想いを乗せて
 千尋は朝からウキウキと浮かれていた。

 というのも、先日、少しだけあいた時間に布都彦と二人きりで会うことができて、一つの約束をしたからだ。

 その約束とは…

「朝からご機嫌ですね。」

 朝一番に千尋の部屋にやってきて、いつものように髪を梳く風早はすぐに浮かれる千尋の様子に気づいた。

 千尋はというと、鼻歌さえ飛び出しそうなほど浮かれていて、風早の問いにも満面の笑みだ。

「うん。」

「久々の休みですからね。何か予定でもあるんですか?楽しみにするような。」

「そうなの。この前ね、布都彦に前に弾いていた琴を聞かせてってお願いしてあるの。」

「なるほど、それでですか、朝からそんなに浮かれているのは。」

「前は弦が切れてしまって、ゆっくり聞かせてもらえなかったから一回ゆっくり聞きたいなって思ってて、この前その話をしたら、最近は練習してないから、少し練習してからならって言ってくれて、それで今日聞かせてもらえることになったの。」

「そうでしたか。」

「風早は布都彦とは昔からの知り合いでしょう?聞いたことないの?」

「そういえばありませんねぇ。俺はどちらかというと布都彦より、兄の羽張彦の方と親しかったですし…。」

「あ、そうか……ごめん。」

「別に謝らなくてもいいですよ。」

 亡き人のことを思い出させてしまったかと千尋が微笑を翳らせると、風早は困ったような苦笑を浮かべて仕上げの髪飾りをつけた。

「さぁ、できました。かわいいですよ。布都彦が見たら惚れ直すかもしれませんね。」

「か、風早っ!」

 からかう風早を振り返ってきりりとにらみつけた千尋は、そのまますっと立ち上がった。

「もうお出かけですか?」

「そう、風早が意地悪言うからもう行く!」

「意地悪言わなくたって行くのでしょう?」

「もうっ!」

「いってらっしゃい。久々の休みですから、ゆっくり楽しんできてください。」

「うん、行ってきます。」

 最後にはちゃんと気持ちよく送り出してくれる風早に元気に返事をして、千尋は自分の部屋を後にした。





 布都彦と待ち合わせたのは宮の前。

 本当は近くの泉のほとりで待ち合わせをすればいいと思っていたのだが、千尋の思惑などどこへやら、布都彦が迎えにくると言ってきかなかった。

 おかげで千尋は途中ですれ違った忍人に供も連れずにどこへ行くのかと問われて、ちゃんと布都彦が迎えに来てくれると言うことができたのだけれど…

 とにかく外出にうるさい忍人も、布都彦が一緒だと言うと必ず納得してくれる。

 それどころか最近では少しだけ表情をやわらかくして快く送り出してくれるようにさえなった。

 以前は布都彦というと周囲の者達はその兄、羽張彦のことを思い出すのかあまりいい顔はしなかったのだが、忍人や風早、柊が完全防御で二人を守ってくれて、今では誰もが布都彦と千尋が仲良く二人でいるところを暖かく見守ってくれるようになった。

 忍人達3人にとっては羽張彦の代わりに布都彦と千尋にはどうあっても幸せになるよう見守っていたいというところなのかもしれない。

 千尋はそんな暖かな視線に見送られて宮を出た。

 すると…

「陛下、おはようございます。」

 約束の時間よりはずいぶん早くに部屋を出たような気がしていたのに、宮の前には既に布都彦が控えていた。

「おはよう、待った?」

「いえ、その…私がかってに早く来ましたのでお気になさらず…。」

「緊張して眠れなかったとか?私、無理なお願いした?」

 いても立ってもいられなかったという様子の布都彦に千尋は慌てた。

 前に聞いた琴の音色があまりに綺麗だったから是非聞かせてほしいとお願いしてしまったけれど、もしかして布都彦には迷惑だったのだろうか…

 だが、布都彦は一瞬キョトンとしてからすぐに激しく首を横に振った。

「ち、違います!陛下とお会いできると思うと、その…待ち遠しく…。」

「ふ、布都彦…うん、私もだよ、朝からウキウキしちゃって風早にからかわれちゃった。」

 そう言って千尋が苦笑して見せれば、布都彦はほんのりと頬を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。

「布都彦に会えるのも嬉しいんだけど、琴を聞かせてもらえるのも凄く楽しみだったの。」

「そのように期待されては…その…お耳汚しになるかもしれませんが…。」

「そんなことないよ!だって、前に聞いた布都彦の琴は凄く綺麗な音色だったもの。さ、早く行こう!」

 千尋は自然に布都彦の手をとると忍坂へ向かって歩き出した。

 そこに布都彦の琴が用意されているから。

 布都彦は千尋に優しく引かれている自分の手を真っ赤な顔で見つめながら、うつむきかげんで千尋についていく。

「天気が良くてよかった。雨が降ったら外で琴を聞くなんてできないもんね。」

「そうですね。そうなれば家の中でもかまいませんが、やはり響きが悪くなりますから。」

「そんなに違うもの?」

「はい。家の中の方が音自体はよく聞こえるかもしれませんが、広がりがないので…。」

「そういう専門的なことは私にはたぶんわからないけど…。」

「せ、専門的というほどのことでは…。」

 顔を真っ赤にしながらしどろもどろになる布都彦に、千尋はにっこり微笑んで見せた。

「布都彦が言うならきっと外の方が綺麗な音色に聞こえるんだね。」

「そ、そんなことは…。」

 真っ赤な顔の布都彦と手をつなぐ千尋はとても幸せそうだ。

 テレて湯気を出しそうな布都彦と、幸せそうに微笑む千尋の二人は忍坂までやってくると布都彦が用意してあった楽器を家の中からとってきて、また歩き出した。

 今度は布都彦が楽器を抱えているから、二人は少し距離をとってゆっくりと歩いた。

 目指すのは近くの泉のほとり。

 小さな泉で人もやってこない静かな場所で、そこはいつも布都彦が琴の練習をするという場所だった。

「わざわざ御足労頂き、申し訳ありません。」

「ううん。こんなに天気がいいんだもの、綺麗な泉のほとりなんて最高。それに誰もいないところでゆっくり聞かせてもらいたかったし。布都彦がいつも練習しているところなら私も行ってみたかったから。」

 千尋はうきうきと楽しげな足取りで布都彦の隣を歩く。

 そんな千尋の様子が嬉しくて、布都彦の顔にも笑みが浮かんだ。

 二人並んでしばらく歩いて、到着したのは木漏れ日が綺麗な小さな泉。

 千尋はパッとその顔に花が咲いたような微笑を浮かべてはしゃいだ。

「キレイ!すっごくキレイ!気持ちいい〜。」

 くるりと回って辺りを見回して千尋はご機嫌だ。

 その様子を見て布都彦もほっと安堵の溜め息をつくと、いつも琴の練習をしている場所へと腰を落ち着けた。

 弦の音を確かめて、すぐにでも愛しい人のリクエストに応えられるように準備を始める。

 すると、千尋は珍しいものを見たとばかりに目を丸くして、布都彦の隣に座った。

「音を合わせているの?」

「はい。持ち運ぶと狂いますから。」

「へ〜、布都彦は耳もいいんだね。」

「そ、それほどでは…。」

 また顔を赤くして布都彦はいつもよりも入念に音を合わせた。

 これから音色を聞かせる相手はあまりにも大切な人で、少しの音の狂いも聞かせたくなかったから。

 一通りの作業を終えると、布都彦は隣に座る恋人へと視線を向けた。

 早速一曲弾いてもいいものか尋ねようとしたのだが、いつもよりもずっと近くにあるその人の顔に驚いて布都彦はまた顔を赤くした。

「布都彦?準備、終わったの?」

「あ、はい…その……さ、早速、一曲弾いてみても宜しいでしょうか?」

「うん!お願い!」

 やっとの思いで尋ねてみれば晴れやかな声が返ってきて、布都彦は一つうなずくと両手を構えた。

 ところが…

「布都彦?大丈夫?」

 弦の上に構えた布都彦の手が小刻みに震え始めた。

 布都彦には初めての体験で、自分で自分に驚いた布都彦は手を構えたまま凍りついてしまった。

「震えてる?大丈夫?」

「あ…はい、その…このようなことは初めてで…。」

 そう言いながら布都彦は自分がひどく緊張しているのだということに気づいた。

 一番大切な人に奏でて聞かせるのだと思うと緊張して手が震えだしたらしい。

「ごめんね、いつもは一人で弾いてるから…急に私が聞かせてなんていったから…。」

「も、申し訳ありません、その…人前で弾くようなことが今までなかったもので……。」

「ううん、わがまま言ったのは私だもの。もういいから、気にしないで。」

 そう言って千尋は布都彦ににっこり微笑んで見せると、そのまま泉の方へと歩き出した。

 布都彦の琴が聞けないのなら、その分、空いた時間は二人で楽しもうと考えたのだ。

 千尋は泉のほとりに座って、足を水の中へと入れてみた。

「うわぁ、冷たくて気持ちいい。布都彦も入ってみない?」

「いえ、私は…もう少々音を合わせてみますので。」

「気にしないでね?布都彦が気持ちよく弾けないなら意味ないもの。ね?」

「はい、有難うございます。」

 優しく言ってくれる千尋にそう答えはしたものの、愛しい人の期待にこたえられない自分が不甲斐なくて布都彦は力ない苦笑を浮かべるしかできなかった。

 そんな布都彦を気遣ってか、千尋はそれ以上泉に誘うこともしないで、一人で泉の中を服の裾を持ち上げて愛らしく歩き始めた。

 泉は中央部分でも膝の辺りまでしか深さがないことを知っていたから、布都彦はただじっと気持ちよさそうに泉の中を歩く千尋を眺めた。

 今の自分にはそれしかできなくて…

 一緒に歩くことも、大切な人の望みをかなえることもできなくて…

 それでも布都彦に嫌な思いはさせまいと、千尋は水の中から笑顔を見せて、時折布都彦に手を振ったりもしている。

 木漏れ日に照らされるその千尋の姿は本当に美しくて愛らしくて、布都彦はしばらく千尋に見惚れた。

 そよそよと流れる風、綺麗な木漏れ日、そして木漏れ日に照らされて輝く愛しい人。

 布都彦は千尋を眺めている間に、何かに満たされるような幸せな気持ちになって、自然と琴を構えていた。

 そして一人で爪弾いているいつもよりもずっと幸せな気持ちでゆっくりと琴を弾き始める。

 自然と手が動いたその曲は優しいゆっくりとした曲で、布都彦はその口元に微笑さえ浮かべながら淀むことなく一曲を奏でた。

 一曲終わって布都彦が視線を上げるとそこには、泉のほとりで呆然と立ち尽くす千尋の姿があった。

 何事かあったのかと布都彦は慌てて琴を脇へ置くとさっと千尋の方へ駆け寄った。

「陛下!どかなさいましたか?お怪我でも?」

「あ、ううん、違うの。凄くステキだったから聞き惚れてただけ。」

「陛下…。」

 驚きで目を見開いていた千尋はやっとその顔に微笑を浮かべると、布都彦の手を借りて泉からあがった。

「本当に凄くステキだった。いつもそうやって弾いているの?」

「いえ、今のはいつもより上手く弾けたように思います。」

「そうなんだ。なんだかとっても暖かくて優しくて愛しい感じ、凄く幸せな感じに聞こえたの。だから驚いちゃって。」

「そう、なのですか?」

「うん。」

 楽しそうにそう返事をした千尋は布都彦と二人、琴が置いてある場所に並んで座った。

「実は…陛下のことを想って弾きました。」

「へ?」

「先ほどの陛下はとてもお美しく、楽しそうで…そんな陛下がとても大切で愛しくて、こうして共にいることをお許し頂いたこの身の幸せを想って弾きました。弾いたというよりは自然と手が動いたのです。」

「ふ、布都彦…。」

「はい?」

「は、恥ずかしいよ…。」

 今度は千尋が顔を真っ赤にしてそういえば、やっと布都彦も自分が何を言ったのかに思い当たって再び顔を赤くする。

 そうして二人で顔を赤くして並んで座ることしばし。

 先に立ち直ったのは千尋だった。

「今度は、布都彦が練習するときに私もここにいていい?」

「は?」

「だから、聞かせてもらうために来るんじゃなくて布都彦が練習をするときにフラってここへ来るの。そうしてなんとなく二人で過ごすの、どう?ダメ?」

「いえ、私は…ただ、陛下はお忙しいのでは?」

「忙しくても来るの!だって、普段はあんまり布都彦とこうして二人で会うことなんてできないし…。」

「陛下…申し訳ありません…。」

「べ、別に布都彦が悪いわけじゃないからっ!これからはもっと時間を作ってここへ来るから、だから布都彦が練習をする時、私も時間が取れたらここへ来てもいい?」

「もちろんです。それと、一つお許しを頂きたいのですが…。」

「へ、何?」

「陛下はお忙しく、このような所までそうそう御足労頂くわけにも参りません。これからは私が陛下のもとへ琴を持って参上できればと…。」

「布都彦…うん、布都彦ならいつだって大歓迎!でも、布都彦だって仕事があるんだから無理はしないでね?」

「はい。では、次は陛下のお部屋でまた違った音色をお聞かせ致します。」

「うん。」

 嬉しそうにうなずく千尋を見て、布都彦は再び琴を構えた。

 また自然と手が動いて、ゆっくりと弦を弾き出す。

 そんな布都彦を千尋はうっとりと見つめて、何の前触れもなく奏で始められた音色に目を閉じた。

 布都彦はただ、ひたすら千尋を想いながら弦を爪弾いただけだったが、千尋はその音色を聞いてとても幸せな気分になるのだった。








管理人のひとりごと

管理人が現在ちっさいハープ猛練習中ということでこんなお話になりました(’’)
布都彦みたいに聞かせたい大切な人のためにって弾けるといいなぁと思いますねぇ♪
私も頼久さんとか風早を想いながら弾こうかしら(’’)(マテ
実際、人前で特別に弾くとなると緊張するものなので(笑)布都彦は千尋ちゃんの前では絶対緊張する!と管理人が断言したためにこんなことに(’’)
ごめんね、布都彦(’’;
布都彦の琴の話はもう少し書いてみたいかなと思います。
今度は千尋ちゃんの部屋で二人っきりでとかね♪






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