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 千尋は風早と柊にお願いして休みをもらって、喜び勇んで部屋を出た。

 中つ国の王となった千尋にはなかなか自由になる時間はないけれど、共にあの苦しい戦いを戦い抜き、今も頼りになる仲間達にお願いすれば半日くらいは自由になった。

 それでも千尋は王としての責務をなるべくきちんと果たしたいから、こんなふうに休みをねだることはめったにない。

 ここ一月は休みなくしごとをしていて、今日は朝からとても天気がよくて、どうしても会いたい人がいて…

 だから控えめに二人にお願いしてみたら、二人とも似たような笑顔を浮かべてあっさり休みを取ることを許してくれた。

 ウキウキと楽しそうに走っていく王に官人達は律儀に頭を下げ、最初に千尋を呼び止めたのは宮の入り口付近でばったり出会った忍人だった。

「陛下、どちらへ行かれるのですか?」

「あ、忍人さん!大丈夫です!心配しないで下さい!今日は布都彦に警護してもらいますからっ!」

 一瞬足を止めてそれだけいうと、千尋はすぐにまた駆け出した。

 忍人はそんな千尋に深い溜め息をつきながらも、主の背を見送るその顔にはうっすらと微笑が浮かんでいた。





 千尋は息せき切って玉垣の東を抜けると忍坂へと駆け込んだ。

 駆け込んですぐに辺りを見回すと槍をふるう布都彦の姿を見つけることができた。

 槍の稽古に集中している布都彦はとても厳しい表情をしていて、その槍はヒュッと音を立てて空を切った。

 千尋はそんな布都彦の姿にしばらく見惚れてしまった。

 布都彦の槍の腕前はもちろんよく知っていたけれど、こんなふうに槍を真剣にふるう布都彦を目にするのはとても久しぶりで…

 一緒に戦っていた時ももちろん頼りにはしていたけれど、それでも布都彦にはどこかはかなげなところがあった。

 でも今は、そんなはかなさなんてかけらほども感じられなくて…

 思わずここへ来た目的も忘れて千尋が布都彦に見惚れていると、鍛錬を終えた布都彦の方が千尋に気づいて目を丸くした。

「陛下!このようなところへ、どうなさったのですか?」

「へ、どうって、布都彦に会いにきたんだよ?」

 千尋が正直にストレートにそう言って微笑むと、布都彦はあっという間に顔を真っ赤にした。

「そそ、それは、その…もったいない…。」

「もったいなくなんかないよ。」

 千尋がそう言って微笑むとますます布都彦の顔は赤くなっていく。

 かわいいなぁと心の中でつぶやいて、千尋は布都彦の手をとった。

「へ、陛下?」

「これからね、三輪山まで散歩にいこうかなって思ってるの。さっき忍人さんにどこへ行くんだ?って聞かれたから布都彦に警護をしてもらいますって言っちゃったんだけど…警護、してくれる?」

 大きな愛らしい瞳で見つめられて、少し首をかしげてそう尋ねられて布都彦に断れるはずもなく…

 布都彦は表情をきりりと引き締めて一つうなずいた。

「お任せ下さい!」

「有難う。」

 優しくふわりと微笑んで、千尋は布都彦の手を引いて歩き出す。

「布都彦はこれから何か予定とかなかった?私、無理強いしていない?」

「いえ、特に予定はありませんでしたのでご安心を。それに、私は陛下の忠実なる臣下です、いつなりとも陛下のためでしたら…。」

「布都彦、せっかく二人でいる時くらいそういうの、やめない?」

「は?」

「忠実なる臣下っていうの、あんまり嬉しくない…。」

「陛下…。」

 急に表情を曇らせた千尋の隣を歩きながら布都彦は視線を落とす。

 千尋と想いを通わせた喜びは胸の内にあっても、この女性が中つ国の王であることを思えばそうたやすく親しげにはできない。

 でも、千尋はそれを望んでいるようで…

「三輪山にもね、別にそんなに行きたいわけじゃないの。ただ、ちょっと布都彦と二人でゆっくりしたかっただけなの。だから、布都彦が何か予定があって行きたくないならやめるよ?」

「そ、そのようなことは決してっ!」

「よかった。」

 慌てる布都彦に千尋は微笑んで、キュッと布都彦の手を握る自分の手に力を込めた。

「そ、その…陛下。」

「何?」

「この手は……。」

 布都彦の目がつないでいる手をとらえている。

 千尋の手はとても白くて小さくて、そしてとてもやわらかい。

 いつも槍を振るっている布都彦の手は皮膚が硬くなってしまっている。

 手をつないでいるだけで千尋を不快にさせるのではないかと、布都彦はそんな小さなことでも気にかかった。

 だいたい、自分が主である王と手をつないで歩いたりしていいものだろうか?

「布都彦はいや?手をつなぐの。」

「いやだなどとそのようなことは決してっ!ですが、私の手はその…陛下には不快に思われるのではと…。」

「不快?そんなことないよ。私はこうして布都彦と手をつなぐの大好き。布都彦の手はね、いつだって優しくて暖かくて、こうして手をつないでいるだけで凄く安心するの。」

 そう言って微笑む隣の恋人は本当に幸せそうで、布都彦はつられるように微笑を浮かべた。

 自分の手を握って大事な人が安心すると言ってくれるのは布都彦にとっても嬉しいことだ。

 やがて、二人は三輪山に到着して、景色のいい、開けたところまでやってくるとそこに二人並んで座った。

 それでも千尋は布都彦の手を離さない。

「気持ちいいねぇ。」

「はい。」

 吹き抜ける風はとても心地良く、空はどこまでも晴れ渡って美しい。

 日の光に照らされる千尋はキラキラと輝いて見える。

 布都彦は隣に座る愛しい人に目を向けるたびにその顔に幸せそうな笑みを浮かべた。

 そして、こんなふうに千尋と穏やかな一時を過ごすとき、布都彦は必ずといっていいほど兄のことを思い出した。

 闊達で豪快でいつも朗らかだった兄。

 慕ってはいけないとわかりきっていた人を慕って、その想いを貫いた人。

 兄はこんなふうに想い人と共に穏やかに過ごす時間を持つことができたのだろうか…

 そう思うと布都彦は今自分がこうしていることがとても貴重で大切なことのように思えた。

「布都彦?何を考えているの?」

「あ…申し訳ありません、陛下と一緒の時に物思いなど…。」

「ううん、それはいいんだけど…。」

「兄のことを思っておりました。」

「羽張彦さんのこと?」

「はい。私はこうして陛下と共に幸せな一時を過ごすことができるようになりましたが、兄は果たして一ノ姫とこのように過ごすことはできたのだろうかと…。」

「ん〜、二人は駆け落ちするくらい仲がよかったわけだからこうして二人で過ごす時間はあったんじゃないかな…。」

「そうかもしれません。そうだといいと思います。こうして陛下と二人で過ごすこととのできる私はとても幸福ですから。」

 そう言ってにっこり微笑んだ布都彦はかわいらしくて、千尋は顔を真っ赤にしてうつむいた。

「陛下?」

「な、なんでもないの。」

 真っ赤な顔でうつむく千尋の横顔を見て、布都彦はまた幸せそうに微笑んだ。

「陛下はおかわいらしいです。」

「かかか、かわいいなんて…布都彦の方がかわいいなと思ってたのに…。」

「それは…その……。」

 千尋の一言で布都彦は見る間に落ち込んだ。

 ついさっきまで幸せそうに微笑んでいた布都彦は視線を落として溜め息をつく。

 おかげで今まで真っ赤な顔でテレていた千尋は今度は慌てることになってしまった。

「ふ、布都彦?どうしたの?私、何かいけないこと言った?」

「いえ、その……かわいいと言われるのは…その……。」

「いや、だった?」

「いやではないのですが…情けないと言いましょうか…私も男ですので…。」

「そそ、そんなことよくわかってるよっ!」

 千尋はそう言って布都彦の手を握る自分の手にそっと力を込めた。

「布都彦はとっても頼りになるなって思ってるよ。戦いの最中だっていつも私を守ってくれたでしょう?可愛いって言ったのは…その…容姿がっていうか、表情っていうか…その…あの…つまり、そういう布都彦が好きって、そういうことだからっ!」

 そういった千尋は頭から湯気を出さんばかりに顔を赤くしてうつむいた。

 それでも布都彦の手は離さない。

 布都彦はというと一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに言われたことの意味を理解してこちらも顔を真っ赤にしてうつむいた。

 兄は一ノ姫に手を伸ばしたために不幸になった。

 兄のその行為のために自分達一族も不幸になった。

 自分とニノ姫は兄と一ノ姫と立場は同じ。

 忠誠以外の気持ちを持ってはいけない。

 布都彦にしてみればずっとそう思い続けたきただけに、千尋にこんなふうに好きだと言ってもらえること自体が夢のようだ。

 忠誠も恋情も全てを捧げてこの主と共に過ごす未来を手に入れた。

 これがどれほどの幸せか、布都彦は千尋の手を握りながらかみしめた。

「私は果報者です。」

「へ?」

「陛下にそのように言って頂けて、陛下と共に過ごす未来を得ることができました。本当に果報者です。」

「布都彦…。」

「兄と同じ轍を踏んではならぬと、己を戒めていた時期もありました。正直、兄を恨んだこともあります。ですが、今は兄の気持ちがよくわかります。そして、兄は間違っていなかったのだと言うこともできます。」

「うん、私も姉様が間違っていたなんて思わないもの。」

「はい。正しい選択をしても不幸になることはあるのだと今ならわかります。そして、兄と同じ選択をしてなお幸せなことこの上ない私は果報者だと、そう思うのです。兄は、想いを貫いて未来を奪われました。ですが、私は想いを貫いてなお陛下と共に歩む未来を手に入れました。このように幸福なことはありません。」

「そう、だね。うん、私も姉様の分まで幸せにならなきゃ。」

 千尋はそう言って天を仰いだ。

 まるで空の向こうに一ノ姫を見ているようだ。

「はい、陛下のためでしたらどのような労も厭いません。」

「布都彦…うん、そうだね、布都彦が幸せにしてくれるんだから間違いないね。」

 そう言って千尋が嬉しそうににっこり微笑めば、布都彦は一瞬キョトンとしてからすぐに顔を真っ赤に染め上げた。

「布都彦?私何か変なこと言った?」

「いえ…その…私が陛下を幸せにするなどと大それたことは…。」

「ううん、私の幸せは布都彦が運んでくれるの。だって、こうして布都彦と一緒にいるだけで私、すっごく幸せなんだもん。」

「陛下…。」

 本当に幸せそうにやわらかく微笑む千尋を布都彦はぎゅっと抱きしめた。

「ふ、布都彦?」

「…愛しています、陛下。」

「へ、あ、うん…………わ、私もだよ。」

 急の出来事に千尋は布都彦の腕の中で真っ赤になって…

 それでも自分も布都彦を想っているということを伝えなきゃと気がついて、やっとの思いで言葉を紡いだ。

 布都彦はというと千尋を両腕に抱きしめてうっとりと目を閉じている。

 その時間がとても大切で愛しくて、やがて千尋も目を閉じた。

 このまま二人はしばらく抱き合って過ごすのだが…

 やがて、じっくり幸せを味わってはっと我に返った時、布都彦は千尋に自分の唐突な振る舞いを平謝りに謝るのだった。








管理人のひとりごと

初布都彦です♪
布都彦は絶対いつもお兄ちゃんのことを考えてると思う(笑)
お兄ちゃんが死んでいるっていう意味ではどこかの朴念仁武士並みにブラコンだと思う(マテ
で、今回の八葉の中では最年少なので、一応ね、永遠の少年三十路がいるから微妙だけどね(’’)
ちょっと若さに任せてゴーゴーな感じも持ってるだろうなっていうのが管理人の妄想です(w
でも、かわいいんだよなぁ、布都彦(^−^)
千尋ちゃんよりも唯一年下なので、千尋ちゃんもかわいいなって思っちゃうところがあったはず…
でも、布都彦自身は男の子なのでそういうのは気にしそうだなと。
今回は布都彦の琴の話が出せなかったんで、次はその辺も書いてみたいです(^^)







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