視線
 ヒュッと風を切る音が辺りに響き渡る。

 そのたびにキラリと白刃が輝いた。

 白刃を操っているのは布都彦だ。

 布都彦は軽くステップを踏んで足もとの動きを確認すると、再び槍をふるった。

 風を切る小気味いい音が辺りに響いて、布都彦は返す刃で再び空を切る。

 どんな時も鍛錬を怠るべからず。

 これは、中つ国の将である忍人にいつも言われていることだ。

 忍人に言われるまでもなく、布都彦は鍛錬に余念がない。

 大きな戦いを一つ終え、自分も多少成長したとは思うが、だからといって鍛錬を怠っては意味がない。

 一日鍛錬を怠るごとに一歩、自分が後退していくのだと布都彦は自分に言い聞かせて毎日欠かさず鍛錬をしていた。

 なにしろ、今となっては命に代えても守りたい女性がいる。

 鍛錬にも熱が入るというものだ。

 布都彦が一通りの鍛錬を終えて、まだ何やらたりないような気がして、もう少し続けようかと考えながら槍を収めたその時…

「精が出るな。」

「これは葛城将軍。」

 背後からかけられた声に振り向いて、布都彦は深々と一礼した。

 優秀な武人でもある忍人とはあの壮絶な戦いを終えた今でも交流がある。

 道臣と共に忍人は布都彦が尊敬する人物の一人でもあった。

「一日たりとも鍛錬は怠ることができません。一日鍛錬を怠れば、二日分も三日分も腕がなまる気が致します。」

「その気構えがあればたいていのことには動じることはないだろう。見上げたものだが……。」

 そう言うと忍人は何故か不機嫌そうに辺りを見回した。

 布都彦が鍛錬をしていたのは忍坂の少しばかり開けた場所で、辺りには誰もいなかったはずだが……

 改めて布都彦が忍人と共に辺りを見回してみると、そこには建物や物陰に隠れるかのように数人の女性の姿が見えた。

 布都彦には女性達が何をしているのか全くわからない。

 小首を傾げる布都彦を眺めて忍人は軽く溜め息をついた。

「よく気が散らなかったものだ。」

「敵意がない気配はあまり気になりませんが……それにしても何をしているのでしょうか…。」

 小首を傾げる布都彦を見て、忍人は今度こそ深い溜め息をついた。

「見ていたに決まっているだろう。」

「何を、でしょうか?」

「鍛錬をに決まっているだろう。」

 一瞬キョトンとした布都彦は自分の槍と物陰に隠れている女性達を見比べて再び小首を傾げた。

「私の鍛錬を女性が見て何か得るものがあるのでしょうか……。」

 そうつぶやく布都彦に、忍人はこれはダメだと言わんばかりに首を振った。

「忍人でも気付くのに、気付かないなんて布都彦はもう少し女性の気持ちをくむことを覚えた方がいいかな。」

「風早…。」

「風早殿。」

 あからさまに嫌そうな顔をする忍人とは正反対に布都彦は風早にも深々と一礼した。

 亡き兄の友人で、王である千尋の従者でもある風早は苦しい戦いを共に戦いぬいた仲間ではあるが、布都彦にとっては尊敬すべき年長者だ。

「まぁ、忍人も自分のこととなると気づかないんだろうけど。」

「あれだけの数があからさまなら気付く…。」

「そういうことにしておこうか。」

「その、あからさまとはいったい…。」

「女性の視線が釘付けというところかな。」

「なっ!」

 あははと笑う風早に対して布都彦は急に顔を真っ赤にしておののいている。

 そんな姿がかわいいとばかりに風早はニコニコと微笑むばかりだ。

 そしてそんな二人を見て、忍人はまた溜め息をついた。

「わ、私など……。」

「まぁ、いつも眉間にシワを寄せている忍人よりはよほど布都彦の方が女性達としては身近に感じるのだろうしね。」

「それは…私は確かに葛城将軍よりも未熟ですが……しかし!私には心に決めたお方があります!」

 真剣な顔で大声を張り上げた布都彦に、相変わらずニコニコと微笑を浮かべながら風早は布都彦にすっと顔を近づけた。

「それが千尋のことなら、他の女性の視線を浴びるようなことはないようにしてもらいたいかな。」

「なっ…。」

 目だけが全く笑っていない風早の笑顔を至近距離で目にして、布都彦がその背に冷や汗を流したその時…

「布都彦!見つけた!」

「姫…。」

 嬉しそうな笑みを浮かべて自分の方へ駆けてくる千尋の姿を見て、布都彦の表情も柔らかくなる。

 そしてそんな二人を見つめる風早と忍人の表情もまた、見守る保護者の顔になっていた。

「やっぱり鍛錬してたんだね。」

「はい。姫はお忙しいのでは?」

「うん、さっきまでは忙しかったんだけど、今日の仕事はこれで終わりって、あとの報告とか柊が受けてくれることになったの。」

「そうでしたか。」

「風早に忍人さんも一緒なんて珍しいね。」

 そう言って千尋が風早と忍人にもニコリと微笑むと、二人は顔を見合わせて苦笑した。

「布都彦は人気者なんですよ。」

「そうなんだ。」

「に、人気者ということでは……。」

「ほら、他にも見ている人がたくさんいるでしょう?」

「なっ!」

 これは絶対わざとだ。

 と、布都彦が心の中で叫ぶのと同時に、千尋は風早に促されて周囲へ視線を向けてしまった。

 するとそこには物陰に隠れて何人もの女性がたたずんでいて…

「人気者ってそういうこと?」

「まぁ、そういうことです。負けられませんね、千尋も。」

「か、風早殿っ!」

 布都彦が慌ててももう遅い。

 千尋は悲しそうな顔で布都彦の顔を見つめた。

「布都彦って女の人にそんなに人気なんだ?」

「そ、そのようなことはございませんっ!」

「でも、あんなにたくさんの人が見てるし……。」

「あ、あれはその……。」

「布都彦は優しいし、強いし、琴も上手だし……みんなが憧れるのわかる……。」

「あ、憧れるなどと……。」

 どんどんしょげていく千尋と顔色を赤くしたり青くしたりして焦る布都彦を風早は笑顔で、忍人はあきれたように溜め息をつきながら見守っている。

 風早辺りはなかなか進展しない二人の仲をここではっぱをかけて進展させてやろうと思っているのだが、忍人はただあきれるばかりのようだ。

 せっかく布都彦目当ての女性がこうもたくさんいるのだから、自分が将来を誓うのは千尋一人だと宣言の一つもしてくれればいいものを。

 そんな風早の思いも届かず、布都彦は右往左往している。

「姫、その、私は、姫に忠誠を誓っておりますし、その……。」

「忠誠……。」

 このバカが。

 と忍人は心の中でつぶやくと、首を横に振った。

 布都彦と千尋がとてもいい雰囲気になっていることは周知の事実なのだから、こんなところで忠誠など持ち出してどうするのか。

 というのが忍人の胸の内だ。

「ひ、姫?」

 急に悲しそうな顔をした千尋に布都彦は激しく慌てた。

 ただ槍を持った手をそのままにおろおろするばかりだ。

「私、布都彦のこと、大好きだよ?布都彦は違う?」

 潤んだ瞳で千尋がそういうと、風早と忍人は同時に溜め息をついた。

 とうとう千尋の方から言わせてしまった。

 二人が心の中で思ったことは同じだ。

「ち、違いません!」

 そう叫んだ布都彦は手にしていた槍を放り出して、いきなり千尋を抱きしめた。

 からりと槍が地面に転がる音がして、物陰に隠れていた女性達が息を飲むの気配がした。

 それはそうだろう。

 この国の王が自分達が憧れの目を向けていた男性に抱かれたのだから無理もない。

 これで少しは外野が静かになるだろうと思った風早と忍人が顔を見合わせて小さく溜め息ついた。

「姫は私の最も大切なお方です!心からお慕いしております!」

 千尋を抱きしめたまま布都彦が大声でそう宣言するにいたって、風早と忍人は思わず目を見開いて凍り付いてしまった。

 外で、しかも多くの人間の目があるというのに布都彦がこんなことを大声で叫ぶとは。

「布都彦……う、嬉しいけど……ちょっと恥ずかしい、かも…。」

「は?」

 腕の中で千尋が顔を真っ赤にしたのでやっと自分が何をしたのかに気付いたらしい布都彦は、辺りを見回して物陰に隠れている女性達が何やら悲しげに去っていくのを目撃した。

 どうやら物陰から自分達を見ていた女性はけっこうな数のようで……

 女性達が去って行ってくれるのを見送ってやっと布都彦は安堵の溜め息をつき……

「も、申し訳ありません!」

 慌てて千尋を離した布都彦は真っ赤な顔で千尋に深々と頭を下げた。

「謝らないで、嬉しいのは嬉しかったの、だから。」

 布都彦の手をとって顔を上げさせた千尋はその顔ににっこり優しい笑みを浮かべた。

 その笑顔を見てやっと布都彦が安堵の溜め息をついた。

「若いっていうのはいいなぁ、ね、忍人。」

「……俺はそんなに老けているつもりはない。」

 二人を見つめて苦笑する風早に憮然とした表情を見せて、忍人は立ち去った。

 後には幸せそうに微笑み合う布都彦と千尋、そして、そんな二人を暖かく見守る風早が静かな時をたたずんでいた。








管理人のひとりごと

布都彦は若いからなぁ(笑)
まぁ、常に控えめなんだけど、一度火がついたら突っ走る感じで(w
すっかり老け込んでる風早父さんが出てるのは管理人の趣味です(’’)
忍人さんはね、若いのよ、まだ(爆)
風早の次に保護者っぽい感じがするからなぁ忍人さん。
まぁ、布都彦から見れば二人ともよき先輩ってことで(^−^)







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