春、なんだねぇ。」
「そのようです。」
「なんか嬉しい。」
「喜んで頂けたのなら何より。」
「うん。柊とこんなふうに春を迎えることができることが凄く嬉しい。だから、今度はこの花が咲いているところに連れて行ってくれる?」
花を贈られたことより共に春を迎えることが嬉しいといって微笑んでくれた千尋に再び隻眼を見開いてから柊はふわりと微笑んだ。
それは千尋にだけ柊が見せるようになった無防備な本物の笑顔。
「我が君の仰せとあらばどこへでもお連れ致します。」
「う、うん、有り難う。」
わざわざ片手を胸にあてながら深く一礼して言われてしまうとなんだか恥ずかしくて…
今度はニヤリと笑う柊の前で千尋は顔を赤くしてうつむいた。
視界に映るのは小さな花束。
そこには愛しい人と迎える新しい季節の訪れが宿っていた。
管理人のひとりごと
柊はけっこう気がきくと思うので花束贈呈くらいはするかと思います。
あとは、やっぱりED後は千尋にだけでも心からの笑顔を見せてほしいなぁと。
そんな感じで書いてみました。
白くて小さな花が何かはまぁ、ご想像にお任せします(’’)
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