
「柊、いる?」
部屋の扉をゆっくり開けて中をのぞいたのは千尋だった。
竹簡を広げていた部屋の主、柊の隻眼に柔らかな光がともる。
「どうぞ、お入りください。」
いつもと変わらない艶やかな声にいざなわれて、千尋は中へと足を踏み入れた。
「私に何か御用でしょうか?」
「用がないと来ちゃいけないの?」
目の前に立って少しむくれて見せる千尋に柊は微笑を浮かべて見せた。
来てはいけないなどということはない。
自分には予測できなかった幸福な未来をその手で切り開いてくれた愛しい人だ。
何事もなくても会いたいに決まっている。
会えない日は一日中竹簡を広げていなくてはその人の顔ばかり思い浮かべてしまう。
けれど、そんな自分は自分らしくはない気がして、目の前の恋人に真実の自分を告げることはためらわれた。
だから、本当の気持ちの代わりにその気持ちを包み込む言葉を口にする。
「我が君は私にとって…。」
「ストップ!柊はそうやってすぐはぐらかして私をからかうんだから。」
柊が唯一自在に操ることのできる「言葉」という武器を封じて、千尋は上目づかいに目の前の恋人を見上げた。
少し不機嫌そうな顔で自分を見上げる千尋の顔は愛らしくて、柊の顔には無意識の笑みが浮かんだ。
「私の言の葉は信じて頂けぬと…。」
「日頃の行いのせいだよ。反省して。」
「では、反省を致しまして。」
柊の言葉に千尋は本当に?と言いたげな視線を送った。
その刹那…
音も立てずに千尋との距離を一歩つめて、柊は千尋の唇を奪った。
「これで、いかがでしょうか?」
長いようで短い口づけの後に囁かれた柊の言葉に千尋が顔を真っ赤に染める。
「…合格。」
てっきり抗議の言葉が浴びせられると思っていた柊の耳に届いたのはこの一言。
柊は一瞬隻眼を見開いてから千尋を抱きしめた。
「柊?」
「まことに我が君は私の女神でいらっしゃる。」
「また、柊はもう…。」
またからかわれたとむくれながらも、千尋は柊を抱き返した。
柊は愛しい人の細い腕をその身に感じながら、今の言葉は真実であるのにと苦笑した。
管理人のひとりごと
つまり、普段の行いのせいで柊の言葉はみんな胡散臭いというお話(笑)
ああ見えて、柊は繊細で本心を言葉のなかに紛らわせるタイプじゃないかと。
でも、本当の言葉も信じてもらえないタイプでもある(’’)
千尋ちゃんはみんなお見通しな気もしますが(w
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