
千尋はとりあえず、朝一番で部屋へ行ってみた。
でもそこに部屋の主、布都彦の姿はなかった。
頑張り屋の布都彦のことだから、きっと修行に出かけたのだろうということは察しがつく。
けれど、どこで修行しているのかといえば、心当たりがいくつもあって絞り込めない。
だから、布都彦の部屋の前でじっと考え込んだ千尋は、忍人の部屋へと歩き出した。
珍しく早い訪れに驚いた様子だった忍人は、千尋の「布都彦がどこで修行をしているか知りませんか?」という質問にあっさりと答えを出した。
曰く「知らない」だ。
忍人は確かに布都彦の上司に当たるし、その修行を手伝ったり、時には指導を頼まれることもある。
けれど、本人が一人で修行する場合、どこで行っているかは知らないらしかった。
次に千尋が思いついたのは柊だ。
千尋にとって柊は、何でも知っている不思議な人、だ。
柊なら、今現在、布都彦がどこにいるかを知っていてもおかしくはない。
ところが、柊も布都彦の居場所は知らなかった。
ただし、助言はもらえた。
曰く「師君のところではないでしょうか?」
なるほど岩長姫のところなら修行をするにはうってつけだ。
そう思って岩長姫のところへ駆け込んでみれば、ここにも布都彦の姿はなかった。
そしてここで千尋は途方にくれた。
もうすぐ昼を迎えようとしているのに、布都彦は一向に見つからない。
布都彦の居場所を知っていそうな人の心当たりも尽きてしまった。
どうしても今日中に渡したいプレゼントがあるのに…
千尋が途方に暮れたまま深い溜め息をつくと、そこへ風早がやってきた。
そして風早は千尋の悩みを一瞬にして解決してしまった。
ついさっき、森の方へ歩いていく布都彦を見たというのだ。
千尋は風早からその話を聞くが早いか、すぐに駆け出した。
どこにいるかがわかればあとは見つけてどうしても受け取って欲しいプレゼントを受け取ってもらうだけだ。
千尋は息を切らせて森を駆け抜けて、そして布都彦を見つけた。
森の中の少し開けた泉の側で、布都彦は槍を振るっていた。
一瞬、足を止めて邪魔をしては悪いかな?と思ってはみたものの、千尋が足を止めた時にはもう布都彦は千尋の存在に気付いていて…
「陛下、どうなさったのですか?こんなところへ。」
槍をおさめた布都彦が焦ったのも無理はない。
何しろ、千尋は汗だくで激しく息を切らせていたのだから。
一国の王ともあろう人がこんなに慌てているなんて、普通は非常事態が発生したのだと思うだろう。
千尋は慌てて辺りを警戒する布都彦に苦笑を浮かべた。
「心配しないで、急いできたのは布都彦に渡したいものがあったからなの。でも、布都彦、なかなか見つからなくて…。」
「申し訳ありません!」
「ううん、それはしないで気にしないで。約束してたわけじゃないし。それで、実は今日はバレンタインっていって、私が育った世界では好きな人に手作りのお菓子とかを贈って想いを伝える日なの。だから、どうしても布都彦にこれを受け取って欲しくて。」
すっと自分の方へ差し出された小さな包みを布都彦は慎重に受け取った。
「有り難うございます!」
息せき切って自分を探し回ってまで渡してくれた愛しい人からの贈り物だ。
それに話を聞いてみれば、どうやらこれは愛しい人の手作りで、しかも想いをこめて作ってくれたらしい。
布都彦にとってそれは、家宝として一生とっておきたいほどの大切な品だ。
もちろん、手作りのお菓子なら、そんなことをすれば腐るのはわかりきったことなので、布都彦は包みを大切そうに押し戴くと中身を確認した。
中に入っていたのは小さな焼き菓子だった。
布都彦はそれを一つ大切そうに口に含むと、ゆっくりと味わうように噛み砕いた。
「おいしい?」
「はい、とても。」
布都彦は満面の笑みでそう答えると、思い切り千尋を抱きしめた。
「私のようなものにこれほど手の込んだものを頂くとは、もったいない。」
「もったいなくなんかないから。それに、これはね、大好きですっていう想いを伝えるためのものでもあるの。だから、私が渡す相手は布都彦しかいないもの。」
「陛下…いえ、千尋、私からもあなたに想いの全てを捧げます。」
言うが早いか布都彦は千尋の唇を奪った。
一瞬のできごとに驚いて、そしてすぐに顔を赤くする千尋を布都彦はそっと抱きしめる。
こんなにも自分を大切に思ってくれる人だからこそ、きっと守りきれる自分になろう。
愛しい人を抱きしめる布都彦の腕には優しい力がこもった。
そして数分後には自分が何をしたのかに気付いて、千尋以上に顔を赤く染めながら目の前にいるその人が呆れるほどに謝罪することになる布都彦だった。
管理人のひとりごと
バレンタイン企画、布都彦バージョンでした!
あちこち駆け回って自分を探してくれた千尋ちゃんに感動!
しかも手作りのお菓子なんて!
ってことで暴走(笑)
布都彦はね、食べてね♪って言わないと本当に家宝にして腐らせそう(w
まあ、これから先はたくさんもらえるから大丈夫でしょう(^^)
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