情熱
「布都彦!」

 一人木陰で槍の稽古をしていた布都彦は耳に心地いい愛しい人の声を聞いて振り返った。

 反射的に槍を納めて一礼したのは、自分の方へ向かって駆けてきた人が恋人でありながら、主でもあったからだ。

 息せき切って駆けてくるその人はとても愛らしくて、姿勢を正した布都彦の顔には幸せそうな笑みが浮かんだ。

「本日は休みを頂きまして、ありがたくぞんじ……。」

「そんなの!だって今日は布都彦の誕生日だから!」

 そう、本日は布都彦の生まれた日なのだ。

 この恋人が育った世界では生まれた日を祝う風習があったとかで、布都彦だけでなく、仲間達は皆祝われている。

 今日この日は布都彦の番ということで、一日休みが与えられていた。

 それでもやることといったら槍の稽古くらいしか思いつかなくて、布都彦は一人槍を振るっていたというわけだ。

 毎日政務に追われて忙しい恋人に会おうなどということは思いもよらなかっただけに、予想外の出会いは布都彦の心を暖かくした。

「このようなところまで陛下御自らおいでとは、何か私に御用でしょうか?」

 槍を下ろして真剣な顔で問えば、千尋は一瞬キョトンとしてからすぐに呆れたような溜め息をついた。

「誕生日のお休み中の布都彦にたのみごとなんてするわけないわ。」

「はぁ…では何故こちらに…。」

「もちろん、布都彦のお誕生日を一緒に祝うため。」

 ニッコリ。

 愛しい人の愛らしい笑顔は全くの不意打ちで、槍を握り締めたまま布都彦は赤い顔で凍りついた。

 自分にだけむけられる恋人の笑顔のなんとまぶしいことだろう。

 布都彦はしばし恋人の笑顔に見惚れて、それからはっと我に返った。

「お忙しい陛下にそのようにして頂くなど!」

「私がお祝いしたいの、だめ?」

「だめ、ではありませんが…。」

「大好きな人の誕生日くらいちゃんとお祝いしたいもの。風早と柊がね、色々仕事は調整してくれたの。」

 千尋の口からこぼれた二人の名前は聞くだけで心強いほど有能な仲間のものだ。

 だから、本当に今日一日千尋の体は空いているのだろう。

 そうとわかっても布都彦はすぐには喜べなかった。

 何故なら、せっかく休みが作れたのなら、愛しい人にはゆっくり休んでもらいたいと思ってしまうから。

 武官の自分より目の前の恋人が女王として忙しい毎日を過ごしていることは百も承知の布都彦だ。

 自分のためにせっかくの休みを浪費させるのは気が進まなかった。

「私はこうして一日休みを頂き、生まれた日をじゅうぶんに祝って頂きました。どうぞお気遣いなく。陛下はゆっくりお休みください。」

「布都彦は…。」

「はい?」

「私がここにいて一緒にお祝いするのはいや?」

「は?」

「布都彦がどうしても嫌なら帰るけど…。」

 布都彦はいつだって控えめだ。

 恋人同士になったからといって何かが劇的に変わったということはない。

 だから、こんな記念の日くらいは恋人らしくと千尋の方は思っていたのだが…

 どうやら布都彦は違うらしいと気付いて千尋の視線が下がった。

 一方布都彦の方は、千尋がみるみるうちに悲しげになっていくのを見て顔色を青くしていた。

「嫌だなどと!そのようなことはございません!」

「本当?」

 上目遣いの千尋の問いに、布都彦は慌てて大きく首を縦に振る。

「はい!私はただ、いつも政務で疲れておいでの陛下にお休み頂いた方が良いのではと…。」

「そんなの…布都彦と一緒じゃないと安心してゆっくりなんてできないもん…。」

「で、ではその…一緒に休んで頂くということでよろしいでしょうか?」

「うん。」

 恐る恐る提案してみれば、千尋は布都彦に嬉しそうにうなずいて見せた。

 ほっと布都彦が安堵の溜め息をついている間に、千尋が木の根元に座り込む。

「じゃあ、今日は私が布都彦に膝枕してあげる。」

 楽しそうにポンポンと自分の膝を叩く千尋。

 対して布都彦は何事か考え込んでから顔を真っ赤にして首を横に振った。

「とんでもございません!そ、そのようなこと…できかねます…。」

「誰も見てないのに…。」

「そういう問題では…。」

「じゃあ、隣に座って?それくらいならいいでしょう?」

「はあ…。」

 それくらいならと観念して、布都彦は千尋の隣に座ると傍らに槍を置いた。

 いつだって槍だけは手放せない。

 今ここで愛しい人を守れるのは自分だけなのだと思えばなおさらだ。

 そんな布都彦の覚悟を知ってか知らずか、千尋は布都彦の腕にきゅっと抱きついた。

「へ、陛下?」

「あのね、本当はこんなふうに困らせたかったんじゃなくて…せっかくのお誕生日だから、今日は一日布都彦のお願いを私が何でも聞いてあげようって思ってたの。」

「は?」

「なんでも、いくつでも…でも、きっと私にそんなこと言われたら、布都彦は困っちゃうんだよね。」

 布都彦の腕を抱いたまま、千尋は悲しそうな笑みを浮かべた。

 大好きな人の誕生日を楽しいものにしたくて、懸命に笑おうとしているのがわかって布都彦は思わず千尋の肩を抱き寄せていた。

 困ったりなどするわけがない。

 いや、悩みはするかもしれないが、だからといってそんな嬉しい恋人からの申し出を迷惑に感じることなどありえない。

「陛下、その…本当に私の望みをかなえて頂けるのでしょうか?」

「へ、あ、うん、布都彦が何かしてほしいことがあるなら。私にできることならなんでもする!」

 とたんに千尋の顔には嬉しそうな期待に満ちた笑みが浮かんで…

 布都彦の顔にも安堵の笑みが浮かんだ。

「では、このままお休み頂けますか?」

「え?このまま?」

「はい。」

 千尋は肩を抱かれて布都彦に寄りかかっている状態だ。

 背は木の幹に預けてしまえば確かにこのまま眠ることはできるけれど…

「でも、せっかく布都彦の誕生日なのに…。」

「私に陛下の眠りを守る役目をお与え頂きたいのです。」

「ん〜…。」

 千尋は考え込んだ。

 陽射しは暖かくて風も穏やかで、木の下で恋人と二人寄り添っている時間はたいそう幸せだ。

 もちろん、このままお昼寝だって千尋にとっては幸せな一時に違いない。

 けれど、今日は布都彦の誕生日なのだ。

 そんなことでいいのだろうかと悩んで、そして千尋は布都彦の顔を見上げた。

 布都彦のつぶらな瞳が千尋の碧い瞳をとらえる。

 大好きという想いをこめて千尋がじっと見つめると、引き寄せられるように布都彦の顔が近付いてきた。

 そして、千尋が自然と目を閉じると布都彦は優しくその唇に口づけを落とした。

 いつもは慌てて離れていく布都彦が、今日ばかりは長く長く口づけてくれて…

 唇からぬくもりが離れて千尋が目を開けると、そこには穏やかで優しい顔の布都彦がいた。

「…し、失礼致しました!」

 一瞬、絡むように千尋と視線を交わした布都彦はあっという間に顔を赤くすると大きな声で叫んで千尋を抱きしめた。

 照れて真っ赤になっている顔を見られたくない一心の行動だ。

 千尋はというと、こちらも自分が何をしていたのかに気付いて顔を真っ赤にして布都彦の胸にもたれていた。

「じゃ、じゃあ、えっと…お昼寝、させてもらおうかな。」

「はい!どうぞ!」

 すっかり臣下の口調に戻った布都彦に抱きしめられて千尋はゆっくり目を閉じた。

 唇には恋人のぬくもりがまだ残っているような気がして、顔がほてっているのを止められない。

 けれど、愛しい人の腕の中はとても幸せで、こうしているだけで恋人も幸せだと思ってくれていると信じられることはより一層幸せだった。

 目を閉じる千尋をしっかりと抱きしめて、赤い顔の布都彦はきりりと表情を引き締めた。

 眠りを守ると宣言したのだ。

 腕の中の大切な人を守るため、布都彦は辺りへの警戒を強めるのだった。







 辺りをキョロキョロ見回す布都彦を木陰から見守る人影が三つ。

 優しく微笑んでいる風早の長身、二つ目は隻眼に優しさをたたえながらも口元はニヤリとした笑みを浮かべている柊、そして三つ目は不機嫌そうに腕を組んでいる忍人だ。

「もう少し積極的にしてあげてくれると、千尋も喜ぶんですけどね。」

「布都彦にはあれが限界でしょう。」

「そんなことはどうでもいいが、あれで辺りを警戒しているつもりなのか?」

「警戒なんてしてくれなくてもいいんです。千尋に優しくしてくれれば。そのために俺達がこうして見守っているわけですしね。」

 風早は腰の剣をぽんと軽く叩いて微笑んだ。

「まあ、我が君はそこそこにお幸せそうなので、布都彦にしては上出来というところでしょうか。」

「俺は辺りを見回ってくる。」

 面白そうにクスッと笑う柊に不機嫌そうな一瞥を投げた忍人は、さっさとどこかへ歩み去ってしまった。

 どこへ行ったかを詮索する気は残った二人にはない。

 布都彦と千尋を守るため、辺りを警戒して歩いているだろうことがわかっていたからだ。

 風早と柊は歩み去る忍人の背を見送って笑みを交わすと、二人並んでいつまでも布都彦と千尋を見守るのだった。








管理人のひとりごと

布都彦お誕生日おめでとう\(^o^)/
ということで、ちょっとだけ布都彦が押してみた(’’)
結局同門三人組に見守られてますが…
布都彦はそれでいいと思うんだ(マテ
将来有望ってことで(w
以上、布都彦お誕生日記念でした♪









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