
「お願いがあるの。」
目の前で愛らしくそう言って自分をまっすぐに覗き込む瞳に布都彦は思わず顔を赤くした。
目の前にいるのは布都彦がこの世で一番大切に思っている人、千尋だ。
恋人という立場でもあり、布都彦の現在の主でもある。
というその関係は布都彦にとっても周囲にとっても少しばかり複雑な関係なのだが…
千尋はというと屈託なく布都彦と恋人として過ごすことを望んでいる。
だからこんなふうに愛らしくお願いなどしているのだが、それが布都彦にはどう扱っていいかわからなかった。
「お願いだなどと、ご命令頂けましたら…。」
「だから、命令じゃなくてお願いなの。布都彦が嫌なら断ってくれてもいいんだけど…。」
「いえ!何なりとおっしゃって下さい!」
普段から女性への気遣いに慣れているはずのない布都彦は千尋を悲しませるようなこともしばしばだ。
それを自覚しているからこそ、こんなふうにストレートにお願いされた時くらい、そのお願いをかなえたいと布都彦は張り切ったのだった。
ところが、千尋の口からこぼれたそのお願いは布都彦が予想だにしなかったもので…
「じゃぁ、千尋って呼んで?」
「は?」
「名前で呼んでほしいの。二人でいる時だけでいいから。」
「……。」
布都彦の頭の中が一瞬にして真っ白になった。
今まで千尋と過ごしてきた時間は決して短くはない。
その間、布都彦は「姫」とか「陛下」とか、そんなふうにしか千尋を呼んだことがない。
それは改めて言われるまでもないことで…
「ダメ?嫌?」
「いえ……その…ですが、私は陛下の臣下でもありますので…それは……。」
「うん、わかった。嫌ならいいの、ごめんね。」
慌てふためく布都彦とは正反対に、千尋はすぐにそう答えると布都彦に微笑んで見せた。
その笑顔がなんだかとても悲しそうで、寂しそうで…
そんな顔を自分がさせたのだと思えば布都彦の頭の中は再び真っ白になった。
そして次の瞬間。
「ち、千尋!」
大声でそう名前を呼ばれて、千尋がハッと顔を上げる。
その顔には驚きの表情が浮かんでいたけれど、すぐにそれは喜びの笑顔へと変わった。
「布都彦……有難う。」
「い、いえ、その……。」
「うん、いつも呼んでとは言わない。だけど、たまーにだったら呼んでくれる?」
「……陛下が望まれるのでしたら、努力致します!」
そんなことで喜んでもらえるのなら、今は無理でもきっと努力しよう。
布都彦はそう心の中で誓った。
主を想うことは決して罪ではないと教えてくれた人だから。
きっとその名を呼ぶことは罪でもなんでもなくて、ただ愛しさを伝えるための声になるはずだから。
管理人のひとりごと
ふっくんは呼ばないだろうなぁという気がします、名前。
うちのサイトではあかねちゃんもあまり名前の呼び方にこだわらない感じできてるんですが、布都彦は催促しないと絶対名前なんか呼ばなそうだから(笑)
夫になっても父親になっても催促されるまで「陛下」だね!絶対!(マテ
でも、そんな生真面目なふっくんがいいのですよ(w
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