年に一度の
 静かな夜。

 風がなくて初夏の暑さが寝苦しくしそうな気配を感じて、千尋は窓辺で苦笑した。

 空を見上げれば星が綺麗だ。

 先に帰っていた那岐と二人で夕食を済ませてしまえばもうやることもなくて。

 千尋はこうして夜空を見上げている。

 いつもは夕暮れ時に帰ってきて一緒に夕食を食べる風早はまだ帰ってきていなかった。

 仕事が残っていて帰りが遅くなるから先に夕飯を食べているようにというメールがきただけで、それっきり連絡もない。

 千尋も彼が教師をしている高校の生徒になったから、忙しいのだろうなというのはなんとなくわかる。

 今日だって職員会議がなんとかって教師達は溜め息をついていた。

 きっと風早もその職員会議とかに出なくちゃいけないのだろう。

 そうとわかっていても千尋はやっぱり物足りない。

 以前はなるべく早く帰ってきて、今日一日あったことを話す千尋の話を熱心に聞いてくれたのに。

「グレちゃってもしらないんだから。」

 千尋が夜空に向かってそうつぶやいてみれば、背後でカサリと何か音がした。

「誰がグレるんですか?」

「風早…お帰りなさい。」

「ただいま。遅くなってすみません。」

 そう言って微笑む風早は手に笹を持っていて…

 背広姿でそんなものを持っているととても奇妙だ。

「どうしたの?それ。」

「あれ、千尋は忘れてたんですか?今日は七夕ですよ。」

「ああ、って、そりゃ今日は七夕かもしれないけどそれは…。」

「飾りつけをしたいかなと思って。なんだかんだで忙しくて、何も準備できなかったんでせめて飾り付けくらいしませんか?」

 そう言って微笑む風早は窓辺に笹を立てかけてカバンをその辺に置くと、今にも飾り付けを始めようと張り切っている。

「ちょっと待って、飾りつけもいいけど風早、着替えてご飯食べてよ。」

「あ、すみません、そうですね。」

 慌てて風早が自分の部屋へ飛び込むのを見送って、千尋はキッチンに立った。

 夕飯は先に食べてしまったけれど、ちゃんと風早の分も作って置いてある。

 それをちょうど温め終わった頃、風早は普段着に着替えて戻ってきた。

「おいしそうですね、すみません、温めてもらって。」

「風早は仕事で疲れてるんだし、気にしないの。」

「じゃぁ、いただきます。」

 ちゃんと手を合わせてそう言って、風早は遅い夕食を開始した。

 向かい側に座ってそんな風早を眺めていると、とても幸せそうに微笑んでいてなんだか千尋まで幸せになる。

 窓辺に立てかけた笹の葉はたまに風になびいてさらさらと音をたてて、その音を聞いているだけでも涼やかだ。

「風早が笹の葉持って帰ってくるなんて思わなかったなぁ。」

「昔は千尋の方が絶対七夕飾りを作って飾るんだって言い張ったものですが、千尋ももう大人ですね。」

「大人じゃないけど…。」

 さっきまで風早が帰ってきてくれなくて、話も聞いてくれなくてグレてやるなんて言っていた手前、千尋はとてもじゃないが自分が大人だとは思えない。

「いえ、ちゃんと大人になってきましたよ。このかぼちゃもおいしいですし。」

「それは大人の基準なの?」

「そうですね、肉じゃががおいしく作れるようになったら一人前ですかね。」

「…それはなんか違う一人前の気がするんだけど…。」

「あはは。」

 いつものように朗らかにそう笑って風早はかぼちゃの煮物をぱくりと口に入れた。

 それは千尋の今回のおかずの中で一番の自信作だ。

 何気なくでも褒めてもらえると嬉しい。

「七夕飾りといえば願い事を書いた短冊ですね。千尋は何をお願いしますか?」

「ん〜、テストでいい点が取れますように、は何か違う気がするし…家内安全とか健康第一はなんか標語みたいだし…どうしようかなぁ。」

「願い事くらいもうちょっと夢があってもいいですよ。」

「夢ってたとえば?」

「昔はそうですね、千尋は…ずっとみんなで一緒に楽しく暮らせますようにって書いてましたよ。」

「それ、全然夢がないような気がするんだけど…。」

「そうですか?俺は嬉しかったですが。」

 そう言って風早は寂しそうに苦笑してまたかぼちゃを口に入れる。

「風早はどんな願い事を書くの?」

「俺は今も昔も変わりませんよ。」

「昔、何書いてたっけ?風早って。」

「千尋が元気で幸せでありますように。」

「それも夢がないね。」

 千尋はそう言って苦笑した。

 風早はとにかく千尋に甘い。

 昔からずっとたいていのわがままはきいてもらっていたし、何かというと真っ先に千尋の心配をしてくれる。

 それは千尋にとっては嬉しいことではあったけれど、でも風早の本心を聞いているわけではない気がして…

「ねぇ風早、今年はもっと自分のことをお願いしようよ。私のことは私が自分でお願いするから。」

「自分のこと、ですか?」

「うん、そう。」

「まぁ、考えてみます。」

 そう言って苦笑して風早は最後のかぼちゃの煮物のひとかけらを口に入れると、空になった茶碗を手に立ち上がった。

「ごちそうさまでした、さ、片付けて飾り付けをしましょう。」

「あ、じゃぁ、私、折り紙とってくる、あと那岐にも一応声かけるね。」

「はい、お願いします。」

 千尋は後片付けを風早に任せて自分の部屋へ飛び込むと、机の引き出しの奥の奥から封を切られてはいるけれどしばらく使われていない折り紙を取り出した。

 適当なヒモとはさみとペンにノリも用意して部屋を出る。

 那岐の部屋の前で声をかけてみたけれど「マメだなぁ。」という言葉が返ってきただけで飾り付けに参加する気はなさそうだった。

 まぁ、それはそれ、千尋には予想済みだ。

 全部準備を終えて千尋がリビングへ戻ると、後片付けを終えた風早が麦茶を二人分用意して窓辺に座っていた。

「お待たせ。」

「折り紙ありましたか?」

「うん、もういつ最後に使ったかわかんないけど残ってるのあったよ。あと、那岐はやっぱり一緒に飾りつけやる気はないみたい。」

 そう言って風早に折り紙を渡して千尋も風早の隣に座る。

「さ、風早、願い事書いて。今年はちゃんと自分のことね!」

「わかりました。」

 苦笑する風早は折り紙とペンを手に考え込む。

 千尋もペンを片手に願い事を考えた。

 将来の夢なんてまだはっきり決まっていないし、それこそテストでいい点とれますようにというのもないだろう。

 色々考えて何か書き出した風早を眺めて、一つうなずくと千尋も折り紙に願い事を書いた。

「風早、できた?」

「はい、できました。」

「なんて書いたの?」

 そう言って風早の手元を覗いてみると、そこに書いてあったのは…

『いつまでも側で千尋を守ってあげられますように』

「なななな、何これ!」

「自分のことで願い事を書けといったでしょう?」

「風早!親バカすぎ!」

 あはは、と笑う風早はでもとても幸せそうだ。

「じゃぁ、千尋はなんて書いたんですか?」

 風早が千尋の手元を覗き込むと、そこに書いてあったのは…

『家族3人みんな仲良く健康でいられますように』

「や、やっぱりほら、こういうのがスタンダードかなって。」

「夢はないですけどね。でも、俺は嬉しいかな。」

 そう言って微笑む風早は自分の短冊を笹へ飾りつけると、顔を赤くしている千尋から短冊を取り上げてそれも笹にくくりつけた。

「うん、七夕らしくなりましたね。」

「そう?ちょっと寂しくない?」

「やっぱり願い事を書いた短冊だけというのはえげつないですかね?」

「露骨だよね。」

 そう言って二人で笑って、千尋は残っている折り紙を手に取った。

「折り紙でなんか作って飾ろうかな。あ、鎖とか作っちゃおう。」

「いいですね、手伝います。」

 こうして二人はすっかり飾り付けに熱中してしまって、二人で雑談を交えながら楽しく飾りを作り始めた。

 それは千尋にとってはとても優しくて楽しい時間で…

 千尋を見守る風早の目はとても優しくて暖かい。

 だが、いつだって自分を見守ってくれている風早がどんな思いでこの願い事を書いたのか、千尋が気づくことはなかった。








管理人のひとりごと

年中行事大好き管理人なので、七夕かっ!と張り切って一本(笑)
他のキャラでもよかったんですが、やっぱり七夕といえば現代が書きやすかったので必然的に風早に…
那岐はまだ情報収集が追いついていないのです、ゲーム再プレイしないと(’’)
まだ千尋が中つ国に行く前の平和な一時です。
風早にはこういう静かであったかい世界が似合うな(^^)
いつか武人風早も書くかもしれないけれど(’’)




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